22 真のチート?
「今度こそ帰ったんでしょうね」
「ポシェットには入っていませんから、今度こそ成功でしょう」
私とシュリは大きな溜息を吐いた。あれから気を取り直し、同じことを3度も繰り返したのだ。終いにはシュリが即興で作ったマナ製の魔石を使って補助することで、ようやく一家は帰って行ったのだった。
神様に念話したところ、精霊神様から4つの魂を確認したとの念話が届いたらしい。これで一家が無事に戻ったことが確定し、ようやく安心することができた。
「アリスぅ、シュリぃ、ありがとねぇぇ」
「……いいえ」
疲れてはいたが、涙ぐんでいるセシルを責めることなど私たちにはできなかった。彼女一人であれば私が面倒を見ることもできるだろう。一家纏めて面倒をみるのはさすがに無理だ。彼女には悪いが、少しホッとした。
「妙な反応とは、このことだったようです。これで一安心ですね」
「そっか。良かった」
それが分かれば、ここに居る必要はない。私たちは家に帰ることにした。
「ちょっと待って! ローベル持って帰ろうよ!」
セシルの一言で、私たちは再びローベルを集めることになった。シュリのハンカチも使って、二つのローベルの包みに彼女は大満足のようだ。
「これを食べたらベリンの実じゃ満足できないよ!」
ローベルはそれ程美味しかったらしい。やはり彼女は切り替えが早い。先程家族との悲しい別れを済ませたばかりとは思えない様子に少し呆れたが、同時に少し安心した。
セシルにポシェットへ入ってもらい、家路につく。私は明日からのことを考えていた。目的地のウェルリオまでは馬車で二日かかる。楽しそうに飛び回るセシルを思い浮かべると、その間彼女にずっとポシェットに入っていてもらうのも可哀想な気がした。ポシェットの口を開けそのことを相談すると、彼女からは意外な答えが返ってきた。
「昨日は興奮しててすっかり忘れてたんだけど、長老が言ってた事を思い出してさ! あたしたち妖精は、人間には見えないんだって!」
「え? 私たちには見えてるんだけど…」
「シュリはてんしとかゆーやつで、人間じゃないんでしょ? だからまぁいいとして、アリスは人間でしょ? だから長老が言ってたのは違ったのかなーって思ったんだけどさ! どーなんだろーね!」
「うーん…」
疑問は残るが、もしそれが本当ならば色々と助かる。真偽を確かめるために、私たちはアンナの元へ向かうことにした。もしも彼女にセシルが見えたとしても、口止めしておけば大丈夫だろう。
引き返して広場へと歩く。私たちだけで武術用の方へ行くのは初めてで、少し緊張した。合格発表時のお父様の一件で、私たちはほんの少しだけ有名人になっていたのだ。とはいえ妬みのような視線が多く、嬉しいことではないのだが……
広場へ着くと、一人の少女が剣の素振りをしているのが目に付いた。
「アンナー!」
「アリス! シュリ!」
アンナに手を振り、周囲をぐるりと見渡す。どうやらここには彼女一人のようだ。セシルにポシェットから出てもらい、アンナの元へと走った。
「どうしたの?二人でここに来るなんて珍しいじゃない」
「ちょっと森に用があって。ついでに来てみたんだ」
アンナが「そうだったの」と笑った。ハンカチで汗を拭う様子から、しばらくの間ここに居たのだと察した。
「ウェルリオにはいつ行くの?」
「明日だよ。お土産買ってくるね」
「楽しみにしてる」
アンナと会話を続けている間、セシルはここぞとばかりに飛び回っていた。しかし、アンナは何が飛んでいるの?と疑問を口に出すことも、セシルを目で追う様子も一切見られなかった。
暫く話した後、それじゃあまたね、と言ってその場から離れた。
「アンナには見えてなさそうだったね」
「そうですね」
「ふー! こんなに広いところ飛び回れて大満足だよー!」
安心した私たちとは違って、お気楽妖精は楽しそうだ。これでもうセシルをポシェットに入れておく必要はないね、と話しながら家路に着く。
森を抜けて住宅街へと入るところで、見覚えのある赤い髪が目に付いた。
「エリック!」
「おー、アリス、シュリ!」
エリックは私たちに気付くと、小走りで近付いてきた。
「今日も広場に行ってたのか? 誘ってくれたら良かったのに」
「森に行ってたんだよ」
ふーん、と呟く彼の視線が何かを追った気がした。まさかね、と思った直後、彼の手がぶんっと宙を舞った。
「うぎゃっ!」
「なぁ、さっきから目障りなこれ、何だよ?」
「ええぇぇぇぇ……」
私たちは唖然とした。だが、彼の起こしてきた奇跡を思い返せば当然ともいえた。
シュリの記憶を変える魔術が効いていなかったこと、座学で素晴らしい成績を残したこと、大天使様の杖の真実の姿を視認したこと、転生者でも天使見習いでもないただの人間にも関わらず、私たちの魔術の練習についてこれていること。
――もしかして、真のチートはエリックなのでは……?
彼の手は、セシルをしっかりと掴んでいた。
「セシルが見えてるの……?」
「セシル? この小さいのが何なのか、2人は知ってんのか?」
「うん……」
私は目を細め、遠くを見つめた。
……エリック、あんた何でもアリだね。
=====
「へー! 妖精っていうのか!」
「妖精は種族名だってば! あたしはセシル!」
「分かってるって! オレはエリック。よろしくな!」
私とシュリは、目の前の光景を何とも言えない表情で見ていた。元々妖精についての知識があった私たちとは違い、エリックは初めてそれを聞き、目にしているのだ。それにも関わらず、この順応の早さ……
会話の様子からも、この二人は何となく気が合いそうな気がした。
あの後、街中でする話じゃないから、ということで再び森へと戻って来た。私たちは今日一日で何度この道を行き来すれば気が済むのだろうか。
セシルは例の「あたしはセシル! 妖精よ!」を披露した後「きゃっ、妖精よ!なんて自己紹介、二回目!」なんて言う程ご機嫌のようだ。人に見られる心配より、会話できる嬉しさの方が勝っているように見える。
……あれ?セシルは自分が人に見られる心配したこと、あったっけ?
「セシルは本当は人間に見えないらしいの。現にアンナには見えていなかったし……だから大丈夫だとは思うけど、何か聞かれても黙っててね」
「分かった。……じゃあ、何でオレらには見えてるんだろーな?」
「シュリの魔術がかからないんだから、エリックは特別なんじゃない?」
私が肩をすくめて半ば投げやりに言うと、エリックが嬉しそうに笑った。
「なんだかよく分かんねーけど、特別って響き、良いよな!」
エリックの能天気さは本当に有難いな、と思った。明日からの馬車の旅はエリックとミレイユも一緒だ。彼に事情を知っていてもらえるのは、正直有難かった。
「じゃあセシルの食糧も準備しねーとな」
「確かに……」
彼に言われて気が付いた。翌朝の分までは先程集めたローベルで足りるだろうが、それ以降のことも考えなければならない。わざわざ馬車から降りて探す余裕もなければ、何のために降りるのかと聞かれて答えられる自信もない。しかも、彼女はよく食べるのだ。食糧を詰めておく木箱なんかも準備しなければならない。
うーん、と頭を捻っていると、お気楽な声が聞こえた。
「みんなー! 何悩んでんのー!」
周囲をぶんぶんと飛び回っていたセシルは、私たちの会話を聞いていなかったようだ。自分のことだというのに、このお気楽さは如何なものか。
「セシルのことを考えてるのよ」
「あたしのことー? えー! なになに?」
自分が話題の中心と知り、嬉しそうに飛び回る。虫と違って羽音はしないものの、少々目障りに感じてしまうのは仕方ない。
「はいはい、セシルもここに座る!」
渡した近くにあった石を指さした。「ちぇーっ」と言いつつ彼女がそれに腰掛ける。
私は明日からのことを話し始めた。それを聞いて、彼女は自分の食糧を心配するより、知らない土地に行けることに目を輝かせた。話の意図が通じないことに、少しだけ苛立ちを覚えた。
「あのねぇ……さっきも言ったけど、セシルはよく食べるでしょ? 私たちも自分の荷物があるし、家族に怪しまれずに運ぶのも難しいのよ。だから、どうするか考えなきゃいけないの」
「何で運ばなきゃいけないの?」
「はぁ?」
セシルがきょとん、とした顔で首を傾げた。一体何が問題なのか、とでも言いたげなその表情に、私は半ば投げやりな気持ちになった。
言葉の通じない妖精はもう置いて行ってしまおうか、と頭によぎった直後、セシルはとんでもないことを口にした。
「だって、アイテムボックスがあるじゃん!」
「アイテムボックス!? って、あの!?」
さも当然のことのように言うセシルに、心底驚いた。彼女は"あの"アイテムボックスを口にしたのだ。"あの"が一体"どの"なのかは置いといて、私は転移魔術と同様、異世界っぽいワードに心が躍るのを感じた。シュリとエリックは何のことだかわかっていないようで、揃って首を傾げていた。
「アイテムボックスっていうのはね、色んな物を異空間に保存したり収納したりできるすっごいモノなの! これがあればどこだって身軽で行けるんだから! セシル、すごいっ!」
「何でアリスがそんなこと知ってんだよ……」
興奮する私をエリックが訝し気に見ている気がしたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「そんなことはどうでもいいでしょ! セシル、使ってみてよ! まずは……これ!」
私は目の前の包みを指さした。セシルのローベルが入っている二つの包みだ。彼女は何故褒められているのかさっぱり分かっていない様子だったが、言われるがままにその包みを瞬時に消した。
「わぁ! セシル、すごーい!」
「なぁ、どこに消えたんだ!?」
初めて見る光景に私とエリックが感動している中、シュリがぽつりと呟いた。
「あぁ、収納魔術ですか」
「えぇ!? シュリも使えるの!?」
「使えませんよ」
なーんだ、と思うと同時に念話が届いた。
『この世界では、ですけど』
――転移魔術に引き続き、アイテムボックスもかい!
念話を器用に扱うシュリを、白い目で見つめた。振り返り、セシルに向けてにっこり笑う。一つの疑問が生じたのだ。
「セシルさん? 何故アイテムボックスの存在を黙っていたのかな?」
私はこの包みを何度も運んでセシル一家の元へと運んだ。そして今も包みを持ち歩いていた。アイテムボックスを持っていることが分かっていれば、そんな苦労はしなくて済んだというのに。
「だって、二人がアイテムボックス持ってないなんて思わなかったんだもん!」
曰く、身体の小さい妖精にとって、それは必要不可欠であり、生まれつき持っているものらしい。彼女にとってそれは、持っていて当然のもの。そのため、私たちが使わないのは何か理由があるからだと思っていたようだ。
そういうことなら仕方ない。私はふぅん、と返事をした後、先程のことを思い出した。
「……ねぇ。お腹空いたって言い出したときも、アイテムボックスの中に食べ物入ってたんじゃないの? 昨日くれたベリンの実も、そこから取り出したんでしょ?」
セシルがギクッとしたように体を震わせたのを、私は見逃さなかった。ゆっくりと彼女に顔を近付ける。
「皆のアイテムボックスの中にも、きっと入ってたよねぇ?」
「いやぁ……アリスが何か探してくれるって言うから、食べてみたいなーと思って……」
家族からもそんな話は一切出てこなかったことから、お気楽なのは一家揃ってのようだと察した。過ぎたことをどうこう言っても仕方ないのは分かっているが、地味に苦労したのだ。ちょっとくらい八つ当たりさせてくれてもいいと思う。
「まぁまぁ。何があったか知らないけど、解決してよかったじゃん!」
「むぅ……」
少々納得いかないが、エリックに免じて引き下がることにした。彼にはいつもこんな風に助けてもらっている。今まではシュリとの間だけだったが、これにセシルが加わることで彼の出番も多くなりそうな気がした。
……ごめんね、エリック!
また明日ね、と手を振ってエリックと別れた。私たちも明日の準備をしなければならない。…たとえナタリアに任せきりであったとしても!
お母様と出掛けるのは久しぶりで、今からとてもわくわくしていた。
「お嬢様方、今日は早めにお休みください」
「はーい」
ナタリアに急かされ、私たちはいつもより早めに眠りについた。