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21 妙な反応 3

 ついてきたセシルと一緒に、森の中を進んでいく。


「どんな木の実かなー! わくわくする!」


 未だ精界に帰れる目途が立っていないにも関わらず、彼女は楽しそうに飛んでいる。家族が一緒だからなのか、昨日と同じ状況なのにあまり落ち込んでいる様子は見られない。


「あ、あったよ」


 早速ローベルの木を見つけた。一房に10粒近くの実がついているため、これをいくつか持ちかえれば少しはお腹も満たされるだろう。


「セシル、食べてみて」

「わーい!」


 一先ず彼女に味見をさせる。毒がないのは分かっているため、問題は味だけだ。


「なにこれー! おいしー!」

「食べれるね。じゃあこれを持って戻ろうか」


 ポシェットから取り出したハンカチを広げ、その上にローベルを置いていく。


「ちょっと待って! えーい!」


 そういうと、どこからか取り出したステッキで緑の粒子を振り撒き、ローベルを小さくした。


「これで、いっぱい持って行けるね!」

「そうだね」


 こういう事には頭が回るのかと少し関心しつつ、小さくなったローベルをハンカチいっぱいに包み、先程の場所へと戻った。


「はい、これ食べて」

「わぁ、ありがとうございます」


 元の大きさに戻したローベルを食べる妖精の姿はなかなか面白かった。自分の顔程の大きさのローベルを両手で抱えるように持ち、一心不乱に齧っている。まるで小動物を見ているかのような気分だった。こんなに食べれるかな、と思ったが、その心配はなさそうだ。


 先程シュリが歩いて行った方向に目を向ける。彼女の姿は見えない。まだ報告が終わらないのだろうか、と思っていると、セシルが目の前に飛んできた。


「おいしいよー! まだ食べれるよー!」

「良かった。沢山持ってきたから食べれるだけ食べて」

「もうないよー!」

「え?」


 見下ろすと、私が目を離した間にぺろりと平らげ、未だ物足りなさそうな様子の一家の姿が目に入った。一体、この体小さな体の何処に入ったというのか。彼女がなけなしの魔力を使ってでも大量に持ち運ぼうとしたのはこういうことかと、呆れるのを通り越して妙に納得した。

 先程の木にはまだ残っていたため、もう一度同じ場所へと向かう。食べたことにより少し回復したセシルの魔力を使ってもう一度大きさを変え、再び運んだ。これを、彼らが満足するまでなんと合計5回も繰り返した。ようやく満足した様子の一家をみて、私は顔を引き攣らせるしかなかった。


「アリスさん、本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

「アリスぅ、ありがとね!」


 セシル父に続き、一家がお礼を述べた。セシルだけは元気に飛び回っていた。

 先程は空腹のせいで話が進まなかったが、今後の事を考えなければならない。家へ連れて帰るとしても、この人数だとさすがに隠し通せる自信はない。それに、明日にはこの街を出ることになっている。私にはどうしようもなかった。


「……で、これからどうするつもり?」

「一先ず、この森に身を隠します。いつかは転移魔術で帰れるでしょう。今のところ危険な気配は察知していませんし、ここは食糧も豊富なようですから、ご心配には及びません」


 セシル父の言葉にすぐに了承することはできなかった。食糧はともかく、人に見つからないかが心配なのだ。いつかは帰れる、というセシルと同じ楽天的な思考にも些か不安を覚えた。


「アリス、お待たせしました」

「シュリ」


 ようやく彼女が戻ってきたが、浮かない顔をしている。何か悪い知らせでもあったのだろうか。


「皆様にお話があります」


 シュリが真剣な顔で言った。私も含め、そこに居る全員が彼女に注目する。


「此度の騒動には、精霊神が関与しているようです」

「精霊神が!?」


 セシル父が焦ったように言ったが、私はシュリの言葉に納得した。それはそうだろう。なんと言っても祠で遊んでいたのだ。それが精霊神様の怒りに触れたとしても、おかしなことではなかった。


「セシルが祠の魔石を壊したことに、精霊神はお怒りのようです」

「お前! そんなことしたのか!?」

「えーん! 知らないよー!」


 父親に怒られ涙を流しているが、彼女ならやらかしそうなことだ。それを家族も察しているのだろう。セシルを除く一家全員が一斉に青ざめたのが見て取れた。


「それでは、私たちも連帯責任ということでここに送られたのでしょうか?」

「いえ、それは違います。精霊神はゲート――つまり、精界とこの世界とを繋ぐ扉を閉め忘れていたようです」

「閉め、忘れ……」


 セシル父が一瞬ぽかんとしたのを、私は見逃さなかった。その言葉を脳から消し去るように頭をふり、彼が言葉を続ける。


「では、私たち以外にもここに来ている者が?」

「いえ。一度に4つの魂が通過したことに気付いた精霊神が、その場でゲートを閉じたようです。セシルも含め、ゲートを通過した魂は5つだと判明しています。ここに居る皆さんで間違いないでしょう」


 それを聞いて、セシル父はほっと胸をなでおろした。自分たちが大変なことに巻き込まれているのに、他者を心配できるとは、素晴らしい人格の持ち主だ。いや、妖精格か?

 私がそんなくだらないことを考えていると、シュリが言葉を続けた。


「ゲートが開けば、おそらく精界に戻ることが可能でしょう。……しかし、ゲートの通過を許すのは、セシル以外の4人だけだ、と」

「何だって!?」

「元々はセシルに対する罰ですから、皆さんは巻き込まれただけです。精霊神も心を痛めておられるようで、早急に戻るように、と仰っています」


 シュリの言葉を聞いて、一家の顔が真っ青になった。青ざめる、なんてものではない。元はと言えば彼らはセシルを探してここまで飛ばされたのだ。娘と離れることは容認できないのだろう。


「これは、精霊神からの命令です。セシル以外の4名は、今すぐ戻りなさい。…とのことですが、どうなさいますか?」


 シュリは真顔で淡々と説明していたが、僅かに右手に力が籠っているのが分かった。彼女としてもこのような事を伝えるのはつらいだろう。


「やだぁー、おねえちゃーん」


 うわーん、と声をあげてセシル妹が泣いた。続けて、母も涙を浮かべた。弟と父は何も言えず困惑しているようだ。

 私も何も言えなかった。精界の事は一切知らないが、きっと神様の命令は絶対だ。というより、普通は命令されるような事態に陥ることもないのであろう。

 妹の嗚咽だけが響く中、沈黙を破ったのはセシルだった。


「あたし、ここに残るよ」


 全員の視線が一斉にセシルへと集まる。彼女は無表情でありながら、瞳には決意の色を浮かべていた。


「あたしがここに来たのは、あたしのせいだ。でも皆は違う」

「でも……」

「精霊神様の命令だよ? 逆らうことはできないよ」


 彼女の言葉に、誰一人として口を開くことができなかった。再び沈黙が訪れる。


「今すぐ、って言ってるんだよ! 早くしなよ!」

「セシル……」

「あたしは大丈夫! アリスとシュリが居るから!」


 その言葉を聞いて、内心「げっ」と思ったのだが、勿論それを言える雰囲気ではなかった。彼女と過ごしたことで少しだけ情も湧いてきている。彼女を見捨てることなどできないだろう。


「つーかさ、シュリさん。あんた一体何者なんだ?」


 今までずっと黙っていたセシル弟が口を開いた。


「精霊神がどーのとか言われても信じらんねえよ。俺らがここに居るってことは何らかの関わりがあるのは予想つくけど、それでも姉貴だけ置いて帰ってこいなんて……」


 彼の言い分はもっともだ。その言葉は彼女に対する批判というより、姉を想う気持ちがあるが故のものだった。

 シュリは目を伏せ一つ息を吐いた後、意を決したように前を向いた。


「私は、天界から来た天使見習いです。精霊神とは異なる、私の仕える神を通じて精霊神の意向を伝えました」

「……天界?」

「精界と同様、こことは異なる世界です」


 シュリの言葉にあっけにとられているようだ。あまりにも唐突な発言に、皆が目を丸くしている。誰もが信じられない、といった表情をしている中、セシルだけは違った。


「じゃあ人間じゃないってこと!? やっぱりあたしが言ったとおりじゃん! シュリからはあたしに近いものを感じる、って!」


 セシルが誇らしげに胸を張った。そこは、やはりぺたんこだった……


「……とにかく、今すぐお戻りください」

「ですが……」

「これ以上この世界に留まると、この先ずっと戻ることはできないかもしれません。皆様が戻れば、いずれはセシルも戻ることができるでしょう。精霊神の気が変わらぬうちに、早く」


 顔を歪めて言葉を発するシュリを痛々しく感じた。彼女もまた、家族と離れてこの地で過ごしている。彼女にも色々と思うことはあるのだろう。


「そんなのやばいじゃん! ほら! みんな帰って! あたしなら大丈夫だってば!」

「セシル……」

「精霊神様とつながってるシュリがいれば安心でしょ!」


 セシルがとんっと自身のぺたんこの胸を叩いた。彼女は気丈に振舞っているように見えるが、少しだけ身体が震えているように感じた。


「私がセシルの面倒を見ます」


 思わず口を突いて出た。皆が私に注目する。


「ほら! アリスもこう言ってくれてるし! 大丈夫だって! 戻るときにはローベルをお土産に持って帰るからさ!」


 私たちの言葉に、セシル一家もしぶしぶながらようやく納得したようだ。


「アリスさん、シュリさん、娘を宜しくお願いします……」


 セシル父がそう言うと、妹が再び声をあげて泣いた。母と弟が頭を下げる。

 シュリが一つ頷き、「では、伝えてきます」と再び席を外すと、一家は娘とのしばしの別れを惜しむように話し始めた。私はそれを少し離れた場所からぼんやり見ていた。きちんと別れを告げることができなかった前世の家族が頭に浮かぶ。セシルにとってこれはおそらく今生の別れではない。死んで会うことができなくなった私とは違う。だが、きちんと伝えられていることに羨ましさすら感じていた。


「準備が整ったようです。皆様、転移魔術の準備を」


 シュリの言葉に4人が一斉に頷く。手を繋ぐと、緑色の粒子が彼らを覆った。


「セシル、元気でね。ちゃんとご飯食べて、ちゃんと寝るのよ。あとは……」

「ママ、分かってるって」

「お二方に迷惑かけないようにな」

「パパ、あたしもう子供じゃないんだから」

「おねいぢゃーん、うわーん」

「姉貴……」

「二人とも、パパとママの言うことをよく聞くのよ」


 各々が別れの言葉を紡ぐ。私には5人全員が同年代のように見えているため、家族というより友人にしか見えないのだが……


「またね」


 セシルが言葉を発すると同時に、4人の身体が消えた。そこには、緑色の粒子だけが漂っていた――

 先程まで家族が立っていたその場所を、セシルがじっと見つめていた。


「—―――」


「は!?」


 ……この感じは、まさか!?

 慌ててポシェットを開く。


「もー、勘弁してよぉぉぉぉぉぉ!」


 私の声が森中に響いた。……気がした。

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