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20 妙な反応 2

 湯浴みを終えて食堂へ向かうと、シュリが朝食を摂っていた。挨拶を交わし、隣の席に座る。ベーコンを口に運びながら、ナタリアに聞こえないようにシュリと念話をした。


『昨日のこと、神様は何か言ってた?』

『……どうやら、セシルがその妙な反応に関係しているようです』

『セシルが?』


 私の部屋に居るお気楽妖精を思い浮かべる。彼女にそんな大層なことができそうな気はしないが、なにかやらかしたのだろうか。


『関係しているというより、巻き込まれたという方が正しいですね』

『どういうこと?』


 彼女は自分の転移魔術のミスでこの世界にやってきたと言った。しかし、それはあり得ない事らしい。転移魔術は本来行ったことのある場所にしか転移できないのだそうだ。彼女も精界から出たのは初めてのようであったし、何者かが関わっているのではないか、というのが神様の見解のようだ。

 

『神も引き続き調べるそうです』

『そう……』


 何だか大変なことに巻き込まれた気がする。単なるミスではないのなら、セシルは今日も精界に帰れない可能性が高い。彼女の落ち込む姿を思い浮かべると、気の毒に感じた。


『私たちの方でも調べようか。明日にはここを出るからあまり時間はないけど』

『そうですね、急ぎましょう』


 急いで支度を済ませ、外に出る。部屋で支度する間セシルにはポシェットの中に居てもらったため、ナタリアに気付かれた様子はない。


「あの中も、慣れるとそう悪いもんじゃないね!」


 そういうもんなのだろうか。本人がそう言うなら良しとする。住宅街を抜け森へと入ったあたりで、セシルにはポシェットから出てもらった。


「ふぅー! やっぱり外が一番だね!」


 そう言うとセシルは私たちの周りを飛び回った。他の人に見られるとまずいから控えて欲しい、と言ってもどこ吹く風だ。


「誰か来たら転移魔術でポシェットの中に隠れればいいから! 任せなさい!」


 この妙な自信はどこから来ているのだろうか。この世界に来てから転移魔術が成功していないことなど、すっかり頭から抜け落ちているようだ。

 はいはい、と軽くいなして森へと入る。今のところ変わった様子は見受けられない。暫く歩みを進めると、セシルが痺れを切らしたように声を上げた。


「ここ、昨日と同じとこじゃーん! あたしは知らないとこに行きたいのー!」


 顔の周りを喚きながら飛び回る妖精は、正直目障りだった。捕まえて握り潰してやろうか、なんて黒い考えが浮かんだ瞬間、少し離れた所からシュリの声が聞こえた。


「アリス! こっちに来てください!」


 セシルのお守は私に任せて、彼女は自分の職務に精を出していたらしい。

 ……天使見習いの鏡だね。うん。

 ジト目でシュリを見ていると「早くしてください」と急かされたためしぶしぶ彼女の元へと向かった。


「何か見つけた?」

「あれを見てください」


 シュリが指し示す方向に目を向ける。そこには4人……というのが適切な数え方かは知らないが、妖精が倒れていた。

 ここからセシルを見つけた場所までは目と鼻の先だ。こんなに近いのに見落とすはずはない。私は薄らと緑に光る妖精たちを見て思った。

 一晩のうちに、一体何がおきたのだろうか。私を追いかけてきたセシルに目を向けると、彼女は目を見開き、呆然と立ち尽くしていた。……否、飛んでいた。


「きゃあぁぁぁぁぁ!」


 突然、セシルが叫び声をあげた。耳元で出された悲痛な声が頭に響く。静かにして、と言おうとしたが、一目散に飛んでいく彼女には届きそうになかった。


「ねぇ、起きて! どうしたの!? なんでここにいるの!?」


 一人一人に声を掛ける。その姿からは焦りを感じた。私たちもそこに向かい、セシルが気絶したときのようにシュリが治癒魔術をかけた。


「ここは……」

「ママ! よかった……」


 どうやら一人、目を覚ましたようだ。セシルは彼女を母親だと言ったが、見た目はセシルと同い歳くらいに見えた。もしかしたら妖精も天使同様に成長速度が遅いのだろうか。その後、次々に妖精たちが目を覚まし始め、その様子にホッと胸を撫でおろした。


 セシルによると、彼らはセシルの母、父、弟、妹であることが判明した。まさかの一家大集合である。皆が気絶しないよう、セシルにはここが人間界であることを説明してもらった。初めは驚いていたものの、セシルと違って気絶するようなこともなく、話がスムーズに進んで助かった。

 セシルは家族との再会を喜び、両親には何度もお礼を言われ、弟妹には好奇の眼差しを向けられた。

 このままさようなら、というわけにはいかないため、ようやく落ち着いた彼らに話を聞くことにした。 


「皆さんは、なぜここに?」

「娘が帰ってこないことを心配して、皆で探していたのです。そうしたら、いつの間にかここに……疲れて眠ってしまったので、ここがどこかも分からないままだったのです」


 セシル父の言葉に、あんたらも寝てたんかい!……と、心の中でツッコんでおいた。どうやらシュリの治癒魔術は必要なかったようである。それを聞いたセシルが驚いたように声を上げた。


「転移魔術に失敗したんじゃないの!?」

「いいや、使っていないよ」


 他の家族が「私も」「俺も」と言葉を続けた。

 セシルは何かに巻き込まれてここに来たようだ、とシュリは言った。そうだとしたら、転移魔術は関係ないのかもしれない。

 ――もしかして、転移したのではなく、させられた……?


「貴方たちが最後に居たのは、どんなところなの?」

「精霊神を祀る祠の中です。セシルがそこに居たと聞いたもので……」

「祠の中ぁ!?」


 それがどんなところかは知らないが、気軽に立ち入って良い場所でないことは容易に想像できた。なんと罰当たりな。私は目の前の妖精たちを凝視した。その中の一人、セシルに鋭い視線を向ける。彼女は「うっ」と後ずさりした後、開き直ったように声を上げた。


「だってー! 緑に光っててすんごい綺麗なんだもん! あたしのお気に入りの場所なのー!」

「だからって、祠の中はマズイでしょ……」


 私とシュリは揃って頭を抱えた。シュリは神に仕える立場であるため、事の重大さをよく理解しているのだろう。僅かに顔が青ざめたのが分かった。


『シュリ……』

『これは神への報告案件ですね』

『よろしく……』


 呆れ果てる私たちをよそに、一家はこの後のことを話している。


「セシルも見つかったし、皆で精界へと帰りましょうか」

「えー! もっと探検したいよー!」

「我儘を言うんじゃない。皆心配したんだぞ」

「ちぇーっ」


 セシルは不満そうだが、どうやら元の場所へ帰ることが決定したようだ。私の頭に先程の予想が浮かぶ。これを皆に伝えるべきか思案していると、セシル父が深々と頭を下げた。


「お二方、娘がお世話になりました」

「あ、はい…」


 何と言えば良いのか分からず曖昧に返す事しかできなかった。こうなったら、成功する可能性に賭けるしかない。


「じゃ! アリス、シュリ、ばいばーい!」

「バイバイ」

「また遊びにくるねー!」

「はいはい」


 セシルが大きく手を振り、家族が頭を下げた。

 五人の身体を緑色の粒子が覆う。次の瞬間には全員が跡形もなく消えていた。


「大丈夫かなぁ……」


 先程まで彼女たちが居た場所を見つめ、ぽつりと呟いた。

 そのとき。


「は!?」


 何やらポシェットの中が騒がしい。まさかと思うと同時に、予想が確信へと変わっていく。慌ててポシェットを開いた。


「だから、何でここなのよー!」


 中には、五人の妖精がごちゃ、っとした様子で入っていた。


「えーん! 精界に、帰れないよー!!」





 目の前には、五人の妖精が地面に座って項垂れている。

 あの後何度も諦めずに転移魔術を使っていたのだが、どういうわけか私のポシェットにやってくるのだ。もはやこのポシェットに不思議な力でもあるのか、と思ってしまう程だった。

 全員が順番に転移魔術を使っていたのだが、とうとう全員の魔力が切れかかっている。どうしたものか、と頭を抱えた。


「シュリ、どうする?」

「どうする、と言われましても……」


 項垂れる五人を見て、二人で大きな溜息を吐いた。


『ここに居ては集中できないので、あちらで神に報告してきます』

『ちょっと! 逃げないでよ!』


 私の念話を無視して、シュリが一人で歩いて行った。再び大きな溜息を吐く。

 この森は普段から人が入ることはあまりないものの、誰かに見つかるようなことになればどうなるか分からない。攫わせて売られるような可能性も……

 ちらりと一家に目を向ける。五人の外見は富裕層や貴族ウケが良さそうな美男美女であることに加え、その珍しい生体から鑑賞用ペットとして欲しがる者も多そうだ。


「……で、これからどうするつもり?」


 セシルの大きなエメラルド色の瞳に涙が浮かんだ。


「えーん! お腹空いたよー!」


 こんなときでも呑気というかなんと言うか……

 私は本日何度目か分からない溜息を吐いた。一か月分の幸せが逃げたんじゃなかろうか、とどうでも良いことを思った。


 ――ぎゅるるるるる


「え?」


 その音の方に目を向けると、真っ赤な顔で俯くセシル母の姿があった。見渡すと全員がばつが悪そうに俯いていたため、どうやら家族揃ってそのようである。


「妖精って何食べるの? やっぱり木の実?」

「基本的には何でも食べますが、私たちが普段口にしているものが果たしてここにあるのかどうか……」


 セシル母の言うことももっともだ。お腹は空いていても、冷静に考える余裕はあるらしい。


「セシル、昨日くれたのは何ていう木の実?」

「あれはベリンの実だよ!」


 私は昨日彼女から貰った木の実を思い浮かべた。あれは赤紫っぽい色で少し酸味のあるものだった。この森にあるものだとローベルが近いかもしれない。それは前世でいうところのブルーベリーのようなもので、薄いピンク色をしている。ベリンの実よりも甘みが強いが、あれなら大丈夫だろう。


「ちょっとこの辺りを探してみるから、待ってて」

「あたしも行くー!」

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