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19 妙な反応 1

「どう? 落ち着いた?」

「うん……」


 シュリの手のひらの上には、羽の生えた小さな女性が大人しく座り、落ち込んだように俯いている。その見た目は、20歳前後のお姉さんといったところか。


 彼女が気絶した直後、シュリが治癒魔術を使ってみたところ、彼女はすぐに目を覚ました。……そして、再び気絶した。指でつついたらすぐに目を覚ましたため、治癒魔術は必要なかったのでは……と思ったのは秘密だが、ようやく意思の疎通が取れそうな状態になったところだ。


「ねぇ、あなたは妖精なの?」

「うん……」


 彼女がコクリと頷いた。どうやら本当に妖精らしい。初めて見るその姿に、私は胸が高鳴るのを感じた。さすがはファンダジーな世界だと、感動すらしていた。


「何でこんなところに居るの?」

「それはこっちのセリフなんだけど……そっちこそ、本当に人間……?」


 ちらりと私たちを見上げた顔は、怒っているようにも泣きそうにも困惑しているようにも見えた。


「そうよ」

「なんで人間がこんなところに……」

「なんでって、この近くに住んでるからよ」


 私の言葉に反応したのか、彼女がバッと顔を上げた。わなわなと唇を震わせ、大きく目を見開いている。


「せ、精界に人間が!? そんなの、聞いたことないんだけど!」

「せいかい……?」


 初めて聞く言葉に首を傾げると、シュリが「天使の住む世界が天界であるように、妖精の住む精界とやらがあるのでは?」と教えてくれた。なるほど、と一つ頷く。


「あのね、ここは人間界よ?」

「に、にんげんかいぃぃぃ!?」


 またしてもそのままふらりと倒れそうになったため、しっかりしてよ、と突っつく。彼女はハッとしたようにこちらを見た後、再び俯いた。


「それで、どうしてこんなところにいるの?」

「遊んでて、家に帰ろうと思って転移魔術を使ったらここに……知らない場所だったから探検してたんだけど、眠くなったから寝てたんだ。まさか、人間界だったなんて……」


 落ち込むその姿は、哀愁漂う美人なお姉さんといったところだが、眠くなったからってこんなところで寝れるとは。彼女がよほど図太いのか、精界がそれだけ平和なのか……というのも気にはなるが、そんな事より――


「転移魔術ぅ!?」


 前世の知識にはあったものの、この世界でそれを耳にしたのは初めてだった。詳しく聞かせてもらおうと口を開くより先に、彼女の明るい声が聞こえた。


「そうだ! 転移魔術で帰ればいいんだ!」


 そう言って立ち上がると、シュリの手の上をくるくると回りながら器用に飛び跳ね始めた。バレリーナも顔負けのその姿に思わず目を瞬く。


「そうと決まれば、帰る前に楽しまなくっちゃ!」

「は、はぁ……」


 精界が平和かどうかはともかく、彼女が図太い……否、天真爛漫であることは違いないようだ。


「人間ってこんな感じなんだね! 長老の話でしか知らなかったから、びっくりしちゃった!」

「長老?」

「そうよ! 村一番の物知りなんだから!」


 彼女は足を止めると、誇らしげに胸を張った。小さくてよく見えないものの、そこは見事な程にぺったんこだった……

 どうやら元気を取り戻すと同時に、私たちに対する警戒心が薄れたようだ。私もまた、彼女が神の言う"妙な反応"かと警戒していたものの、彼女の様子から警戒する必要はなさそうだと感じていた。


「ねぇねぇ! 人間って木の実とか食べる? あたし、良いもの持ってんだー!」


 彼女はどこからか赤い実を取り出すと、シュリの手のひらに乗せた。それは小指の爪程の大きさだった。


「ちょっと待ってて! えーいっ!」


 どこからか取り出した小さなステッキで小さな円を描くと、その上部についた魔石のようなものから緑色の粒子が飛び出し、木の実を覆った。一瞬の後、それは親指の爪程の大きさに変わっていた。その綺麗な魔術に、私は目を奪われた。


「すごい……」


 前世でいうところの、青いネコ型の超有名ロボットでしか馴染みのない大きさを変える魔術は勿論のこと、初めての場所で、初めて会う種族の者にそれ程フレンドリーにできるなんて、本当に色んな意味ですごいと思う。


「でっしょー!」

「こんな状況なのに……」

「えー! 楽しいじゃん! それに、どうせ転移魔術で帰れるんだし!」

「そういうもん……?」


 彼女のノリにはついていけそうになかった……


「あ! 自己紹介がまだだったね! あたしはセシル! 妖精よ!」


 彼女は続けて「妖精よ! なんて自己紹介、初めてしちゃった!」と黄色い声を上げた。彼女に続いて私たちも名乗る。


「アリスとシュリね! 覚えた!」


 セシルがにっこり笑い、私たちの周りをぐるりと飛んだ。その行為にどんな意味があるのかは不明だが、一周して再び目の前に姿を現すと、私たちを見比べて首を傾げた。


「ねえ、シュリ。あなたは人間?」

「え?」

「何だか、あたしに近いものを感じる」

「に、人間ですが……」


 彼女はシュリを訝しげに見ていたが、一つ瞬きをした後、再びにっこり笑った。


「ま、何だっていいや!」


 その後、彼女はいくつか木の実をくれた後「そろそろ帰らなきゃまずいかも! じゃねー!」と言うと、その場から消えた。


「なんだったんでしょう……」

「さあ……」


 あまりにも慌ただしく過ぎ去った出来事に呆然としていたが、ここに来た理由を思い出し、気を取り直して捜索を続けることにした。


「特に変わったところはないようですね」

「うーん、そうだねぇ」


 神様が言った妙な反応とは、一体何だったのだろうか。もう少し情報がないと予想もつかない。ただ無造作に歩いているだけでは、何も見つからない気がする。


「セシルの件もあって疲れたし、今日はもう帰ろうか」

「そうですね」


 明日また来てみよう、と約束して帰ることにした。


「シュリは妖精のこと、知ってた?」

「地球を覗いたときに得た知識程度です」


 薄々気付いていたが、どうやらシュリは地球も観察していたようだ。通りでじゃんけんを知っているはずだ。


「あれは創作だからね。実際に存在するなんて思わなかったよ」

「私もです」


 天使のあんたが言うな、と思ったが、天使もいるなら妖精くらいいるのかな、と思えなくもない。この世界で生まれ育って早9年。なかなか物事を柔軟に捉えられているようだ。


「ねぇ、シュリは転移魔術使えるの?」

「使えますが、この世界では無理です」

「てことは、天界なら使えるんだ……」

「――――」

「ん? シュリ、何か言った?」

「いえ、何も」


 空耳だろうか。何か聞こえた気がした。


「――――」

「……何か言った?」

「……アリスこそ」

「――――」

「もぉぉ! 何なの!?」


 どこからか、人の声のようなものが聞こえる。もしかして、幽霊……なんてことが頭をよぎり、身体がぶるりと震えた。全身に鳥肌が立つ。


「――――」

「シュリ、やめてよぉぉぉ!!」

「アリス、ポシェット……」

「……え?」


 彼女が私のポシェットを指さした。ゴクリと息をのみ、おそるおそるそれを開く。中を覗くと、そこには――


「セシル!?」

「えー……か……よ…」

「どうしたの?」

「えーん! 精界に、帰れないよー!!」

「えええぇぇぇぇ!?」





「セシル、落ち着いた?」

「うん……」


 彼女はシュリの手のひらで大人しく座り、落ち込んだように俯いている。……またかよ。

 先程「じゃねー!」と言って消えたため、精界に帰ったのだと思い込んでいた。それなのに、何故この妖精は私のポシェットの中で蹲り、泣いていたのか。


「ねぇ、何でここにいるの?」

「それは……」


 転移魔術を使ったところ、ちゃんと転移はできたらしい。だが、私たちの周囲を移動していただけで、他の場所にも、もちろん精界にも転移できなかったそうだ。そしてポシェットの中に転移したのを最後に、魔力が少なくなって転移魔術が使えなくなってしまったらしい。


「声が聞こえてたから、二人の近くに居ることは分かったけど、暗くて怖くて……」


 セシルが再び目に涙を浮かべた。元気いっぱいの彼女だが、さすがに心が折れているようだ。


「魔力なら、休んだら元に戻るでしょ? 私たちはもう帰るし、今日はうちに居ていいから」

「うん……ありがとう……」


 魔力が切れかけていることと、心が折れたことで、先程のようにすぐに元気に、とはいかないようだ。どうしたものかと考えていると、シュリから念話が届いた。


『一先ず、今日は何も見付けられなかったことと、セシルのことは神に報告しておきますね』

『うん、お願い』


 魔力は減っていないし激しく動いたわけでもないのに、私は本当に疲れていた。おそらく気疲れだろう。早く帰って休みたい。

 やっとの思いで家に帰り着くと、湯浴みをすることも忘れて泥のように眠った。




 =====




 翌朝、私は妖精に起こされた。こんなレアな目覚めを経験する機会は、そうそうないであろう。


「アリスぅ、ごめんってば! 許してよー!」

「ちょっと黙ってて」


 私は朝から不機嫌だった。それもそのはず、早朝からセシルに耳元で「起きろー!」と叫ばれたのだ。小さい身体を耳元に寄せ、その小さい身体から出たとは思えぬ声量で。……耳元で叫ばれたため、大音量に聞こえただけかもしれないが。隣の部屋に居るはずのシュリからは何の反応もないし。

 ともかく、爽やかな朝とは程遠い朝を迎えた。鼓膜が破れるんじゃないかと思う程の声で起こされ、頭が痛い。


 ……この妖精、特殊な超音波でも発してるんじゃないの。


 昨日セシルを家に連れ帰ったものの、その特殊な生体から、皆には内緒にしているのだ。ポシェットに入れておけば誰も気付かないため、連れて帰るのは簡単だった。

 一晩ぐっすり眠ったことにより魔力が回復した彼女は、とにかく元気だった。気付かれないように静かにしててね、と言われた事も忘れ、黙ってという私の言葉を意にも介さず、部屋中を飛び回り「これは何?」と質問攻め。終いには「今日は精界に帰るからさ、その前にどこか連れて行ってよ!」などと言う始末。


 ……今すぐ帰ればいいのに。


 こんなことを思ってしまっても、無理もないのだ!


「はぁ。じゃあ支度するから、少し待っててよ」

「りょーかーいっ!」


 ……本当に、頭が痛い。


 朝食の前に湯浴みをしようとナタリアを探す。しかし、食堂にも居間にも広間にも彼女の姿はなかった。まだ自室に居るのだろうか。早朝とはいえ、彼女がこの時間に起きていないのは珍しい。諦めて部屋に戻ろうと踵を返すと、背後からキィッと扉の開く音が聞こえた。


「あら、アリスお嬢様。おはようございます。今日はお早いのですね」

「おはよう、ナタリア。どこに行ってたの?」

「ちょっと、そこまで」


 私の視線に気付くと「お嬢様が気にされるようなことではありませんよ」と微笑んだ。ナタリアが言葉を濁すのは珍しい。


 ……あれ? 最近もこんな会話をしたような……?


 思い出そうとしたが、未だ頭痛が治まらず、それ以上は考えることができなかった。


「お嬢様、昨夜は湯浴みされなかったでしょう? 朝食の前になさいますか?」

「うん、お願い」


 ナタリアの笑顔はいつも通りのはずなのに、何となく不安が拭えなかった。

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