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18 金色の粒子

 それから数日はゆっくり過ごした。お母様は忙しそうだったけれど、夜は一緒に過ごす時間を作ってくれた。私は引き続きシュリとエリックと魔術の練習をしていたし、アンナも頑張っているようだった。


 入学準備は着々と進んでいる。……ナタリアに任せきりであるが。彼女には本当に本当に感謝している。3日後には魔術道具を揃えるためにこの街を出ることも決まった。勿論、杖も見に行く予定だ。今から楽しみで仕方ない。

 そんな平凡な日々を過ごしていたとき、シュリの元に神様からの念話が届いた。


「森に妙な反応が出ているから見に行ってくれ、とのことです」

「森に?」


 住宅街と広場を繋ぐ一本道は森の中にある。今日もそこを通ったが、変わった様子はなかったはずだ。


「いつもの道から奥に入ったところかもしれません」

「ああ、その辺なら滅多に行かないから分からないよね」


 明日行こうかと約束し、その日は何事もなく一日が過ぎた。


 翌朝、私たちは森へと向かった。神様が関わっていることにアンナとエリックを巻き込むことはできないため、今日はシュリと二人だ。


「この森も結構広いからねぇ。どこに行けばいいのか見当もつかないよ」

「そうですねぇ……」


 あまり深いところへ行くと、魔物と遭遇する可能性もある。魔術が上達したとはいえ、二人で退治できる自信はなかった。……シュリなら倒せるかもしれないけれど、後々のことを考えるとあまり目立つようなことはしたくない、というのが本音だが。

 何せ、先日お父様から忠告を受けたばかりなのだ。それは無詠唱魔術についてだったが、杖を持っていない子供が大規模魔術を使える、なんてことも知られない方がいいのだろう。

 周囲を警戒しつつ歩いていると、ふと先日のことを思い出した。


「そういえば、金色の粒子のこと聞きそびれてた」

「あれから色々と調べていました。あれは――」


 金色の粒子は、聖神力(せいしんりょく)――通称『マナ』。

 それはこの世界でいうところの魔素や魔力とほぼ同義で、体内のマナを放出したり、大気中のマナを操ることで魔術を発動する。つまり、この世界の魔術は魔素によるものだが、シュリが使っている魔術はマナによるものということだ。


 "聖なる神の力"であるマナを使うことができる者は、神様本人に加え、その眷属に限られる。それには神に仕える天使は勿論の事、神の庇護下にある人間――即ち、"転生課"に選ばれた者も含まれる。

 だが、両者には明確な違いがある。その能力が先天性か、後天性か。前者はマナを自由に使うことができるが、後者はある条件下でしか使うことができない。ある条件――それが、固有スキルだ。


 転生者は、固有スキル発動時に限りマナを使うことができる。通常、それは才能程度のものであるため、マナの消費量はごく僅かで済む。だが、【健康体】は違った。怪我をすればその都度マナが必要になるし、毒を摂取すれば浄化するためのマナが必要となる。その範囲や程度によっても消費量が変わる。そのため、私の健康を脅かす全ての事に対応するには通常の転生者程度の能力では足りず、マナを使いこなす能力――即ち、天使に準ずる能力が必要だった。


 そんなこんなで、私は"天使に準ずる能力を持つ転生者"となった。その能力は本物の天使にも見習いにも遠く及ばないものの、鍛錬次第では向上が見込めるらしい。

 人間としてこの世界にやってきたシュリはというと、天使(見習い)の能力を持つ人間――即ち、天使(見習い)に限りなく近い人間であるとのこと。今のところ、シュリはマナによる魔術――天界の魔術しか使えない。彼女が魔術を使う度にマナが出現していたのは、そのためだ。


「神様は、私が天使の能力を持っていることを知ってたの?」

「アリスが暴走しそうになったときに、気付いたようです」


 私はあの日の事を思い浮かべた。感情が抑えられなくなると同時に、周囲に金色の粒子――マナが舞ったのは覚えている。力が漲るような、溢れてくるような感覚は、普段魔術を使うときには感じたことのないものだった。シュリ曰く、あのとき私はマナを身に纏っていたらしい。神様はそれで気付いたそうだ。


「私がここに来たばかりのとき、魔力が半減していると言ったのは覚えていますか?」

「うん、覚えてる」

「それにはマナが関係していたのです」


 神様が管理する世界であるため、この世界にも勿論マナは存在する。だが、豊富な天界に比べると、その量は半分程度であった。一介の天使見習いでしかないシュリにはそんな知識はなく、自身の魔力が減ったように感じた。マナが少ないことから使える魔術も限られており、とても不便に感じていた。


 だが、そんな生活ももうすぐ終わり。彼女は先日、自分がこの世界の魔術を使えることを知った。ひょんなことから神様に「人間として下界に送り込んだのだから、当然でしょう」と言われ、衝撃を受けたそうだ。

 この世界の魔術が使えれば不便に感じることも減るはず、ということで今後はそれを習得するつもりらしい。その思考に、やはり天使見習いは何でもアリだな、と思わざるを得なかった。


「練習すれば、アリスも天界の魔術を使えるようになりますよ」

「そうかなぁ……」


 シュリが天界の魔術を使うのは記憶の改ざんくらいなもので、それ以外は私と同じ魔術を使っていると思っていた。だからこそ、競争心を抱いていたのだ。それなのに、常に天界の魔術を使っていたとは……寝耳に水である。

 それに、私は自身を普通の人間だと思っていたのだ。天使に準ずる能力を持っているとか、天界の魔術を使うことができるとか言われても、すぐに信じることはできそうになかった。


 戸惑う私を、シュリが真っすぐ見据えた。


「そこで役立つのが、あの杖です」


 それは、大天使リュシュシエル様の御加護を受けた杖。


 魔術道具とは、魔力が付与された道具のことだ。それぞれに効果やスキルを持ち、それを着用・使用することで、その効果を得ることができる。杖も魔術道具の一種だ。


「天使の加護を受けた魔術道具は、天界の魔術を補助する効果があります」

「補佐?」

「アリスがその杖を使えば、固有スキルを更に高めることができ、尚且つ、天界の魔術も使いやすくなるのです」

「ふぅん…」


 理解できたとは言い難いが、杖の補助があれば魔術が使える可能性は上がるかもしれない。そうしたらチート魔術師に一歩近づくかも、と思うと、自然と頬が緩むのを感じた。


「それじゃあ、お母様が治癒魔術を使うときに出てくるのは、何故?」

「それについては未だ不明ですが、普通に考えれば、お母様も"転生課"からの転生者である可能性が高いですね」

「転生者!?」


 私は今日、否、ここ最近で一番の衝撃を受けた。シュリの言う通り、普通に考えればそれ以外にないはずなのだが、それはそれ、これはこれである。身近に同じ境遇の者が居るなんて、考えたこともなかった。


「あくまで、可能性ですよ。神も全員を把握しているわけではありませんから」

「そっか……」


 あまりの衝撃に冷静さを失っていたようだ。普段から冷静さなんてかけらも持ち合わせていないのだが……


「今、見習いに調べさせているところだそうです」

「天使見習いってそんなこともするんだ」

「上の者の指令を遂行するのが、私たちの役目ですから」

「おお、かっこいい」


 シュリがはにかむ。彼女は自分の仕事に誇りを持っているようで、私が褒めたり感心したりすると、嬉しそうに笑うのだ。

 それにしても、天界のことが絡むと途端にシュリが賢く見えるから不思議だ。さすが200歳。長年天界で生活してきただけのことはある。


「……おっと、話に夢中になって見落とすところでした。あれ、何でしょう?」


 話し込んでいたことで、私は当初の目的を忘れつつあった。思考を切り替え、シュリが指さす方向に目を向ける。そこには緑に光る何かが見えた。


「何だろう。怪しい」

「行ってみましょう」


 爆発物のような危険な物の可能性もあるため、おそるおそる近付く。それはそこから動くことも、爆発することもなかった。そこにあった、否、居たのは――


「もしかして、妖精……?」


 前世でもそれを描かれた作品は数多くあったように思う。視線の先にいるのは、私のイメージする妖精そのものだった。半透明の小さな羽、緩いウェーブの緑色の長い髪、そこから覗く僅かに尖った耳をもつ、小さな女性。彼女は、そこに静かに横たわっていた。微動だにしないその様は、寝ているようにも、倒れているようにも、死んでいるようにも見えた。


「この世界に妖精なんていたの?」

「私は聞いたことがありませんね…」


 2人してまじまじと見つめる。離れたところから見ると緑に発光しているように見えたが、どうやら薄らと緑色のもやを纏っているようだ。その様は、いつかのシュリを彷彿とさせた。


「ねぇシュリ、触ってみてよ。生きてるのか死んでるのかすら分かんないよ」

「嫌ですよ。アリスが触ってください。何かあっても自動治癒が働くんですから」

「えー、シュリだって治癒魔術使えるでしょ」

「では、じゃんけんとやらで決めましょう」

「お、じゃんけん。良く知ってるね。久しぶり――」

「ちょ……うる………い」

「何か言った?」

「いえ、何も」

「じゃあいくよ。じゃーんけーん――」

「だから、うるさいってば!」

「……え?」


 明らかに足元から声が聞こえたのが分かった。見下ろすと、生きてるのか死んでるのかすら分からなかったそれが、いつの間にか胡坐をかいて座り、右手を挙げ――


「喋って……る?」

「気持ちよく昼寝してたのに! うるさいんだけど!」

「怒ってる……」


 シュリと顔を見合わせ、再び妖精と思しき女性に目を向ける。2人して顔を近付けまじまじと見つめると、彼女は信じられないものでも見たかのように大きく目を見開いた。


「ぎゃあぁぁぁぁ!! にんげんーーーーー!?」

「今頃……?」


 彼女は叫んだ後、そのまま後ろにふらりと倒れた。

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