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16 決意

「アリスー、シュリー! おっ、エリックとアンナも居るじゃないか! おーい、皆戻ってこーい」


 野太い男性の声が響いた。どうやら痺れを切らしたようだ。その声に、周囲にいた者達が好奇の眼差しを向けたのがはっきりと分かった。本人は慣れているのか興味がないのか、そんなものは気にも留めていないようだ。

 視線を向ける大人はお父様の事を知っている者が大半のようだが、子供は知っていて歓声を上げる者が3割、興味本位で見ている者が7割、といったところか。あの中には入りたくない、とたじろいでいると、アンナに背中を押された。


「行きましょう。おじさまが呼んでる」


 気丈に振舞うアンナを見て、胸が苦しくなった。彼女の頑張りはよく知っている。いくら本人が自信ないと言っても、私は彼女の合格を信じていたのだ。大好きな人の初めての挫折は、私の心にも大きな傷を与えた。

 お父様とナタリアの元へ向かうと、周囲の視線を意に介さず、お父様が口を開いた。


「お前たち! どうだったんだ?」


 その言葉に迷うことなく口を開いたのは、意外にもアンナだった。


「私は、合格できませんでした。でも総合学校には通いません。一年間特訓し、来年また受験します」

「……一年後、もし駄目だったらどうする?」


 私と同じ青色の瞳が、真っすぐにアンナを見つめた。同時に、騒がしかった周囲の声がぴたりと止んだ。アンナと同じ道を選ぶ子は多い。中には諦めきれずに何年も受験する子も居るらしい。それでも合格できるとは限らない。きっと、この中にそのような者もいるのだろう。


「そのときは、諦めて総合学校に通います。そこでも武術は学べますから。…ですが、できることなら私は武術学校に通いたい。これから一年間、悔いのないよう、特訓に励みます」

「そうか、よく言った。期待しているぞ」

「ありがとうございます」


 アンナは綺麗な敬礼をした。その姿は、正しく騎士そのものだった。先日とは違う、初めて見る彼女の姿に思わず見惚れた。周囲からも感嘆のため息が漏れる。やはり彼女は精神力がすこぶる強いな、と思った。

 アンナは振り返り、私の手を引いた。吹っ切れたように笑う彼女は、すごく綺麗だった。


「ほら、次はアリスの番」


 周囲の視線を感じて、ゴクリと息を飲む。私だって、アンナに負けてはいられない。


「わ、私は、合格した!」

「オレも!」

「私も、です」


 全員の言葉を聞いて、お父様は満足気に笑った。


「そうかそうか! 良くやったぞ!」


 周囲から、称賛と非難の混じった声が聞こえた。……早くここから立ち去りたい。

 お父様の後ろに目をやると、手で口元を抑え目には涙を浮かべるナタリアの姿があった。


 ――私たちは、未来に向かって歩き出す。




=====




 翌日、お父様は中央へと出発した。


「たまにウェルリオにも寄るから。近いうちにまた会おうな」


 そう言って馬で颯爽と駆けて行く姿は、少し格好良かった。背中には瑠璃色のマントが靡く。私はそれが見えなくなるまでその場から動けなかった。


 合格が決まったため、色々と準備が必要になる。寮に入るため住む場所を探す必要はないものの、生活用品等を揃えなければならない。

 それと、もう一つ、大事なもの――杖だ。できることならリュシュシエル様の杖を手に入れたいところだが……どうなることやら。あれからシュリの元にそれに関する報せがないことから、杖自体は無事なのだろう。

 居間のソファに座りそんなことを考えていると、ナタリアから良い報せが届いた。


「アリスお嬢様、シュリお嬢様、本日は奥様が戻られるそうですよ」

「本当!?」

「ええ。今しがた連絡がありました」


 お父様と入れ替わるように、お母様が帰ってくるらしい。お母様にはまだ合格したことを伝えていない。通信用魔術道具を使うことも考えたが、やはり直接言いたかった。


「ナタリア、何か手伝うことはない?」


 今までは彼女に任せきりだったが、私ももうすぐこの家を出る。今までお世話になった分、恩返しをしたいと思うようになっていた。すぐに言葉を返さないナタリアを不思議に思い目を向けると、彼女は目に涙を浮かべていた。


「……なっ! どうしたの!?」

「お嬢様の成長に感極まってしまいました……」


 ……もしかして私、今まで自ら手伝おうとしたことすらなかった……?いやいや、そんな、まさかねぇ。


 過去を思い返してみる。……もしかしたら、もしかするかもしれない。自分の駄目さ加減に愕然とした。前世の記憶が、こんなところにも影響していたとは。虚弱だったため、「そんなことしたら体調崩すでしょう」と手伝うことも止められていたのだ。……と、ここまで考えて気付いた。記憶、関係ない。記憶が戻る前からそうだったことに気付き、何とも言えない気持ちになった。


 ――ナタリア、ごめんね。私、今までの分を取り返すかのように働いてみせるわ!


「私たちにできることなら、何でもするから!」

「"たち"って……私もですか」

「当然でしょ!」


 隣に座るシュリも巻き込み、ナタリアの言葉を待った。


「でしたら……お庭のお手入れを手伝っていただけませんか?」


 普段依頼している庭師の体調が優れないらしく、しばらく庭に手をつけれていなかったそうだ。窓越しに外を見ると、珍しく芝の高さが不揃いで、花壇には草もポツポツ生えていた。


「もっちろん! 任せてよ!」


 シュリと二人で外に出る。ナタリアは「仕事が終わり次第向かいますね」と言っていたが、できれば彼女が来るまでに終わらせたい。


 ――ここは我が家の庭。誰も見ていない。ここなら、本領発揮できる!


 庭の手入れとはいえ、ここは魔術のある世界。そんなものは魔術で終わらせれば良いのだ! ナタリアもそれを察して私たちに頼んだに違いない!


 庭に降り立ち、息を整える。大事なのはイメージだ。


 まずは芝の高さを均一に! ――ウィンド・カッター!

 邪魔な草の根元を抉る! ――アース・ディグ!

 それを一箇所に集める! ――ウィンド・コレクト!


 いつかのシュリのように「おらおらー!」と言いながら魔術を使っていく。この一見地味な魔術は、細かい制御や調整が必要なため、意外と難しい。ちらりとシュリを一瞥すると、私と同じような手順で黙々と作業を進めていた。私と違うのは、彼女の手元からは金色の粒子が出ているということ。いつ見ても綺麗だな、と感心した。

 花壇と庭に散水すれば終了、というところで魔力が少なくなっていることに気が付いた。どうやらシュリも同じのようだ。


「ふぅ、休もうか」

「ええ」


 庭の一番大きな木の下に座ると、風が頬を撫でた。私は疲れながらも、初めてお手伝いをしたという満足感に浸っていた。隣を見ると、だらりと座るシュリの姿が目に入る。


 ……私もお母様やシュリのように金色の粒子でも出せたら、チートっぽく見えるのかなぁ。


 何気なく浮かんだ考えだったが、一つの疑問が生じた。


 ……そもそも、あれ、何だろう?


「ねぇ、シュリが魔術を使うといつも出てくる、金色の粒子って何なの?」

「きんいろの、りゅうし?」


 シュリが首を傾げた。余程疲れているのか、思考が働いていないように見える。


「いつも出てくるじゃない。さっきも出てたよ。あとは……そう、お母様が治癒魔術を使うときも出てくる。私からは、怪我をして私の固有スキル【健康体】が発動した時くらいしか……って、どうかした?」


 見ると、シュリが目を見開いて固まっていた。僅かに震える唇から、無理矢理声が捻り出される。


「い、今、金色の粒子と言いました?」

「言ったけど」

「それが、私から出ていると?」

「うん」

「そしてそれが、お母様とアリスからも出ていると?」

「そうよ」


 シュリは私の答えを聞くと、目を白黒させた。


「い、いつから見えていたのです?」

「そういえば、記憶が戻る前はお母様からしか見たことなかったかも」

「ということは、記憶が戻る前から!?」

「もー、それが何だっていうの!? 早く教えてよ!」


 シュリは混乱していたようだったが、私の声で我に返ったようにピタリと動きを止め、静かに私の目を見据えた。突然変わったその雰囲気に、何故だかぞわりと鳥肌が立つ。


「最後にお聞きします。以前、神が思念体となって表れたとき……あのときも、見えていましたか?」

「……うん」


 思念体が現れるときは、全て見えている。姿より先に見えるのだから、間違いない。私の返事を聞くと、シュリは大きな溜息を吐いた。頭を抱えて「アリスは一体どこまで例外なんですか」と呟く。


 ……そんなの、私が知るわけないでしょ。


「少々不思議な点もありますが……1つ、確信しました」


 そう言うと、シュリは私の目を見据えた。


「アリスは私の母――大天使の杖を手に入れるべきです」


 はっきり、きっぱりと言われたが、さっぱり分からなかった。

 金色の粒子の正体を聞いたはずなのに、何故杖の話が出てくるのか。手に入れるつもりではあったが、急に言われると疑問に感じる。


「な……なんで?」

「まずは、金色の――」

「あら、もうこんなに綺麗にしていただいたのですか」

「ナタリア」


 自分の仕事を終えたらしい彼女が、笑顔でやって来た。シュリから『続きは後で』と念話が届く。気になるが、仕方ない。


「お疲れでしょう。残りは私でもできますから。お休みになってください」

「ありがとう」

「奥様はじきに戻られると思いますよ……あら、噂をすれば、ですね」


 彼女の言葉を受け耳を澄ませると、ガラガラと車輪の音が聞こえた。この辺りで馬車を使う者は限られている。

 私は疲れていることも忘れて走った。早く姿を見たい、その一心で。門をくぐり道に飛び出すと、見覚えのある馬車が目に入った。先日私たちが乗ったものよりもしっかりした作りの白い馬車。大きく手を振ると、それに応えるように中から顔を覗かせてヒラヒラと手を振る女性の姿が見えた。


 馬車が門の前で止まる。一人の女性が優雅に地上に降り立った。


「お母様!おかえりなさい!」

「ただいま、アリス」


 私と同じ金色の髪、真っ白なローブを身に纏う、私の大好きなお母様が久しぶりに帰って来た。

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