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15 忠告と合格発表

「この際だから、アリスにはおじさまの素晴らしさをしっかりと知ってもらうわ!」


 アンナの鼻息が荒い。本人を目の前にしてその素晴らしさを熱く語るとは……騎士を目指しているだけのことはあるな、と思った。精神力がすこぶる強い。ちらりとお父様を一瞥すると、気恥ずかしいのか苦笑いをしているのが分かった。


 武術学校に通う者の多くが憧れ志願する、騎士。だが実際のところ平民が選ばれるのは稀だという。その上位職にあたるのが、近衛騎士。それは精鋭のみが就くことを許されている――というのは表向きの話で、実際のところは貴族の精鋭のみが選ばれる。騎士がほぼ貴族専用職であることから、それに平民が選ばれるのはほぼ不可能であることが容易に想像できる。


「それなのに、平民ながら近衛騎士に選ばれたのよ! そんなの聞いたことないわ!」

「へ、へぇ……」


 それがすごいことなのは分かるが、アンナの勢いに圧倒されて少し引いてしまった。


「しかも、領主様直々の御指名なんだから!」

「間違ってはいないが……アンナ、やけに詳しいな……」

「騎士を志す者として、知ってて当然です」


 彼女が誇らしげに笑った。その笑顔は可憐な少女のそれなのに、内容が全く見合っていない。仲間内に情報通や信者でもいるのだろうか。以前はここまで心酔している様子は見られなかったのに……アンナを変えた奴、出てこい。


「まぁ、ゲルハルト様とは旧知の仲だからな。以前からお声を掛けて頂いてたんだ」

「そうなんだ……」


 ――ゲルハルト・フォン・ヴェンガルデン

 これが、現領主の名だ。領主様と旧知の仲である平民……そんなことが有り得るのだろうか。本人が言うのだから間違いないが、どうにも実感が湧かなかった。


「これほどの方とお話しできるばかりか、お稽古までつけていただけるなんて……私、神に感謝いたします!」


 アンナが手を組み、涙目で空を見上げ始めた。まるで聖女のような佇まいが、その残念さを際立たせた。……なんて思ったのは秘密である。

 アンナには悪いが、ようやく彼女が落ち着いたことにホッと胸を撫でおろした。


「まぁまぁ、その話はこの辺で。そろそろ帰ろうか」


 彼女は少々話し足りないようだったが、お父様の言葉に素直に頷いた。

 アンナとエリックを家まで送り届ける。今日はエリックの影が薄かったな…と失礼なことを思いつつ三人で歩いていると、家まであと少しというところでお父様が口を開いた。


「アリス、シュリ。少し三人で話さないか」

「え? いいけど……」

「私も構いません」


 論より実践! なお父様に誘われたのは、初めてかもしれない。突然の言葉に驚いたが、シュリの『お父様が何か気付いたようですね』という言葉を思い出し、納得した。

 お父様は一つ頷くと、そこから少し離れた、人通りの少ない場所へと私たちを誘導した。シュリと二人で大きめの岩に腰かける。お父様は地面に胡坐をかいて座った。


「二人とも、無詠唱魔術が使えるようになったのか?」


 そう言ったお父様はの表情は、怒っているでも喜んでいるでもなかった。表情の読めないその顔に些か不安を覚え、身体が少し硬直する。


「うん、そうだけど……?」

「その年齢で、か」


 お父様は私たちを交互に見た後、大きな溜息を吐いた。そして、苦し気な表情で私たちを見つめた。


「いいか。無詠唱魔術は人前では使うな。……少なくとも、学園を卒業するまでは」

「えっ! どうして!?」


 せっかく使えるようになったのに、人前で使うな、とはなかなか酷な事を言う。人前で使えなければ、練習できる場所も限られてくるのだ。私はチート魔術師になりたいのに、夢への道が遠のいた気がして悲しくなった。


「その年齢で使える奴はほぼ居ない。これがどういうことか、分かるか? お前たちは悪い奴らに目を付けられるかもしれない」

「悪い奴ら?」

「ああ。この街は平和だ。だからお前たちが知らないのは無理もない。だがな……この世界には、お前たちが想像すらできないような悪い奴らがごまんといるんだ」


 お父様は小さく「貴族とか、な」と呟いた。


「危険視されて消されるかもしれない。攫われて利用されるかもしれない。突出しすぎた才能というのは、そういうことも引き寄せる。お前たちの知らないうちに」


 いつになく真剣な表情から、それが心からの言葉だと悟った。職業柄、そんな事を嫌なほど耳にしているのかもしれない。

 神様に消されずに済んだばかりだというのに、貴族とはいえ同じ人間に消されるなんて、たまったもんじゃない。私は納得せざるを得なかった。


「わかった……」


 ふと、いつかの記憶が浮かんだ。


 ――あ、やばい……


「分かってくれたなら良いんだ」とホッとしているお父様には、非常に言いづらい。でも、言わねばならない気がした。


「あのう……私、実技試験で使っちゃった……」

「私も使いました」

「なんだって!?!?」


 私たちの発言を受け、お父様が頭を抱えた。次いで、「いや、そうなるよなぁ」とか「こんな事になっているなら、早めに休暇をもらうんだった」とか「あいつは一体どんな教育したんだ」とかブツブツ呟く声が聞こえた。

 お父様は一つ大きな溜息をつくと、覚悟を決めたように私たちを見据えた。鋭い視線に射貫かれ「うひぃ」と小さく声が漏れる。自然と背筋が伸びた。


「お前たちの実力なら、合格は間違いないだろう。学園長には話をつけといてやる。他には漏らすな、ってな」

「学園長?」

「……こっちの話だ。気にすんな」


 なんだかよく分からないが、お父様に任せておけば大丈夫な気がした。なんたってラピスラズリなのだ。間違いなく、この領で一番頼りになる平民だろう。


「うん。ありがとう」

「お願いします」


 お父様は立ち上がると、ニッと少年のような笑顔を見せ、その大きな手で私たちの頭を撫でた。ゴツゴツしたその手からは、お父様の努力と苦労を感じた。


「その歳で無詠唱魔術とは。さすがは俺の娘だ!」


 その言葉で、強張っていた身体が一気に解れた気がした。


「魔術に関しては、お母様の、だよ!」

「アリスは厳しいなぁ」


 お父様が、ガハハと笑った。


「帰るか」

「うん」

「はい」


 お父様を中心に、三人で並んで歩く。大きな手に包み込まれた左手が、とても温かかった。




 =====




 次の日からも、同じような日々が続いた。お父様は休みとはいえずっと家に居ることはできないようだったが、暇を見つけては私たちを稽古に連れ出した。珍しいことにお母様は暫く帰って来れないらしく、両親が揃うことはなかった。それだけが心残りだ。


 そして、私たちは遂に合格発表の日を迎えた。今日はお父様も朝から時間を作ってくれたようで「一緒に見に行くぞ」と前日から張り切っていた。このために帰って来たようなものだから当然と言えばそうなのだが、とても嬉しかった。


「よし! 心の準備はいいか? 行くぞ!」

 

 お父様の一言で、ナタリアも一緒に役所へと向かう。ここの掲示板に合格者の名前が貼りだされるのだ。お父様から合格は間違いないと太鼓判を頂いたものの、やはり緊張してしまう。合格発表独特の緊張感なのだろうか。前世では経験のないその感情に、全身が心臓になったかのようにドクドクと脈打つのを感じた。ナタリアと繋ぐ手に力が籠る。目を合わせると、力強く頷いてくれた。


「アリスお嬢様、シュリお嬢様、いってらっしゃいませ」

「見たらすぐ戻ってくるんだぞ」


 混み合うため、保護者が付き添えるのは掲示板から少し離れたところまでとなる。

 二人の言葉に大きく頷き、シュリと手を繋ぐ。

 未来を示すその場所に、力いっぱい駆け出した――


「お! アリス! シュリ!」


 聞き覚えのある声がした。人混みから現れたのは、見慣れた赤い髪。


「二人の名前あったぞー。もちろん、オレも」

「……言うなあぁぁぁぁぁぁ!」


 ――名前を探すドキドキ感とか、見つけたときの感動とか、味わいたかったのにぃぃ!


 エリックの傍に駆け寄り、ぽかぽかと頭を叩く。「何だよ、喜ぶとこだろ?」と言う声が聞こえたが、そんなの無視だ。私は半泣きで叩き続けた。


「アリス。改めて見に行きましょう。エリックも」

「……うん」

「悪かったよ。行こう!」


 人混みを掻き分け、掲示板の前に立つ。



 ヴェンガルデン領立魔術学校 ウェルリオ学園

 合格者 アリス・クレール

     エリック・ラドフスキー

     シュリ・クレール

              以上3名



「あ……あ…………あったぁ……」


 涙で目が霞む。夢を見ている気分だ。……先にエリックから聞いてたけど。それでも、自分で見ると感動の度合いが違った。涙を袖で拭い、もう一度確かめる。そこに記されているのは、間違いなく私たちの名だ。シュリと抱き合い、喜びを分かち合った。彼女の頬がキラリと光った気がした。


 私たち三人は、ホーヴィッツから10数年ぶりに出た、魔術学校の合格者となった。


 感動に浸っていると、ふと周囲の視線に気が付いた。羨望と妬みの入り混じったそれに居心地が悪く感じ、その場を立ち去ろうと踵を返す。その時、向かいの掲示板が目に行った。それは、武術学校の合格発表用のもの。こちらは既に人が少なくなっていた。


 ……アンナ、どうだったかな。


 周囲を見渡しても、彼女の姿は確認できなかった。このまま見に行くか直接聞くまで待つか迷っていると、前方からシュリの声が聞こえた。


「アリス……」


 シュリはいつの間にか掲示板の前に立っていた。連れ戻そうと彼女の元へ向かう。


「ちょっと、先に見に行くなん……て……」



 ヴェンガルデン領立武術学校 ドリナス学園

 合格者 ――――――

     ――――――

          以上2名



「……あっ………」


 うっかり目に入ってしまった。やらかした、と思いシュリの腕を掴んだ直後、背後から声を掛けられた。それは、聞き慣れたものとは少し違う、少し掠れた弱々しい声。まるで、今まで泣いていたかのような――


「アリス、シュリ、エリック。おめでとう。私は……って、もう、知られちゃったね」


 振り向くと、そこには眉を八の字にして笑う少女の姿があった。


「アンナ……」

「私は大丈夫。さ、皆で喜びましょ!」


 ホーヴィッツから数年ぶりに出た、武術学校の合格者。


 アンナの名前は、そこにはなかった。

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