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14 お父様の帰宅

 私たちは馬車に乗り、ウェルリオを出発した。

 道中はナタリアがこの国のお金について教えてくれた。この国では領ごとに通貨が異なるらしい。私が予想した通り、数字の前に書かれていた『T』というのがこの領の通貨単位で、読み方はティオル。つまり、あの魔術通信機は20万ティオルで売られているということだ。

 色々な物の値段を聞いたところ、日本円に換算すると1ティオル=10円程度であると推測できた。子機が200万円……信じられない。我が家の魔術通信機も相応の値段なのだろう。エリックが驚いたのも納得だ。


 そんなこんなで何事もなく2日間の馬車の旅を終え、ホーヴィッツへと帰ってきた。役所に馬車を返却し、歩いて家へ帰る。

 途中、アンナの家の前を通ると、彼女が二階の窓から顔を覗かせていた。同日に行われた武術学校の入学試験を終え、一足先に戻っていたようだ。


「アンナー!」


 気付いて欲しくて大声で名前を呼び、大きく手を振った。それに気付いた彼女が手を振り返す。


「アリス! すぐに行くから、そこで待ってて!」


 彼女はそう言うと即座に顔を引っ込め、言葉通りすぐに外へと現れた。皆と挨拶を交わした後、二人で抱き合って笑う。少し前まで毎日一緒だったのに、暫く会えていなかったのだ。同じ高さにあったはずの赤い瞳は、いつの間にか少し上にあった。


「試験、どうだった?」

「そうね……座学はできたと思うけれど、実技が、ね。皆よく訓練していたのよ」

「そっか……」


 馬車でドリナスを通過したあたりから、ずっと気になっていた。

武術学校の試験も難しいことで有名だ。魔術学校の噂と同じでどこまでが事実なのかは分からないものの、実技試験は対戦方式で行われるため自分の実力が何となく分かるらしい。アンナからは良い答えが聞けなかった。


「皆はどうだったの?」

「私たちは……まぁ、頑張ったよ」

「その様子だと、余裕だったのね。さすがだわ」


 ふふ、とアンナが笑った。彼女の話を聞いた後に「めちゃくちゃ簡単だったよ!」……なんて言えるはずもなくつい言葉を濁してしまったのだが、彼女にはお見通しだったようだ。


「発表が楽しみね」

「うん、アンナも」


 合格発表は役所の掲示板に貼りだされる。娯楽の少ない田舎のホーヴィッツではちょっとしたイベントのようになっており、発表の日はとても賑わうのだ。私も去年アンナと一緒に見に行った。「来年はここに私たちの名前が貼りだされると良いね」と話したのを覚えている。


 アンナも誘って皆で家へと帰ってきた。門をくぐると、自分の居場所に戻ってきたようで少しホッとした。今日はゆっくり休もうと心に決めると、ドアノブに手をかけ誰も居ない広間に向かって声を発した。


「ただいまー」

「おう、おかえり!」

「え? お父様!?」


 扉の先から聞こえた声、ソファで寛ぐその姿は、紛れもなくお父様だった。


「アリス、シュリ! 元気にしてたか?」


 お父様はそう言うと、床に片膝をついて両手を大きく広げた。今まではその真ん中に走って向かったものだが、今はシュリと双子だ。……設定上は。

 シュリと顔を見合わせて頷く。私が右、シュリが左へと向かい片腕に一人ずつ収まると、お父様はそのまま私たちを抱きしめた。その様子からこれが正解だったと悟り、気付かれないようこっそり安堵の息を吐いた。直後、お父様と初対面のシュリから『いきなり抱き着くのはハードル高いです』という念話が聞こえて吹き出しそうになった。本当に急な念話は止めて欲しいものだ。


 お父様から離れ、改めて視認する。前世の記憶が戻ってから初めて見るその姿は、以前より更にがっしりしているように見えた。


「元気だったか? 全然帰ってこれなくてごめんな」

「ううん、忙しいんだから仕方ないよ」


 ……その理由は知らないけどね。


 お父様は魔術騎士だ。それ以上のことは何も知らない。この世界では9歳なのだから、そんなものだろう。特に気になったこともなかった。

 座学でも騎士についてはほとんど学んでないしね、と思うと同時に、お父様の肩に掛けられたマントに目が行った。綺麗な青いマント。少し紫みを帯びた、深い青。


 ……この色は、確か、瑠璃――ん?瑠璃色のマント?


 瑠璃色のマント――その言葉は確かに聞き覚えがあった。だがそれ以上のことは思い出せず、背後から投げ掛けられた声によって、頭の隅に追いやられた。


「おじさま!」


 聞こえてきたのは、感情の高ぶったアンナの声。今の彼女の表情は容易に想像がつく。感動で少し震えながらも、満面の笑みを見せているはずだ。


「おお、アンナ。エリックも、よく来たね」

「はい……!」

「おじさん、帰ってたんだね」


 お父様が二人の元に歩み寄り、頭を撫でた。アンナの顔が緩む。この顔、おじさんには見せられないな……と、アンナの父親に同情した。

 広間のソファに座ると、ナタリアが紅茶を淹れてくれた。慣れた味と慣れた場所のおかげで、ようやく一息つくことができた。


「お父様、今回はいつまで居るの?」

「一緒に発表を見たくて帰ってきたからな、10日くらいか」

「そっか」


 いつもより短いのは悲しいが、一緒に見に行けるのは嬉しかった。そんな理由で休みを取れるのだから騎士団内で優遇されているのかと感じたが、この世界では普通なのだろうか。


「その間、存分に相手をしてやろう。何なら今から広場にでも行くか? 久しぶりだな!」

「今日はここで――」

「ほら、行くぞ!」


 お父様が私たちを急かす。ゆっくり休もうと思ってたのに……という私の呟きは、その耳に届いていないようだ。思い立ったら即行動、なところは以前から変わらない。ブツブツと文句を言っていると、今度は黄色い声が聞こえた。


「私も、是非お供させてください!」


 見ると、アンナがキラキラと目を輝かせている。私は思わず頭を抱えた。





 ナタリアに見送られ、皆で広場へとやってきた。今日はいつもの魔術用ではなく、武術用の方へ来ている。とはいえ同じ広場の中で何となく分かれているだけなのだから大した違いはない。入学試験が終わったこともあって、他には誰も居なかった。

 当然のように横一列に並び、お父様と向き合う。シュリが戸惑いつつ私の隣に並んだ。


「よし。皆、準備は良いか?」


 コクリと頷くと、シュリから念話が届いた。


『今から何をするのですか?』

『一斉にお父様へ攻撃をしかけるのよ』

『……なるほど』


「よし、来いっ!」


 一番に動いたのはアンナだった。普段から武術を学んでいるだけあって、動きが早い。2メートルはあるであろう間合いを一瞬で詰め、懐へと入り込んだ。顎を狙って右手を振り上げる。

 その瞬間、お父様がニヤリと笑った。アンナの一撃を少しの動きでかわし、振り上げられた腕を左手で掴んで背中へと捻る。アンナが「ぐっ」と呻き声を上げると同時に、エリックがお父様を狙った。


「ウィンド・カッター!」


 言い終えるのとほぼ同時に、無数の風の刃が出現し、飛んでいく。小さいけれど数が多い。軽く30は超えているであろう。

 四方八方に回り込んで標的を狙うそれを全て避けるのは、さすがに難しいだろう。お父様はそれを一瞥すると、右手を前に突き出した。


「ウィンド・ストーム」


 手のひらから風の渦が発生する。同時に、全てのウィンドカッターがみるみるうちに吸い込まれてしまった。エリックが悔しそうに顔を歪める。


「シュリ、いくよ!」

「はい!」


 ――無詠唱魔術のお披露目よ!


 私は心の中でニヤリと笑った。今までの特訓の成果を披露するのだ!

 シュリが私から離れるように走る。お父様がそれを視線で追うのを確認すると同時に、魔術を発動した。


 足元を崩すように――アース・ピット!


 私は足元を不安定にさせるために小さな落とし穴を生成した。お父様の左足が少しだけぐらつく。それにより少しバランスを崩したが、アンナを抑える手を放し跳び上がることで避けた。

 跳んだことにより一瞬できた空中での隙を狙って、シュリが小型のファイヤーボールを撃つ。それはまるでピストルのように、狙った方向に高速で飛んでいく。


「アイス・ウォール」


 シュリが撃った火の弾丸を、分厚い氷の壁で瞬時に打ち消す。氷がシュゥッと音を立てた。


「ここまでだ」

「えっ?」


 お父様の低い声が響いた。次の攻撃に移ろうと思っていたのに、肩透かしを食った気分だ。いつもは私たちの息が上がるまで続けるのに、珍しい。

 私の疑問をよそに、お父様の笑い声が響く。


「全員、動きが良くなっているぞ。アンナはスピードが上がっている。エリックも発動まで早かったし、あれだけの数を同時に出せるなんて大したもんだ。アリスとシュリは……あー、まぁ、毎日頑張っていることが分かったぞ」


 褒めてもらえると思ったのに、私たちだけお褒めの言葉が弱いことを不満に感じた。口を尖らせていると、シュリから念話が届いた。


『お父様が、何か気付かれたようです』

『何かって?』

『そこまではわかりませんが……』


 シュリと念話をしていると、アンナがお父様に駆け寄るのが見えた。目の前で立ち止まり、綺麗な敬礼をする。


「この度は、ラピスラズリへの御入団、おめでとうございます」

「おお、もう知っていたのか。ありがとう、アンナ」


 ――ラピス、ラズリ? ……あぁ、近衛騎士団か。


 そうそう耳にすることのないその言葉に首を傾げたが、すぐに思い出した。つい先日ナタリアに教わったそれは、領主であるヴェンガルデン公爵家直属の騎士団だ。属するのは、瑠璃色のマントを身に纏う騎士の精鋭たち。そのマントの色から、ラピスラズリと呼ばれて――


 あっ、と小さく呟く。瑠璃色のマント――それは、近衛騎士の証。先程思い出せなかったことがすんなり解決して一人で満足していると、瑠璃色のマントが視界に入った。


 ……そうだったあぁぁぁぁ!


「お父様、近衛騎士になったの!?」

「お前には伝えたはずだぞ……」


 驚いて目を丸くしていると、お父様は呆れたような悲しそうな複雑な表情で私を見た。なんだか悪いことを言った気かして、ばつが悪く感じた。

 知らないのはきっと私だけじゃない! と仲間を求めてシュリに目を向けると、呆れたように「聞きましたよ」と言われた。その顔には、そんな事すら知らないなんて、と書いてあるように見えた。……裏切者!


 お父様は魔術騎士。それ以上でも以下でもない。そう思っていただけに、衝撃は大きかった。


「だって、近衛騎士って……」


 ――それは、貴族のお仕事。貴族である領主様の護衛をするのだから、貴族でなければならない。…あれ? 貴族の方が好ましい、だっけ? それとも貴族が多い??


 曖昧過ぎる記憶に、嫌気がさした。もういいや、と何事もなかったかのように、お父様に微笑む。


「お父様、おめでとうござ――」

「アリス! 何で覚えていないの! 私、何度も言ったのに!!」


 話を終わらせようとしたが、アンナの声に遮られた。初めて見るアンナの姿に、目を見開く。アンナは眉を吊り上げ、怒っていた。私は雷に打たれたような衝撃を受けた。あの温厚なアンナが、怒ってる……?

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