琥珀色の雫の音の
雨音はピアノの調べ。
土をたたく音は寄せては返す波。
跳ねてきらめく雫はあめ玉。
世界の色をにじませてキラキラ。
希望は道端に落とされた古びた鍵のように、誰かに拾われるのを待っているから。
傘を持たずに出かけよう。
駆け込んだ雨宿りの軒先、そこにも不思議はあるのだから。
カラン、古びたドアベルがまろやかな音を奏でて、セピア色の静寂を破る。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた声音で出迎える店主の、声だけが暗がりから聞こえて来る。
きっといつも通り、古書の修復作業にでもかかりきりなのだろう。
雨に打たれて冷え切った肩をすくめながら、少年は目深にかぶった外套のフードを取りもせずに店内を軽く見渡した。
本を痛めないように照明を絞ってる店内はどこか薄暗く、雑然と並べられた本も相まって秘密めいた独特の空気が満ちている。
それは、古い本の特有の匂いのせいか。
あるいはそれの秘める、特別な力のせいなのか。
「申し訳ありませんが、そこらの本でも読みながら待っていていただけますか、ルーイン」
呼び掛けられた常連らしい少年は手近な本に手を伸ばしかけて、慌てたように引っ込める。
「おい、アジュ。これ禁書じゃねぇか。こんなもん転がしとくなよ、危うく手が片方持ってかれるところだっただろ!」
「大丈夫ですよ、貴方の実力なら御しきれる程度の掘り出し物でしかないですから」
いらだった様子で舌打ちする少年に、あわてた様子など欠片もないのんびりとした声が応える。
「だからってなぁ」
「だってそれ、古代リエンディーン語で書かれている書物ですけどね、内容自体は占いとかまじない止まりでしかないんですよ」
「いやいや、その時代のそのたぐいのモンって、現代の並の術者じゃ代償として命取られるレベルでゴッソリと力持ってかれるヤツだろ。十二分に危険物じゃねぇか」
「やれやれ、だから貴方なら平気だと言ったんですがね。いつものことながら、いまひとつ言葉の通じない方ですね」
「だからそういう問題じゃないって俺は言ってるんだよ!」
ため息をつくアジュに、ルーインは声を荒げる。
急激な動きに外套のフードが外れて、適当に束ねられた紺青の髪がこぼれ落ちる。
はらりと舞い落ちた髪の毛が適当に積まれたままの本の上に落ちて、パリッと音を立てて光が走る。
「ああああー。言わんこっちゃねぇ。だからこの前も、迷い人を呼び込んで危うく死亡事故起こしかけたのを俺が収拾したのを忘れてんだろ、この古文書オタク!」
「研究者、または蒐集家と呼んでください」
「そして反省しないのな、お前はいつもいつも!」
深いため息をついたルーインは、不意に緊張した様子で扉を振り返る。
開いた様子のない扉の前に夢うつつでぼんやりと立っている子どもに、ため息をついて額に手をやる。
「アジュ、お客。今度は何やらかして呼び込んだ?」
「んー? ええとね、未来の花嫁を呼び寄せるって書いてあるかな。いつもお世話になっている貴方への感謝の印ですよ」
「おい! 何とか、今すぐ、送り返せ! こんな子ども、どう考えたって誘拐だし犯罪だから!」
慌てて暗がりの向こうに駆け込むルーインに、アジュはおっとりと微笑む。
「大丈夫ですよ。彼女は夢だと思っているはずですから」
「お前……ちょっとは反省しろよ!」
ルーインの叫びに、アジュはそっと耳をふさいだ。
「あのぅ……ちょっと雨宿りさせてもらっても良いですか?」
ドアベルの音と共に入ってきた女性に、彼は微笑む。
風に紺青の髪が舞って、女性はパチパチと瞬きをした。
「あの、」
「古い本は、お好きですか?」
女性の言葉をさえぎって言葉をついだ彼は、女性が雨から守るように抱きしめていた本の表面を、懐かしそうになぞる。
「琥珀色の雫の音の……」
「降り注ぐ日の物語」
彼は、柔らかな笑みを浮かべて彼女の手から本を取る。
「確かに、返してもらったよ。小さな迷い人さん」
その言葉に、彼女は。