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後編



「何年ぶりかしらね、この身体を使うのは」


 紅く彩られたダンスホールに立ち、私は独りごちた。

 手を閉じたり開いたり、身体の感覚を確かめながら、まずは周囲を確認する。

 生存者は私と……予定通り彼女だけね。

 久しぶりの魔法行使だった為、威力の調整が気がかりだったが、王都ごと消し飛ばすようなことにならなくて良かった。

 いや、それならそれで別に構わないのだけど。


 周囲の確認と同時に否応なく視界に入ってくるもう一人の生存者。

 確か彼女──シャルロット・フェイルノート男爵令嬢だったかしら?──は俯き、何かをぶつぶつと呟いている。

 あらあら、気でも触れたのかしら?

 男爵令嬢の身でありながら、常識も立場も無視して公爵令嬢たる私に略奪愛を仕掛けてくるぐらいだ。もう少し楽しめると思ったのだけど、私の勘違いだったのかも知れない。

 あの娘の知識では私と相対する物語の主人公らしいが、この程度で壊れてもらっては困るわね。


「つまらない」


 既に興味を失った私は夜風に当たる為にテラスへと向かう。

 もはやこの場に留まる意味はない。

 それにいつまでもこんな場所に居ては、折角のドレスに生臭さが移ってしまう。

 流石は私以上にリリアナ・アイゼンクロイツを理解していると豪語するあの娘が用意させたものだ。中々よく似合っているわ。


 テラスへと続く扉を開け、心地良い夜風にその身をさらす。

 星々が輝く夜空を見上げ、肺の中に溜った不快な空気を吐き出すように大きく息を吐いた。


「もう世界でも滅ぼそうかしら」


 期待はずれの展開の連続に、心を満たす感情は失望だけ。

 この身を貸し与え、機会を与え、自由を与えた。

 だというのに……。

 世界は変わらない。

 まるで充足感が足りない。


 ならばもう自分自身で動くしかないのだろう。

 けれどそれでは結果が見えている。


「ああ、つまらない」


 呟き、もう一度溜息を吐こうとした瞬間だった。

 溜息よりも先に込み上げてきた鮮血が口角から溢れ、刃を模った閃光が胸から生える。

 そして背後から聞こえてくる怨嗟の声が耳に届いた。


「だったら勝手に死んでなさいよッ!」


 ドンッと背後から衝撃を受け、予期せぬ衝撃にバランスを崩した私は、二・三歩前に歩み出ながら背後へと振り返る。

 視界に映り込んだ少女の姿。また彼女が浮かべた表情に目を奪われた。狂獣のような醜悪で力強く、理性など存在せず本能に満ち溢れている。

 そこに庇護欲をそそるだけの愚かしさも、数多の異性を誑かせる可憐な魔性も存在しない。

 ああ、ああ、勘違いなどではなかった。

 自然と口角が吊り上がる。


「没落するしか能のない悪役令嬢如きがッ! 私の覇道の邪魔をしてんじゃないわよッ!」


 激情とともに振るわれる閃光の剣。

 追加とばかりに放たれた斬撃は、不可視の刃と化して私の両腕を切断する。

 ッ、痛みを感じたのはいつ以来のことだろうか。

 胸と両腕から噴き出す赤き血潮が、苦痛と熱を伴って生を実感させてくれる。


 しかし、私を悪役令嬢と規定する辺り、彼女もまた、幾人もの私と同様の存在なのだろう。

 そうか、よく言えば特別、悪く言えば異常なのは私だけではなかったのか。

 同族、同種、同類。

 ふふっ、楽しい。


「何よ、その目。文句があるなら言いなさい! けど先に手を出しのはアンタなんだから、私は謝らないわよ!」


 いえ、謝る必要なんて微塵もない。ありはしない、皆無だわ。

 むしろこうして私の前に現れてくれた奇跡を感謝しましょう。


「……もんぐな゛────」


 ああ、もう煩わしいわね。


再生(リジェネレーション)


 半瞬、胸の傷口は塞がり、切り落とされたはずの両腕が切断面から生えてくる。

 その光景を目にした加害者は、えも言えぬ表情で呆然としていた。


「ッ、心臓を潰しても再生するなんて……バケモノ」


「あら、酷い。死のうと思えば死ねるわよ。ただ、今は死ぬ気がないだけ。

 でもそんな私と対する貴女は、さしずめ勇者か英雄かしら?」


 絶句する彼女に対して、場を和ます為にも戯けてみせる。

 私だって彼女の立場なら同じ思いを抱いたことだろう。


「でたらめよ、そんなの! 私が知るリリアナ・アイゼンクロイツとは、もはや別物すぎ」


 我に返った彼女は自らを奮い立たせるように、再び声を張り上げる。


「なら逆に教えてもらえないかしら? 貴女の知る私を」


「そんなの決まってるでしょ! 王子の庇護を失い、数々の悪事を曝かれ、処刑または失意の内に獄中死する噛ませ犬よ!」


 その言葉を聞いて、今度は私が言葉を失う番だった。

 本気で言っているのかと問い返したいが、彼女の瞳を見ればまるで疑って居ないことが分かる。

 まったく、頭が痛くなるわね。


「ああ、貴女の知っているソレは、紛れもなく私ではない他の誰かね。

 だって王族の庇護なんて必要としないし、曝かれるような稚拙な手は打たない。それに例え牢獄に繋がれようと、例え処刑台にこの首を載せようと、最後の瞬間まで足掻いてみせるもの。それこそこの国を、そこに住まう全ての生命を道連れにしても、ふふっ」


 何故この私がそんなつまらない死に様を晒さなければならないのか理解に苦しむ。

 いや、彼女達は乙女ゲームという名のお伽噺の内容を盲目的に信じているんだったか。


「道連れって……、こんなの私が知ってる『ためさえ』じゃない。ほんと、一体何なのよ、アンタ! ハッ、まさか私と同じ転生者!?」


 自分の知っている物語と乖離した私の存在に、彼女もまたその答えに辿り着いたようだ。

 だけど残念ながら間違っている。

 確かに死にかけた事はあるけど、私はまだ転生なんて体験していないのだから。


「当たらずといえども遠からず、似て非なるものかしら。そうね、貴女たち風に言えば、悪役令嬢のようなモノよ」






 と言い切ってはみたものの、私自身、自分が何者なのか理解していない。

 もちろん常識と照らし合わせた時。私が異常者で歪んだ存在である事実は理解している。

 もっと根本的な部分、アイデンティティさえ曖昧なのだ。

 他者は私の事をリリアナ・アイゼンクロイツと呼ぶ。

 だけどそれは私に与えられた名前ではない。

 私には明確な自己を確立する名前すら存在しないのだから。


 事の発端はそう、私達姉妹が双子で産まれ、そして私が後からこの世に生を受けただけ。

 数奇な運命なんてない、ただそれだけの偶然だ。

 けれどその偶然は私の人生を、延いては人格を大きく歪める結果となった。


 私が持つ最初の記憶。

 それは産まれて間もない私の首に手を掛けた母の必死の形相だった。

 物心付く以前の本来なら憶えていない、もしくは忘却していて当然の記憶。

 未だ脳裏に焼き付いているのは、私にとって、それ程まで衝撃的な光景だったに違いない。

 もちろん、産まれて間もない頃の記憶があることについての是非もあるだろう。それが私の勘違いや妄想だという可能性も考えられる。


 ただ祖国たるレイムナード王国の貴族の間では、残念ながら未だ双子を禁忌とする風潮が根強い。かつて双子の継承権争いで没落した高位貴族に端を発しているらしいが、別に継承権争いは歳の離れた兄弟や、それこそ親子間でも起こる問題であり、全ては家庭を取り巻く環境次第と言ってしまえばそれまでなのだけど。


 もっとも私の場合、双子という事実とはまた別に問題があった。

 まずこの国の貴族──一代限りの騎士候や名誉爵位の意味を持つ男爵を除く──は魔力を保有しているという前提条件がある事を知って欲しい。

 加えて王家の血筋に近しいほど、つまり高貴なる血が濃いほど優れた魔導適性を持つというのがアカデミーの長きに渡る研究の結果であった。

 統計としては間違っていないと私も認めている。

 よって王家に最も近い血筋である公爵に産まれた子供は、先天的に魔法の扱いに長けているという事になるわけだ。

 ここまで話せば、もう分かりますよね?

 私には先天的に魔力がない。

 この事実は高位貴族に子供が産まれると強制的にアカデミーから派遣される専門家によって知らされたようだ。


 双子の場合、どちらか一方に適性が偏る可能性もあるらしい。

 しかし魔力を持たない子供を産んだ=不貞を働いたとの疑いを掛けられる母にとっては気が気では無かったことだろう。

 不貞を働いたとして離縁された場合の末路は悲惨だ。実家に戻され幽閉される、または政略結婚の道具として変態貴族の後妻や側室に送られる。最悪の場合は醜聞を畏れて暗殺だ。絶えきれず自殺するケースも少なくない。

 特に権力に比例して敵も多い公爵家ともなれば自ずと選択肢は限られている。

 母が必死になるのも無理はない。納得できるかは別問題だけど。


 だが私は殺されることなくこうして生きている。

 物心付いた時、私は生家から遠く離れた街で一人の女性と暮らしていた。

 彼女の名はメアリー、母の付き人をしていた内の一人だ。

 彼女は私をリトルレディと呼び、熱心な教育を施しながら育ててくれた。読み書き、算術、地理歴史、貴族マナー。それこそ他の貴族令嬢と同じか、それ以上に何不自由のない暮らしが送れることに感謝し、彼女を本当の母と慕い、子供ながらその期待に応えようと頑張った。

 結果、私は彼女が呼ぶように小さな淑女として成長し、そしてアイゼンクロイツ公爵家に売られたわけだ。


 姉──本物のリリアナ──の身体が生まれ付き丈夫ではない事を医師から知らされていたメアリーは、私を死んだことにして引き取り、姉の身に何かが起こった際の保険もしくは予備として育てていたようだ。

 公爵家に心から忠誠を誓っていたわけではなく、当然のように金銭目的で。

 実際、姉が流行病で他界した後、私はリリアナ・アイゼンクロイツとなったのだから、ある意味では見る目があったと言うべきか。

 もっとも仮に姉がこの世を去らなかったら場合も、私を闇の奴隷商に売り払う計画だったらしい。公爵家の血筋の女児、使い方は如何様にでもあるだろう。外面が良いだけでなく、したたかな女だよ、メアリーは。

 高い値で売れましたと笑顔で別れたが、果たして彼女はきちんと理解していたのだろうか?

 相手が一人の人間を文字通り消す事が造作もない貴族中の貴族であり、全て行動が公爵家側に把握されていた可能性を。

 とはいえ彼女の生死がどうであれ二度と会うことはなく、産みの母に殺されかけ、育ての母に売られた事実は変わらないのだけど。


 再び公爵令嬢となった私は病弱設定を押し付けられ、屋敷で軟禁生活を送ることとなった。

 もともと父は仕事優先で帰ってくることの方が少なく、私を畏れて気の休まらず心を病んだ母は別邸に引き籠もり、侍従達は腫れ物に触るかのように接してくる。メアリーと離別したことに寂しくないと言えば嘘になるが、暮らしに大きな変化は無かった。

 どこかに諦観もあったのだろう、自分から何か行動しようという考えはなく、ただ言われるがまま流されるままに日々を過す。

 そんな私に新たな転機が訪れたのはリリアナと名を改め、しばらく経ったある日のこと。

 予兆なんでまるでなく、それは突然だった。


『うおぃ、俺のチ○コねぇじゃん!?』


 頭の中に粗暴さを感じさせる少年の声が響き、身体が動かなくなる。いや、動かせなくなったという方が正しいか。

 何れにしろ、自分の意思とは無関係に行動する肉体。


『マジかー、悪役令嬢とか萎える。流行的にスライムだろ、そこは。まじ空気読めねぇな、あの爺さん。ま、仕方ない。百合ハーレムで妥協してやるか』


 言っている言葉の意味も、自分に身に起こっている現象がなんなのかも、まるで理解できなかった。

 想像するできない出来事に困惑し、恐怖を抱き、絶望すら感じる。

 本来なら「嫌だ、私の身体を返して」と泣き叫んだかもしれない。

 だがそれらを凌駕したのは、身体の中を大量の虫が蠢いているかのようなおぞましさ、嫌悪感、そして憤怒だった。


 私から肉体の支配権、つまりは生殺与奪権を奪った声の主は、器量の良い侍女に世話をされる度にだらしない表情を浮かべ、彼女達の胸や臀部ばかりを目で追っていた。時には同性の子供である事を免罪符に、その身体へと手を伸ばす。

 自分の身体で行われる淑女としてあるまじき行為。

 それを強制的に見せられるなんて不快極まりない。


 溜っていく鬱憤。

 程なくして限界は訪れ、私を縛めていた鎖は砕け散る。

 ならばやるべき事は一つしかなかった。


『ちょっ、何なんだよお前。この身体は俺が────』


 有無を言わせず、容赦なく、徹底的に私という存在で不埒な少年という存在を圧し潰す。

 私の矜恃を傷付ける存在を許すつもりはなかった。


『やめっ、ほんとにやばいって、俺はまだ何も────』


 うるさい、黙れ、囀るな。

 消えろ、跡形もなく。

 直後、断末魔の叫びと共に何かが砕けるような音が聞こえ、同時に私は再び自分の身体を自分の意思で動かせるようになった。


 殺した喰らった同化した。

 言い方は何だって良い。

 彼が何者かなんて知らないが、私が初めて自分の意思で人と同じ知性を持つ存在を害した事実だけは確かだ。

 けれど罪悪感など抱くことはない。

 正当防衛であり、相手が認めることの出来ない人格であったことも相まって、安堵しかなかった。

 再び訪れた平穏。

 誰にも説明がすることができない、したとしても理解されない出来事であり、今回の件は悪夢を見たとでも思って早く忘れることにした。

 いや、したかったのだけど……。


 結果的に言えば私の身に平穏は訪れなかった。

 あの日以降、私の身体は老若男女問わず何者かの意思に支配された。

 王になりたい、ハーレムを作りたい、迷宮を攻略したい、理想の相手と結婚したい、田舎でスローライフを送りたい、俺tueeeしたい、軍団tueeeしたいエトセトラ。

 夢を抱くな、野望を抱くな、平穏を望むなとは言わない。

 富を求めるな、権力を求めるな、名声を求めるなとも言わない。

 だけどこれだけは言わせて欲しい。


 自分の身体でやれ。


 彼等彼女等の突飛な言動に振り回される私にとってはいい迷惑だった。

 だから当然私は圧し潰す。

 もっとも途中からはこの異常な状況にも慣れ、時に様子を見る余裕も生まれた。

 彼等彼女等の常識や感性は、私が得たものとは根本から違う。想像すらできないものも存在している。

 故に興味を持ち、しばし眺めて楽しむことを覚えた。


 何より私にとって害しかないと思っていたこの現象だが、メリットもある事に気付いた時、彼等彼女等の価値は逆転した。

 彼等彼女等の多くはチートと呼称される力を有している。

 そして彼等彼女等を内包し、取り込んだ私もまた力を手にする事ができるのだと。


 膨大な魔力と禁術、誰にも負けない身体能力、全てを拒絶する絶対防壁、異次元に繋がった広大な収納空間、魑魅魍魎を使役する力、見た者・触れた者を魅了する魔性、古今東西の武具神器を創り出す力。


 もはや笑わずにはいられなかった。

 産まれてすぐに無能として母親に殺された掛けた赤子が、今では比類無き力を持つ公爵令嬢として君臨しているのだから。


 しかしながらタネを明かせば単純明快。

 全てはスキルのおかげだった。

 この世界では産まれ落ちた時、人は神から祝福を受け、技能(スキル)を授けられる。

 またそれは責任ある一人の人間として認められることとなる十歳の誕生日までに開花すると言われている。

 ある者は武器を扱う才を、またある者は魔法を行使する才を、職人としての才や為政者としての才など多種多様。

 その中で私が神から授けられたスキルこそ『依代EX』。

 とある存在をその身に宿し、なおかつ干渉することが可能という稀少スキルの最上位。


 遙か東方の島国には、天上の神をその身に降ろし、力を借り受ける巫女なる存在も居ると聞く。

 ただしこちらは神秘性を感じない。

 もっとも本質は似たようなものなのかもしれないが。

 俗物的で傲慢にして我欲の塊。時に気まぐれで慈悲深く、人の領域を超えた力を持ち神の如く不遜。

 その名こそ『異世界人』。

 私を楽しませてくれるエンターテイナー、つまらない世界に一時の刺激を与えてくれるスパイス、そして愛おしい憐れで愚かな贄。


 だけど目の前の彼女は今までの異世界人とは違う。

 この身の宿るわけではなく、実体を伴って対峙している。

 未知との遭遇。

 私にとっては紛れもなくイレギュラー。

 興味を抱くなというほうが難しい。






「アンタみたいな悪役令嬢が居てたまるもんですか!」


「でもこうして実際に居るじゃない、貴女の目の前に、ふふっ」


「いやいや、おかしいでしょ? 頭の弱い王子を介護しながら、いざという時の保険として周囲の好感度を稼ぎつつもハーレムルート突入寸前のラインでキープして、ようやくルート確定イベントとまで漕ぎ着けたと思ったら、バケモノにワープ進化を果たしたライバルキャラが主要キャラ全員皆殺しにして、それまでの頑張りやら努力の一切合切を無に還すセーブ機能なしの鬼畜難易度のクソゲーとか。

 どういうこと? 私が何かしたわけ? いや、そりゃ水面下ではいろいろとやって来たけどさぁ。でもそこまで酷い事はしていないというか、仮にその報いだとしても割に合わないというか。

 そもそも私はただ馬鹿な王子を裏から操り、適当にNAISEIを楽しみながら愛妾を囲い、何不自由のない優雅で裕福な暮らしを送りつつ、いずれはこの世界を支配したかっただけなのに……。

 こんなのバグだわ、修正パッチどこよ? アンタのその如何にもドス黒そうな腹を掻っ捌いたら出てくるとかない?」


 緊張の糸が解けたのか、それとも開き直ったのか、彼女は心情を吐露するように喚き散らした。

 なかなか酷い内容だと苦笑するしかない。

 しかし誰もが目を背けるであろう凄惨な光景を目にし、絶対に抗えないほどの強者を前にしても、まるで気にしている素振りなどない態度。

 それどころか瞳は絶望の色に染まることなく未だ力強く、手にした閃光の剣の切っ先を向けてくる。


 この身に宿った異世界人達と比べても彼女は異質に思えた。

 間違いない、やはり彼女はこちら側の人間だ。

 狂っている、歪んでいる、壊れている。

 危うい存在。

 だからこそきっと私を楽しませてくれると確信して好意を抱く。


「生憎と修正パッチがどういうものか理解しかねるけれど、例え所持していても貴女に差し出したりしないわよ」


「でしょうね」


 刹那、眼前で閃光が弾けた。

 彼女が動いたようには見えなかったが、きっと刃が振るわれ、生じた不可視の斬撃が私が張った魔導障壁と接触したのだろう。


「ちっ、ダメか」


「ふふっ、残念。でも短気は駄目よ。修正パッチを差し出すことはできないと言ったけれど、貴女の望みを叶える助力をすることはできるわよ?」


「今さら何言ってんのよ、アンタは私の敵でしょ? だからイベントをぶち壊したんじゃ────」


「違うわ、その前提条件は見当違い。もっと早く出会い、解り合えていたなら良かったんでしょうけど……。

 百聞は一見にしかず。取り敢えず見てもらった方が早いようね」


 私は彼女の言葉を遮り、反論されるよりも先に行動に移る。

 とは言っても大したことはしていない。

 ただパチンと指を鳴らしただけ。

 その瞬間、夜が終わる。

 もちろん比喩表現だ。実際に夜が明けた訳ではない。

 星々が輝いていた夜空が、天高く貫いた劫火によって、赤く紅く燃え上がり、広範囲を照らし出す。


「何あれ?」


 王都の中央から噴き上がる炎の柱を目にした誰もが同様の疑問を零したに違いない。

 さすがの彼女も何が起こったのか理解できない様子。

 そこは気付いて欲しいところだが、仕方が無いので説明しよう。


「この国に現王が名君たる賢王か、はたまた暗君たる愚王なのかは興味がないから知らないけど、邪魔だから消えてもらったのよ。国家の中枢諸共ね?」


 王都の中央部からやや北側に掛けて、そこに何が存在していたのか知らない国民は少ないだろう。

 王国の代表、支配者と言っても過言ではない国王の居城。

 堅牢にして荘厳、威風堂々と鎮座していた国の象徴。

 それが今、灼熱の炎によって塵へと姿を変えている。

 民衆は我が目を疑い、悪い夢だと思ったことだろう。


「はあっ!? 何やってんのよ、アンタ!」


「何をそんなに驚く必要があるのかしら? むしろ貴女が望みを叶える上で邪魔になる存在が一人消えたのだから喜ぶべきじゃない。

 でもこれを機に動くなら、早急に行動へと移すことをオススメするわ」


「これ以上何を企んでいるのよ?」


「私は何も企んでなんかいないわよ。ただの助言。そう遠くない未来、北から軍靴の音が聞こえてきそうだから」


「国王暗殺だけじゃなく、他国にこの国を売ったっていうの? どうかしてるわよ、アンタ。何がしたのよ……」


「いやね、私の計画ではないと言っているじゃない」


 そう、これは私が計画したことではない。

 もともとはあの娘──龍獄院カナデが計画したことだ。

 最悪の事態を迎えた場合、王城への襲撃と外患の誘致によって混乱を生み出し、漁夫の利を狙ってクーデターを起こす。またはその隙を突いて国外へと脱出する為に。

 おあつらえ向きな事にアイゼンクロイツ公爵家が治める領地は、長年対立しているフロスレーム帝国との国境に近い。そもそも国境に睨みを利かせることこそが、王国よりアイゼンクロイツ公爵家に与えられた使命と言ってもいいだろう。長きに渡る国境の守護者、その肩書きに誇りを持つ公爵家の王家に対する忠誠を疑う者は居なかった。

 故にしがらみも伝統もなく、王国や王家に忠誠など抱くことのないあの娘に利用されたのだ。

 今回私が関与した事と言えば、ただ王城周辺に仕掛けられた魔術式の威力が、何倍も増すように少しだけ手を貸しただけのこと。


「それで貴女はどうするのかしら? 北が動けば当然残りの隣国も動き出す。けれど国家の中枢を失い、統制の取れないこの国が抗う術はないわね。

 何も知らない、何の力も持たない無垢な子供のように、自分が手にするはずだった国家が蹂躙させる光景を、指を咥えて眺めて居るつもり? 良いの、それで?」


「まったく、その言い方はずるいわよ。そんなこと言われた選ぶべき選択は一つしかないじゃない! ああ、もう、こんなの想定外よ! 開戦はもっとこの国が力を付けてからのはずだったのに」


「大丈夫よ、安心なさい。私が手を貸すって言っているじゃない。手を組みましょう?」


 そう言って私は手を差し出す。


「アンタの存在が一番の不安要素なのよ!」


 彼女が差し出してきた閃光の剣が掌を焼く。

 私は気にすることなく刃を掴んだ。


「ちっ」


「ふふっ、つれないわね」


 もっとも彼女がどう思おうと関係ない。

 受け入れるも良し、拒絶するも良し、無視するも良し。

 だけどこちらはこんなにも胸躍る存在をみすみす逃すつもりはないのだから。


 一度俯いた彼女は諦めたかのように大きく息を吐く。

 そして再び前を見据えた瞳には覚悟にも似た決意の光が灯っていた。


「仕方ない、こうなったらとことん付き合ってやろうじゃない。だけど覚悟しときなさいよ。アンタを倒す手段を得た瞬間、容赦なく牙を剥いてやるんだから!」


「ええ、首を洗って待っているわ」


 仮に彼女がこの首を落すというのなら、それもまた一つの結末として受け入れよう。

 私と対等な領域へと上り詰めることが出来るなら、その過程は波乱に満ち溢れたものであり、十分に楽しめるのだから。

 やがて訪れるかも知れない未来を夢想し、私は微笑みを浮かべた。




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