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前編



 高い天井に吊るされた豪奢なシャンデリアが煌びやかな光を放ち、専属の楽団員達が優雅な音楽を奏で、盛装に身を包んだ男女がダンスを舞う。

 ここ、王立エルロンド学院には王族や高位貴族の子弟も在籍し、毎年数多くの近衛騎士や宮廷魔導師、高級官僚や有力領主を輩出することからレイムナード王国一の教育機関と謳われている。

 そんな学院のダンスホールでは今現在、卒業記念パーティーが催されていた。

 新たな旅立ちを祝う者、友人知人との別れを惜しむ者、これを機会に秘めた想いを成就させようとする者。理由は人それぞれだが相応の盛り上がりをみせているはずだった。

 そう、少なくともその瞬間までは。


「お前との婚約を破棄し、白紙撤回することを、今宵この場で宣言する!」


 敵意さえ含んだ剣呑な声が響き、演奏の手は止まり、喧騒は掻き消された。

 訪れる想定外の静寂。

 本来祝いの場において不粋極まりない行為であったことは間違いない。

 しかし不満の声を上げる者は居ない。いや、上げることが許されないというべきか。

 何故ならその声の主こそ、このパーティーの主役とも呼べる人物。次期国王との呼び声が高い、エリオット・レイムナード第一王子その人だったのだから。


 まるで黄金のように輝く金の髪、高貴なる紫(ロイヤルパープル)の瞳、異性ならずとも溜息を零す整った顔立ち。

 優れた容姿はそれだけで他者を圧倒し、纏う風格にカリスマ性を付与する。

 もっとも彼が誇るべきは何も容姿だけではない。

 学業、武術、魔法。各分野で優れた成績を残しており、加えて広い人脈と多くの人望もあった。

 まさに天は二物どころか三物さえも与えたと言えるだろう。


 さらに言えば、彼の背後に控え、同様に険しい表情を浮かべている者達もまた、学院カーストのトップにして次代の国政を左右する立場。

 王国宰相、近衛騎士団団長、宮廷魔導師長、法務大臣。何れもが現在国家の中枢に務める者達と血縁関係にありながら、その立場に甘え驕ることなく、自身を磨いたエリート達だ。

 故に誰もが想像し、疑いを抱かない。そう遠くない未来、この国に黄金の時代が幕開く事を。


 そんな彼等との敵対は、己の未来が閉ざされることも同義なのだ。

 敵意を籠められた鋭い眼光を向けられ、平然としていられる者はこの会場には居なかった。もし仮に向けられようものなら恐れ戦き、泣き崩れたはずである。

 ただ唯一の例外を除いては。


「ねぇ、殿下。それは私に仰っているのですか?」


 静寂を破ったのは恐れなど微塵も感じさせない艶やかな声。


「当たり前だ、お前以外に誰が居る!」


 相手の余裕さえ感じさせる返答に、エリオットは拳を握り締め、語気を強めた。


「あらあら、それは困りましたね。殿下の仰っている言葉の意味を理解しかねますわ」


 誰もが向ける視線の先で、黒いドレスを身に纏った一人の少女が、頬に手を当て首を傾げる。

 つられてきめ細やかな銀色の長い髪が揺れた。

 自身の言葉とは裏腹に、その美貌に困惑の色はなく、どこまでも透き通った切れ長の蒼い瞳は、真っ直ぐに敵意溢れるエリオットを見つめ返す。

 この学院に存在する唯一の例外にして、次期国王たるエリオットの対として認められ、並び立つ事を正式に許された存在。

 王国が決めたエリオットの婚約者、つまりは未来の国母。

 氷の女帝、銀の脅威、鉄十字の魔女など複数の異名を持つ才女。

 その名はリリアナ・アイゼンクロイツ。


 そう、そしてそれが今現在の私の名前だった。






 はてさて何から話したものだろう。

 ああ、うん、まずはあれだね。

 多分さっきのやり取りで、もうみんなも気付いていると思うけど、この世界は数ある女性向け恋愛ゲーム(通称乙女ゲー)の一つ、剣と魔法と戦の王道ファンタジー作品である『あなたの為なら世界さえも』の舞台だ。

 前世で龍獄院カナデと呼ばれる存在だった私は、とある事件に巻き込まれて命を失い、神と呼ばれる存在との出会いを経て、この世界へと転生した。

 前世に未練が無いと言えば嘘になるけど、うすうす両親があくどい事業に手を出していたのは気付いていたから、いつかは何か起こるんじゃないかと思っていたよ。まあ、十七年間裕福な暮らしが送れたので文句はない。

 もっともその結果、ゲームの世界に異世界転生するとは思わなかったけどね。


 私が転生した先、それがアイゼンクロイツ公爵家のリリアナだった。

 容姿端麗、成績優秀、身体能力も高く、膨大な魔力を保有して魔法の扱いにも長け、王家に次ぐ権力を誇る公爵家に産まれ、メインヒーローである次期国王の婚約者。

 妖艶にして蠱惑的、一人だけ年齢設定を間違えたんじゃないかとさえ言われる美少女。

 ルートによってはいち早く魔導銃の有用性を認め、魔導鎧(マジックアーマー)と共に量産化して実戦配備。隣国や魔物との戦いにおいて多くの武勲を上げ、国内初の女元帥の座まで上り詰め、大軍を率いて主人公の前にも立ち塞がったりもする。

 原作をプレイしたことのある私でも思うよ、何この公式チートキャラって。

 しかも主人公のライバルであり所謂悪役令嬢なのに、乙女ゲー人気キャラランキング女性部門で、数多の作品の主人公達を抑えて殿堂入りを果たし、彼女を主人公とした外伝や攻略ルートの追加されたアペンドディスクまで発売されていた。


 とは言えだよ?

 そんな開発スタッフの寵愛を受けた公式チートな彼女も、主人公との恋の戦に敗れれば、数多の悪役令嬢と同じ道を辿ってしまうのが、この『あなたの為なら世界さえも』の世界だ。

 処刑、暗殺、自殺、幽閉、国外追放エトセトラ。手をこまねいていれば、自由も希望もない暗い未来が待っているのは、避ける事の出来ない悪役令嬢のお約束。主人公を操作するプレーヤーからすれば、立ち塞がる壁が強大なほど乗り越えた時のカタルシスも大きくなるので仕方ないね。


 なので当然、私も出来る範囲で暗い未来を回避するために動いてみた。動いてみたんだけど、残念ながら卒業記念パーティーでの断罪という名の茶番(イベント)を回避する事は出来なかったようだ。よく言われる歴史の修正力ってヤツかな?

 でもさ、私としては神様も酷いと思うんだよね。だってさ、私が前世の記憶を取り戻したというか、龍獄院カナデとして覚醒したのって学院へ入学する直前だよ?

 対策を講じるにしても圧倒的に猶予がないよね? 産まれてすぐや赤ちゃんからとは言わないけどさ、普通は五歳ぐらいまでに覚醒するのが一般的じゃないかな。現に某小説投稿サイトで悪役令嬢転生ブームの時に読んだ作品のほとんどがそのパターンだったのに、幼少編スキップしていきなり学園編スタートとかないわー。

 まあ、今さらそんな愚痴を言っても仕方ないか。いちおう長期休暇で帰省した間に、他国との繋がりは作っておいたし、それに保険として異世界転生のテンプレになってるチート能力も神様から貰ってるから、最悪この学院を、延いてはこの国を炎の海に沈めて海外逃亡する選択肢もあるからね。


 となれば、原作もプレイしたし、せっかく悪役令嬢に転生したんだから、ある意味メインイベントも楽しまなきゃ損よね。

 さあ、見てなさい。私が完璧な悪役令嬢を演じてみせてあげるわ。






「っ、しらを切るつもりか!」


「しらを切るなどとは心外です。しかし殿下がそうまで感情を昂ぶらせているとなれば、相応の理由があるでしょう。殿下のお心を理解できぬ愚かな私めに、そのお心の内をお教え願えないでしょうか?」


「よくもぬけぬけと言えるものだな。その面の皮の厚さには驚きさえ禁じ得ぬぞ」


「何事にも動じない殿下を驚かせた偉業、末代まで語り継ぎたいと思います、ふふっ」


 皮肉の応酬にさすがのエリオットも悪罵が込み上げるが、服の袖を引かれ、言葉となるすんでのところで噛み潰した。

 そして自らを落ち着かせる為に大きく息を吐く。


「よもや、彼女に行った数々の仕打ちを忘れたわけではあるまいな」


 そう言ってエリオットは半歩身体をずらした。

 その結果、彼の背後に隠れるように立っていた少女が、リリアナの眼前へと晒される。

 純白のドレスを身に纏った可憐な少女。

 本来なら柔和な笑みを浮かべられているであろうその顔は現在、恐怖のためか怯えの色に染まっていた。


「う~ん、貴女は……」


 リリアナの瞳がまるで品定めをするかのように細められ、その視線を受けた少女がビクリと身体を震わせる。


「その目は止めろ、リリアナ! 心配するなシャルロット、俺が付いている」


 エリオットの言葉に少女=シャルロットは消え入りそうな声ではいと呟き、頷きで応えた。


「これは不躾なことを、殿下が連れている方ですもの、少々興味を抱いてしまいました。申し訳ありません、えっと改めてお名前をお聞きしても?」


「彼女の名はシャルロット、フェイルノート男爵家の者だ。知らないとは言わせないぞ」


 シャルロットの代わりにエリオットが答え、再びリリアナを睨め付ける。


「ああ、フェイルノート家の。ですが、こうして直接お会いするのは初めてだと思いますが?」


「いい加減にしろ、リリアナ! お前が取り巻きに命令し、シャルロットに数々の嫌がらせを行っていたことは知っている。

 先日、ついには階段から突き落とそうとしたそうだな。命に関わるともなれば、さすがに我慢の限界だ!

 公爵家の力で隠し通せると考えたのかも知れないが、王族の俺には通用せぬぞ!」


「取り巻き? ああ、我が家の格にすり寄ってくる羽虫のことですか。頼んでもいないのに周囲を飛び回り、私も迷惑しているのです。本当に目障りですよね?」


 リリアナは一度振り返り、背後に控える令嬢達を一瞥する。

 それを自分達に対する叱責の視線だと考えた令嬢達の表情が絶望へと変わった。

 その光景を見た周囲の者達は、彼女が氷の女帝と呼ばれる所以を改めて胸に刻みつける。そして例え彼女の思いを拡大解釈し、暴走した結果だとしても、切り捨てられた憐れな取り巻き達の冥福を祈った。


「しかし殿下、それは本気で仰っているのですか? 私が男爵令嬢程度を排除すべき存在だと認めていると。

 はぁ、冗談にしても笑えませんね。

 殿下と私の婚約は国王陛下と王妃様を始めとした国家重鎮の方々が、この国の未来を見据えてお決めになったこと。評議会の大半を占める保守派貴族も支持しています。その決定は例え次期国王たる殿下であっても覆すことはできません。それが王族であり、王族に忠誠を誓う貴族なのです。国家の為、延いては国民の為、自由なき政略結婚は人の上に立つ者の責務でもあります。もっともその事は私よりも殿下がご理解なさっているはずですが」


 そうでしょう? と言いたげなリリアナの視線を受けたエリオットは反論ができず、奥歯を噛み締める。

 正論。まさに正論だった。


「当然、側室にシャルロットさんを娶ると仰るのであれば、お止めすることはございません。私もそこまで狭量ではありませんから」


 リリアナはエリオットへと微笑みを向ける。

 誰もが思ったことだろう、それが勝利の笑みだと。

 最初から結果は見えていた。

 若気の至りであり、恋愛感情という熱に浮かされていただけ。

 権力があれば何でも許されるのは、一部の独裁国家だけなのだから。


「それに────」


 リリアナが呟く。

 刹那、彼女が纏う空気が変わり、放たれる重圧が勢いを増す。

 その意味を誰も理解きなかった。

 そう、彼女自身さえも。


「もし私が排除すべき存在として見定めたなら、嫌がらせ程度で終わると思いますか?」


 リリアナが右腕を水平に上げていく。


「そしてこのような場で辱められた私が、どのような想いを抱いているのか、殿下は理解できますか?」


「い、いや、謝罪はしよう。公爵にも後日改めて詫びを────」


 エリオットは気圧されていた。

 確かに自分に非がないとは言えない。怒りに我を失っていたとはいえ、両者の立場も絡んだデリケートな問題を、このような衆人環視の中で追求してしまった。

 冷静に考えれば彼女が怒りを覚えるのも無理からぬ話だ。

 いや、しかし彼女が自身の取り巻きの手綱をしっかりと握っていれば、そもそも今回の件は起きなかったのだが。


「ふふっ、つまらない男」


 その場でリリアナはくるりと回る。まるで舞うように、踊るように。

 傍目にはそれだけに見えた。

 もしこの会場に魔導の深淵に至った者が存在したならば、彼女の腕に流れた微弱な魔力に気付けたかも知れない。

 だが気付いたところで結果は同じだっただろうが。


 パシュッ、と熟れすぎた果実が内側から弾けるような水音が会場の至る場所から聞こえてくる。

 次いで何かが倒れる音、それがテーブルを巻き込んだのかグラスや食器類が砕け散る音が幾つも続いた。


 そして訪れる再びの静寂。

 多くの人間で溢れていたダンスホール。

 しかし今現在、そこに立つ人間は二人しか居なかった。


『え?』


 噎せ返るような血臭の中、自然と零れ落ちた二つの声が静寂に融けて消えていく。

 片や白きドレスを深紅に染めた可憐な少女。

 片やこの惨状を創り出したはずの妖艶な少女。

 二人はただ呆然と見つめ合っていた。






 え? いや、ちょっと待って? 何これ? 何が起こったの? 今のなに?

 私? 違う。

 でも、いやいや、待って待って。ちょっと落ち着こうよ、私。


 今の場面は私が王子を正論でざまぁして土下座させて、やっぱり次代の国母様は国のことをよく考えていらっしゃる。リリアナ様バンザーイな展開でしょ?

 え? なのに何この死屍累々? ほんとに意味が分かんないんだけど、誰か教えてプリーズ!


“ええ、良いわよ”


 よく聞いた事のある気がする声が、どこからともなく聞こえてきた瞬間、私の視界がブラックアウトした。

 ちょっ、いったい今度は何なのさ。まさかこのゲーム世界バグってるの!?


 なんて狼狽えていたら、まるで舞台を照らすスポットライトのように光が落ちてくる。

 現れたのは高級ソファとワインやらお菓子やらフルーツが載ったテーブル。

 そしてソファでだらしなく、それでいて優雅に寛ぐ銀髪の美少女だった。


「初めまして、でいいかしら?」


 そう言いながら私の返答を待つことなく、テーブルへと手を伸ばし、マカロンみたいなお菓子を一つ摘んで口へと運ぶ。

 傍若無人というか、不遜というか、尊大にというか、何か偉そうなんだけどすごく自然で絵になっているから文句が言いづらい。


「え、はい、初めまして?」


「もう、そんなに硬くなる必要はないわよ。ここは貴女の内側でもあるんだから、今はね。ほら、遠慮しないで貴女もどうぞ」


 美少女の微笑みに正直気圧される。


「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて」


 何やら不穏な事を言われたような気もするけど、困惑中の私は相手に促されるまま、対面のソファへと腰を下ろした。


「あの……リリアナ、さんですよね?」


 何を話したら良いのか分からず、取り敢えず何はともあれ最初に聞いておく必要があるであろう相手の素性を確認する。


「そうね、他者は私の事をリリアナ・アイゼンクロイツと呼ぶわ。もっとも貴女の方が詳しいのではないかしら?」


「そうなんですかね? あはは」


 私は日本人の得意技『取り敢えず笑って誤魔化す』を繰り出した。

 効果はばつぐんだ?

 って現実逃避をしている場合じゃない。

 予想通りというか、それ意外に考えられなかったんだけど、やはり目の前の相手は本物のリリアナ・アイゼンクロイツらしい。

 よく知ってる。知っているもなにも、だってその姿は毎日鏡で見ている今生の私だもの。

 あれ、という事は私は何だろう? リリアナに取り憑いた幽霊?

 つまり異世界転生だと思っていたら、実は異世界憑依だったってこと?


「でもどうして今になって、こうして私の前に姿を見せたんですか? それに私の見間違いじゃなければ、何であんな……うぅ」


 問い掛けながらも脳裏に焼き付いた紅い光景、鼻腔に残っているような気がする匂いを思い出し、気持ち悪くなって口元を押さえた。

 数年このファンタジーな世界で過し、命の価値が現代日本とは異なることも理解しているつもりだった。それでもあの光景は衝撃的すぎる。こうして発狂せずに思考可能なのは、現実感が伴っていないのか、それとも頭のどこかでこの世界がゲームの世界だと考えて居るからか。いや、目の前の彼女のおかげという可能性もあるかな?


「何でって、そうね」


 リリアナが僅かに考えような仕草をして、ワインを一口呷る。


「つまらないから、かしら?」


 つまらない。え、それだけの理由で?

 私は目の前の相手が無性に恐ろしく感じた。

 リリアナ・アイゼンクロイツという人間を理解していると、私は考えていた。

 ゲームは一通りプレイしたし、公式設定資料集や攻略サイト、考察サイトにも目を通した。本人が絶対に知らないであろう原作未登場の没設定や初期設定なんかも知っている。

 だけど前提条件が覆れば、ここが『あなたの為なら世界さえも』の世界ではなく、限りなく酷似した別の世界だとしたら、原作知識というアドバンテージに価値はない。


「ねえ。どうして私が貴女に身体を貸し与えているか分かる?」


「い、いえ」


「至極簡単な理由よ。貴女が異世界の住人であり、この世界には存在しない知識や概念を有している。だからこの世界の常識に囚われない行動をとって、私を楽しませてくれると思っていたのよ。だけど────」


 その瞬間、少女の顔から感情の色が消える。

 放たれる害意。


「ッ!?」


 怖い、怖い、怖い。

 その存在感に圧倒されて忘れていた。

 目の前の相手が何ら躊躇うことなく、微塵も心乱すことなく生命を奪える存在だということを。


「期待はずれだった。色々と今回の茶番を乗り切るために準備してきたことは評価しないこともない。国外に助力を請うのも高ポイントね。それなのにこの世界の常識を用い、正論を説いてどうするの? その程度で悦に浸って満足して、貴女全然おもしろくないわ」


 ゆっくりと立ち上がる綺麗な顔立ちのナニカ。

 そう、目の前の存在は絶対に悪役令嬢なんて可愛いものじゃない。もっと得たいのしれないナニカだ。


「ティアちゃんッ!」


 だから私は叫んでいた。

 本当は使いたくはなかったが、正当防衛だから仕方が無い。

 刹那、リリアナの背後の空間が歪み、それは現れる。

 人間など容易く呑み込める巨大な黒き竜の頭部。

 原作本編に関わることはないが『あなたの為なら世界さえも』の世界に存在すると設定されている七体のドラゴン。その内の一体である混沌竜ティアマトこそ、私の可愛いペットであり、ティアちゃんを使役する能力こそ神様から貰った私のチート。

 ティアマトって本来は海の女神じゃないのかって?

 細かいことは良いの! この世界ではドラゴンなんだから!

 前世では家族が各種アレルギー持ちで金魚以外のペットが飼えなかったから、絶対大きなペットが欲しかったんだよね。神様ナイス!


「やっちゃえ、ティアちゃん!」


 ティアちゃんがその巨大な頭部をリリアナへと近付ける。

 丸呑みか、噛み砕くのか、それともやっぱりブレスなのかな。いや、でもブレスだと私まで巻き込まれるんじゃないの?


 だけど私が想像していた展開は起こらなかった。

 リリアナが手を伸ばし、ティアちゃんの鼻頭を優しく撫でると、ティアちゃんは気持ちよさそうに目を細め、まるでねだるように自らの頭部をリリアナへと押し付けた。

 うん、ちょっと待ってよ。えっと、もしかしなくてもネトラレた!?


「ティアちゃん!?」


 裏切り、ダメ、絶対。


「何をそんなに慌てているのかしら。私は貴女、貴女は私、なら貴女が持つ力は私のモノでもある。違う?」


 エェ……何その理論、聞いてないんだけど。


「可愛いわよね、ドラゴン。もっとも私にとっては七体目なのだけど」


「へ?」


 それってこの世界に居るとされる竜種コンプってことじゃ?

 一体どういうこと?


 まるで悪戯が成功した子供のように、クスクスと笑う彼女の背後に無数の瞳が輝いていた。

 朧気な影が次第に輪郭を形作り、それらは姿を現わした。

 生命の支配者たる竜。

 古の機械巨人。

 大地に蠢く蟲の群れ。

 邪悪を体現する魔のモノ。

 光り輝く聖なるモノ。


「あはは……」


 もう笑うしかない。

 最初から敵うはずがなかったんだ。

 私の行動は彼女の手に平の上でしか無かったのだろう。

 そう悟った瞬間、身体から力が抜け、膝から崩れ落ちた。


「せっかく手にした力なのに使い時を見誤ったわね。出し惜しみは良くないわ」


 ああ、そうか。あの場でティアちゃんを喚ぶの選択肢が、彼女にとっての正解で、バッドエンドを回避するルートだったんだ。

 保守的思考はお気に召さないのか。

 分かるか、そんなこと!

 何このクソゲー!


「さあ、貴女も私と一つになりましょう。何も怖がることはないわ。私は貴女、貴女は私なのだから」


 そう言ってリリアナがゆっくりと歩み寄り、手を伸ばしてくる。

 もはやその手を振り払う気力はなかった。

 ああ、やっぱりコレは悪役令嬢なんかじゃない。

 もう一度言うけど、悪役令嬢のようなナニカだ。


「さよなら、何人目かの私、多少なりとも糧になりなさい」


 リリアナが私に触れた瞬間、私の意識は────



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