不条理な世の常に愛を
この世界には勇者がいる。
勇者とは過去の功績に他者からの賞賛の声としてつけられる称号の様なものと思っていた。
だが職業として勇者をもつ者もいる。
私は前者である勇者になろうと思った。
魔王軍ナンバー2。それが私の肩書である。魔王とは仲がいいわけではなく、実力でここまでのし上がってきた。
魔王に対して不満などは無く、人で言う会社で働くようなものだ。魔王は上司であり、同僚を蹴落として出世した。ただそれだけである。
幸いにも私にはそれを成しえる実力があった。魔族の上位種と呼ばれるエルダーヴァンパイア。長い年月を掛け魔力を蓄え、長い年月をかけ知識を身に付け、長い年月を掛けて技術を磨いた。
私は臆病な性格なのだ。
生まれてすでに成体であった私はひきこもった。弱いものだけと戦い戦闘技術を身に付け、時間があれば魔力を練った。書物を読み漁り知識を詰め込み絶対的に優位となって強者と戦う。
それだけ時間をかけていいほどに私の寿命は有り余っていた。エルダーヴァンパイアは悠久の時を生きる。
いつしか始祖のヴァンパイアやレジェンドヴァンパイアとして名が知れて行った。
名が知れると人に襲われるようになった。
そう、危険だからだ。
人に近しい容姿をしていると言っても赤い瞳、鋭く尖った犬歯、エルフの様な耳。その特徴だけでヴァンパイアとばれてしまう。私が堂々と日の元を歩いていたとしてもばれてしまう程に長く生き、容姿は人々に記録として残ってしまった。
人々の繁殖能力はすさまじい。私一人では多勢に無勢。産まれて何万回と太陽と月が代わった時に身に染みた。
そんな時に天啓を得た。
集団には集団で対抗しようと。
人々は常に魔族の王である魔王と対立している。力と引き換えに擁護してもらおうと。
魔王は二つ返事で許可が下りた。
ただし、実力を証明しろと。
何度も何度も戦いで証明し、気づけばこの地位にいた。これで一匹狼に戻らなくて済む。
地位に甘んじだらけた生活を送った。
けれども人が人であるように、魔族が魔族であるように対立は続き、戦争は無くならかった。
魔族は人を殺し、人は魔族を殺す。それがこの世の常であった。
勇者は強い。それでも勇者は個の力しかない。それでも仲間とともに魔族の集団の力と拮抗している。
この拮抗した状態はあるものからすれば幸運に見えるし、あるものからすれば不幸にも見える。
私から見れば幸運だった。
争いは嫌いなのだ。
このままの状況で戦争が終わればいいのに。どちらの領地も今は犯していない。互いに不可侵条約を結び良き隣人として生活できればいいのに。何度もそう思った。
勇者が時代とともに変わり、68代目となった時に拮抗していた天秤は大きく動いた。
勇者は様々な特性を持って生まれる。血筋は引かれず、勇者が死ぬと全く別なところに住む15歳の若者に勇者の印が現れる。その仕組みはわからないが、そうなっている。これが後者の勇者である。
その68代目の勇者は特殊だった。その勇者は過去の勇者の戦闘知識を引き継ぐと言ったぶっ壊れた物だった。
過去の勇者の特性を一斎に引き継ぎ、戦闘経験も初めから兼ね備えている反則紛いのものだった。
そんな勇者になすすべもなく前線は徐々に押されていった。
私は戦々恐々となった。
戦う力はあるが、争いは嫌いなのだ。
日に日に押される前線。私は一つの行動を選んだ。
「魔王陛下、お話があります」
何年も話していなかった魔王へ話をする。この魔王の間に来るのも久しぶりだ。
魔王も寿命は長い方であるが今代で6代目となる。それぞれ種族は異なり、人の勇者と同じように遺伝はしない全会おうが倒れれば、別な種族から魔王の印をもったものが現れる。
今代の魔王は魔人族。人の様な見た目ではあるが、不健康そうな肌色、金色の目、尖った耳が特徴である。その見た目だけで人からは忌避される。
「レジェンドヴァンパイアよ、話とはなんだ」
「平和の為にその首が欲しいです。私は勇者となり平穏を手に入れたい」
「酔狂な。……だが面白い。そなたとは一度戦ってみたいと思っていた。出来るものならこの首とってみると良い! 」
私と対峙した魔王は笑顔だった。無礼と嘲笑するわけでもなく、罵声を浴びせるのでもない。ただ王者のごとく受け身であり、このつまらない日々を吹き飛ばすかのようだった。
「胸をかりるよ。魔王! 」
「来るが良い! 」
好印象。その言葉に尽きた。はじめから話をしていたら何か変わったのかもしれない、そう思った。
だがもう遅かった。
魔王は弱すぎたのだ。
勝負は一瞬で着いた。私が動き首をもぎ取った。
魔王は殺気だけ飛ばし動こうとしなかった。訂正しよう。弱かったのではなく、わざと動こうとしなかったのだ。
ああ、そうか。あなたもこの世を憂いていたのですね。わざと私に殺させこの戦争を終わらせようと。
「うっ……ううっ……」
後悔先に立たず。そういったことわざがあった。まさしくそうだ。後悔して生まれて初めて泣いた。
「すまなかった……」
私は魔王だったものを椅子から下ろし横たえた。魔王の首を元の場所へ戻し、座り込んで泣いてしまった。安らかな寝顔の様な晴れ晴れとした表情のまま逝った。
何日か経っただろう。暫くして泣き止んだ私はこの犠牲を無駄にせぬように立ち上がった。
すると魔王の間の扉が盛大に開かれた。
気配から察するにとうとう勇者が来てしまったようだ。
だがもう魔王はいない。
私は勇者へと向き直り、言葉を待った。
今代の勇者も若く、エネルギーにあふれていた。一言で表せば赤毛をしたどこにでもいそうな好青年。
状況がわからず目を見開いた勇者たちは逡巡するかのように思えたが、すぐ納得したように一度目を瞑り、殺気のこもった目で私を睨み剣先を向けた。
「新しい魔王よ覚悟しろ! これで戦争は終わりだ」
すまない、魔王よ。きっと戦争は無くならない。話し合う未来がなければ魔族が居なくとも先は変わらない。
私は……。
私は人々に害をなしたことは一度もない。
歩いているだけで攻撃される。
存在しているだけで嫌われる。
生きているだけで殺されそうになる。
この世は不条理なことばかりだ。なあ魔王よ。もし次があるならば友となろう。いや夫婦でもいいかもしれない。
勇者の剣に映る幼い少女は悲しそうに笑った。
その少女へ剣が振り下ろされた。
読み切りです。