妹と俺の幼馴染
「あっつぅ……」
俺はうだるような暑さと共に目を覚ました。
エアコンが壊れて以来、いつも朝は暑さによって目が覚める。
薄目の布団をはだけながら、枕元に置いているスマホを手に取る。
現在時刻は……4時45分。
「はぁ?」
二度見する。
しかし何度見ても4時45分だった。
うっかり夕方まで寝てしまったのか、とスマホを操作したが朝の4時45分だった。
外から新聞配達のバイク音が聞こえる。
「何でこんな早くに、つーか背中が猛烈に痛いんだけど」
なぜか背中が筋肉痛になっている。筋トレなんかしてないし、背中を酷使するような運動もしていない。
ベッドに寝そべったまま、首を傾げていると、自分の隣に誰かが眠っていることに気づいた。
「あー……あー……はいはいはい」
そこでようやく色々と思い出してきた。
隣に眠っているのは中学二年生の妹、火音――が、異世界とやらから帰ってきて成長した女性だった。
昨日は非現実的な一日だったが、どうやら夢ではなかったらしい。
背中の痛みは、昨夜寝ぼけた火音にサバ折りをされたせいだ。うん、思い出した。
こんなに早く起きたのは……多分、火音の寝相の悪さが原因だろう。背中以外にも脇腹やら太ももが痛い。
今も寝息をたてている火音を見る。
「くかー……むにゃむにゃ……池にお兄ちゃんを突き落としたら、銀のお兄ちゃんと金のお兄ちゃんが貰えた……やったー……嬉しい」
「自分で突き落としておいて持って帰るメンタルが怖いわ」
寝相が悪いせいで、服が捲り上がって胸の際どい部分まで見えている。
俺はゆっくりと服を整えてやった。
さて、まだ時間は早いし、もうひと眠りするか。
そう思い布団をかぶり直す。
まだはっきりと覚醒していなかったので、すぐに眠気が訪れて――
「――5時だよ! みんなおはよーッ!」
という火音の掛け声によって、一瞬で眠気は吹っ飛んだ。
隣に目を向けると、火音は勢いよくベッドから転がり落ち、そのまま床を暫く転がった後、綺麗に立ち上がった。
「さーて、今日も魔王のお城へ一直線だよー! 顔洗ってご飯食べて、しゅっぱーつッ! その前に、いつものラジオ体操始めー!」
寝起きとは思えないハイテンションでラジオ体操を始める火音。
どうやらまだ少し寝ぼけているらしい。
なるほど……これを向こうの世界で仲間たちに強要していたのか。大変だな、まだ見ぬ仲間たち。
「火音さん火音さん」
体を左右にぐりんぐりん動かす体操をしている火音に呼びかける。
「おいっちに、さんっし! ――あれ? お兄ちゃん? あれ? あれれ? ここ……お兄ちゃんの部屋?」
「そうだよ」
「ん? んん? えっと……」
火音は首を傾げながら、ベッドに座る俺に近づいてきた。
そのまま俺のお腹に顔を埋める。
「んん!? んんん……! こ、この匂いと感触……夢じゃないこれ! そうだった! 私、向こうから戻って来たんだ!」
「どんな確かめ方よ」
犬か。
「そっかそっかー……うん、取り合えずラジオ体操のつづきー」
「続けんのかよ」
ラジオ体操を再開する火音。
一方俺は、グラビアアイドルみたいな体形の火音が部屋でラジオ体操をするのを見て『何かこれ、フェチ系のイメージビデオみたいだな』と思った。
■■■
「ねーお兄ちゃん、何か動きやすい服とか無い?」
ラジオ体操を終えた火音が、そんな事を聞いてきた。
何に使うか分からないが、学校で使っているジャージを手渡す。
すぐにその場で服を着替えようとしたので、部屋の外に押し出す。
1分も経たない内に着替えた火音が部屋に飛び込んできた。
「じゃじゃーん! どうかな? 似合う?」
「はいはい似合う似合う」
適当に返事をするが、実際によく似合っていた。
活発な性格の火音に、ジャージはよく似合っている。
ところで朝からジャージに着替えて何をする気なんだろうかコイツ。
「うん。取り合えず、運動がてら近くのダンジョンでもかるーく攻略してこよーかなーって」
「おい異世界脳」
どうやら異世界成分がまだ抜けていないらしい。そりゃ昨日帰って来たばっかりだからな。
俺は説明するのもバカらしいが、この世界にはダンジョンなんて物は存在しないことを伝えた。限りなくダンジョンに近い存在はあるけどな……梅〇の地下街とか。
「え、そうだっけ? うーん、どうしよう。朝ダンしないと、1日のやる気出ないのにー」
「朝シャンみたいに言うなよ。運動したいなら、ランニングでもして来ればいいだろ」
「ランニングかぁ……そうしよっかな。経験値稼ぎもしたいし、この辺でモンスター出やすいルートとかあったっけ?」
面倒臭いなコイツ。すっかり異世界脳に染まってやがる。
これを少しずつ正してやらないと思うと、ちょっと気が滅入ってきた。
俺が適当なルートを伝えると、火音は部屋から飛び出していった。
「さて。二度寝するか……」
■■■
「……すっかり目が覚めちゃったよ」
火音が飛び出して行ってから、1時間ほど眠ろうと頑張ってみたが、どうにも寝付くことが出来なかった。
仕方が無いのでベッドから這い出る。
「ゲームでもするか、それとも昨日録画した深夜アニメでも……うーん」
今一つどれもやる気が起きない。
俺はもそもそと寝間着から部屋着に着替えた。
着替えをしていて思い出す。
「火音の服、何とかしないとな」
いつまでも俺の服を貸すわけにはいかない。
それに下着だって必要だろう。……つーかアイツ今ノーパンで出て行ったのか?
まあ、スカートとかではないから、大丈夫だろうけど。
「母さんの服……はちょっとなぁ」
勝手に部屋に入ったら怒られるし、そもそも母親の服を着た妹をあまり見たくない。
服か……服……。
考えながら部屋を見渡す。
窓の外に視線が向く。
窓の向こう――隣人の家だ。あそこには幼馴染が住んでいる。
「あ、服あるじゃん」
■■■
あまり早くに訪ねるのも迷惑と思ったので、暫く時間を潰してから家を出る。
そのまま隣人宅へ。
ちょうど庭で水やりをしていた、幼馴染の母親に遭遇した。
「ミシェルさん、おはようございまーす」
「あら、権ちゃんおはよう。早いわねぇ」
幼馴染の母親――ミシェルさんは外国人だ。
金髪碧眼、グラマラスなボディ。身長は180㎝あり、とにかく色々デカい。
ここだけの話、俺の初恋の人だ。まあ、小学生の頃の話だが。
どこの国出身かは忘れた。今更聞くのも何か恥ずかしいので、聞けてない。
ミシェルさんがおっとりとした笑顔を浮かべる。
「ところで、権ちゃんの家から権ちゃんと同じ年くらいの可愛い女の子が飛び出てきたんだけど……誰かしら?」
「……」
やべぇな。いきなりご近所さんにバレてしまったぞ。
後々、ご近所さんには火音について、何らかの設定を作って説明をする気だったけど……まだ設定が練り切れていない。
どうしたものか。まさか異世界云々なんて、信じてもらえるわけないし。
仕方がない。
「従妹です。昨日から泊りに来てるんですよ」
「あら、そうなの? 火音ちゃんにちょっと似てたわねぇ」
「従妹ですからね」
「権ちゃんのジャージ着てたけど」
「そりゃ、従妹ですからジャージも貸しますわ」
もう何を聞かれても従妹で押し通すつもりだ。
「従妹かぁ……よかったわぁ。権ちゃんの彼女だったらって、心配してたのよぉ」
「彼女じゃなくて従妹です」
「安心したわぁ。権ちゃんにはウチの子を貰ってもらわないと……ねぇ?」
「はぁ」
ミシェルさんはおっとりした態度で、いつもこんな風に冗談めいた事を言うから反応に困る。
ただこの貰う貰わないとか言う話の時だけは、真顔になるんだよな……。
どうにも、マジで俺と幼馴染をくっ付けようとしている気がしてならない。
「千羽に会いに来たの? あの子、まだ寝てると思うけど」
「ちょっと相談があって」
ちょうど従妹設定で話を作ったし、俺は従妹がこっちに来る途中に荷物を全部盗られて着る服がない、という話をした。
それで幼馴染の千羽に服を借りに来た、と。
即興にしてはよくやった方だと思う。
ミシェルさんは特に怪しむ様子もみせなかった。
「あら、そうだったの。どうぞどうぞ、持って行ってちょうだい。あの子、全然外に出ないから、服が勿体ないし。……でも、従妹ちゃんが着るにはちょっとサイズが合わないと思うわよ?」
「その辺は大丈夫です」
俺はそのまま幼馴染宅へお邪魔した。
ミシェルさんが背後で「ちょっとくらい大きい声出しても大丈夫よ?」「1時間くらい、部屋には近づかないからね」「もし子供が出来てもちゃんと協力するからねぇ」「ゴムはいらないわよね。あ、お風呂場にローショ――」と嬉々として仰るので、何か怖くなってさっさと玄関の扉を閉めた。
勝手知ったる他人の家とばかりに、まっすぐ幼馴染の部屋に向かう。
恐らく寝ているだろうけど、一応ノックをした。
……返事がない、眠っているようだ。
「邪魔するぞー」
部屋の扉を開けて、侵入する。
カーテンは閉まっていたが、昇り始めた太陽の光がカーテン越しに差し込み、薄っすら明るくなっていた。
部屋を見る。
相変わらずの部屋だ。
ぬいぐるみや可愛らしい小物の数々、ピンクや白を基調とした壁紙といった如何にも女の子といったインテリア。そして乱雑するゲームソフト、多種多様なゲーム機器、漫画、机の上に鎮座するお手製のゲーミングPC、プラモデル、モデルガンにガスマスク。
何度見てもミスマッチな部屋だ。この部屋に住む人間の心の在り方を表しているのだろうか。俺にはよく分からない。
この部屋の主である幼馴染――千羽はベッドに潜り込んで熟睡していた。
今朝は暑いせいか、俺と同じように布団を蹴り飛ばしていた。
「……すぅ……すぅ……」
母親譲りの金髪、学校では妖精と称される整った容姿、西洋人形染みた小柄な体躯――俺の幼馴染はそんな愛らしい見た目の少女だった。
……黙っていれば、だが。