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妹と一日の終わり

 夕食を食べ終えた俺は少し早いが休むことにした。

 何だか色々あって今日は疲れた。1年くらいかけて消化されるべきイベントが1日で消化されてしまった気分だ。

 精神的疲労がハンパない。

 

「え、お兄ちゃんもう寝ちゃうの? ゲームしよーゲーム。あ、私が向こう行って4年経ったけど、スマ〇ラの新作って出た?」


 コイツ、今一つ自分の置かれた状況理解してないんじゃないか?


「また明日な。今日はもう寝かせてくれ」


「ぶーぶー」


 不満そうな火音に背を向け、リビングを出る。

 そのまま風呂場に行き、シャワーを浴びた。

 

「うお!?」


 シャワーを浴びながら浴室の中を見ると、鎧を洗ったせいか流しきれていない血がそこかしこに付着していた。

 事情を知らない人間が見たら、間違いなく何らかの犯行現場だと思うだろう凄惨な光景だった。

 軽く洗剤で擦ってみるが、どうにも汚れが落ちない。

 後でググって掃除の仕方調べとかないと。


 汗塗れの体をさっぱり洗い流す。

 浴室から出てタオルで体や髪を洗いながら、自分の部屋に向かった。


 いつもだったらネットサーフィンをしたり、テレビを見たり、深夜までゲームをするが、今日は早めに休むことにした。

 電気を消してベッドに潜り込む。

 

 今日は本当に色々あった。

 妹が異世界に行って帰ってきたり、年上になったり、魔法的なスキルだっけを使ったり……とてもじゃないが現実とは思えない。明日朝起きたら、全部夢だったってオチにならんかな。俺夢オチって嫌いだけど、この瞬間だけは許せる。


 そう願いながら目を閉じる。


 目を閉じていると、聴覚が過敏になる。

 誰かが2階に上がってくる音が聞こえた。火音だろう。

 そのまま自分の部屋に戻っていく。もう寝る気だろうか。恐らくは火音も疲れたのかもしれない。


 暫くすると火音の部屋の扉が開く音がして、足音が俺の部屋の前で止まった。

 ノック無しで扉が開く。


 薄っすら目を開く。そこには案の定火音がいた。

 枕を胸に抱えて、落ち着かない様子で立っていた。


「お兄ちゃん、起きてる……?」


「寝てる」


「起きてるじゃん! ね、ねぇ……」


 この後の展開が簡単に予測できた。


「一緒に……寝てもいいかな?」


「……」


 予測は100%的中した。

 別に、今日だけの事じゃない。こうやって火音が一緒に寝たいと希望するのはよくある出来事だ。

 例えば怖い映画を見た後、親に怒られた後、俺と喧嘩した後、部屋にゴキブリが出た後、部屋を散らかして寝るスペースがなくなった後……そんな感じだ。小学生の頃と比べると頻度は減ったが、それでもまだこうやって来ることはある。

 正直、甘えられたり頼られたりするのは嫌じゃないので、口では『狭いから面倒くせー』と言いながらも、何だかんだと許可を出していた……今までは。


「ね、ねぇーってばぁ……」


 火音を見る。

 俺が貸したクソダサ私服に身を包んではいるが、服では隠しきれない大人の体つきが闇の中でも目立っている。

 アレと一緒の布団で……寝るのか?

 いや、無理だろ。

 正直の話、妹ってのは理解しているものの、成長した体を見ると未だに脳が『本当に妹? 別人じゃね?』と錯覚を起こしてしまいそうになる。


「いや、ほら……お前、ちょっと体デカくなっただろ? 一緒に寝るのは無理だって。スペース的に」


「そんな事ないよぉ! 詰めれば大丈夫!」


 と言いながら、俺が許可を出す前に突撃してくる。

 

「ほら、いけるいける!」


 ベッドに潜り込んできた火音の体で、俺の体が壁際にグイグイ押し付けられていく。

 何とかギリギリはみ出すことなく、2人分の体はベッドに収まった。

 しかし狭い。

 背中に何だか柔らかい物が2つ、むにむに押し付けられている。

 

「お前なぁ……!」


 軽くキレながら、火音の方に向き直る。

 すぐ目の前に顔があった。

 成長して面影はあるものの、大人びた顔つきの火音の顔が。


「えへへ」


 変わってしまったその顔に浮かんだ笑顔は、異世界に行く前と変わらないいつもの笑顔だった。

 ……緊張していた自分がちょっとバカみたいに思えた。

 火音は火音だ。体がデカくなっても変わらない、俺の妹だ。


「ハンバーグを食べるのも楽しみだったけど、こうやってお兄ちゃんと一緒にお布団に入る方がずっとずっと楽しみだった。……何か、やっと本当にウチ帰って来たんだって……今思えたかも」


「そうか」


 頭を撫でてやる。

 火音はくすぐったそうに眼を細めた。


「これ夢じゃないよね? 朝起きたらお兄ちゃんはいなくて、まだ向こうの世界だった……なんてこと、ないよね?」


 ほぼ密着した火音の体が震えていた。

 今になって張りつめていた緊張の糸が解けたのかもしれない。

 俺は火音を安心させるように、背中を摩った。


「大丈夫、だよね……ずっと一緒だよね……」


「ああ、もう寝ろ」


「うん、寝る……寝るまでナデナデしててね……いなくなっちゃヤダよ、お兄ちゃん……」


 火音の震えが収まり、ゆっくりと瞼が下りていく。

 そして穏やかな寝息を立て始めた。


「やっぱ変わってないなコイツ」


 昔からこうやって布団に潜り込んできた時は、こうやって頭や背中を撫でるように求めてきた。

 そうすると5分もしない内に寝てしまうのだ。


「さて、明日から色々大変だな」


 解決すべき問題はいくらでもある。

 だけど……まあ、何とかなるだろう。今までもそうだったし、これからもそうだ。

 俺は兄として妹、火音を守る。

 これから先もずっと。


「むにゃぁ……お兄ちゃぁん……」


 火音がモゾモゾと動き、両手を俺の背中に回し抱き着いてきた。

 グイグイと押し付けられる胸に、頭では妹の物と分かっていてもやっぱり体は正直でドキドキしてしまう。

 これじゃ眠れないな。


 ミシ、ミシ……。


 何だこの音?

 何かが軋む音がどこかから……いや、俺の体からだ。


「ちょっ、火音、さん……」


 ミシミシという音は俺の背中から聞こえていた。

 正確には火音が回した手によって、俺の背中が軋んでいる。


「お、おいっ、おい! く、苦し……ちょ、ま……」


 今考えれば当然のことだ。あんなに重い剣を片手で振り回すくらいなんだから、馬鹿みたいな力があって然るはず。

 眠ったことによって力のセーブが外れたなら……


「ひ、火音! お、起きろ! お、お兄ちゃん……死んじゃうッ! ヒギィッ!?」


 慌てて擦っていた手をタップに切り替える。


「くぅくぅ……無駄だよ……むにゃ……スキルで……一定以下の物理攻撃は……私には効かない……無駄無駄……うへへ……」


「ざっけんなよ!? し、死ぬ……!」


 ちょっとずつ意識が薄くなっていく。

 俺は最後の最後まで抵抗したが、結局火音の拘束を解くことはできなかった。


(……次寝る時は、手縛らないとな)


 次があればな。

 最後にそんな事を思いつつ、俺は意識を手放した。



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