妹と酒とハンバーグとお漏らし
食卓に向かい合わせで座った俺と火音。
「お、お兄ちゃんのハンバーグ……じゅるり」
火音は今にも涎を垂らしそうになりながら、食卓に並ぶハンバーグを見つめて……いや、垂らしてるわ。
垂らしながら、ハンバーグを凝視していた。汚い。
「4年ぶりのハンバーグ……うぅ……長かったよぉ……ずっとずっと食べたかった……」
涎に加えて涙もポロポロこぼす。
そんな火音を見た俺は軽く引いた。
「大げさだなお前」
「大げさじゃないよぉ! 本当にすっごく食べたかったんだよ!? 夢にまで見たハンバーグ……ていうか、実際に夢に出てきたんだよ!? 食べた過ぎて! あっち行ってから、3日に1回は夢に出たよ! お兄ちゃんのハンバーグ!」
「それ最早悪夢じゃね?」
「そうなの! 最初はね、夢に出てきたハンバーグが『ボクを食べなよー』って言ってきたんだけど、ほら食べたら食べたで目が覚めたら虚しくなるじゃん? だから意地でも食べない!って突っぱねてたら、ハンバーグがグバァって牙生やして私を食べようとしてきたの! だからね、私も食べられてたまるかーって、剣を召喚して戦ってさ! ズババーって切ったらハンバーグの体からあっつい肉汁が出て、ほらあの昔見たエイリアンの映画みたいで――」
「その話長くなる? 飯冷める前に終わる?」
「あ、食べるー♪」
火音が「いただきまーす」と手を合わせ、箸を手に取る。
久しぶりに箸を使ったせいか、少し覚束ない手つきで箸を持ち、ハンバーグを2つに割る。
一口で食べるには少し多すぎる片割れを箸で掴み、ゆっくりと口に含む。
「……もぐ、もぐ」
目を瞑り、噛み締める。
4年という長い歳月を回想するように、ゆっくり、深く噛み締める。
「美味しい……美味しいよぉ……」
目を瞑りながら、呟く。
何度も何度も噛み締めなら、自らに訪れた極上の幸せを確認するように呟く。
俺はそんな火音を見ながら、内心嬉しく思っていた。
異世界に行っても俺の作った料理を想ってくれていた事、そしてここまで喜んでくれる事。作った甲斐がある。こんなに喜んでくれるんだったら、もっとハンバーグ作る機会を増やしてもいいかもな。
「ほんとに美味しい……美味しいよぉ……! もぐもぐ……うまうま……うまーいッ!!!」
突然、火音がカッと目を見開いた。
まるで自分の中の感情が抑えきれないかのように、歓喜の声を叫ぶ。
それだけなら、ちょっと大げさな感情表現だ。
だが――
「おいしーいッ!!!」
「なっ!?」
俺は驚きに目を見開いた。
歓喜の遠吠えを発した火音の体から、突如、金色のオーラが立ち上ったのだ。
ゴゥッと光の奔流が火音を包み込む。
幻、もしくは料理漫画的表現かと思い目を擦るが、その金色のオーラは実際の俺の目にしっかり映りこんでいた。
「何の光ぃ!?」
突然火音から発せられた謎の光に混乱する俺。
光はゴゥゴゥと火のように燃え盛り、そのまま火音の体に纏わりついた。
まるで……まるで某超有名漫画の何とかサ〇ヤ人のように……金色のオーラが火音の体を包んでいた。
驚愕する俺を見て「え? 私なんかやっちゃいました?」ととぼけるような表情の火音。
「どしたのお兄ちゃん?」
「い、いや! 何か出てる出てる! オーラ的な物出ちゃってるよ!」
「へ? わっ、出てるね」
自分の体に纏わりつくオーラを見ながら、冷静な様子の火音。
どうやら思い当たるフシがあるようだ。
「はー……そっか。こっちでも使えるんだ。ふーん……ま、いっか。ハンバーグたーべよ」
「待てや」
ワタワタしてる俺を放って普通に飯を食おうとしだしたので、皿をこちらに下げる。「何すんのー!?」と金色のオーラを纏いながら取り返そうと迫ってくるので、正直怖い。
「いや、説明しろよ! お前、この状況でよく普通に飯食えんな!」
「えぇー……ご飯の後じゃだめぇ?」
「いや、俺そんないかにもなオーラ出してるヤツの前で普通に飯食うとかできねーし」
不満げな表情を浮かべる火音は、相変わらずオーラ的な光をまき散らしている。
この状況で飯食えとか、どんな罰ゲームだよ。
「お腹空いたんだけど……」
「お代わりやるから! 何なら俺のハンバーグも食べていいから!」
「え、ほんと? わぁーい♪」
嬉しそうに喜ぶ火音に対して、俺はかなりドキドキしていた。
何せいきなり妹が金色のオーラを纏いだしたのだ。
この光なんだよとか、炎みたいだけど火事にならないだろうなとか、版権的に大丈夫なのか、とか……色々心配することが多いのだ。何より眩しくて目が痛い。
「えっと、これね。これ『オーラバースト』っていう向こうの世界のスキルだよ。こっちの世界でも使えて、びっくりしちゃった」
「ま、魔法じゃねーのそれ?」
「違うよー。さっきも言ったけど、私魔法の才能無かったし。これはスキルってやつ。スキルは生命力を使うだけだから、基本誰にも使えるんだー。戦士とか勇者の人だったら誰でも使える、初級スキルだよ。自分のやる気とか『てめー』『このやろー』『ぶっ殺してやるー』みたいな? そういう目に見えない気持ちをオーラにして体に纏うスキルなんだ」
「へ、へぇ……」
いきなりスキルとか生命力とか言われても頭が追いつかない。
生命力=HPだろうな、とかはそれなりにゲームをやっていればある程度察することは出来る。
だが、ここに来ていきなり漫画やアニメでしか見たことが無い、非現実的な異能力を見せられたことで、俺は非常に混乱していた。
「す、すげーな……それ、熱くないのか?」
「ぜんぜん。触ってみる?」
「……おう」
恐る恐る金色のオーラに触れてみる。
痺れることも無ければ、熱くもなかった。何だか温かいおしぼりに包まれたような感覚だった。
へー、こんな感じなんだ。
「はー……で、これどういう効果があるんだ?」
「効果? うーん……特にないけど」
「ないのかよ」
こんな如何にもなオーラ出しときながら、何も効果ないのかよ。
強さが倍になるとか、普通そういう効果がありそうなもんだけど。
「まあ、強いて言うなら、相手をビビらせるのが効果かな? 実際びっくりしたでしょお兄ちゃん?」
「いや、したけども」
あんな如何にもなオーラ出されたら、普通はビビるわ。
だけどこんな派手なエフェクト出しときながら、効果がそれだけだと聞くと……
「産廃スキルだな……」
俺が思ったことを素直に述べると、火音が人差し指を左右に振りながらこちらを挑発するように「ちっちっち」と言った。
オーラを纏っているので、強者のリアクション感が凄い。
「そんな事ないよ。分かってないなぁ、お兄ちゃん! アレだよ? 戦いの最中にビビったら、もうその時点で負けだからね。もうね、いくら強そうに見える相手だとしても、ちょっとでもビビる姿見せちゃったら、カッコつかないじゃん? そうなったらもう負け。既に勝敗は決したようなもん。あと純粋にビビったら体が硬直して隙だらけになるから。先制攻撃し放題だからね」
「な、なるほど……」
そう言われてみれば納得できなくもない。
ただ発言内容が、喧嘩自慢のヤンキーのそれと一緒なんだよな……。
「ちなみにこのスキル、覚えたばっかりの人がうっかり暴発させちゃう事が多いんだ。さっきの私みたいにすっごく感激した時とか驚いた時とか。そういう人が放つオーラは『お漏ーラ』って言って、結構恥ずかしいヤツなんだー。私も覚えたての頃はしょっちゅうお漏らししちゃってさー」
「すっげえどうでもいいわ」
「あと寝てる時に怖い夢とか見て出しちゃう『寝漏ーラ』とか、たまーに常時オーラ垂れ流してる『駄々漏ーラ』の人とか、色々あるけど……この話、した方がいい?」
正直全く興味が無いので、ハンバーグを親の仇の様に凝視する火音に皿を戻す。
怒涛の勢いで食事を再開する火音。
対する俺は『ハンバーグ差し出すほどの話では無かったなぁ』と少し後悔するのだった。
結局、火音は食事の間ずっとオーラを纏っていた。
オーラはかなり照度が高く、試しに部屋の電気を消してみたところ、普通に生活できるレべルには光源を確保できていた。
なるほど……電気代の節約にはなりそうだな。
■■■
自分のハンバーグを食べ終え、俺の分に差し掛かろうとしていた火音は、何かを思い出したかのように立ち上がった。
「飲み物飲み物ー♪」
そのまま冷蔵庫に向かい、中から缶を取り出して席に戻ってくる。
そして当たり前の様な顔で、缶ビールのタブに手を掛けた。
「この一杯の為に生きてるんだよね~♪」
「おい未成年この野郎」
あまりに自然な感じでビールを持ってきたので、反応が遅れてしまった。
開けられる直前だったビールを奪い、反対の手で火音の頭にチョップをかます。
「あいたっ。な、なにすんのさぁっ」
「これ以上ないってほどこっちのセリフだっつーの!」
涙目でこちらを非難がましく見てくる火音に対し、睨み返す。
「お前、いつから酒なんて飲むようになったんだよ。……いや、マジでいつだ?」
家で飲んでいる姿なんて見たことがない。
このビールだって親が買ってストックしている物で、在庫が減れば分かる。
外で酒を教えるような悪い友達だっていないはずだ。
となると――
「あー、違うんだよお兄ちゃん。あのね、向こうでは15歳になったらもうお酒飲めるんだよー。だからへーきへーき」
やはり異世界の野郎か……。
酒といい、変な性癖といいウチの妹になんてモンを教えてくれやがる。
ビールに手を伸ばしてくる火音に対して、俺は毅然とした態度で言った。
「いいか? 異世界ではどうだったか知らんけどな。こっちに帰って来たからには、こっちのルールに従ってもらうぞ」
「えー、お酒ダメなの? あっちでは普通に飲んでたのに」
口を尖らせながら言う火音。
そんな火音に対して、俺は親から受け継いだ言葉を告げた。
「いいか? ――異世界は異世界。家は家だ」
「うっ……分かった。うん、じゃあいーや」
思ったより素直に納得したので、拍子抜けする。
「よくよく考えてみたら、お酒ってそこまで美味しいと思ったことないし。パーティの皆が飲むから付き合いで飲んでただけだしねー」
「サラリーマンかよ」
「向こうの人、何かあったらすぐに「酒だー!」って宴会始めるからさー」
「海賊かな?」
まあ、そういう機会が頻繁にあって合法的に飲むことが出来るのなら、そりゃ飲むことにもなるだろう。
理解はした。
理解はしたが……何かちょっと悔しい。自分より先に酒を覚え語る妹に、ちょっとした嫉妬を覚えた。
くそぅ……俺が成人してから酒飲んでて『私もお酒のみたーい』って縋ってくる火音に『ガキにはまだはえーよ』って年上風を吹かせるのがちょっとした夢だったのに……。
おのれ異世界め……!
「やっぱ私はジュースの方がいいなー。コーラんまー」
能天気にジュースを飲む火音を見ながら、俺は異世界に対してちょっとした恨みを募らせていったのだった。