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妹と勇者の剣

「あぁーお兄ちゃんの匂い落ち着くぅ……」

 

 いつものように俺のお腹にグシグシ顔を擦りつけてくる妹。

 さて、どうやら信じられない事に目の前にいる女性はマジで妹の火音のようだ。

 まだ熱中症でぶっ倒れた俺が見ている幻の可能性も無くは無いが、目が覚めない以上、これが現実なんだろう。


 ウチの妹は異世界に召喚されて、魔王とやらを倒して今戻ってきた。

 これが現実だ。

 しかも俺より年上になって。

 

 ……何だこの現実。


「火音」


「えへへー、なぁに?」


「色々と聞きたいことはあるんだが、取り合えず――」


 火音を見下ろす。

 血塗れの鎧を着た妹を近くで見ると、血以外にも埃や土、何かの粘液、羽、毛、肉片……と非常に汚れていた。まだドブ川で水浴びをしてるカバの方が綺麗に見える。

 というわけで。


「臭いし汚いしキモいから風呂入ってこい」


「異世界から帰って来たばっかりの妹にその3Kは酷くない!?」


「いや、酷くないし。お前、ほんと臭いの。マジで吐きそうなんだが」


 冷静になったことで麻痺していた嗅覚が戻って来たのか、妹から立ち上ってくる異臭が耐えられなくなってきた。

 つーかマジで何だこの臭さ。俺的異臭ランキング1位である『親が興味本位で買ってきたシュールストレミング』を軽く超えてきたぞ。

 

「酷いなぁ、むむぅ……あ、そっか。魔王倒した後、直でこっちに帰って来たから、そりゃ汚いよね。魔物とかいっぱい倒したし。魔王城の近くに村も無かったから、2週間くらいお湯も浴びてないし」


 サラっととんでもない事を言う火音。

 2週間も風呂入れないとか、現代っ子かつ綺麗好きの俺だったら発狂するわ。


 俺の指摘に火音は渋々といった様子で頷いた。


「分かったー。お風呂入ってくんねー」


「ちゃんと服持っていけよ」


「らじゃりましたー」


 立ち上がり、ガチャガチャ鎧の音を立てながら部屋を出ていく。

 着替えを持っていくように言わないと、火音はいつも風呂上りに全裸で家を歩き回る。

 今までだったら問題無かったが、今のあのカラダで全裸で歩き回られると……うん、色々困る。


「さて……取り合えず、片付けるか」


 俺は溜息を吐きつつ、部屋を見渡した。

 血塗れの火音がベッドに座ったもんだから、シーツは血塗れだ。交換しておかないと。

 それに火音がお菓子を貪り食ったから、床はお菓子のカスだらけだ。こっちも掃除しないと。


 あとは……


「この剣、どうしてくれようか」


 部屋の中心で異様な存在感を醸し出す剣。

 さっき火音が床に落として突き刺さった剣だ。

 柄までグッサリ床に刺さってるので、恐らく1階まで貫通してるだろう。

 刺さってる場所が俺の部屋じゃなくて、神秘性の高い森の中とかだったらマス〇ーソードみたいでいい感じなんだが、ここだと違和感しかない。ぶっちゃけ超邪魔だ。絶対足引っかけて躓く自信がある。


「抜いとくか。よいしょっと」


 柄を握り、引き抜く。

 

「んん! ん? ぬ、ぬうううう! フン! ふぬぬぬッ!」


 思い切り力を入れて引き抜こうとするが、ちっとも抜ける気配がない。

 つーか、ピクリとも動かない。床に刺さって固定されてるからとか、そういうレベルじゃない。

 1ミリすら微動だにしない。


「え、何だこれ? どうなってんの? ……ダメだ! 抜けん!」


 俺は抜くのを諦めて座り込んだ。

 どうなってんだコレ。さっき火音は片手で軽々と持ってたのに。


「……」


 そうだ。火音はこんな馬鹿みたいに重い剣を軽々と持っていた。

 いきなり異世界に飛ばされ、4年も知らない人間たちと一緒に過ごした。

 きっと心細かっただろう。俺や親に合えなくて寂しかっただろう。

 そんな火音の境遇を思うと、何だか胸が痛くなってきた。


 それに何より悲しいのは、その4年の間の火音の事を何も知らないことだ。

 本来ならば一緒に過ごすはずだった4年間を全て失ってしまった。

 その4年間の間にもしかしたら反抗期が来たかもしれない。初めての家出をしたかもしれない。もしかしたら彼氏なんかも出来たかもしれない。本当ならそれを兄としてすぐ近くで見守れたはずなのだ。

 だが火音は俺の知らない場所で知らない4年間を過ごした。それが何よりも辛い。


「はぁ……4年かぁ。長いよなぁ4年は」


 頭を振る。

 失われた4年より、これからだ。そうだ、俺たちの人生はまだまだ続く。

 たかが4年がなんだ。ちょっと妹が年上になったからってなんだ。

 これからまた思い出を作って行けばいいんだ。

 親への説明とか夏休み明けの学校とか、考えるだけでも頭が痛くなる事がどんどん浮かんでくるが……異世界から無事に妹が帰ってきたことでヨシとしよう。

 

 取り合えず、4年振りに異世界から、それも魔王とやらの戦いを生き延びて帰ってきたわけだし、しばらくの間は労わることにしよう。優しい言葉と穏やかな態度で久しぶりの我が家を満喫してもらおう。多少のオイタやワガママは許そう。



「おにーちゃーん」


 浴室から火音の声が聞こえた。

 何かな? アレか? 久しぶりに文明の利器を見たから、使い方が分からないのかな?

 しゃあねえーなー! 優しく教えてやんべ!


 俺は浴室に向かって「どうしたー?」と声をかけた。



「ねー! 鎧っておしゃれ着コースで洗濯機回してもいいのかなー?」


「いいわけねーだろアホ。手で洗え手で」



 前言撤回。多少のオイタは笑って済ますが、シャレにならない部分に関しては今まで通り厳しく対応しよう。エアコンも壊された上、洗濯機も壊されたらでもしたら、旅行中の親に殺されるわ。



■■■



 血塗れのシーツを剥がして新しいシーツを貼り、火音が落としたゴミなんかを掃除していると、浴室から火音が出た音が聞こえた。

 暫くしてから、ペタペタ廊下を歩く音が聞こえ、そのまま俺の部屋に。


「ふわぁー気持ちよかったぁー!」


 いつものように中途半端に体や髪を拭いたせいか、全体的にしっとりした火音が現れた。

 いつもの光景だ。こうやって風呂上りに火音が俺の部屋にやって来て、タオルをこっちに投げつけ「拭いておくれー」と言い、俺が「はよ座れ。絨毯がしっとりしちゃうだろ」と言い返して拭いてやるのが俺たちの日課だった。

 今もそのノリで来たんだろうが、俺としては今そのノリを受け入れるわけには行かなかった。


「火音! お、お前……何て格好してんだよ!?」


「え、何が?」


 火音が自分の体を見下ろす。

 今の火音の恰好は……いつもの服装だった。風呂上りのいつもの恰好。見たこともないゆるキャラがプリントされたクソださTシャツにホットパンツだ。

 いつもの恰好――それが不味い。


「うーん、やっぱ変かなぁ? 何か服が縮んだみたいでさー」


「逆ゥ!」


 4年の時を経て突然変異としか思えない成長をした火音の体に対し、今まで来ていた服は小さすぎた。

 シャツの胸の部分は大きく盛り上がっており、プリントされたゆるキャラはギチギチに引き延ばされ、何だか苦しくて泣いているように見える。

 ホットパンツも小さすぎて、今にも弾けそうなくらいホットだ。自分でも何言ってるか分からんけど。

 どちらもサイズが小さいので、ヘソやら太ももの際どい部分が露出されて非常にアカン事になっている。


「お前……捕まるぞ!?」


「捕まるの!? 何で!?」


「いや、だってお前……それは……ハレンチ過ぎだろ」


 俺、今生まれて初めてハレンチって言葉使ったけど、多分間違いなくこういう場面で言うんだと思う。

 これはマジでヤバイ。R指定が入るレベルのエロさだ。たまたまテレビに映ったら、顔から下が全部モザイクになるレベルだ。


「し、知らなかった、ハレンチだと捕まるんだ。……で、ハレンチってなに?」


「今のお前その物だよ」


 しかし、このままじゃ不味い。火音の事だから、いつものように俺の足の間に座って、髪を乾かすように言ってくるんだろうが、あの格好と体を押し付けられたら、流石に冷静じゃいられない。何が不味いって、妹に対してこういう事を考えてしまってる事自体がヤバイ。

 だってしょうがないじゃん! 中身と面影以外ほぼ別人なんだもん!


「いいから取り合えず着替えろ。もっと体に合った服を着ろ」


「えぇー、でも他のもサイズは変わんないよ?」


 なるほど、こういう問題が出て来るわけか。

 親への説明や学校どうこうの前に、こういった身の回りの事で解決すべき事は多そうだな。

 取り合えずは――


「俺の服ならサイズは問題ないだろ。ちゃんとしたのはその内用意するから、それまで我慢しとけ」


「え? お兄ちゃんの服着ていいの? わーい」


 と言いつつ嬉しそうに万歳をしてその流れで着てる服をスポンスポン脱ごうとするので、俺は慌ててさっき火音から食らったタックルをお返ししつつ、適当に服を見繕って部屋の外に押し出した。


「はぁ……」


 溜息を吐きつつ、座り込む。

 これは……不味いな。4年分体がデカくなったのに、中身が全然変わってない。あのワガママボディでいつもみたく接してこられたら、俺の精神が持たない。

 つーか何で変わってないの? 普通、家族から離れて見ず知らずの土地で見ず知らずの人間たちと旅をしてたら、精神的にかなり成長するよね。あの麦わらのル〇ィだって2年間仲間と離れたら成長してたし。うーん、謎だ。


「入るよー。ほら見てみて―。びったしー」


 ノック無しで入ってきた火音が楽しそうにクルクル回る。

 今まで親に服を買ってきてもらっていた俺だが、流石に高校生にもなってそれはどうだろうと思い、この間外出した時に直感で初めて自分で購入した服だ。


「いいなぁこれ。お兄ちゃんの匂いがするー。お兄ちゃんに包まれてるみたいだー」


 気に入ってもらえたようで何よりだ。

  

「あ、別にちゃんとした服いいや。これからもお兄ちゃんの服借りればいいし」


「俺が嫌だよ。そんな服着たヤツと一緒に歩きたくないし」

 

 買ってから今日までイケてると思って着てきた服だが、改めて他人が着ているのを見ると……マジでダサいわこの服。

 もしタイムマシンがあれば、この服を買った日に戻って俺を殺したい。それくらいダサい。

 気づけて良かった。 


 さて、取り合えず服の件は片付いた。

 次はこれだ。


「火音。お前がブッ刺したコレ。何とかしてくれ」


 俺は剣を指した。


「ん? あー……そういえば、向こうからうっかり一緒に持ってきちゃったんだっけ。うわぁ……怒られちゃうかも」


「怒られんの? 誰に?」


「何か偉い人。国宝がどうとか、世界で唯一魔王に対抗出来る切札が何とかで、とにかく凄く貴重な物らしいんだー。……ま、いっか」


「え、いいのか?」


「大丈夫大丈夫。もう魔王倒したし。もんだーいなーし」


 そういう問題だろうか……。魔王云々は置いといて、国宝だとして持ち帰ったらヤバイんじゃないだろうか。

 少なくとも現実世界で国宝に指定される物を家に持ち帰ったら、まずお巡りさんのお世話になるだろう。

 火音は大丈夫って言うが、やはり心配だ。だって実際今その国宝があるの俺の部屋なんだもん。

 さっさと剣を抜いてもらって、向こうの世界に返すなりなんなりしてもらおう。


「じゃ、早速――あ、そーだ」


 剣に近づいて行った火音が振り返り、ニンマリ笑った。


「ふっふっふ……折角だし、お兄ちゃんにちょっと面白いもの見せてあげるね?」


「面白いもの?」


 俺は問い返すと、火音は得意げに笑いながらこう言った。



「――魔法、見せてあげる♪」



 と。 

 

 


 



 

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