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妹とヤバイ不審者

「はぁ……君は俺の妹である火音で? 漫画取りに部屋に戻ったらいきなり異世界に召喚されて? こっちに戻る為には魔王とやらを倒せないといけないって言われて? 仲間たちと冒険に出て? やっと魔王を倒して、今さっきこっちの世界に戻ってきた? ……そういう事?」


「うんうん! そだよー! もぐもぐ……んー! お菓子美味しー! ゴクゴク……ジュースうまー!」


 俺のシャツを涙やらで軽く水に飛び込んだくらいびしょびしょにした女性は、暫くすると少し落ち着きそんな内容の事を話した。

 正直なところ『じゃあ、その体験を小説サイトにアップしてみればどうでしょう。上手くブームに乗れば書籍化ワンチャンあるんじゃないですかねぇ』みたいなコメントを残したかったが、血塗れ+刃物持ちの相手にはとても言えねぇ……。

 当たり障りのない返事をする。


「そうなのかぁ。大変でしたねぇ」


「そうだよ! すっごく、もぐもぐ、すっっっごく大変だったんだから! ……ごくん」


 俺のベッドの上にペタンと座りつつ、妹の為に持ってきたお菓子やジュースを貪り食う女性。

 俺はそんな女性に当たり障りのないセリフを吐きつつ、いつでも逃げられるよう扉の側に立っていた。


「ピカーって! 眩しッって思ったら真っ白な場所にいてね。羽生えたすっごく可愛い女の子が何かよく分からんことをガーッっていっぱい話して来てさ。気付いたら知らない人たちに囲まれてて、しかも全然言葉とか通じないし。色々あって言葉通じるようになったら、今度は何か魔王を倒しに行けとかさ、言われて。もー全然意味わかんないし、お兄ちゃんにも会えなくて寂しいし……うぅ……」


「ささっ、お代わりをば」


「わー、ありがとー!」


 謎の脳内設定をペラペラ語った後、自己陶酔からの号泣コンボを決めようとしたの察した俺は、慌ててお代わりのジュースを注ぎ込んだ。またさっきみたいに感情が高ぶって殺人タックルをお見舞いされては叶わない。多分、もう2、3発食らったら肋骨がバキバキに折れて流動食確定だろうし。

 俺は相手を刺激しないように、彼女の話に同調しつつ、隣に住む幼馴染に『部屋に知らない女がいる! 実際コワイ! 助けて!』とLINEを送った。すぐに返事が返ってくる。……ウンコをパクパク食べるスタンプが返って来た。アイツ次会ったら絶対泣かす。次があるか分からんけど。


「はぁ……久しぶりのお菓子とジュース……五臓六腑に染み渡るよぉ……はふぅ……」


 さて、どうするか。

 この妹を騙る謎の女性を何とかしなければならない。本物の方の妹も気になる。

 ここは相手を刺激しないように、慎重に相手の話の矛盾点を突きつけよう。少しずつ、やんわりと。

 最終的に相手が正気に戻って警察に自首、ちょっとばかりの慰謝料を貰えれば御の字だ。

 くれぐれも慎重に。踏み込み過ぎて『お前なんて妹じゃない!』みたいな相手を激昂させる言葉を選んでしまった日には、今も部屋のオブジェクトと化している剣でグッサリやられてガメオベラ待ったなしだからな。


「えっと……でも、ほら」


「なぁにお兄ちゃん?」


 童女のように首を傾げる女性。


「その……あなたが俺の妹って言うのはちょっと無理が……ほら、どう見ても俺と同い年、それか年上にしか見えなくて……」


「ん? ああ、それ? えっと、羽生えた女の子、羽女でいっか」


「妖怪かよ」


「神様とか言ってた気がする。で、その羽女ちゃんが、確か……向こうの世界と、こっちの時間の流れがどうとか、こうとかで……わたし、あっちで4年過ごしたんだけどこっちの世界ではほんのちょっとしか時間が経たないとか……」


 顎に指を当てつつ、思い出すように天井を見ながら話す女性。

 異世界ウラシマ効果? みたいな? そういうのがあるらしい。あくまで女性の話が本当なら、だが。

 なるほど、確かにその説明に矛盾はない。

 

「早く帰らないと、わたしお婆ちゃんになっちゃう! って思って物凄く頑張ったんだよー。移動は基本ダッシュだったし。朝も5時に起きて出発だったし」


「軍隊かな」


 矛盾はないが、明らかにおかしい部分がある。

 ウチの妹は年齢よりもかなり幼く見える。中二の現在でも映画館は子供料金で当たり前のように通れる、超ロリだ。

 成長ペースからして、明らかに目の前の女性と同一人物とは思えない。

 確かに顔立ちは……面影がある。妹が4年成長すれば、これくらいの顔になるんだろうなぁ、みたいな。

 

「どうかしたお兄ちゃん?」


 女の子座りをしたまま可愛らしく首を傾げる女性。

 ……あー、ダメダメエッチすぎます。この体、絶対妹じゃない。この鎧の隙間から見える、下品過ぎない豊満な胸、ムッチリとした太もも。あの妹の成長ルートからは、絶対こうはならない。アイツは成人しても子供料金でバスに乗れる大人になるタイプだ。コンビニでお酒買う時に毎回身分証を確認されるような、そういうタイプだ。大体身長も高すぎる。平均的な男子高校生である俺よりも高い。


「妹……妹ねぇ……」


「む。何その顔。……もしかしてわたしの話、信じてないの?」


「いやいやいや。……ははは」


「むっ」


 女性は不満を表すように頬を膨らませた。


「ま、まさか信じてますって。異世界……ぷふっ。ご、ごめんなさい。異世界から帰ってきたんですよね……ぶふっ」


「むむむぅー!」


 ああ、いかんいかん。

 ここに来ていい年した女性が失笑妄想設定を騙ってる姿を改めて見たら、恐怖よりも笑いが出てきてしまった。 

 でもしょうがない。無理がある。

 俺の妹を騙りたいとなら、3倍は幼い少女を連れて来いというのだ。


「ふーん、だ。じゃあいいもん。信じてくれるまで、わたししか知らないお兄ちゃんの秘密暴露しちゃうもん」


「へぇー、そうなんすか」


 大体この女性の行動が悪い。

 いい年して中学生みたいな言葉遣いとかリアクションをするもんだから、こっちも警戒心が薄れてしまう。

 確かに奴さんのパワーと刃物は危険だが、こうやって距離を置いていれば問題はない。

 もし相手がプッツンきて刃物を取ろうとしても、その時間で逃げ切ることは出来るだろう。後は安全な場所で警察なりを呼んで、正当な手順に乗っ取って接近禁止令を出してもらうとしよう。

 

「よいしょ」


 女性がいきなり立ち上がったので、慌てて逃げる態勢をとる。

 だが俺の方には向かって来ず、そのまま俺の机にあるノートパソコンに向かった。

 俺に見えるようにパソコンを開き、キーを操作する。

 いや、無理無理。何のつもりか知らんけどパスワードが――


「わたしの誕生日……と。はいログイン」


「なにぃ!?」


「そろそろパスワード変えた方がいいと思うよ。……まぁ、わたし的にはちょっと嬉しいけど」


 えへへ、とくすぐったそうに笑いながら、俺のパソコンにログインする女性。

 そのままマウスをデスクトップに表示されたエロゲやらインディーズゲームのアイコンの間をスルスル動かしつつ、インターネットを開く。


「はい、でブックマークから、Pi〇veを開いて、と


「え」


「それで、と。お兄ちゃんが好きな漫画の好きな回のサブタイトルをパスワードを入力『 今にも落ちてきそうな空の下で』……はい、ログイーン」


「うおおおおおおおい!?」


 なんということでしょう。

 目の前の不審人物があれよこれよと、俺のパソコンの不正アクセスとして、某イラストサイトの俺のアカウントにログインしてしまいました。

 こ、これは一体どういう……トリックか!?


「お兄ちゃん、パスワードとか入力する時はちゃんと後ろ見ないとダメだよ?」


 ニヘヘ、と笑う妹……いや、妹を騙る不審者。

 いや、いやいやいや。

 た、確かにこんなのほぼ部屋にいる妹しか分からないはず。

 で、でも――


「あ、ちなみにお兄ちゃんが書いてるイラストにいっつもコメント書いてる唯一の2人だけど……わたしとポメちゃんだから」


「イヤァァァァ!!!」


 知りなくなかった衝撃の事実。

 毎回毎回クッソ下手なイラストにいいね!とコメントを書いてくれる2人がいるから、俺のイラストも捨てたもんじゃねえなぁとか思ってたのに!

 おいもうととその親友かよ! クッソ身内じゃねーか!

 コメントがそれぞれ『すっごい可愛い絵ですね!』っていう称賛のコメントと『勢いは感じますが、技術的な面で指摘すべき部分が多いです、特に――』って辛辣かつ専門的なコメントがあったが、どっちがどっちのコメントなのかはこの際、どうでもいい。

 親友にも内緒で取り組んでいた活動にいつの間にか踏み込まれていたことにショックを受けざるをえない。

 

 ていうか……え? マジでコイツ妹なの?

 

「えっへっへ」


 顔立ちは変わったが、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべる目の前の女性。


「いや、ウソだろ……」


「あー、これでも信じない? んー……そうだ」


 妹らしき女性は、ポンと手を打った。


「わたしがさ。めっちゃ小さい頃……んっと、1歳か2歳くらいかな。あんまりよく覚えてないんだけど、家の近くで遊んでる時に野良犬かなんかにに襲われたことあったじゃん。その時、お兄ちゃん噛まれそうになったわたしを体張って助けてくれたよね?」


「ん? え、えっと……ああ、うん。そういう事もあったけど、え? 覚えてんの?」


 確かにそういう事はあった。つーか言われるまで忘れてたくらい古い話だ。


「覚えてるよー! わたしバカだけど、大切な事はちゃーんと覚えてるもん! お兄ちゃんがわたしにしてくれた事は全部ぜーんぶ覚えてるし。……えへへ、いつもありがとお兄ちゃん」


 そう言って照れくさそうに笑う。

 ちなみに襲ってきたのは犬ではなく猿だ。山を下りてきた猿にお菓子を盗られた火音がガチで喧嘩を挑んだ結果、何やかんやで勝って猿にトドメを刺そうとしたので慌てて割り込んだのだ。ちょっと記憶にねつ造が入ってるが、まあ、古い記憶なんてそんなもんだろう。 


 本当に……この人、火音なのか? 

 こんな古い話、知ってるのは本人しかいない。


「え……火音? マジで……ぴーこ?」


「だからさっきからそう言ってるじゃん!」


 そして女性――妹はこちらに近づいて、床に膝をつきそのまま俺のお腹に顔を埋めた。


「ただいまお兄ちゃん。ずっとずっと……会いたかった。会いたかったよ!」


 グリグリと顔を擦りつけてくる。

 その行動、そして感触は……紛うことなき妹のモノだった。

 姿形こそ変わってしまったが、妹以外の何者でもなかった。


 夏休みの午後。

 俺の妹は異世界に行って魔王を倒して帰ってきた。

 年上になって。



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