妹と不審者
「――お兄……ちゃん?」
俺の部屋に侵入してきた不法侵入者の女性の件だが、想像以上にヤバそうだ。
まず鎧着てるって時点でヤバイ。しかも血まみれ。
自分の血だろうと返り血だろうと血まみれの鎧を着てるヤツにまともな人間はいないって祖母ちゃんが言ってた。
「ほんとに……お兄ちゃん……なんだよね……」
違いまーす! 人違いデース! ミーはノットブラザーデース! HAHAHA!
とノリのいい外国人みたいに言い返したかったが、下手に彼女を刺激すればヤバイ人特有の後先考えないヤバイ行動で俺がヤバイことになるだろうことは明白なので自重した。
俺は自分の部屋に不審者がいる事実に恐怖を覚えていた。
体が動かない。声も出そうにない。汗がだけが相変わらずダラダラ流れる。
俺、ここだけの話、普段から異常な事態に対する対応ってのは脳内でシミュレートしてたんだ。
例えば『痴漢冤罪にあったら、こう!』とか『急に車が突っ込んできたらこうだ!』『学校にテロリストが侵入したらこうしてこう!』『海外旅行先で拳銃を向けられたら、ここから……こう! そしてこう! トドメにこう!』的なね。主に寝る時にしてた。その流れで応用的に『家に帰ったら知らない人が入り込んでいた』時の対応も十分にシミュレートしてたけど……ムリ! ムリムリムリ!
妄想と現実は違うわ。妄想は感情が伴ってないから好きなように動けるけど、現実だと恐怖とか恐怖とか恐怖で……つまりコワイ! 怖くて体が動かない!
「帰って来たんだ……」
今気づいたけど……この人、刃物持っとるわ。
しかもナイフや包丁なんてチャチなもんじゃない。ちょっとした子供の身長くらいはあるロングソードだ。次いでにこっちも血塗れー。
ヤバイヤバイ。何とかに刃物ってマジでヤバイやつじゃん。
いや待てよ……アレ、本物か? 俺、結構ゲームとか映画とかで剣見るけど、本物はもっとこう……迫力が違うんだ。
彼女が持っているのはきっと模造刀かなんかなだろう。
そうするとアレだ。鎧着てるのもコスプレって事になる。
なーんだ。コスプレ趣味の痛い人が忍び込んだだけか。
「やっと、やっと……戻ってこれた……」
女性は何らかの感情を抑えるように、自分の体をかき抱いた。
その拍子に持っていた剣が床に落ちる。
剣は床に敷いていた絨毯に描かれた可愛い猫ちゃんの額をグッサリ突き刺し、そのまま剣の柄までズブズブと地面に突き刺さった。
おい、リアルブレードじゃねーか。模造刀って言ったの誰だよ。
ひぇぇぇ……。
女性が信じられないような物を見る目で俺を見た。
その目って普通、俺がするもんだと思う。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……会いたかった、会いたかった……会いたかった……」
ノウ!
AK〇の歌詞風に否定したい。
だが先ほども言った通り、見ず知らずの俺のことを兄呼ばわりするヤバイ人を刺激すると、何が起こるか分からない。
下手をすれば『お前がお兄ちゃんになるんだよ!』みたいな事を言われつつ、お家に連れて帰って監禁するパティーンまである。
「お兄ちゃんに会いたくて、少しでも早く会いたくて……わたし、がんばったんだよ……知らない場所で……ひぐっ」
女性は遂に泣き出してしまった。
うーん、ここぞとばかりに俺も泣きたい。でも、恐怖って行き過ぎると泣けないんだね。ごんぞぅ覚えた。
今のところこちらに危害を加える様子はなく、更に刃物も取り落としたことで、俺は少しだけ精神に余裕を持てた。
悲鳴になってしまいそうな声を押さえつつ、女性に話かける。
「あの……えっと、もしかして……家、間違ってません?」
「ひぐっ、ふぐっ……お兄ちゃんの声……お兄ちゃんの声だぁ……うぇぇぇ……」
どうやらこの呪文は効果が無いらしい。
「も、もしかしてコミケに参加される方ですか? だったら、ここからタクシーに乗って最寄りの交番まで……あ、いや駅まで行った方が……」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんお兄ちゃん……」
チッ、どうやら国家権力に耐性を持っているらしい。
女性はフラフラとこちらに近づいてきた。
俺はいよいよアレされると思い、慌てて逃げようとしたが自分の汗で足を滑らし、その場に尻もちをついた。
クソがッ! エアコンさえ壊れてなければッ!
女性は尻もちをついた俺に視線を合わせるように、四つん這いになった。そのまま近づいてくる。
鎧の胸元から豊満な双丘が見えてちょっとドキッとしたが、この後の展開如何によってはドキドキを司る大切な部位がお休みしてしまうことになるので、全然嬉しくない。
「お兄ちゃん……名前……わたしの名前呼んで……ずっと、ずっとお兄ちゃんに呼ばれたかった……」
テメーの名前なんざ知らねーよ。
ただここで適当な名前こいて奴さんの逆鱗に触れたら、間違いなくデッドエンドだな。
適当に言って当たる確率……60億分の1くらいか? いや、海外ネームは省くとして……いやいや、最近は外人みたいな痛い名前増えてるし……
「火音って……」
「あ?」
今コイツ、何て言った?
火音って。そう言ったよな。何で知ってる? どうして見ず知らずの女が妹の名前を知ってる?
そういえば、火音はどうした? 部屋に隠れているのか? それならいい。
でも……さっきの音は何だ?
何かが暴れるような音。
何か……ナニカ……火音はどこにいる。
コイツ……火音に何しやがった。
もし、火音に何かあったら刺し違えてでもコロス。
死んでも殺してやる。
「てめえ! 火音に何しやが」
「お兄ちゃあああああああん!!!」
女性が凄まじい勢いで飛び込んできた。
「ぐぇぇぇぇぇぇぇ」
ひぃ! 殺される!?
すっごいパワー! 絞め殺されちゃうッ!
「お兄ちゃんお兄ちゃん! 火音だよ! 戻って来たよ、ずっとずっと会いたかったよー! うぇぇぇぇぇぇんっ!」
女性は顔から涙やら鼻水、その他さまざまな液体を流しつつ、俺のお腹に顔を擦りつけてきた。
「誰かぁぁぁっ!!! 男の人ぉぉぉぉ!!! 助けてぇぇぇぇ!!!」
俺は叫んだ。
助けを求めて叫んだ。
だがこの家には誰もいない。親は2人で旅行に行ってしまったから。
隣に住んでる幼馴染は超高校生級の引きこもりの為、俺がどれだけ悲鳴をあげようが助けに来ることはない。
つまりは――詰みです。
■■■
女性に抱き締められ、悲鳴をあげていた俺だが、一方でどこか懐かしい物を感じていた。
女性の匂い、口調、容姿、そしてこのお腹に顔を擦りつける行動。
その全てにどこか既視感があった。
そしてその既視感は本当につい先ほどまであったものだった。