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妹と妹の変な親友

前回のあらすじ



「お兄さんの部屋に知らない女の人がいるーっ!?」



 俺ん家に妹の親友である誉ちゃんの悲鳴が轟いた。

 以上。



■■■


 突如、2階から響き渡った悲鳴を聞いた俺は、溜息を吐きながらリビングを出た。

 どうやら火音は親友である誉ちゃんに自分の現状――異世界に召喚されて帰ってきたら、ビックボティになっていた――を説明していなかったらしい。

 当たり前のように家に招くもんだから、てっきり説明済みかと思ってたけど……そりゃ誉ちゃんも驚くわ。旅行から帰ってきたら親友が見た目大人になってるとか、驚愕以外の何物でもないわ。


 リビングを出て廊下を歩き、2階へ続く階段に向かう。

 階段の上には俺の部屋を指さしたまま、驚愕の表情で固まる誉ちゃんが居た。

 がくがくと足が震えている。


 誉ちゃんが階下の俺に気づいた。


「お、お兄さん! へ、部屋に! 部屋に! お兄さんの部屋に知らない人がいるんです!」


「うん。……でも、そもそも何で俺の部屋に入ってんの?」


 ちょっとした疑問である。

 火音が俺の部屋にいた事に関しては、まあ……片付けが途中で面倒臭くなって放り投げて俺の部屋に逃げてきたんだろう。それは分かる。

 でも、誉ちゃんが俺の部屋に入った理由はなんだ? 

 普通、友達の家に遊びに行って、その兄妹の部屋には入らんだろう。


 俺の問いかけに、誉ちゃんは一瞬静止した。

 その状態でギギギと錆びついた機械のように、視線を俺に向ける。


「……そ、それは、その……」


「うん、それは?」


「お兄さんが居ぬ間にお兄さん分を補充…………ではなくっ! あ、そうだ! はい、あの、その、えっと……ひおちゃんの部屋に誰もいなくて、それで、その……お、お兄さんの部屋からひおちゃんのっぽい声が聞こえたような、そんな気がしたので、ちょっとお部屋を覗いたら……知らない女の人がお兄さんのベッドで寝ていたんです! はい、証明終了! ……な、何もおかしくないですよね?」


 なるほど、何の矛盾もない正当な理由だ。

 それだったら、俺の部屋に勝手に入ってもおかしくはないだろう。

 ただ正当な理由を述べているにしては、誉ちゃんの表情は崖に追い詰められたサスペンス物の犯人のそれなんだが……まあいいか。


「そ、それで……だ、誰なんですか、あの人。どうしてお兄さんの部屋で眠ってるんですか? し、しかもあんな恰好で……!」


「あんな恰好?」


 誉ちゃんの顔が真っ赤になる。


「あ、あんな……い、言えないです! 言葉するだけでもお母様に怒られそうな、あんな、あんな……!」


「ハレンチな恰好?」


「あ、そうです! ハレンチな恰好で! ……あの、ハレンチってなんです?」


 火音といい、誉ちゃんといい……最近の子はハレンチって意味を知らんのか? いや、俺もよくは知らんけど。

 ただ言葉の意味はよく分からんがとにかく、凄く淫靡な感じがするワードだ。

 どうせ火音の事だから、胸やら尻を盛大に披露しながら寝てたんだろう。


「も、もしかしてあの女の人……お、お兄さんの恋人なんですか……っ!?」


「は?」


 誉ちゃんの口から予想外の言葉が出てきたので、素で聞き返してしまった。

 いや、ちょっとあられもない恰好で男の部屋で寝てるからって恋人だって断ずるのはちょっと飛躍し過ぎては……いないか? うん、確かにもし、俺が幼馴染の家に遊びに行って部屋に半裸の男が居たらそれはまぁ……恋人だと思うな。もしくは幼馴染が性転換した姿か。

 誉ちゃんが勘違いするのは正しい。だが、ここは訂正させてもらおう。


「あー……その俺の部屋で寝てる女なんだけどな。実は――」


「じ、実は!? 実は――あっ」


 俺が真相を話そうとした瞬間、興味があり過ぎてたまらないといった様子で誉ちゃんが一歩を踏み出した。

 だが一歩を踏み出すということは、階段に向かって足を出すということで――誉ちゃんは足を踏み外し、そのまま階上から重力に従ってこちらに降ってくることになった。


「え……」


 何が起こったのか分からないといった表情の誉ちゃん。

 彼女の体は宙に投げ出されている。

 このままだとニュートンさんが言う通り、地面に落下した林檎の運命待ったなしだろう。


 極限状態に置いて加速した俺の思考は、緩やかに落ちて来る誉ちゃんを観測していた。

 定石通りに体が動く。

 恐らくはこの辺りに落下するだろうという位置に自分の体を進める。

 あとは凡フライを待つように手を広げて待つだけだ。


「あぅっ」


 俺が予測した通り、落下してきた誉ちゃんは俺の腕にすっぽり収まった。

 受け止めた際の落下エネルギーは関節をクッションにすることで上手く逃がすことが出来た。


「大丈夫誉ちゃん? 怪我とかは?」


「は……え……?」


 何が起こったか分からないといった表情の誉ちゃん。

 別に俺は超人的な能力を発現させたわけではない。

 ただ自分の経験に乗っ取った正しい動きに沿っただけだ。


 ウチの妹、火音は……高い所が好きだった。

 何とかと火音は高い所が好きということわざ通り、アイツは高い所を好んだ。

 中学生になった今でこそ、運動神経が人並み以上に発達したので問題はないが、昔は違った。極一般的(それでも同年代の子供より発達していたが)な運動神経を持った少女であった火音は、高い所が好きという嗜好はそのままにまだ未熟な運動神経故に――結構転落した。

 例えば、コンクリート塀の上、家の屋根、十分に育った樹木、ビルの室外機、銭湯の煙突、外国人バスケットボールプレイヤーの頭――ヤツは俺が目を離した隙にそういった場所に登り、油断と慢心から足を滑らせ落下した。

 そうなるとそれを受け止めるのは誰だ? 都合のいいヒーローなんて来ない。戦隊物のヒーローは怪人と戦うのに夢中だし、一番可能性のありそうなアメコミ隣人系ヒーローは海の向こうだ。俺しかいない。

 そういうわけで、落下してくる妹をキャッチする星の下に生まれた俺は、落ちて来る妹を受け止める機会が多かった。

 とても多かった。多い時は月に10回は受け止めてたと思う。

 何度も何度も火音を受け止めて、自分が怪我をしないように、そして火音が怪我をしないように行動を最適化している内に、なんか上手くなった。

 落ちてくる位置とか速さ、衝撃とかが何となくわかるようになった。

 OHU(落ちて来るヒロインを受け止める)力でいえば、ラピュタのパズーよりも高いと思う。

 まあ、履歴書に書けないタイプの能力だが。

 

 そんな俺だから、家の階段から落ちて来る女の子1人くらいは簡単に受け止められた。


「あ、あれ? わ、わたし……階段から落ちて、それで……えっと……お兄さんに受け止められて……」


 混乱した状況を口に出して整理をする誉ちゃん。

 腕の中にいる彼女は軽い。妹とは違って腕に当たる体の各部が少し柔らかい。


「え、えっと、これって……お、おおおおお、お姫様抱っこ……!?」


「そう呼ぶらしいな。で、怪我は? 痛いとことかない?」


 他所のお嬢さんを怪我させたとか、マジで洒落にならないからな。 

 誉ちゃんの家はどうか知らないけど、世の中にはモンスターペアレンツって魔物がいるらしいし。色々吹っ掛けてこられたら正直お手上げだ。


「あ、はい……だ、だいじょぶです。は、はわわ……よ、よく分からないけど、凄くいい経験しちゃってるわたし……」


「怪我とかないなら降ろすけど」


「はい。あ、いや! ちょ、ちょっとぉ……少しだけぇ……頭がフラフラするような、気がするような、しないようなぁ……そんな感じなので、もうちょっとだけ……このままで……い、いいでしょうか!?」


 結構元気そうに見えるけど、まあ本人がそう言うならそうなんだろう。

 というわけで暫くの間、誉ちゃんを抱えたまま廊下で佇むことになった。



■■■



「『わたしを抱き締めてくれたお兄さんの胸板は結構厚く、あと温かくてキュンキュンした』……と、めもめも」


 暫く抱えていると、落ち着いたらしいので誉ちゃんを床に置く。

 抱えてる時から何やらメモを取ってるが、覗こうとすると絶妙な角度で回避されるので、これは見るなってことだろう。

 とにかく怪我が無くてよかった。

 

「本当に怪我なくてよかったよ」


「ご、ごめんなさい。凄くびっくりしちゃって……って、そうです! あの人! あの人、誰なんですかっ」


 どうやら誉ちゃん、火音のヤツからマジで何も聞いていないらしい。


「火音から何も聞いてない?」


「き、聞いてません……! い、いや聞いてたのは聞いてたんですけど……ひおちゃん、お兄さんには彼女はいないって、言ってたのに……」


「あー、だからアレは彼女とかじゃなくて」


「年齢=彼女いない歴って、言ってたのにぃ……」


 アイツ、なに兄貴の恋愛遍歴を外で暴露してくれてんだよ。いや、間違いでは無いんだけどさ。


「うぅ……ひおちゃんには嘘吐かれるし、お兄さんにはあんな美人でセクシーな彼女さんがいるし、もうやだぁ……ぐすん」


 火音に対するお仕置きを考えていると、誉ちゃんが落ち込んでいた。ワンピースの太もも辺りをギュッと握って俯いている。

 今にも泣きだしそうだ。

 困ったな。

 

 仕方ない。ここは元凶に登場してもらって、事態の収拾を図ってもらおう。


「取り合えず火音呼ぶから」


「ひおちゃん……? そういえば、ひおちゃんはどこにいるんですか?」


 今にも泣きそうな誉ちゃんを連れ、リビングに向かう。


「今から火音呼ぶから」


 俺は指を口に当て、2階に向かって指笛を吹いた。


 よく迷子になる火音を呼び戻す為に、練習した特殊な指笛だ。これが聞こえたら即座に俺の下にやってくるように、火音を調教している(お菓子を使って)

 高確率で野犬や野良猫も寄ってくるのが短所だが、スマホなどの連絡機器をしょっちゅう持ち忘れる火音に対してはこれ以上ないほど効果的な方法だ。


 俺が指笛を吹いた瞬間、2階から物音がした。


 バサッ(布団を蹴飛ばす音)

 バンッ(部屋の扉を開ける音)

 タタタッ(2階の廊下を駆ける音)

 トンッ(2階の階上から一気に飛び降りる音)

 スタッゴロゴロ(5点着地を決める音)

 ゴロゴロゴロバンッ(着地後、前転をしたまま1階のトイレに入る音)

 ……

 ジャーッ(トイレを流す音)

 タタタッ(1階の廊下を駆ける音)

 バンッ(リビングの扉を開ける音)


「お兄ちゃん呼んだっ!?」


「お前なにトイレ休憩挟んでんだよ」


「ジュース飲み過ぎちゃった、えへへ」


 ケラケラ笑う火音。

 誉ちゃんは火音が部屋に入ってきたと同時に、俺の背中に隠れてしまった。

 やはり人見知りをするらしい。


「あ、あの人……お兄さんの事、お兄ちゃんって……あっ」


 俺の服をギュッと掴んだまま、小さな声で呟く誉ちゃん。

 何かを察したようだ。

 俺のことを兄と呼んだ、そして改めて顔を見たことで……目の前の女性が火音だと推測したのかもしれない。


「と、年上の女の人に、お、お兄ちゃんって呼ばせる……特殊なプレイですかっ」


「誉ちゃん?」


「うぅ……あんなセクシーな体で、しかも恋人のちょっと変わった性癖も大らかに受け入れる懐の深さ……こ、この人……強い……!」


 俺の背中で何やら戦力分析を始めだした。

 この子、こんな感じの子だったか? 今までほとんど喋ったことないから、知らなかったけど。


「で、でも……私だって負けないですっ。そっちがそう来るなら……!」


 何やら決意した口調の誉ちゃんが、俺の耳元に口を寄せて来る。


「わ、私のこと……お姉ちゃんって呼んで下さい……!」


「君マジで何言ってんの?」


「お、お母さんでもいいですよ?」


 いかんな。誉ちゃんがなんか面白いことになってるぞ。

 どうも火音に嘘を吐かれたこととか、目の前に知らない女性がいることで精神的に不安定になっているらしい。


 元凶である火音は呑気に欠伸をしながら、昼飯である冷やし中華の錦糸卵をつまんでいた。


「もぐもぐ、誉ちゃんまだかなぁ……おいしー!」


「おいしー! じゃねえよ。さっさと説明を……つーか、お前また俺の服着てるじゃねーか」


 火音が着てるのは前に何着か渡した俺のダサイ服だ。

 せっかく千羽から女性用の服を借りてきたのに、気が付いたら俺の服を着ている。


「えぇー、だってスカートとかヒラヒラして動きにくいんだもん。パンツ見えちゃうし。あ、でも長めのスカートだったら、足捌きとか隠せるからアレはいいよねー」


 服への評価が武闘家のそれなんですが。


「お兄ちゃんの服着てると、お兄ちゃんに包まれてるみたいで、安心するしねー」


 何が嬉しいのかニコニコしたまま、服の首元を嗅いでいる火音。

 一方、俺の背中にいる誉ちゃんは衝撃を受けたように体を震わせている。


「お、お兄さんの服を着てるんですか……!? お、同じ服を……シェフレってやつですかっ!」


 俺その言葉初めて聞いたけど、多分シェアフレンドの略だと思う。


「いいなぁ……わ、私も……私もお兄さんの、お兄さんのシェフレにしてください……!」


 耳元で熱っぽく囁く誉ちゃん。

 火音もそうだが、誉ちゃんといい、この年頃の女の子は体温が高いからくっつかれると暑い。

 

 冷やし中華に乗せる具材をパクパク食べる火音。

 耳元でシェフレにして下さいと連呼してくる誉ちゃん。


 そんな2人に挟まれて、ただ汗を流すしかない俺を


「にゃー」


 庭にいたシズカさんが呆れたように眺めていた。  

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