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妹と幼馴染の秘密のタンス

どうでもいいですが、女の子キャラの名前は犬の犬種をもじってます。

 俺の幼馴染こと千羽は外国人のミシェルさんと日本人の旦那さんから生まれた、いわゆるハーフだ。

 ミシェルさん譲りの美しい金髪、西洋人形めいた可愛らしい作りの顔、染み一つない雪のような白い肌、見る人全てを魅了する碧眼、抱き締めれば壊れてしまいそうなほど小柄な体躯を持つ少女だ。クラスメイトから『妖精』とあだ名を付けられるほどの容姿を持つ幼馴染――千羽は異性同性問わず、とてもモテる……という事はなかった。

 とにかく口が悪いのだ。毒舌が過ぎる。悪魔の毒々ガールなのだ。

 愛らしい見た目と、天使のような笑みから紡がれる言葉の全てが辛辣なのだ。


「……すぅ……すぅ……」


 穏やかな寝息を立てる千羽。その寝顔を紛争地帯にばら撒けば一時的とはいえ戦争が止まる――そう思えてしまうほど、神々しく心が奪われる寝姿だった。

 だが口が悪い。とにかく悪い。毒々しいのだ。

 この小さく艶のある唇から出る言語全てが毒に塗れているのだ。


「……くぅ……ぐぅ……」


 基本相手とのコミニケーションは、相手への人格攻撃、名誉棄損、誹謗中傷、罵詈雑言を持って行われる。

 無駄に観察眼が鋭く、相手の弱点、急所を毒を持って的確に口撃するのだ。

 皮肉、悪態、酷評、冷罵、妬み、恨み、ありとあらゆる毒を持って相手と接する。

 笑顔こそ天使のそれだが、嘲笑以外の笑い声を聞いたことがない。

 全ての人間を侮辱し、辱め、嘲る、そんな毒舌がライフワークの幼馴染である。


 今までその容姿に惹かれて近づいてきた人間は老若男女問わず、彼女の毒に晒され涙を流し膝を折ってきた。

 彼女の毒を知らずに告白をした男も結構いたが、その全てがめったくそに口撃され、中にはED(再起不能)になったヤツもいるとか。


 噂を聞きつけ自称ドMが集まってきた事があるが、その殆どがなんちゃってマゾである事を看破され、ボコボコに人格否定されたあげくに真人間に戻ってしまった。


 とにかく、それくらい口が悪い。

 俺がこうやって気軽に部屋に入ることが出来るのは、俺だけが幼馴染として特別にその毒舌の対象外になっている――というわけではない。

 コイツの毒舌は常時全方位にまき散らされており、近くにいる俺もその例外ではない。

 ただ単純に……慣れただけだ。

 まだ千羽が幼い頃、罵声や悪口の語彙が貧弱だった頃から俺はその悪口に晒され、千羽の成長に伴って悪辣になっていくそれに寄り添うように慣れていった。

 まるで階段を一段一段登るように、耐性を付けていったのだ。

 お陰で自分で言うのもなんだが、俺の煽り耐性はかなり高い。

 ネットでいくら煽られようが、菩薩の様な表情で相手を論破出来る。

 好きなアニメを貶されようが、冷静に相手に粘着して発言からSNSを特定して個人情報を入手、色々アレして炎上させる……そういうスキルを千羽との交流を得たのだ。


「ふむ。よく寝てるな」


 というわけで幼馴染の紹介終了。

 いくらコイツの毒舌に慣れたとはいえ、しんどいのはしんどいので、バレないようにこっそりタンスを漁る。

 目的である火音の服をゲットするためだ。


 幼馴染とはいえ異性の部屋に勝手に入り、タンスを漁ることに対して苦言を申す方がいるかもしれないが、この幼馴染だって勝手に俺の部屋に入っては漫画やらゲームを無断で持ち出すので、お互い様だ。


「さて……どこに隠してるんだ?」


 ゴソゴソとタンスを漁る。

 千羽も俺と同じく親に服を買ってもらってる勢なので、ミシェルさんの趣味全開の如何にも女の子っぽいフリフリした服が多い。

 だが俺は知っている。

 千羽がいつかは自分も母親と同じくグラマラスな体形になるだろうと信じて大人びた服をこっそり購入していることを知っているのだ。いつも行動を共にしているせいで、知ってしまっているのだ。よく買い物にも付き合わされてるしな。

 どこかにその服があるはず――。


「ん? このタンス……二重底になってるな」


 タンスを漁っていると、下着が収められた段に、二重の底があることに気づいた。底を外してみる。


「ビンゴ……!」


 底から出て来るわ出て来るわ……今の千羽ではどう考えてもサイズが合わない、大きめの服や下着の数々が……。


「フフフ、この服と下着は頂いていく、火音の為に……」


 親御さんからの許可も出ているし、いつも勝手に漫画やらゲームを借りパクされているので、これ幸いと持ち出す。

 服だってこんな風に隠れキリシタンのように肩身狭くいるよりは、着て貰える方が幸せだろう。

 それに正直……この年で今の体形だったら……もう成長は見込めないだろう。成長期もほぼ終わってるし。多分、母親から美しい金髪や幻想的な瞳は受け継いだが、グラマラス遺伝子は受け継げなかったのだ。

 可愛そうだが、仕方がない。


 ――グイグイ。


「ほほぅ……コイツ、結構エグい下着も買ってるなぁ。……よし、これも接収しておこう。うわ、どこに穴空いてるんだこれ」


 ――グイグイ。


「うわぁ、これ……背中とかバックリ開き過ぎだろ……胸とか隠せるのか? ……まあ、これも参考までに」


 ――グイグイ。


「ひぃ! こ、こんなハレンチなスカート、存在していいのか? こういうの見てると人間の業が深すぎて――ん?」


 さっきから何だ? 何かに服を引っ張られてるような……。

 気のせいかと思ったけど、今もリアルタイムでシャツの背中部分をグイグイ引っ張られてるんだよなぁ。

 振り返る。


「……」


 振り返ればヤツ――この部屋の主である千羽が立っていた。

 寝起きのせいか、寝癖が目立ち、あくびを噛み殺した幼馴染がそこにいた。

 どこかで見たことがある猫ちゃん柄のパジャマを着ている。あ、これ去年の誕生日にプレゼントしたやつだ。あの時は俺のセンスをメタクソに否定しやがったが……着てるんかい。


「ち、千羽……お、おはよう……ございます」


 とりあえず挨拶をする。

 千羽はただ黙って、俺を見ていた。自分の服やら下着が入ったタンス、それも隠しスペースまで暴いた俺を見ていた。

 いつもの天使のような笑顔で俺を見ていた。コワイ!


「いや、これはその……」


「……」


「ちょっと、ほら……服を借りようと思って」


「……」


「ミシェルさんには許可を貰ったぞ!? 持って行っていいって! ……言ってたんだが」


「……」


 わたわたと弁解する俺を、なおも天使の笑顔で慈悲深く見守る千羽。

 まさか、このタイミングで起きるとは……。こっそり持ち出して後で「服借りたから!」と弁解する予定だったのに。

 流石にリアルタイムでの持ち出しを目撃されるとなると、話は別だ。

 

「……」


 今もなお沈黙を貫く千羽。

 俺はここまでか、と覚悟を決めた。

 勝手に部屋に侵入した事とか、タンスを漁っていることに対する罵詈雑言が来る――。

 10割コンボからの廃人確定の毒舌が来る――。

 付き合いの長さから、ある程度千羽が繰り出してくる毒の予想は出来るし、心の備えは出来るが……それでも、辛いものは辛い。

 ただそれでも……耐えなければならない。

 生きて家に戻らないと、お腹を空かせた火音が待っているんだ。

 

 ――さあ、来るなら来い!


「……ッ」


「……」


「……ん?」


「……」


「千羽さん?」


 千羽から放たれるであろう罵声をサンチンの構えで待ち受けていたが――一向に来る気配がない。俺の予想ではそろそろ『口が臭いから喋んないで♪』や『体の中でニンニクでも栽培してるの?』『足の生えたドリアンかな?』みたいな罵声が来ると思ったんだが……。


 キツく閉じていた目を開くと、やはり笑顔の千羽が目の前にいた。

 タンスを漁っている俺の行動に疑問を浮かべるように首を傾げてはいるが、その口が開かれることはない。 

 暫く様子を見守るが、いくら待っても千羽の口から罵声、中傷の言葉が出て来ることはなかった。


 ただ俺の行動に疑問を問いかけるような表情を向けて来る。


「いや、これはさっきも言ったけど、ちょっと大きめの服が入り用で――つーか、さっきから何で喋らないんだ?」


「……」 


 俺の問いかけにも返事は無い。

 ただその妖精染みた整った顔をちょっと困ったように歪ませた。

 何かを訴えるような表情を俺に向けて来る。


「………………」


「な、なになに? 怖いんだけど」


 よく分からんが、今、千羽は喋ることが出来ないらしい。

 どういうこと?

 

「……!」


 何か思い出したのか、机に向かう千羽。

 そして何か本の様な物を取ると、パラパラとページを捲って俺に見せてきた。

 

「この本が何だよ? ん? 『好きな人を振り向かせるおまじない』だと?」


 ページにはポップでキュートな文体でそんな事が書かれていた。

 小学生の女の子の間とかでよく流行っていた、なんちゃって恋愛おまじない本だ。

 消しゴムに好きな人の名前を書いて使い切ったら、とか。そういう根拠も理屈も無い謎のおまじないが掲載された本だ。

 ページに書いてあるおまじないは――


『沈黙は愛なり! 愛は耐えるもの! 声を出さずにひたすらジッと耐えよう! 黙ってる期間が長ければ長いほど、効果は抜群だよ!』


 みたいなおまじないが書かれていた。ご丁寧にも実践して成功したAさん(仮称)とやらの体験記録も一緒に載っている。

 どうやら、千羽はこのおまじないを実践しているようだ。

 え、この年で……?


「……♪」


 どう? 効果ありそうでしょう? ……そんな表情を向けて来る千羽。

 確かに効果がありそうだ。ぶっちゃけお百度参りのパクリだし。

 そういえば最近、スマホで連絡をとってくる時もスタンプや顔文字ばっかりだった。

 思い出すと、夏休みに入った辺りから千羽の声を聞いた記憶がない。 


「うん、まあ……頑張れ」


 幼馴染として応援しよう。

 しかし、コイツにも好きな人が出来たのか……相手がすげえ気になる。コイツの毒舌に耐えられるような聖人に違いない。もしくは日本語が通じない外人の可能性もある。

 

「……っ!」


 俺の応援に、頑張る!とグッと拳を握りしめる千羽。

 果たして三度の飯より毒舌を吐くのが好きなコイツが、いつまで無言を保ち続けられるだろうか――ちょっと楽しみ。


 しかしコイツ、本当に黙ってたらただの美少女だな。


「というわけで、この服借りていきたいんだが」


 もう漁ってるのはバレてしまったし、正直に伝える。


「……?」


「いや、着るんだよ。着る為に必要なんだ。つーか逆に着る以外に何かあるか?」


 用途を聞きたそうな表情だったので、ダイレクトに返信する。


「……!?」


 なぜか衝撃を受けていた。

 え、マジで? みたいな表情だ。


「何ビックリしてんだよ。サイズも問題無さそうだしな。借りて行ってもいいか?」


「………………」


 長い長い沈黙があった。

 千羽は唇を噛み締め、俯き、逡巡していた。

 持っていかれるのが困るのだろうか。それならそれでいいが、また別口で入手先を考えなければならない。


「……!」


 そして千羽は顔を上げた。その表情は何かを覚悟した者のそれで。

 俺の手をギュッと握って、慈愛の笑顔を浮かべた。

 まるで、幼馴染がヤバイ趣味に走ろうが、自分だけは味方で居てあげるよ、みたいな慈しみに満ちた笑顔だった。全ての罪悪を赦す――そんな女神の慈愛。


「……」


 何か勘違いしてるなコイツ。

 俺が唐突に女装趣味に目覚めたと思ってるのか。

 まあ……いいか。どうせコイツにそんな噂を吹聴する相手もいないし、そもそも謎のおまじないとやらで暫くは喋らないし。どうせ異世界云々は火音を会わせないと信じないだろうし。誤解は後で解くとして、今はありがたく借り受けていこう。


「……! ……!」


 千羽は俺を押しのけ、隠しスペースを漁り、何着かの服を俺に渡してきた。

 これが似合いそうだ、これはちょっと合わないかな? これとこれを合わせれば……みたいに、俺が着る前提で服をチョイスしていく。

 俺が着るんじゃないけど、まあ……火音だし、兄妹でちょっと顔似てるから問題はないだろう。多分。


 こうして俺は見事、火音の服をゲットすることが出来た。

 ついでに千羽がネットで『初心者でも出来る! モテカワ女装メイク~ネコの巻~』というページを印刷してA4で渡されたが、これを使うことはきっとないだろう。




 

 

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