妹と夏休み
タイトル通りです。
「あっちーな、くそ……」
夏休みの午後、俺は自分の部屋のベッドで横になり先日壊れたばかりのエアコンを睨みつけていた。
暑い。超暑い。
暑さで頭が茹で上がりそうだ。今だって頭がボーっとして、プレイしているソシャゲのコマンドをミスってパーティが全滅してしまった。一緒にプレイしているリア友でもあるフレンドが、不満顔を示す顔文字を送り付けてきたのでウンコの絵文字を大量に送り返した。
「あちぃ……マジであちぃ……」
部屋の隅にある扇風機ちゃんが頑張って首を左右に振ってくれてはいるが、部屋の中に溜まったムワッとした熱風がかき混ぜられるだけなので、正直役に立っていない。
「あぁぁぁぁ……」
拭っても拭っても汗が浮かんでくる。
特に集中して汗をかいているのが……お腹だ。
とある理由のせいで、俺のお腹は熱が特に籠っている。
とある理由、それは――
「ほへほへー、ふふふーん、ちーっぱっぱー」
謎の歌を歌いながら、俺のお腹を枕にして漫画を読む――妹だ。
「おい、ぴーこさんや」
「ぺぺんぺー……ん? なぁに、お兄ちゃん?」
俺のお腹に乗せた頭をゴロンと傾け、こちらに視線を向けて来る。
ちなみに妹はベッドに横になった俺に対して、直角に寝転んでいる――つまり俺たちはT字になっているわけで、普通サイズのベッドでそれは無理があると思われるだろうが、今年で中2である妹は未だに下手をすれば小学生低学年に間違われるほど発育不良なので、このT字は成立している。いずれ妹が成長して相応の大きさになれば、このT字は成立しなくなるんだろうなぁ……とちょっとしんみり。
いや、しんみりとかじゃなくて暑いんだよ。
汗がヘソに溜まってんだよ。
美少女のヘソに溜まった汗とか国宝級の需要があるだろうけど、部活もやってないもやし高校生のヘソ汗とか産業廃棄物だろ。早く処分したい。
「暑いから頭どけて」
「えー、やだー。お兄ちゃんのお腹枕じゃないと落ち着いて漫画読めないんだもーん」
口を尖らせてブーブー不満を言う妹――名前は火音。冗談とかではなく、マジでぴおんって名前。
正直名づけた親の顔が見てみたいが、ほぼ毎日見て飽きている今日この頃。
親は何を思ってこんな痛々しい名前を付けたのか、何度か問うては見たがその度に『フフフ、今はその時じゃない……いずれ、な』とか大変痛々しい返答が返ってくるので俺はその内考えることを止めた。
「いや、暑いんだって。お前体温クッソ高いから、俺のお腹もうびしょびしょだぞ? ヘソからお漏らししてるみたいになってるじゃねーか。つーかそんな濡れたお腹に頭乗せて気持ち悪くねーの?」
「え、気持ちいいよ? 何か、こう……ウォーターベッドの枕? 見たことないからよく分からんけど、そんな感じ」
えへへ、と嬉しそうに笑うぴーこ。
ウォーターベッドってこんなんじゃないと思う……いや、よく分からんけど。
「えへー、ごろんごろーん」
何が楽しいのか、俺の腹を中心にゴロゴロ転がる妹。少し茶色がかった髪がくすぐったい。
昔から暇さえあれば俺にベッタリ甘えて来る妹だが、その甘え癖は中二の今になっても続いている。
兄としてはそろそろ思春期やら何やらに突入して自立心やらを持ってほしいと思う。
でも実際、思春期になって距離を置かれて『お兄ちゃんと一緒に洗濯物洗わないで欲しい』みたいな事を母に言っているのを目撃したら、正直かなりショックを受ける自信がある。ショックでカジュアルに頭を丸めてプチ出家するかもしれない。
適度に自立心を持ちつつ、タマには甘えてきてほしい……そんな我がままな兄心を持て余しているが、今の妹を見ている限り、その時はまだ先だろう。
「よーし、続きよもーっと」
さて、妹である火音がこんなに痛々しい名前なら、兄である俺の方も相当痛い名前だと思うだろう。
権蔵。
どうも権蔵です。
痛くなくて申し訳ない。
思うに親は俺の名前を渋くし過ぎたその反動で、妹の名前をアレな感じにしてしまったのだろう。
火音と権蔵。
ぴおんと権蔵って書くと、アリ〇と蔵六みてーだな。
「ちなみに今、何読んでるんだ?」
「か〇くりサーカス」
「お、おう……」
てっきり最近流行りの漫画でも読んでいると思っていたが……意外な所で来たな。
つーかウチに無い漫画だな。俺の本棚にはまんがタイムきらら系列のコミックしか無いし。そもそもぴーこはお小遣いをすぐにお菓子やらアイス、商店街とかに置いてる需要不明なガチャガチャに使うから漫画は買わないし。
「あ、これ? ポメちゃんが貸してくれたんだー」
ポメちゃん……?
ああ、友達の誉ちゃんの事か。一瞬、犬も漫画読む時代かよスゲーなって思ったわ。
ポメちゃんこと誉ちゃんは火音と小学生の頃からの付き合いだ。
小型犬みたいな小柄な体で口数が少ない内気な少女だ。人懐っこい妹と性格的に正反対のはずだが、仲は良いようでしょっちゅうウチに遊びに来る。
「あ、ポメちゃんの家ってね、すっごい大きくてね、ポメちゃんのお部屋もすっごいんだよー。何か、こうキラキラー! ドドーン! ババーン! オカエリナサイマセー、みたいな?」
「メイドいんの?」
着てる服とか何気に高そうだなーとは思ってたけど、やっぱりいい所のお嬢ちゃんか。
つーかからくり〇ーカス持ってる中学生女子って、かなり渋いな。人は見た目に寄らないな。
「あとね、すっごいデカい犬も飼ってた。熊みたいなデカさだった。何かねはちみつベロンベロン舐めてた」
「熊では?」
いや、実際の熊がそこまでハチミツが好きかは知らんけど。ほとんどプ〇キの印象が強いからだけど。
「それでね、それでキリンが――あ、こんどポメちゃんとウチでお泊り会するから!」
「急に話変わったな」
まあ、いつもの事だ。
ぴーこは気まぐれでコロコロ話を変える。その日学校であった出来事を話してたと思ったらシームレスで映画の話に切り替わって戸惑うこともある。『学校で全校集会があったんだけど、校長先生の話が長くて遂にSWATが突入して来て犯人全員撃ち殺してハッピーエンドだったんだー』みたいな。何事だよって思った。
表情もコロコロ変わるので、見ていて飽きない妹だ。……キリン?
「トイレ行くからそろそろ退いてくれ」
「えぇー、もーちょっとだけ! この巻読み終わるまで! お願い!」
「……早く読めよ。じゃないと汗以外の何かでベッドがびしょびしょになるぞ」
いつもベッタリくっついてきて、どこに行くにもついてくる妹を正直うっとおしいと思ったことはある。特に思春期の時とか。
だけどそういう時期を過ぎた今は、何だかんだで甘えられて嬉しく思う。こうやって邪険な態度はとってしまうが、内心は結構楽しい。
いつかは妹も俺離れをする時が来るのだろう。
いつまでこの甘え癖が続くのかは分からないが、その時が来るまでは好きにさせてやろうと思う今日この頃。
そんな事を思う夏休みの午後だった。
■■■
「よーし終わり! 部屋戻って次の巻持ってくるから、それまでに雉撃って来といてね!」
「そーいうのどこで覚えてくんの?」
パタパタと忙しなく妹が部屋を出ていく。
俺はのっそり立ち上がり、1階に降りて用を足した。
どうせ午後いっぱいは部屋に居座るだろうし、台所でジュースやお菓子を用意しておく。
お盆にジュースやお菓子を乗せて、ゆっくり階段を上がる。
「ん? 何か上が騒がしいな」
バタバタと走り回る音や、物を倒す音が聞こえる。
ぴーこか? 家の中では走んなって何度も注意してるのにアイツは……。
つーか部屋のエアコンが壊れたのも、アイツが『もう中二になったんだし、対空技の一つくらいは覚えないと』とか面白いことを言いだして実践したのが原因だし。
甘やかすのもいいが、たまにはビシッと怒るのも兄の務めだろう。
「はぁ」
俺は溜息を吐きながら2階へ上がった。
そのまま自分の部屋に。
「おいぴーこ! 何度も言ってるけど家で走る……は?」
言いながら俺の部屋の扉を開けると、知らない人がいた。
「……」
どこからどう見ても知らない人だった。
女性だった。
少し茶色がかった髪の綺麗な女性だった。
そこまでならいい。ただの不法侵入者だ。
「……」
女性はファンタジーRPGに出て来るような鎧を着ていた。
ゲーム特有の足やら腕やら露出が多い鎧だ。
次いでに言うなら、その鎧は何だか赤い液体にべったり塗れていた。
ペンキかな?
ペンキにしては何だか鉄錆の匂いがするなぁ。
ヤ バ イ。
その3文字が脳内でピカピカ点灯した。
ヤバイ人だ。
ヤバイ恰好をした人がウチにいる。
女性は何やら信じられないような物を見る目で、俺を見ていた。
震える唇が文字を紡ぐ。
さて、ヤバイ不審者の第一声やいかに。
「――お、お兄……ちゃん……?」
あ、想像以上にヤバイ人だわこれ。