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8: 30・40連合王領国(トランカランド)

 頭に酸素を回したい。原稿の息抜きと称して、ダイヤねーちゃんが俺の修行に付き合ってくれたことがある。これは秘密の特訓だから、マリーねーちゃんが就寝した夜中に俺達は修行を行っていた。


「《二人ダンジョン》って実入りは少ないけど、経験値稼ぎには悪くないわね」

「やだなねーちゃん。こう言うのって素材集めだろ?」

「解体屋に転送しないで取り出して貰えるって言うの良いわね。その分の料金も浮くし、レイン。あんたとのコンビ……悪くないわ」


《神域の森》が封印指定を喰らって、近郊の狩り場を失った。このままでは弓の腕が鈍る……そんな時に《二人ダンジョン》は大いに役立った。まずダンジョン内での特訓だから、人目を忍んで強化が出来る。俺一人では出かけるだけでも一苦労、そこを魔法得意のねーちゃんと組むことで、さっと行き来が出来る。ねーちゃんはねーちゃんで、俺が狩り手早く捌いた魔物から魔術素材を入手出来る。お互い苦手分野を補える。これは大きい。


「その点やっぱりコントは馬鹿ねぇ。私を頼らない人生縛りプレイでもしてるのかしら?」

「うーん……にーちゃんはむしろ、ねーちゃん頼ったら後で何されるか解らないのが怖いんだと思うよ」


 ダンジョンからの帰り道、ねーちゃんが俺を部屋まで送ってくれた。魔法でひとっ飛び……俺の寝台には、ねーちゃん作の身代わり呪術人形が眠っている。これで万が一部屋を覗かれても、俺の不在は隠し通せる。


「ねーちゃんの呪術具って役立つなぁ」

「ほほほ、意外と良い出来だったわね。副業で稼げる気がして来たわ……悪用されそうだから販売許可が下りないのがネックだけど」


 身代わりは、無断で出かけたことがにーちゃんに知られては困るからなのだけど、……ロアとの再戦が決まってからはそれも杞憂となった。行動が読めそうでたまに読めないにーちゃんだから、念のため設置はしているけれども。


 毎晩夜遅くまで、剣の特訓をするにーちゃん。その日の夜も彼は庭先で剣を振るっていた。


「へぇ、にーちゃん頑張ってんなー! ロアとの再戦、楽しみで寝付けないのかな」

「目に見える目標があるって良いことだけど悪いことなのよね、きっと。レイン、あんたは負けたことある? 負けの記憶って、簡単に払拭できない事よ」

「生きてる限り負けじゃないと思うけど。そういう意味じゃ俺は負けなしだよ」

「そういう所、あんたは人間出来てるわね」


 頭を撫でられた瞬間に、響いた心の声。ねーちゃんの声とは違う、強い殺気をそこから感じた。


《…………こいつさえ、始末すれば》

「……! ねーちゃん、にーちゃんに眠り魔法掛けられる? 出来るだけ自然な感じに」

「解ったわ!」


 詳しい事情を話す時間はなかったが、ねーちゃんは俺の言葉を信じてくれた。俺は弓を引き絞り、にーちゃんの傍へと狙いを定める。発動したねーちゃんの魔法により、にーちゃんが睡魔によってその場に倒れ込むと、声の主が姿を出した。


「己の力量も把握せず、限界まで己をいじめ抜くとは愚かな男よ。だが、手間が省けた……これで仕上げだ! ……痛っ!?」


にーちゃんを囮に、侵入者を俺が射る! 良いところを打ち抜いた。矢先には痺れ毒が塗ってある。相手の耐性にも寄るが、仕留め損なっても逃げられても毒の匂いで尾行が出来る。


「ねーちゃん!」

「オッケー! 仕上げよ!」


《二人ダンジョン》で培った連携が功を奏した。俺の合図にねーちゃんが奴の頭上に召喚ゲートを作り出す。頭上の光を怪しみ侵入者は後退するが、ねーちゃんはそこにもう一つの召喚ゲートを設置していた。


「ぎゃああああああああああ!!」

「前ばっか気にしちゃってさ、後ろの穴に対する警戒が薄いのよねどいつもこいつも」

「ねーちゃん……言い方、言い方…………」

「これぞ省エネ召喚術“オークの穴”! 本体を呼び出さずに住み処の入り口へと繋げた落とし穴。召喚口の向きと重力関係ちょっと弄るだけで巣穴の奥まで転がっていくんだから便利よねー。さて、そろそろ連れてきて貰いましょうか」


 ねーちゃんが召喚穴のオークに、侵入者を捕まえさせるも……巣穴から出て来たのは狼狽えた様子のオークと、事切れた侵入者の亡骸。検死をするに、死因は奥歯に仕込んだ毒薬だろう。


「何てこと。リアルくっ殺とは……不味いわね。こんな風に自害出来るってなると、蜥蜴の尻尾切り……口を割らないよう失敗時の自害手段を持っていたプロだわ」

「ちょっと……嫌だけど読んでみる。何も思わず死ぬような人は、いないと思うから……何かは読めるはず」


 俺は亡骸に触れ、死体に残った感情を読み取ろうとした。そうして出て来た情報は……


「“我らが王に、栄光あれ”……だって。凄い忠誠心? ……いや、洗脳とも違う。強迫されているみたいな、恐怖の感情だ」

「“我らが王”……どこの王様か、解りそうな手がかりは持っていないか」


 ねーちゃんが侵入者の装備を確認するも、男の身元も雇用主も解らなかった。俺達が得た情報は、“何処かの王が、俺達パーティを狙っていること”。


「ねーちゃん、これ城に届ける?」

「そうしたいのは山々だけど、ここの王様を信用して良いかも解らないのよね。二人の身の上が身の上だし。事が片付くまで、召喚獣に預かって貰うわ」


 確かにねーちゃんの言うことも一理ある。この国の王様自体、マリーねーちゃんを冷遇し、魔道に落ちたマリスを捨てて歪ませた人。あまり良い印象はない。仮に刺客を放ったのが陛下なら、刺客を始末しましたなんて届け出るのも馬鹿げている。ねーちゃんの判断について異論は無かった。


「どこの王様か知らないけど、コントを狙って来るっていうのは……マリーとコントの繋がりを良く思わない奴がいるって事よね」

「“こいつさえ始末すれば……後は簡単に片が付く”。最初にこいつ、そう言ってた。俺やねーちゃんが戦力として考えられていないの、何か……すげー悔しい」

「……逆よレイン。敵はマリーとコントの情報しか持っていない。私達の動き方によっては、それは此方の優位に働くわ」


 マリー姫暗殺の障害が、ラクトナイトと考えられている? 二人がパーティを組んだのは偶然だが、外から見れば違う受け取られ方をするのか。


(“ラクトナイト”か……俺もよく解らないんだよな)


 実家のこと。あまり彼は語りたがらない。マリス事件によって、国と世界を守った代わりに……にーちゃんは主君を傷付けた。その責任を取り家から勘当された……所までは俺達も知っている。

 それでも“竜化魔法”やその“契約”について、俺達は知らないことばかり。その身に竜を飼う程の魔力……普通の人間ではあり得ないこと。純粋なエルフであっても出来るかどうか。魔法を少し囓った程度の俺でも不思議に思うのに、魔法にどっぷり浸かっているねーちゃんならもっと疑問に感じるだろう。


「こいつもマリーも……もっと、家の事情話してくれれば良いのに」


 眠り呆けているにーちゃんを、オークに部屋まで運ばせながら……ねーちゃんが吐いた溜め息。それはいつになく重い。


「ごめんねレイン。私帰るわ。こんなことがあって、あの子を一人には出来ないし……修行はしばらくお休みね」

「うん、ありがと…………さっきのことさ、にーちゃんの方には俺が聞いてみる。にーちゃんはダイヤねーちゃんには見栄があるから。言えないことも多いんだよ。信頼しててもさ」

「……解ったわ。所用もあるしマリーは私が預かる。コントのことは、頼んだわよ」


 こうして行方をくらます前に、ねーちゃんは手紙と共に謎の飲み物をにーちゃんへ置いて行ったのだった。



 熱血クソ男もとい馬鹿正直が美徳のコントには、事実を教えない方が良い。この点に関して私とレインの意見は一致している。だってあの馬鹿、肝心な時にボロが出るもの。私の全財産を賭けても良い。


「そう来たか……」


 コントをマリーと勘違いする可能性に賭けたのだけれど、まさか刺客? がレインの方に靡くとは。彼、魅了系の特殊能力持ってるんじゃないの? 後で詳しく調べたい。


「アデル=アトゥって言ってたわよね……この男? マリー何か知ってる?」

「名前だけなら…………【七瞳の道化(アルル・カンシェル)】の一人です」

「【七瞳の道化】? 聞いたこと無いわね。城関係者? 七つの武具に防具に今度は道化? 何処の国でもお偉いさんって数字付けるの好きよね。これは私の偏見だけど」


 新たに飛び出た謎の単語に私がいちゃもんを付けると、マリーは居心地悪そうに小声で説明をしてくれる。


「アデルは“灰の国”こと我が【灰領国(ブランエノア)】の同盟国、【赤領国(ルジェア)】王の……非嫡出子だったと思います」

(【赤領国】――……)


 そこにも当然王はいる。同盟国であるならば、勇者制度もある国だ。


「確かそこって、特殊な魔法が栄えている所よね? 一回行ってみたいとは思っていたから覚えているわ」

「彼方の王族についてはあまり多くは喋れませんが……そうですね。魔族の侵入を一度も許したことがない、最強の守護国と名高い場所です」

「そんな場所から送り込まれて来た勇者…………焦臭いわね。赤領国ってあれでしょ? 私達が行ったことないってことは、公開ダンジョンが一つもないって言うあれよね?」

「はい……個人がゲートを繋ぐことも許されない、不可侵国です」


 魔法で関所を潜り抜け、無理矢理入国しようとも……守護結界により跳ね返される。魔王封印以前より、【ルジェアの赤い盾】が破られたことは一度も無い。


「アデルについて、マリー……もう少し何か解らない?」

「基本的に【七瞳】は私同様……生贄と同義です。生死を問わず役目を果たすことで……何者でも無い者達が、王家の一員として墓に入れます。私も彼も、手柄を必要としています」

「……ご立派な墓、入りたいの?」


 灰色とか暗黒の生を惨めに生きて死に、その先で得る死後の名声に意味はあるのだろうか? 私がずっと見てきたマリーは、そんな物を欲しているようには思えない。それでもマリーは、私の質問に答えなかった。


「あんたがやる意味ないんじゃない? 本当のところ、マリスの責任あんたが押しつけられていたんでしょ? あいつにまだ玉座継がせたかった王様が」

「……兄様は、勇者になりました。王位継承権を奪われたのだと思います。兄様から見たら、私の勇者ごっこは下らなく見えた。私如きが兄様の代わりになれると思い上がっていると不快に思ったのでしょう」

「おかしいわよね。あんたが送り出される前に、マリスはもう追放されていた訳じゃない」


 城の事情は、不透明な部分が大きい。城に出入りしているTwin Beloteの方が、その辺りの事情に通じている? 本の観察から新たな情報が見つかることを祈るしかないのだろうか。


「…………もしかしたら、私と兄様を旅立たせたのは…………違う人なのかもしれません。兄様には、世界を救えば……王位継承権を取り戻せるとか、そういう話があったのかも」

「あいつって、そんなに王様になりたいのかしら」

「兄様はそのために生まれましたから、当然です。今の兄様は、呼吸をするなと言われているようなものですよ」


 生きるために必要なこと、当たり前のことが出来ない。そんな苦痛を想像してみても、私には何も解らなかった。しかしマリーはマリスのことを良く理解している。勇者として生きることが、マリーにとっての……“それ”なのだろうか?


「アデルが近付いてきた理由は分かりません。けれど私達は、それぞれが大きな手柄が欲しい。全員で協力するより、少ない人数で美味しいところを狙いたい。本当に協力をしてくれるのか、ライバルを削りに来たのか。彼の狙いを見極めないと」


 マリーは背負う物のため、迂闊に他者を信頼できない。私達がパーティを組めたこと、不思議な縁だとつくづく思う。本の向こう側に残した、レインとコントを気遣う瞳。マリーはこのパーティを、本当に愛してくれている。照れ隠しの悪態を、マリスの方へと向けながら、私も隣でそれをのぞき見た。


「マリスは彼の斧が【魔王の武具】だってほざいてるけど、相手がマリスだけに信憑性がないわよねぇ。日頃の行いって大事ね」

「あはは! もうロットちゃんったら。……コントさんとレー君は信じてるみたいですし、彼らの直感は信用できると思います」

「……マリー?」


 彼女の視線が本から私の方へと移っていた。彼女は私の赤い瞳を真っ直ぐ見つめて呟いた。


「【七瞳】のアデル……彼の外見については私は何も教えられていません。彼の目の色を正しく言い当てられたのは兄様だけ」


 赤は魔に通じる色。封印された魔王は赤い瞳であったという数多くの文献が残されている。故に赤目は魔族か、魔法に触れる魔法使い・魔術師達の目だ。赤い瞳は、赤領国の人間であっても生まれ持たない。色と関係するのは、王族に赤毛が多いくらいのもの。


「…………両眼が濃い赤ってなると、要注意人物ね。とんでもない魔力を持っているかも」

「うー……! やっぱり心配ですよぉロットちゃんーー!! レー君もコントさんも魔法耐性方面信用できません! 兄様もやっぱりちゃんと守ってくれるか怪しいですし!!」

「…………やっぱあんたもマリスは信用してない訳ね」


 【黒の聖女】にすら見捨てられる男とアデルを見比べる。…………まだ、この謎の騎士の方が信頼できる気がして来た。



「えっと、アデル……様?」


 今この人は、俺をマリーねーちゃんと勘違いしている訳だから、言葉遣いも考えた方が良いだろう。ねーちゃんらしい口調で。此方のパーティ事情を何処まで把握しているか不明だけれども、俺がレインと気付かれてはならない。出来るだけねーちゃんらしく、俺は彼を呼んでみた。


「あの場はありがとうございました。ですが貴方は何故、突然私の所に?」

「その方が効率的ですからね。我らが大陸トランカランドに、幾つの領国があるか当然姫もご存知でしょう?」

(俺の故郷、領国外なんだよなぁ)


 必要最低限の知識はあるけど、学園で習った以上の話は自信が無い。ロアに視線を送りフォローを頼むと、彼は力強く頷いた。


「そんな常識を姫に問うとは、客人殿は無礼では? 【30・40連合王領国(トランカランド)】はその名の通り、三十から四十程度の王領があり、それぞれ小国同士が手を取り合ったり対立たりしながら生活している」

「ははは、流石に大勇者殿は手厳しい。何分よそ者ですので、多少の他領マナー違反はお目こぼし頂きたいものです」


 ロアの解説をすました顔で俺も聞く。当然知っているわと言う余裕を顔には出してはおいた。

【30・40連合王領国】は野蛮な土地だと、故郷では教わった。野蛮と呼ばれた理由がその名称にも現れる。――……三十から四十というアバウトな名称は、常に増えたり減ったりしているから。それは魔物の被害であったり、人間同士の争いであったり。エルフ領国も【30・40連合王領国】に一国だけあるが、俺とロアの故郷は領国外のエルフ領。排他的な隠れ里とは違い、そこでは多種族との交流も多少なりとはあるらしい。その交流により血は薄まっていて、連合王領国の人々が見聞きするエルフは彼らの外見が一般的だ。彼らは外見的に色素が薄いとか美形が多いとか、普通の人より多少耳が尖っている程度の違いしか無く……四分の一でも俺の外見とはかなり違って見えるはず。


(……アデルは馬鹿なのか?)


 そう、そこまで考えるならアデルは馬鹿だ。連合王領国の人間なら、俺が人間の国の姫であるはずがないこと……一目瞭然だ。


「しかし驚きました。【灰領国(ブランエノア)】の姫がこんなに可愛らしい方だとは。その若さで貴女の使命を思うと俺も胸が痛みます」


 勇者発祥の地【灰の国(ブランエノア)】……元々は【白の国(ブランニア)】という名前。これは俺も学園で習った歴史。

 表向きには詳細は隠されているが真相としては、主に幼少マリスやらかし事件によって改名を余儀なくされた。【白と黒(ブランエノアール)】で【灰領国】。マリスとマリーねーちゃんの二つ名が、どちらも黒に関連するのは何とも皮肉。二人が背負わせられた、罪の名前なのかもしれない。


「はぁ……アデル様は楽しそうに見えますけど」

「そんな他人行儀な。呼び捨てで構いませんよ姫」


 アデルは愉快気に笑っている。今にも歌い踊り出しそうなるんるん具合で胸が痛みますとか言われても。マリス並みに信用できない。


「ではアデルさん。ご覧の通り、今や私は身分を失った……しがない勇者です。ご助力頂いたところ恐縮なのですが、大したお礼も出来ません。それでも気持ちとして、今晩の宿くらい手配をさせて頂きますね」

「あはははは! そんな風に俺を遠ざける必要はございません。他領のクソ共とは違い、俺は貴女の盟友! 同盟国【赤領国(ルジェア)】が勇者なのですから。共に力を合わせ、他を出し抜き全ての【武具】を集めましょう! そして今度こそ全ての魔を討ち滅ぼすのです!」


 アデルはしっかり俺の両手を手で包み、己の出自を明かす。この男、このまま居座る気だな。


(他領のクソ共……?)


 今アデルがぽろっと零した言葉。マリーねーちゃんを狙っているのは、他領国の人間なのか。アデルを突けばまだ情報は見つかりそう。


「アデルさんも【武具】についてご存知なのですか? 私はお父様から詳しい話を伝えられていないのです。話せる範囲で教えて頂けますか……? 貴方は恩人ですが……私にも使命があります。何も知らないまま、貴方と共に行動することは出来ません」


 もっともらしいこと言えたかな。ロアの方を確認すると、両腕を組みうんうんと頷いていた。これは俺が何を言ってもこの反応だったかもしれない。授業参観日の親馬鹿か! 思わず胸中でツッコミを入れてしまったが、俺にそんなことしてくれた人いなかったから……ちょっとこそばゆい。俺が照れている間、アデルは考え込む素振り。俺を値踏みしている? 【武具】について知らない姫は役立たずだと考えている?


「“ルジェアの血涙”」

「……るじぇあの、けつるい?」


 俺の問いかけに答えないアデル。彼にロアが告げたのは、赤領国の名を冠した言葉。


「貴殿の故郷は強固な結界を持つ要塞結界国でありながら、非情だ。先の大戦では【白領国】を見捨てたと言い伝えられている。そんな国の者を、如何に寛容な姫であれ……容易く信頼できると?」

「ち、ちょっとロア! すぐに剣を向けてはなりませんよ!」


 俺の口調に姉を思い出したのか、彼の口の端がヒクヒク動く。にやけそうな顔を気力でシリアス顔に留めている。もう……しっかりしてくれよ。この人は頼りになるのかならないのか時々よく解らなくなる。


「民のため……冷静に判断を下せるのは立派な王の証です。王が守るべきは、自国の民。それ故【赤領国】最後の砦であり……裏切り者。多くの信頼を失ったのは事実です。“ルジェアの赤い盾”は嘆きの壁だと揶揄されることもありました」


 助けを求め結界内に入ろうとした同盟国の人間をも、赤領国は見捨てた。その名を騙り、魔族が忍び込むことを防ぐため。救える人間を救わず、結界内の民を優先し守る。赤領国の王は、良き王であり……信頼できない同盟相手であると、ロアとアデルの会話から窺い知れた。


「盾……? 赤領国は、【魔妃の防具】も持っているのですか?」


 事情を知らない俺の言葉にその場が凍る。表面上二人は無表情だったが、だだ漏れるロアの感情は「駄目レイン、それ言っちゃ駄目な奴」という焦りで、対するアデルの感情は……「無知を装うか、とんでもない姫だ」という興味関心好奇心。不味い、アデルの謎好感度を上げてしまったような気がする。


「あはは、いけないなマリー。君は修道院育ちで本当に世間知らずだねぇ。まぁ、祈り働くだけの君が知らなくても当然か」


 高笑いで部屋の戸を開け現れ出でし黒い影。GJマリス! 僕は何でもお見通しだよ、何も知らなくてもそういう雰囲気出すのは得意だよなドヤ顔で登場してくれてありがとう!


「おやおや【武具】の継承者が【防具】について何も知らないなんて、赤の国も程度が知れるね」

「灰の騎士は随分と早とちりな早漏クソ野郎とお見受けする。知らないとはこのアデル、一言も申しておりませぬ」


 【武具】の下りは否定しないのか。アデルの所持する大きく長い戦斧。じっと見つめることも憚られる禍々しい気配。自然と目を逸らしたくなる魔力をそこから感じる。

 これまでは彼の方に注目していたからそんな風に思わなかったが、一度気になり出すと怖い物見たさで其方ばかりを見てしまう。


「どうだろうね、本当に君は余計なことをしてくれたよ。【防具】を外すため出かけたって言うのに、うちの姫様にまた指輪を嵌めてしまうんだからね。これはちょっとした国際問題だよ? ねぇロア?」

「ああ」

「それは申し訳ないことをした。俺の首一つで償えるのなら今すぐこの場で切り落とそう。だがその前に一つ伺いたい。何故あの魔女の元へ行けば指輪が取れると?」


 馬鹿マリス! 相手をねちねち責めるつもりが墓穴を掘った。それでも焦燥感を噯にも出さないのは流石マリスか。おまけに言い訳を出すのも早い。


「それは愚問だね。うちのお姫様の秘め事を貴方は知らないようだ。まぁ当然か……これはかなり国際的な秘密だからね。向こうの王が君に伝えないのも無理はない」

「な、何!? このアデルが我が王に信頼されていないだと!? それ以上は騎士殿、決闘の申し出と受け取らせて頂きますが?」

「ここだけの話、マリー姫の胸は洗濯板だ。いや、凹凸がある分洗濯板の方がまだ厚みがあるかもしれない」

「……え?」

「そうさ。悲しい話だ。マリーは見栄を張ったのさ! いつか出会う運命の仲間に出会う前に、胸囲が欲しいと!! 眉唾物の情報に縋るほど、彼女は思い悩んでいた。乳指圧法……魔力の宿った指輪を胸に装着することで、魔力刺激によって胸囲がアップするという情報だ!」


 こんなプライバシーバリバリの情報を公開されて、アデルもいたたまれない。時々気遣わしげな視線が俺の胸部に飛んで来る。


「それで取れなくなって、胸を男にして貰おうと思って…………」


 マリーねーちゃんごめん。なんでこんなことに。本当に彼女が可哀想になり、俺は顔を覆って泣き出した。


「マリー姫、お気を確かに! 其方の女騎士に比べれば確かに慎ましやかですが、俺の掌から溢れるほど十分にございます! 何なら試してみませんか!?」

「貴様こそ気をしっかり持て。無礼だ姫に近付くな」


 フォローが迷走し出したアデルに、コントにーちゃんとロアの殺気が向かう。


「さて……君は一国の姫の重大な秘密を知ってしまった。生きて帰すわけにはいかない。君が生き延びたいのなら、この先は一蓮托生。それを誓って貰わなければね」


 マリスが薄ら笑い、取り出す契約書。紙からも禍々しい気配。マリスの奴、自分に残った魔の力を悪用もとい有効活用しているみたい。契約不履行したら明らかに危ない……悪魔の契約書って感じがするよ。


「ここに書状があるから血判でサインをして貰えるかな? やっぱり書類がちゃんとしてないと、姫も君を仲間として信用できないようだよ」

「ふん、おまけに婚約届にも判を押してやる。姫の秘密は墓の下まで持って行こう! ただし姫が眠るのは俺と同じ赤領国の墓だ!!」


 売り言葉に買い言葉。とんでもない物を貰ってしまった。婚姻届の方は、受理した傍からロアが精霊に切り裂かせている。とんでもない奴だ。


「えっと……これでアデルさんは、正式に仲間と言うことですよね? これからよろしくお願いします」


 ロアはひとまず放置して、俺はアデルに向き直る。


「改めて自己紹介致しましょう。私はマリー=ハーツ。此方が我が国一番の勇者ロアとマリス。それから此方が私の旧友、傭兵のアニュエス。今私は……武具防具を巡る密命のため、彼らに力を借りています」


 俺からの紹介に、彼らは一応の挨拶を行った。その頃にはロアも勇者の顔へと切り替えていた。


「先程話にも出ましたが、私達は【魔王の武具】と【魔妃の防具】を探しています。どちらも魔王完全討伐のために必要な物であると……」

「そうですね、大凡此方の方も目的は同じです。此方で掴んでいる情報では……【武具】は30・40連合王領国(トランカランド)内、【防具】は30・40連合王領国外に隠されているということくらいです」


 よっしゃ新情報。マリスの契約書のためか、アデルの口が軽くなったように思える。あいつ書状で血を取って、彼の一部を操っているのかな。


(この指輪が元々領国外にあったのは、そういうことか)


 妙な納得をしつつ、にーちゃんの鎧の出所に俺は思いを馳せる。流通経路を辿るのも、なかなか骨が折れそうだ。


「王領国がこれだけ無数にあるのです。その内七国しか魔王の封印に関わることが出来ない。他の国々は何を思うでしょうか?」

「まさか、国々の争いというのは……【武具】が関係しているのですか?」

「俺はそう睨んでいますよ、アニュエス殿」

「なるほどね。王領国外の国々が防具を所持しているのは……王領国内で魔王の力が暴走した際の抑止力ってことか」


 全てが王領国内にある、そんな俺達の目論見は外れた。しかしながら、武具と防具が惹かれ遭う性質があるのは否定できない。剣に鎧、斧に指輪……武具か防具どちらかでも狙っていけば、対から寄って来てくれる?


「……それでは、王領内の【武具】から集めていくのが良さそうですね。アデルさん、他の【武具】について何かご存知ですか?」

「【武具】にはそれぞれ、色の名前が付いている。ですからその色の名を冠する国を当たってみるのが近道かと思われます」


 アデルが言うには、七つの武具全てに違った色の名前が付いているらしい。


「マリス殿、その子の名前を聞いても構いませんか? 【白の王】という感じは致しませんが?」

「この子は……」


 武器の真名をマリスはまだ知らない? アデルに鼻で笑われる。あのマリスが言い返せないだなんて思わなかった。マリスとそんなに親しくない俺でもショックだったんだ。パーティメンバーのロアも驚いていたし、因縁があるにーちゃんに至っては本人よりも悔しそうだ。そういう反応するから勘違いされるんだよコントにーちゃん……。


「……【白の王(ブラン・クロード)】」

「!?」


 アデルに言い返したのは、マリスじゃなくてにーちゃんだった。にーちゃんの声を受け、マリスの剣が光り輝く。【青の女王メアリシアン】は、封印の湖全てが本体となる剣だった。それが今……硝子のように澄んだ剣身を持ちそこに在る。

 武器の変化を受けて、一番驚いているのはマリスだ。にーちゃんに熱い視線を注ぐ、マリスの瞳が涙ぐんでいた。不味いよにーちゃん、これ恩人として更に惚れ直されてるよ。


「それが彼の名です。白とは何者にも染まる色ではなく、何にも染められない色だ」

「灰領国の騎士が、白であると? アニュエス殿、失礼ですが貴女はどちらのお生まれですか?」

「私の故郷は【白領国】です。貴方よりはここに詳しいと自負している」


 二人の視線は火花が飛び合う睨み合い。にーちゃん結構喧嘩っ早い。根負けしたのはアデルだが、それはにーちゃんの装備に気がついたからだった。


「…………失礼ながらアニュエス殿。如何に前衛であれ、淑女がその装備は如何なものかと。品性を疑われます。俺の傍に寄らないで頂きたい」


 痴女鎧に嫌悪を示し、アデルが俺の背後へと隠れる。アデルはしっかり着込んでいるから、アニュエスの格好は戦う者としてふざけている風に感じたようだ。


「気分が悪い。失礼、姫。部屋に下がらせて頂きます。旅の仕度は調えておきます、明朝また……」


 俺の手にキスをして、アデルはそそくさと退室。その痴女鎧こそ【魔妃の防具】だと、教えてやる暇もなかった。三者三様、アデルに振り回されて疲れ切っていた。早く解散させた方が良い。


「えっと……みんな、お疲れ」

「何だあの男はっ! 図々しいにも程がある! あんな我が物顔でっ、一体ここが誰の家だと思って……レイン! 風呂で愚痴を聞いてくれ!!」

「あ、にー……ゅえす。まだそれで呼んじゃ駄目だって」


 にーちゃんに引きずられ退室する際、俺は見た。何か言いたげなマリスの瞳を。


何か国名とか出て来た……。


こういうの極力出したくない物語だったのですが、必要に駆られてつける羽目になりました。ちくしょう。またトランプゲーム用語漁って来ました。それは楽しい。

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