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7:開眼の赤

 恋とはままならぬもの。それは私もアリュエットも。しかも私達の最大のライバルはそれぞれ男であって、彼ら自身は……私達の思い人に恋愛感情は皆無。

 相手にされないからこそ恋の炎は燃え上がるのか? 彼らは時に予測不可能。私達の追跡から、完璧に行方を眩ませた。そのまま帰る気もせずに、私とアリュエットは喫茶店へ作戦会議と立ち寄った。


「私が思うにマリス様は、彼の嫌がる顔が好きに違いないですぅ。だから彼が乗り気になれば興ざめすると見ました」


 マリス様を描いてもらったラテアート。崩せず眺める私の傍ら、アリュエットは優雅に紅茶を啜る。


「なるほど、一理ある。その件については協力しよう。だがミザリー……くれぐれも私の方もだな」


 そんな私を見かねてか、賄賂のつもりだったのか? アリュエットはティーセットのケーキを私へ差し出した。疲れ切った心身に浸透する甘み。私も饒舌になり、語りにも力が入る。


「わかってますわ。ロアさんは……家族愛が、というより不幸な事件で失った、お姉様への思いが今尚燻っている訳で、その生き写しのレイン君を溺愛している訳ですぅ。つまりアリュエットに必要なのは既成事実、外堀ですぅ!!」

「外堀!?」

「レイン君の母親代わりに収まることで、いつの間にか彼の家族的ポジションを得、ロアの最愛の人に成り代わることが出来るわけですぅ!!」

「流石だミザリー!! 一ミリの狂いもない完璧な計画だ!!」


 二人で手を握り合って数秒後、アリュエットが目をそらす。計画には問題がないが、彼女自身に問題があることに気づいたようだ。


「しかし、その……なんだ。レイン少年には私は、彼を騙して酷いことをした訳であるし。どうすれば彼と親密な関係になれるかまるで分からん」

「そこは簡単ですわ、利害の一致。何を血迷ってかあの子、マリーに惚れてるらしいじゃない」

「何!? そうだったのか!? あの……マリーに。いや、確かに彼女は魅力的な女性だが」

「気づいてないの本人とあんたとロアくらいですぅ……あ、でもミザリーちゃん的にはぁ! この本みたいにコント様とくっついてもらっても大歓迎ですぅうう! レイン君も満更じゃなさそうですし」


 レインをコントかマリーとくっつける。そうすることで私達どちらかの恋敵が減る。おまけに彼の恋をサポートすることでアリュエットは感謝され、ロアとの距離を縮められる。


「……しかし良いのかミザリー? それはお前に取って得るものが少ないのでは?」

「はぁ……パーティ組んで長いのに、まだ分かってないわけ? ばーか。マリス様は、退屈がお嫌いなんですぅ! それにマリス様みたいなドS系王子様は、ちょっと刃向かう女の子にメロメロになるものなんですぅ!!“お前、面白い女だな”的なあれですぅ!!」

「よく分からないが、そういうものなのか。勉強になる。確かに、私が奴に従順になって以降……私への興味は消え失せたようだった。お前の推測はおそらく正しい、マリスはそういう男だな」

「ふふふ。そこで、どちらに転んでも美味しい話があるんですのよアリュエット♪ レイン君を女にすることで、男嫌いのクソアマリーとの距離が縮まる! 同時に周りにまともな女がいないコント様も彼にときめく!! 素晴らしい策ですわ!! 早速屋敷に帰って彼を呪っちゃいましょう!!」                 

 そう、これは完璧な計画…………のはずだった。


「これは、どういうことだ!! お前達、彼らはどうした!?」

「お嬢様……そ、それが」


 アリュエットの屋敷へ戻ると、ロアとマリス様の荷物がすべて引き払われていた。事情を察したアリュエットが使用人に詰め寄ると、彼らは屋敷から出て行ったのは確かなようだ。


「女連れ……だと?」

「は、はい。露出狂のような鎧を装備した金髪の女でした。スパイト様が入れ込んでいるご様子で、隙あればその娘を口説いておりました」

「ま、マリス様が……!? あのマリス様が!? 何かの企みに決まってます!! ちなみにどんな感じの口説き文句だったか答えなさい!!」

「それが、その……普段のスパイト様からは想像できない、知性も理性も品性も感じられない……顔と声の良さで押し切るような本能むき出しの口説き文句でした」


 それ、完全にあれな奴!! 策略家のマリス様がそこまで取り乱される女ぁああああ!! ガチでベタ惚れしちゃった奴じゃないですかどちくしょおおおおおおお!!


「み、ミザリー……」

「ふ、ふふふ。いいんですの。いいんですよのアリュエット。心配なんか要らない。マリス様がそれだけ大事に思っている相手なら……そいつを殺したら、その分の思いの強さが私で上書きされますわよね? 憎しみは愛と表裏一体! 塞翁が馬ってことですわ!」                                                                    

肩へ置かれた手。私を案じるアリュエットの手を振り払い……私は哄笑、胸を張る。そんな私の目の端に、浮かんだ涙を見とがめて……アリュエットが私の手を掴む。


「強がるな。お前とは色々あったが……私達も仲間だろう? いい手が浮かんだ。私に協力させてくれ」

「アリュエット……」                                     


 *


「恋人ぉOオ……?」

「ああそうだ! みすみす貴様にその子は渡せん! どうしてもレインが欲しくば私を倒してからにしろ!」


 まずは注意を引きつける。その隙にレインが逃れられれば良い。時間を稼げばロアとマリスも駆け付ける。俺が装備するのは魔妃の防具。ふざけた成りだが魔王が仕立てた一級品……防御力自体は確かな物のよう。魔女から食らった魔法攻撃も、俺には全く効いてはいない。


(くそっ、意外と奴は冷静だ)


 過去にもっとショックなことがあったのか? 魔女は恋人発覚くらいで取り乱したりはしなかった。遠距離攻撃で水を操りこちらに攻撃してくる程度で、それは俺をレインと奴に近づけさせないための足止め。


「あははははは!! 女のお前は指をくわえてみてるがいいわぁ!! 彼が生んだ卵を受精させるのはこの私!!」

「なんかすげーマニアックなこと言われてる気がする」

「気がするではなくその通りだと思う。……いや待てまさか貴様! 先ほどレインを改造していたのは、そういうことなのか!?」

「彼が卵産んだらぁ……今度は私が卵産む。海を私たちの子供で埋め尽くすのぉおお」


 魔女の言葉を信じるならば、一回卵を産めば男に戻してもらえそうだが……そんな理由で魔物の母になるのはレインも不服だろう。そうなる前に卵を破壊できれば良いが……絵面が危険な気がしてならない。ここに腐れ魔法使いがいなくて本当に良かった。奴がいたならきっと変な本を出されていたぞ。


「指……そうだ、にーちゃ……アニュエス! あれ!!」


 呪われて、女性化が進んだのか? レインから指輪が外れている! 波に浚われたそれを、俺が取りに行こうとした刹那……初めて魔女が取り乱す。


「私と彼の海に、人間が踏み込むなァaaaAAAAァAアアァァアアア!!!!」

(しまった!)


 魔女が飛ばした水の刃! 避けた反動で海へと俺は倒れ込む。それが奴の気に障ったのだろう、刃は俺が水中に身を隠すまで何度も俺に襲いかかった。


(なんて奴だ。魔妃の防具で防げないとは)


 今の攻撃、擦った足から鮮血が。血の匂いに引き寄せられた魔物が俺の方へと押し寄せる。なんと言うことだ。この鎧は魔法に対する防御力は高いが、露出の高さ故……装備をまとわぬ箇所は物理攻撃にめっぽう弱いらしい。これまでの攻撃で魔女は既にこちらの弱点を見破っていた。海水すべてが奴の武器なら、俺は敵の武器倉庫に飛び込んだも同然。

 魔法以外での水中攻撃は、手下らしき魚型の魔物をけしかける程度のものだが……数が数。一対一の戦い方しか出来ない俺が対処できる数ではない。ましてや水中、そう長くは戦えない。それが魔女の狙いだ。息継ぎに水面に上がればそこを魔女に狙われる。魔妃の防具は七つすべてがそろって完璧なのだ。兜もないこの状態で、頭部を狙われたら終わる。水を高速で発射する技なんて、原動力こそ魔力でも攻撃自体は物理に等しい。何も果たせぬまま……こんな所で俺は、こんな姿で無様に死ぬのか。


(氷の騎士を、舐めるなっ!)


 いいや、諦めてなるものか! 竜化という奥の手が封じられようと、俺にはまだ出来ることがある。男である俺と竜が契約しているため、今の身体は契約不履行状態。竜を呼び出せない代わり、普段彼が喰らっている魔力も身体に戻って来ている。彼は今……眠っている状態。

 眠っている……そうだ、深海生物は普段光など目にしていないはず。オークレスリングで使った灯魔法を展開させると、奴らの動きが止まる。海水から氷の剣を作り、一匹ずつ狩る……などそんな時間もない。ならば……剣身を短くすることで、多くの剣を作り出す。全ては狩らなくて良い、血の匂いで混乱させられれば同士討ちに持ち込める。剣を作り出す場所は……手元ではなく標的に突き刺すイメージで。


「ぶはっ……」

「あんまりさ、心配かけないでくれよな……にー……アニュエス」

「レイン……すまない。だが、こうして作った時間でお前が何もしない訳がない」

「へへ、信頼には応えなきゃだよな!」


 息継ぎに水面に浮上した俺に、気遣わしげなレインの声がかけられる。魔女からの攻撃はない。レインが俺の傍に来たことで、躊躇しているのだ。


「よく脱出してくれた」

「ん……なんて言うんだろ。ロア程じゃないけど、前の事件きっかけで俺もちょっと使える魔法増えててさ。そいつに身代わりなって貰ってるうちに、指輪とかこれとか探して来たんだ」


 レインが魔法を解除すると、魔女が捕らえていたレインが消滅。これはロアの操る精霊人形と同系統の魔法だ。前の事件からと言うと……防衛本能が開花させた才能か? レインの身の回りには何かと危険が多い。こうした囮を作れるならば、危険に巻き込まれることも減るだろう。


「魔女のねーさん、あんたの王子様は俺じゃなくてこの人だろ! そういうのって浮気って言うんだろ」


 レインが海底から拾ってきたというそれは、人間の頭蓋骨。それを目にした魔女は恐れ戦き、行動不能に陥った。完全に敵意喪失した魔女を前に、俺達は陸へと戻る。


「ど、どうして……どうしてどうして」

「すぐ近くにいたのに見つけられなかったってことは……ねーさんは、明るいところは見えても暗いところは見えないんだよ。俺は狩りで夜目も鍛えてるし……あの眷属達はそういう細かい命令聞けるタイプじゃなさそうだ」


 彼が魔女へと掲げると、魔女は涙ながらに受け取った。


「あのさ、その人あんたのこと恨んでないってさ。囮の役を買って出たのも……あんたとなら二人きりでも良いって思ったから。その位、好きだったんだって」

「嘘よ!! だって私はっ……」

「あんたが人間に襲われていたときに、その人が助けてくれたんだろ? そりゃかっけーよ。好きになるよな」

「…………」

「でもさ、その人だってただの正義感から助けたんじゃなかったんだよ。あんたを一目見たときから……」


 レインの訴えに、魔女は返す言葉を失っている。骨の男と魔女の間に何があったか俺には皆目見当もつかないが、レインは事情を察している様子。説明してくれと頼むと、レインも困った様子で俺に言う。


「これは魔法じゃないけど……強く残った感情って、死後でも聞こえるものなんだな。あの人から教えて貰ったんだ」

「死後の感情……?」

「うん。心残りっていうか……伝えたかった言葉だよ。そういうの拾えるようになったのは、俺の方の波長がそっちにシフトしたからなんだと思う。だってそうしたら、聞こえるかもしれないじゃん? 父さんとか……母さんの声が。……まぁ、二人の形見なんてあんまりないからほとんど何もわからないままなんだけどさ」

「レイン……」

「あはは、暗い顔すんなよ! こうしてそれが役立ったんだから結果オーライだろ!」


 空元気で笑うレインの強がりは、見ていて痛々しい。いつの間にか人型サイズに戻った魔女も彼に哀れみを覚えたのか、気遣う素振りを見せる。


「彼を見つけてくれてありがとう。それに、なんだかごめんなさい……」

「あはは! いーっていーって。誰もなんともなかったんだし」


 奇行ばかりが目についたが、素直な態度を見せる魔女はその骨が惚れたというのも分かる美しさ。レインも人が良いのが問題だ。とんでもないことをされかけた身で、笑って許すのは良くないぞ。代わりに俺が叱っておいた。


「良いわけあるか! よくもうちのレインに仲間達を酷い目に遭わせてくれたな魔女め!」

「うーん、じゃあねーさんあのさ! 俺達ちょっと困ってて。力を貸してもらえたら嬉しいし、今回の件水に流すってことでどうかな?」


 俺とレインの飴鞭作戦により、魔女はあっさり陥落。境遇のためこじらせてはいたが、根は素直なのかもしれない。


「分かったわ。優しいのね……ありがとう。よく見ると貴方達……呪われている?」

「そうそう、その呪い解く薬が今材料から何から手に入らなくて困ってたんだ」


 レインは手持ちの回復薬の小瓶を数本魔女へと渡し、魔法をかけるよう頼み込む。


「ねーさんの魔法は強すぎるし、持って帰って中和してから使いたいから、この水に魔法をかけてくれる?」

「ええ、お安いご用よ」

「ありがと! じゃ俺もお礼に……王子様からの伝言をお返しするよ」


 この場で解呪されては困る事情のため、レインが働かせる機転に救われた。瓶を一本受け取って、俺の目頭も熱くなる。多少の事案はあったが、普段より拍子抜けする程簡単に目的を果たしたことが気がかりなのか、魔女に余力があることを察してか……本気で戦わなかった彼女への感謝のために、彼はお返しを伝え始める。


「“ここに閉じ込められてから、僕の言葉は届かなかった。優しい君のことだ。裏切り者の僕を殺めたこと……君は君を責めるかもしれない。僕が殺されなくても、僕は人間だ。封じられた君と永遠を過ごすことは出来なかった。だからね……僕は最期を君と迎えること出来て、幸せだったんだ。他ならぬ君の手で、そうして貰えたことが幸せだった”」

「…………あ、あああ」

「“だけど、愛しい君を残していくのが無念だ。いつか生まれ変わることが出来たなら、必ず君に会いに行く……今度は共に同じ種族に生まれたい。長いか短いか、そんなことは分からないけど。君と一緒に、精一杯生きたいと思う。愛しているよ……”……あれ、ねーさん?」


 話の最中、両手をがっしり握られたレインは困り顔。そんな彼とは対照的に、魔女は嬉しそうに笑い出す。表情は笑顔であったが、その目は狂気の色を宿していた。


「離れろレイン! そいつは危険だ!」

「何言ってるんだよ。この人から感じる気配は、愛情だけだよ。思い人への」

「それが一番危険なんだ! そいつは、見えていない!! もう狂ってる!! 都合の良い言葉しか信じない盲目なんだ!!」

「嬉しい……生まれ変わって、会いに来てくれた。今度は、長生きのエルフ族で! でも……もうそんな心配、要らない。私も今度は、貴方と同じ……同じ種族に…………一緒に死んで、生まれ変わりましょう!」

(こいつ、心中する気か!?)


 レインをしっかり掴んだまま、魔女が唱えた詠唱で彼らの足下に広がる強大な魔方陣。この上にいたら俺もやられる、そんなぞっとする気配。それでもレインを見捨てられるか! 俺はレインに手を伸ばす。腕を捕まえ、引っ張ろうとした時にはもう……魔方陣は完成していた。足下にぽっかり広がる穴。穴の底で爛々と赤く輝く獣の目。

 ダンジョンに縛り付けられた魔物は、自害以外……本当の意味で自由になる術がない。だから彼女は二人で生まれ変わるために、レインとの心中を図ったのだ。


「アニュエス!」

「!?」


 既の所で俺の体を捕らえた影。魔方陣の外からマリスが伸ばしたものだ。


「待て、まだレインがっ」

「君の気持ちは知っている。それでも僕は……君の悲しむ顔は見たくない」


 ロアはまだか!? 何故もっと影を伸ばさない!? 彼に助けられながら、非難の言葉を向けてしまった俺に……詫びるようなマリスの言葉。


(あっ……)


 忘れていた。こいつはなんでも出来る様に見え……事実、あの事件以来魔の力の残滓で出来ることも増えたが、それでも人間の範疇。マリスにも限界はある。光届かぬ魔方陣の中……どこまで深く落ちただろう? 俺の所までが影を伸ばせる精一杯だったのだ。今この男を責める事は出来ない。


(それでもレインは)


 あの子には俺の家も、ラクトナイトの名も意味を成さない。俺に使命を忘れさせたのは二人だけ。使命を忘れ俺が笑うことが出来たのは、あの子の前だけなんだ。レインはラクトナイトには必要のない存在でも、コントという人間には……掛け替えのない、仲間なんだ!


「避けろレインっ!」


 作り出した氷の剣を、思いきり下方へ投げる。それは彼らを追い越し先の魔物の口まで届く。


「……凍れっ!!」


 奴の口まで届いたところで、剣に魔法を掛ける。切った奴の血液を凍らせ剣に纏わせより長く、大きな剣にする。口内で横に伸びた剣のため、奴は口の開閉が出来ずに苦しみ始める! 剣が折れない限り、レイン達が呑み込まれることはなくなった。


「……っ、光よ! マリス、もう少しだけ影を伸ばしてくれ! あいつらの所まで手を伸ばす!」


 灯り魔法に魔力を注げば注ぐ程明るくなり、マリスの影魔法も強度を増す。一か八か。そんな推測……返事の代わりに俺の身体は下降する、奴の影に掴まれたまま。


(もう少し、もう少しだ……)


 二人は魔物の口まで届いていたが、剣身の上に着地して無事なよう。暗闇では白い牙と赤い瞳しか解らなかった獣の姿も、接近するにつれ明らかになる。


「すげぇ! 流石、に……あ」


 レインが賞賛の言葉を上げた所で、鈍く大きな音が響いた。驚愕しているレインの傍で、にたりとほくそ笑んだ魔女。

 すっかり今の流れで忘れていたが、魔女も敵だしこの魔方陣出したのあの女だった。俺達は馬鹿か。馬鹿だ。レインも驚いている。そうだろう。つい勇者的正義感が表に出て、そんな魔女をお姫様だっこなんかして助けたりした相手が、顔を赤らめながら足場に攻撃魔法を送るなど……世の中、神もハッピーエンドもありはしないんだ。解っている。だからこそ、頑張るしかない。


「アニュエス!?」


 氷の剣で、マリスの影を切り離し……俺も魔物を目がけて落下!

 恥も外聞も捨てろ。そんなもの勇者には必要ない。マリスにどう思われようと知ったことか! 今レインを助けられるなら、俺の正体を知られて構わない! 俺がなりふり構わずやらなかったから、こんなことになったんだ。今ならまだ間に合う。まだ消化はされていないと信じよう! すぐに薬を飲んで装備を脱ぎ捨て竜化以外、レインを助けられない。奴の口へと落ちながら、咥えた瓶の中身に口づけたところで……上空から声が響いた。


「……起きろ【赤の王(エリク・ロワ)】!」


 声の後、感じたのは凄まじい風。何者かが通り抜け、邪魔だと俺を上へと投げ飛ばされた。マリスにキャッチされた俺は呆然としながら視線を下へと向ける。その頃にはもう魔方陣は解除されたのか、……視界に飛び込むのは魔女の入り江の砂浜だ。


「お怪我はございませんか、姫」

「へ? 姫?」

「こうお呼びした方がよろしいですか、マリー様」


 戸惑う声の主はレイン。彼の無事にほっと胸をなで下ろすも、「遅いぞロア」と告げた言葉が宙へと消える。レインを助けたのはロアではなかった。兜まで装備したフルアーマー。赤いマントに白銀の甲冑に身を包んだ長身の男。


「ロアの精霊人形……か?」

「アニュエス、こっちこっち」


 マリスに肩を叩かれ振り向くと……ロアは俺達の後方で、言葉を失い怒りに打ち震えている。彼は本当に遅かった。当のレインは謎の第三者に抱きかかえられ、人違いのお姫様抱っこされている。


「此方、探されていた落とし物ですよ姫。今度はなくされないように」

「……あ、はい」


 折角外れた指輪を、良い声でまた指に嵌められる。逃げる隙も与えず、鎧はすっとレインの指に押し込んだ。


「ああ、主君の前で顔も出さないのは無礼でしたね。申し訳ありません」


 男が兜を外すと、男の俺達でも一瞬目を奪われるような美形が現れる。奴はレインよりも長い金髪だが、一本一本が流れるように美しく、重く感じない。それでも邪魔だ。戦場でそんな長髪いたら、引っ張って落馬させられるのがオチだと本人も知っていて兜を被っているのだろう。切れ。貴様それでも騎士か!


「俺はこの度、姫の使命を手助けするよう陛下から仰せつかりました……アデル=アトゥと申します。どうぞ末永くお側にお仕えさせて下さいまし」


 そのまま彼の手の甲に男がキスをしたところで、憤死寸前の俺とロアに向かって、レインは精霊人形を走らせた。


 *


「……と言うわけで、今マリーねーちゃんの身の回りでは怪しい動きがあるんだ。俺をねーちゃんと勘違いしてくれたのは大きい」


 レインの新魔法に感謝だ。こうでもなければレインのべったりの鎧野郎を引き剥がすことも出来ず、情報の共有も行えなかった。精霊人形は完全なレインの分身らしく、リアルタイムで得た情報を此方に流すことも出来た。


「ダイヤねーちゃんは修行も兼ねて、付き添いのマリーねーちゃんを安全なところに隠してくれている。にーちゃんは離れたところから俺の護衛をしてくれてる……。その間に不審者達の情報、目的を暴くのが俺の仕事なんだ」

「なるほど……そういう事情なら協力させてくれ。こうして世話にもなっているしな」


 何だその事情は初耳だぞ! レインをそう問い詰めたい気持ちはあったが、邪魔者が多すぎる。アデルは「護衛ですから当然」と言わんばかりに俺の屋敷に転がり込んで、レインの身の回りの世話をしている。精霊マスターのロアは、レインの精霊人形に触れて瞬時に事情を理解し、今は立ち直って彼らと客室で歓談している。レイン関連ではボロが多く出るロアだが、今の所立ち回りは上手く行っている風。同時刻に俺とマリスは別室で、レインの精霊人形から事情を聞いていた。


「……興味深いねレイン。妹のことは正直どうでも良いけれど、アデルという男については僕も気になる。君がアデルの情報を探ってくれたら、僕も君の事情に協力しよう」

「え? アデルってマリスの昔の知り合いじゃないのか?」

「いいや、知らないな。武具も各地に封印されているはずだから、別の領地から来たんじゃない? だから知っていたのは貧乳女くらいの情報で君をマリーと勘違いした。君はまな板ではないけれど近くにアニュエスがいたからそう思われたんじゃないかな。彼は、あの魔物と魔女を一撃で斬った。彼の持っている斧を良く見ていて欲しい」

「解った」


 マリスが味方に付くのは有り難い。今の所は手綱も此方が握っている。俺が頷くと、レインもマリスとの取引を受け入れることにした。


「くれぐれも気をつけるように、レイン……あれは【魔王の武具】だよ。それに彼の目は両方赤いままなのが気がかりだ」

「マリス! 何故それを先に言わない!?」


 何処から口を挟んで良いものか。当事者だがよそ者立場を演じる上で困りあぐねていた俺も、流石に見かねて突っ込んだ。俺の狼狽に、レインが暢気な声を上げる。


「赤ってそんな珍しい? 故郷でも見たし、ダイヤねーちゃんみたいに元々赤目の人なんじゃない?」

「普通はいないよ。闇の魔法、魔と関わるとそういう風になるのさ。それでも普通は彼女くらいの明るさだよ。彼の赤は……そういうレベルを超えている。アニュエスは旅人だからかな? 流石に詳しいね」

「まぁ、旅先で似たような話は耳にした。遠目に目の色までは解らなかったが……凄いなお前は」

「同じ穴の狢なら、分かるものさ。凄くなんかない」


 俺の言葉ならなんでも喜ぶ男が、今は憂い顔。マリスが掻き上げた前髪。そこから覗いた片目は……アデルと同じ色をしていた。俺が傷付けた目は別の色に置き換わり、もう一方は……魔に触れた日と変わらず深紅に染まったまま。昔のマリスの目は……キャロットと同じ明るい赤であったのに。


「彼がちゃんとした使い手かどうか怪しい。武具の力に呑まれたら、……いやそれ目的で彼に武具を渡した者がいるかもしれない」


 後悔の念を覚えながら、眺めたマリスの横顔。最近はろくな顔を見ていないな買ったが、【武具】に関しては妙に真摯。


「それって暴走込みで……マリーねーちゃんの暗殺狙いって事?」

「アデルが知っているか知らないままかは謎だけど、その可能性もあるって胸に留めて置いて欲しいな」

「うん、そうする。ありがとなマリス」


 レインが笑って頷くと、精霊人形が霧散する。レインの魔術の限界か……そろそろ俺達も部屋に戻れと言うことだろう。


「……マリス?」


 彼らの元へ行こうと促すも、マリスは消えた精霊人形の行方を眺めて零す。


「口調も顔も似ていないのにね…………不思議な子だよ。僕の罪を、思い出す」

「……レインが、か?」

「笑って見てくれないかい、アニュエス?」

「は……? 突然笑えと言われても……何か面白いことを言ってくれ」

「そうだね、ふふふ。妙なことを言ってごめんね。彼らは口下手だろうから、早く行ってあげようか」


 ソファーから腰を上げたマリスが笑う。笑えなかった俺の代わりに。

海岸と開眼とをかけましてry

まさかの新キャラ登場で作者もびっくりです。キャラデザ描いてねーわ。青年ってこいつだったか。

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