6:封印指定ダンジョン《魔女の入り江(サイレンガルフ)》
「リフレッシュしたし原稿進みそうだわ! さて、あいつら何やってるかしら……」
先生の家へと戻り、部屋に籠もった私とロットちゃん。彼女が開いた白紙の本では、あの四人が臨時パーティでダンジョンに出かける所。封印指定特級ダンジョン……それも気になるところ。しかしそれ以上に私達の話題はレー君の下半身についてになった。
「マリスの奴……何てことを。レイン×コントを妨害するなんて! こんなネタ提供して成人指定に出来ない私の気持ちも知らないで! 狡いわよこんなの。指輪に縛られ出すに出せない鬼畜展開待ったなしなのにちくしょう……指輪が多少動かせるのも憎いわ。上下移動とかして責められるじゃない」
「たまにありますよねこんな事件。鬱血すると回復魔法でも外すの大変で……血を抜きながら外すそうです」
「あ、グロい解説はやめて。BLはファンタジーっていう魔法の言葉があるのよ」
「つまりファンタジーはBLという式が成り立ちますよね?」
「それよマリー! やっぱり解ってるわねあんた!! 見所があるわ!!」
此方の世界で何度目かの握手を終えた後、私達は過ぎたページを遡り……外出中の出来事を知る。
「危なかったですねコントさん……」
「マリスの奴、本気ねこれ。口説きまくってるわよ」
「私、ちょっと心配になって来ました。レー君はコントさんとロアがいるから大丈夫だと思うんですが」
「レイン一人でマリスからコントを守れるかって?」
「も、勿論レー君の強さを疑ってるわけではないんです! でも、今のコントさんは奥の手も使えないですし……兄様の怖さは私も、知っているから」
脱げない鎧の呪いで竜化が出来ない。今のコントさんは筋力以外も弱体化している。彼への心配を口にした所、ロットちゃんが間違いを正す。
「あのねマリー……それってあんた解ってないようだけど、コントへの心配じゃなくて、レインへの心配なのよ?」
躊躇いがちにロットちゃんはそう言った。今のページへ本を戻しながら。
本の中にはダンジョンへ向かう彼らが見えた。
「あんたさ……レインのこと。本当は…………どう思ってるわけ?」
*
封印指定特級ダンジョン《魔女の入り江》。そこまで向かうことは簡単だった。客間の一つをロアが改造し、扉に魔方陣を刻む。魔方陣の一部欠けている箇所に、目的地の名前を魔力で記せば完成だ。後は扉を開けば、青い海岸沿いの洞窟へと辿り着く。
「これより忙しくなる。扉をゲートに変えた。事後報告だが家主には後日謝罪をしよう」
(屋敷の扉が……)
俺は苦情を言いたくなったが、便利である事は否定できない。
「すごいな! でもさ、部屋の中の物とかどうなるの?」
「レイン、案ずるな。魔方陣を消せば元の部屋に戻る」
「帰ってきたにーちゃんが、間違って入ったりしなきゃ良いけど」
「空欄のまま入っても元の部屋に繋がる。問題は無い」
「ロア殿、帰りはどうなっている?」
「アニュエス殿、心配無用だ。帰還場所にあの家を登録した。短縮魔法で彼方へ帰れる」
万能の勇者は実に有能。レインの件に精霊の協力が得られなかったことが不思議でならない。
「気になるようだね? 今の彼は複雑過ぎて、彼らの手に負えなかったんだと思うよ」
俺の疑問にマリスが答えた。何食わぬ顔で隣に並んだ男から、俺はレインを挟んで距離を置く。
「そんな弓職にくっ付いてないで、前衛同士仲良くしよう」
「……前衛が三人か。偏ってるなこのパーティ」
「Twin Beloteは全員前衛で問題ないからねぇ。皆全ての役職こなせるし、さっさと乗り込んで終わらせたいじゃない? 遠距離有利の時は全員後衛で魔法殴りもするよ」
純粋に強い彼らはそれで良いのだろうが、最強勇者共は随分と脳筋プレイをしているようだ。
「ちょっと待って。入る前に確認したいんだけど……ここはどういう事件があった場所なの?」
封印指定ダンジョンに乗り込む前の、最終確認をレインが求めた。今更装備は変えられないが、対策や心構えは必要だろう。俺も同意し情報を求めた。マリスは信用ならないから、二人でロアの方を見て。
「《魔女の入り江》は……マリスの情報通り、性別に関わる呪いを得意とする魔女が棲まうダンジョンだ。封印指定となった事件は、一人の勇者が死んだためだな」
レインの求めに、嬉々としてロアが答えた。最強の勇者をアゴで使えるのだから、ある意味レインが最強の勇者になってしまった感がある。ロアばかりに良い格好はさせられないと、マリスも話に便乗。策略家のさの字はどこへやら。
「何年前だっけ? 特級ダンジョンを全て制覇することを目指した馬鹿がいて、しかもそいつ自分以外全員女の子っていうまぁよくあるハーレムパーティ作った阿呆だったんだよね」
「その一つ目からそんな結果なのだから、何故そんな輩が特級免許を取得出来たのか謎ではある」
「パーティの女性陣が強かったんじゃない? 彼は彼女らのブースター的存在だったんだろうよ」
これには俺とレインの口から呆れ声。
「な、なんだそれは……」
「うわー……」
「というわけで、《魔女の入り江》には基本的に同性のみのパーティで来なければ危ないんだよ。あ、それじゃあアニュエスが危ないな。僕と一緒にダンジョンの外で待とうか?」
捕捉を加えマリスが俺の肩を掴む。俺はすぐに振り払い、パーティの解散を申し出た。
「逆だろう。今のレインは割合的には女の成分の方が多い。女の私とレインだけで行く。何かあったら合図を出すから別パーティの振りで来い」
呪いを得意とする魔女なら、俺の事情も見抜くかもしれない。マリス達に余計なことを知られない内にレインの件を片付けたい。そんな願いも虚しく、即座にロアに切り捨てられた。
「特級ダンジョンにを二人でなど認められない。四人……いや確かアレは、五人パーティでも壊滅した場所だ。マリスは影、俺は精霊を送り込もう」
「流石はロア。余計なことには気が回る。でもそれが妥当な線だね」
マリスは自身の影を変化させ、女の姿を作り出す。全体的にはマリスによく似た陰のある美女だ。
「どうしたんだいアニュエス? 僕に惚れ直したのかな?」
「だ、誰が!」
「解ってる解ってる。君が好きなのは男の僕だものね」
「う、腕を絡ませるな!」
マリスのあしらい方に手間取る内、ロアも精霊人形を制作召喚。レインに似た雰囲気の年上の女性だ。ロアにはあまり、似ていない。
「ロア、精霊ってこれ? 普通のエルフに見えるけど」
「この精霊は遠隔操作で動かせる。俺の分身だと考えて貰って構わない。事情のため女の形にしているが、強さに関しては申し分ない」
結局二人の分身が付いて来ることになり、迂闊な言動は慎まなければならなくなった。
(相手はその道のプロだ。俺が元々男であることに気が付く可能性もある。レイン頼むぞ。もしもの時は……問答無用で魔女を始末する)
俺の感情を読み取ったレインが頷く。その様子に俺はほっと息を吐く。ロアがレインほど心の読めない者で助かった。
「では行こう。皆、呉々も注意して進め」
ロアの精霊は彼と同じ口調で洞窟へと先陣を切る。精霊はロアの傀儡で実質ロア。彼女をリーダーとして動けば良いのか。俺とレインは彼女の後に続いた。お前前衛はどうした? 殿はマリスの影が務める。
「ロア……って呼んだらなんか変だよな。おねーさんのこと、何て呼べばいい?」
「コレ自身に心は無い。以前使った精霊人形の強化版だ。ロアで良い」
「可愛げに欠けるね。魔女に怪しまれて困る。彼女のことはロベリアとでも呼べば良いよ、レイン」
「それじゃああんたは?」
「そうだねぇ……エリヌスとでも名付けようか。ヌがマに似ているし」
どんな偽名だ。彼の本名を知る俺は、今の名前すら呆れるほど安直だと思う。それでもその名がここまで似合ってしまうのも、マリス以外いないだろうな。だからこそ……殿下と気付くまで時間が掛かった。
(貴方は変わった……だが、変わっていない)
キャロットとアリュエットは、ぎこちないながら……関係の再構築に挑んでいる。俺達もいつか昔のよう、語らえる日は来るのだろうか? いや、こんな姿では難しい。早く元の姿に戻りたい。
「不安かい? 大丈夫だよアニュエス。そこのレインは知らないけれど、君には傷一つ付けさせない。僕に敵はいないからね」
何とも頼り甲斐のあるセリフだが、俺の目を抉ろうとした者がこんな言葉を口にするとは。
嬉しくもあり、違和感もあり。レインを後方の盾にして、俺は隊列二番目……彼とロアの間に並びを変える。
「ロ……ベリア殿、それがここの地図か?」
「ああ。神域の森のようにランダム要素はない。このまま一本道だ」
ロア……いや、ロベリアが所持する地図を見るに、魔女がいるという入り江までは洞窟を一時間ほど進む必要があるようだ。油断は厳禁だが、進めど進めど魔物の一匹も姿を見せない。黙々と進むのも気が重く、俺達は無駄話に花を咲かせた。
「うーん……でもさロベリア、男1女4のパーティだったんだろそこって。全滅したってこと?」
「いや、死んだのは男一人だな。四人が一人の男を取り合うようなパーティだったと聞いている」
「呪いで四人の女の子全員男にされたって僕は聞いたな」
「…………まさか死因とは」
「ご明察だよアニュエス。君の予想通り、その男が腹上死したんだよね。大腸穿孔が原因で」
ハーレムが呪いで全員男になるカオス。それまで四股をしていた男は、因果応報なのか? 悲惨な最期を迎えたと言う。
(し、しかし……それで死ぬ、だと?)
似た事例は俺も知っている。あの腐れ魔法使いがいつぞや語っていたのだ。馬型の魔物と行為に及んだ勇者が、ダンジョン内で死亡したという事件のことを。そのダンジョンの名は今では《最も恥ずべき封印指定》と呼ばれているとかいないとか。
「ま、待て。魔女の呪いはそんなにも凄い物なのか!?」
「名義上は魔女だけど、まぁ魔物だからね。呪いも桁違いなんじゃないかい?」
「つ、つまり……目論見通りレインを女性に出来たとしても」
「あー、そうだね。もしかしたら、すごい巨乳になる可能性が高い」
思わずレインの顔と胸部を交互に見比べる俺達。本人も考え込む様子だったが……すぐにあっけらかんと笑い出す。
「別に、指輪取れたら何でも良いよ。男に戻るのはまた別の方法考えれば良いんだろ? これ終わったらトイレ行きたいし」
なんて潔い! 格好いいぞレイン!! 彼の男気に思わず俺が惚れ込んだ所で、ロベリアとエリヌスも彼に暫し魅入られていた。
「馬鹿なのか器がでかいのか……ロベリア。君の甥は大物だね。将来が楽しみだよ」
「ああ……呪われておいてここまで言える者はなかなかいない」
「あんたらに褒められてもなぁ。で、魔女の弱点データとかないの?」
ロベリアは兎も角、エリヌスに褒められても寒気がするとレインは身震い。遠目に入り江が見えて来た。魔女の元へ辿り着く前にと、彼は残りの情報全てを引き出そうとした。
「人間に恋したものの、魔族故……結ばれることが出来なかった人魚型の魔物で、彼女は人の恋路を邪魔するのが生き甲斐らしい」
「そんな所に女引き連れて来るんだから馬鹿だよねぇ、その死んだ勇者も」
「自分なら魔女も攻略できると意気込んでいたようだ。ハーレムに加える予定だったのではないか?」
「いるんだよねそういうの。自分が主人公になった気でいる馬鹿がさー。そういうのは【魔王の武具】でも引き抜いてから言えって話だよ全く」
お前は主人公のつもりなのかマリス。マリスもといエリヌスは他人事だと笑い飛ばすが……。
「安心してよアニュエス。僕は君だけだ」
「エリヌス、口説きはそこまでにしろ。魔力の気配が強まった……近いぞ!」
ロベリアの指摘に、エリヌスも真顔に戻る。その刹那……入り江を襲う巨大な波! ロベリアの展開した結界により、俺達四人は守られる。波が静まった後、そこに浮かんでいたのは鱗の生えた女の魔物。姿だけなら人魚だが、頭には大きな山羊の角がある。
「ふ、うふふふふふ……何年ブリかしらぁ! 美味しそうな餌が……四匹も! 可愛い……どの子から食べてやろうか」
「果たしてそう上手く行くか? 魔女、この子を見ろ! 貴様の呪いは破られた!」
レインに服をはだけるようロベリアが指示を出す。レインは豪快に服を脱ぎ捨て魔女の前に立つ。魔女は瞬きを繰り返しながらレインに接近。は虫類のよう結界にへばり付いて彼を凝視。股間の指輪が見えたようで、魔女も反応に困っている。
「…………何、それ」
「取れなくなったから、呪って欲しいなーって思っておねーさんに会いに来ちゃった」
レインが最大級の可愛らしい笑顔で魔女に懇願。素直なのは良いことだな! 怒らせて呪わせる計画だったはずだが……魔女には何か響いていた様子。
「…………素敵」
「え?」
「……こんなショッキングな求婚されたの、はじめて…………ふ、ふふふ。王子様は、男だけだなんて思っていた私が馬鹿だったぁああああ!!」
魔女は髪を振り乱し結界に頭突きを繰り返す。髪は次第に束にまとまり形を変えて行く。
「奴は危険だ、早く装備を!」
「う、うん!」
レインが装備を身につける内、束は海蛇に変化して結界外に広がっていた。魔女は頭突きをやめた代わりに、バリバリと結界外から音がする。海蛇達は結界を舌で舐め、咀嚼するよう口を動かす。
「結界を消せロベリア! 物理に切り替えろっ!」
エリヌスの判断にロベリアは結界を放棄、剣を構えて海蛇の切り落としに掛かる。俺もレインを庇いながら、襲い来る海蛇を叩き斬る!
この魔物は魔力を食う。魔法攻撃、防御は全て奴の餌。瞬時に見抜いたエリヌスの目は確か。結界から食われた分の魔力で、魔女は再生能力を高めている。切り落としても切り落としても海蛇は再生。切り落とした分も一個体として動き回る。長期戦になるだけ不利だ。魔法を食われない距離……後衛が居れば魔法で焼き払うことも可能だろうが……
「レインっ! 後方から行けるか!? 弓で奴らを焼き払え!」
「でも、結界もないんなら皆も危ない!」
「Twin Beloteは君程度の攻撃で死にはしないよ」
「……解った!」
中衛から後衛までレインが走り距離を置く。彼は番えた矢に火薬を付け、空から火矢を降り注がせた! ロベリアとエリヌスは本体ではない。伝説の鎧を着ているのだから俺は大丈夫だろう。そう高を括っていたが、エリヌスが俺に覆い被さり全ての火を防ぐ。
「大丈夫かい、アニュ……」
俺が応えるより先に、焼け焦げた海蛇がエリヌスとロベリアに襲い掛かった。二人が魔力による存在だと今の攻撃で気付かれたのだ!
「マリスっ!」
「…………ロアっ!」
二人の魔力を喰らい、魔女は巨大化。生まれた隙に乗じて、あっという間にレインをその手に捕らえてしまう!
「くっそ、放せっ!」
「二人で幸せな海を築きましょぉお! 指輪受け取ったら、また元に戻してあげるぅううう!」
「やっ……ん、……くぅっ……はぁっ」
呪いを浴びて身体が作り替えられるのは、薬による変化とは違った感覚があるのか? 魔法のような一瞬の変化ではなく、体内をじっくり改造される気分なのか? レインの艶めいた声に思わず俺は顔を背ける。目を背けた先で目にした物に、俺は気を失いそうになった。
(ぞ、族長越え……の、代物だと!?)
レインの姿を見て感化されたのか、魔女は自分まで両性に姿を変えていた。海の神秘……いや、そんな言葉で片付けられるか! このでかさ……三マリーはある。このままでは封印指定の原因事件よりも悲惨な事件が発生してしまう!
「その子を放せ!」
何とかヘイトを稼がなければ。最優先事項はレインの身の安全だが、【魔妃の防具】の可能性がある指輪……それが魔女の手に渡ったら大変だ。
「私がその子の恋人だ! レインが欲しくば私を倒していくが良い!」
*
「どうってロットちゃん…………私は、唯……レー君……凄く、可愛いなって。今日は一段と下腹部に来ます」
「ごめん、タイミング悪かったわ。鼻血拭いて」
本の状況が不味かった。マリーに差し出した後、私もティッシュで鼻を拭く。
(ごめんマリー……私の所為だわ)
ちょっといやかなり歪んだマリーの対レイン愛情が腐りきってしまった。マリーの心にはもう立派な男性器が生えている。
(コントの馬鹿も空気読みなさいよ)
ヘイト稼ぎ目的でも、なんでそんな美味しいセリフ言うかな。マリーが鼻血出血多量で死にそう。彼女は鼻血を止めるため、自分自身に回復魔法をかけているわ。
「呪われて私より胸があるレー君……許せるっ!! 一緒に服屋さん行きたいぃいいい!! ロットちゃん、ちょっとだけ……一回だけ、先っちょだけ帰りませんか!?」
「いやそれ意味分からないわね。気持ちは解るけど、どこの部位だけ帰る気なのよあんた」
指だけでもゲートを通して帰るというのか。王家の姫に下ネタを言わせるような影響を与えてしまった私は、己の罪を自覚した。
「はっ!? でももしかしてロットちゃん、これ私も男体化薬飲んでから魔女の入り江に行けば、脅威の胸囲アップ! 胸囲の脅威的アップも夢ではないのでは!?」
「もっと簡単に言うこと聞いてくれそうな宛てがあるから他にしなさい。マリスの奴の情報だから、あそこはかなり危険よ」
「《魔女の入り江》について……ロットちゃんは知っているんですか?」
「あんたも、討伐成功したダンジョンはどうなるか知ってるわよね?」
私の言葉にマリーは頷く。学園で私達も習ったことだ。ダンジョンは所謂《封印牢》……結界だ。人に害為す魔物を追いやり封じた物である。私達勇者はその結界内に入り、魔物の息の根を止めることを目的とする。
「魔物を倒した勇者は彼らの名前を手に入れます。その名をギルドに提供することで、結界に名が刻まれて……ダンジョン突入時の設定で、どの魔物を再現させるか、安全な腕試しが可能となります」
「イメージトレーニングには持って来いよね」
誰かが倒してくれれば、ダンジョンは平和になる。その後は真名魔法により、魔物の姿を再現し……レベル上げのための安全な戦闘施設に早変わり。相手はもう死んでいるから、仮に敗北したところで勇者が死ぬこともない。魔物の出現を完全無効にして唯探索することも出来る。
勿論平定されたダンジョン全てが訓練場になるわけではない。辺鄙な自然ならまだしも、やむを得ず結界を張った場所ならば……封印牢の役目を終えたのだから、ダンジョン化の結界を解き元の環境へと戻す場合もある。
一番最初に主を倒したパーティは【開拓者】として栄光を得る。誰より先に強い多くの主を倒した者が、勇者の名声を高められる。これを狙うのが二流、三流勇者。
「でも例外があります。それが、特級ダンジョン」
「ええ……倒したのに封印指定されたのは、特に魔物の格が高すぎた場合ね」
「彼らの真名は古代語で長すぎて……完全には解読できませんし、正確に発音できないんですよね」
強ければ強いほど、魔物の真名は長く複雑になる。倒して手に入るのは名前の一部。だから倒しても、倒しても……殆どの場合完全には消滅させられない。全ての名前を解析するまで、複数回の討伐が必要となる。そんな危険な特級モンスターを何体討伐したか。これが一流の勇者の実力を知るための大きな情報。格下と一流の勇者は違う。彼らは何より数を競うのだ。特級モンスターの名前の入手数、並びにその正確性。これが一流の名声に関わる。Twin Beloteが最強パーティと呼ばれるのは、彼らが討伐した特級ダンジョンは……一度で完全攻略されているから。
(ロアの古代語の知識はかなりの物だし、マリスの力は未知数。どういう手を使っているか知らないけど、あいつらは一度で主の名前を手に入れることが出来る)
そんな調子であの腐れパーティは名声を高めていった訳だけど……一流にもやっぱりせこい奴はいて、特級の中でも倒しやすく復活の早い魔物のダンジョンを根城にし、討伐回数だけを稼ぐ連中がいる。復活が早いんだからそういう馬鹿が張り込んでいてくれるのは有り難いから城もそのまま放置しているのだろう。名前の量ではなく討伐回数だけ自慢して来るのは、特級でもハズレの方の勇者を意味する。《魔女の入り江》を封印指定に変えたのは、そんなハズレにもなれなかった愚かな勇者。
「それか……そうですね、封印指定にして立ち入らせない。ダンジョンの外には出られないのですから、相手が何度甦ろうと、関わらなければ安全です」
マリーの解答は正しいが、今回の件では事情が異なる。
「さてマリー此処で問題よ。そんなヤバイ連中どうやって、ダンジョンまで誘導したと思う?」
「普通に戦ったんじゃないですか?」
「どうかしら。少なくとも《魔女の入り江》に関しては違うわ。簡単なのは餌とか生贄。好みの相手を追いかけさせれば良い」
「それって……生贄ごと、ダンジョンに封印したって事ですか!? そんなのに気に入られたってレー君っ……まずいのでは!!」
「ええ、ヘイト稼いだコントもやばいわ」
「戻りましょう、ロットちゃん! 二人を助けなきゃ!!」
「それは出来ないわ」
私の返答に、マリーは怒りに震え押し黙る。マリーは白魔法以外は扱えないから、異界から元の世界に戻ることは出来ない。私が魔法を使わない限り。彼女には、私の言葉が死刑宣告にでも聞こえたのだろう。涙を浮かべたマリーを落ち着かせるよう弁解するが……マリーの顔色は優れないまま。
「危険は承知よ。でもあの程度の魔物に勝てないようじゃ、コントがロアに勝つ日は来ない。……大丈夫よ。いざって時用に二人には、ちゃんと対策立ててあるから。それに……あいつらそんな簡単にくたばらないわよ」
「それでも、人は簡単に死んでしまいます。死んでしまえばお終いです! ……そこまでして戦う理由、コントさんには在る。私にも。それでもレー君には……もうないんです。彼が私達の傍に残ってくれたのは、私達のことが好きだから。そんな好意を利用して、危険な目に遭わせるのは……やっぱり良くないですよロットちゃん!」
一言一言言葉を選ぶ、慎重に。それでもマリーを傷付けているのが解って私も辛い。良くも悪くもマリーはレインに対して贔屓目だ。一度離れることで、改善するかと思ったが……その兆しは見られない。即席の荒療治で解決できる問題ではないようだ。
「……あのさ、マリー。彼を信用してないの? レインは強い男よ。メンタル面なら私達の中で一番安定している。それって魔法の素質の一つよね。あの子小難しいことは嫌いだからって苦手を自称してるけど、ロアの半分くらいの魔力量はあるのよ潜在的に。ロアの半分って言うと……私の何倍かあると思ってくれて良いわ」
私達も特級勇者に名を連ねてしまった以上、腕を磨かなければならない。恥ずかしいからこんなことマリーに言いたくなかったが、もう一つの本心を打ち明けなければ信じて貰えそうにない。
「私がこっちに来たのは、私の事情で私の特訓。私もメンタル面が安定しなきゃこれ以上魔法使いとして上には行けない。種族の違いもあるけどね、心の強さが魔法の強さであるのは学校で習った通りの事実よ。才能がない分、私は小手先の技磨いたりもしなきゃ駄目なわけ」
またアリュエットに負けたのが悔しい。死ぬほど悔しい。それは事実。それでも真実とは違う。
「私達は強くならなきゃいけない。私やレインに使命はないけど、あんたとコントにはそれがある。だけど私もレインも、今更じゃーねってあんたらを見捨てられないのよ。私があんたを此処に連れて来た理由の半分は保護」
もう半分はホ●(本手伝わせるため)だけど。それは別に言わなくて良いか。いや、韻踏んでる場合じゃないわ。
「ちょっときな臭い動きがあったのよ。コントをああいう風にしたのは私の本のためもあるけど、あんたの代わりの囮にするためね」
「な、なんで言ってくれなかったんですか!? そんな理由があったなら、私……」
「言ったらあんた大人しく来てくれないわよね。わかりきったことじゃない」
私達をよく知る者ならコントは囮にならないが、余所から送り込まれた刺客なら、今のコントをマリーと思うだろう。慣れない偽名を使っているのも、ジョブを変えているのも“マリー”を隠すためと邪推するに違いない。
「それで私は原稿書きつつ、不審な奴が居ないかこっちで観察している訳ね」
「ロットちゃんの馬鹿ぁああああ! 酷いです! ロットちゃんを疑うの、本当に……本当に、辛かったんですからね!?」
「はいはい、ごめんごめん。だからすぐ白状してあげたでしょ。これ終盤まで引っ張ろうかと思ったのを序盤に明かしたんだから許してよ」
「むぅ……ロットちゃんの役に立てると思ったのに、結局は……また私が守られていたんですね」
「あー! もうっ! 解ったわよ! もう全部白状するわ! あんたを連れて来たのはそういう理由! あっちに戻れないもう一つの理由は……レインに頼まれたの。魔法を覚えたいって! 本当に危なくなったら助けに行くけど、過保護は子供の成長を阻むわよマリー!」
観念した私の言葉に、マリーは再び絶句した。
「え? レー君に魔法ですか!? あの、ロットちゃん……? どうして私とコントさんの使命から、そういう話に繋がるんですか?」
「マリー。あんたの背負っている物はとてつもなく重い。あんたが此処へ付いて来てくれたように、その時私はあんたの傍に居る」
「ロットちゃん……」
「レインも私と同じ気持ちなのよ。レインもあんたの運命に否応なしに巻き込まれる。あんたがそれを望まなくても、彼はそれを望んでいる。あんたの言う通り、レインは仲間思いよ。あんたやコントが抱えている物を、あの子は一緒に背負おうとしているわ」
彼に頼まれ、私は原稿とレインは依頼と並行して特訓をしてみたが、レインは初級魔法以外を満足に扱えないまま。魔力自体は沢山あるのに、それを扱う術を彼は理解できずにいる。
「そう言えばロットちゃん……原稿に集中したいからって、部屋を開けていましたよね。執筆用の隠れ家に行くとか…………そうですか。原稿と、特訓と…………ロットちゃんと、レー君が…………ふたりで」
「ごめんって、悪かったわよ」
私に隠し事をされたこと、レインに頼られなかったこと。事情が事情とは言え、マリーのダメージは大きい。しばらく落ち込んでいた彼女だが、思い至った疑問によって再び顔を上げる。
「えっと……ロットちゃん、それってつまり、匙を投げたって事ですか?」
「学園のぼんくら教師共にも出来なかったこと、私に出来ると思う? 私教師でもないのに?」
「そ、それは……そうですよね。レー君も学園の授業は一通り受けていたでしょうし」
最初は彼の希望通り魔法を教えようと思ったが、あの子は言語化文章化された魔法への理解力に乏しく、結果が伴わない。言葉自体は理解しても、イメージが伴わないのだ。
「野生児よねぇ。才能自体はあるから、経験を積ませることで自然と開花していく。つまり、ピンチに追い込めばその分レインは魔法を習得していく訳ね」
「ピンチ……それじゃあ前の事件でも何か、レー君は魔法を習得したんですか?」
「ああ。アレもかなりのピンチだったわね。……そうね、それならこの状況、悪くないと思うわ。この際だから全部ゲ■るけど、私がレインにかけたのは女体化じゃなくて不運になる呪いね。コントには幸運の呪いかけておいたからあいつの傍にいれば何とかなるわよ」
私がしれっと告げた暴露に、マリーは目を白黒させている。
「こ、幸運? ふ、不運??」
「不運なことに、レインは下半身指輪事件。中途半端な女体化呪いで正体もすぐバレる。対するコントは幸運なことにマリスに正体がバレていない。身分良し顔良し稼ぎ良し、魔法も剣術も一級品。そんな性悪男な男に言い寄られるとか総合的に見れば幸運じゃない」
「えっと……そう…………です、かね?」
コント如きに呪われたレインを助けられるのか、マリーは不信がりながら……本を覗き込んでいた。
新年一発目の更新がこれかよ……何故こんなことに。
今年は小説賞用の作品もまとめて、絵本とかもそろそろ再開したいです。