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5:回復魔法に必要なこと

 「マリーさん……貴女はまだ、十八歳未満ですね?」


 私が腐川先生から告げられた条件。それは、ロットちゃんにとって深い絶望を意味した。


 「はい。今が十七で……それがどうかしましたか?」

 「あ。馬鹿! マリーの馬鹿っ!!」

 「素直で宜しい。解りました。では……マリーさん、貴女が誕生日を迎えるまで、ダイヤさんは見せてはいけません。勿論、描かせてもいけません。よって、今回の本は……全年齢、もしくはR15までとします」

 「くっそ……そう言えばそうだった。私、先生の本夜な夜な盗み読みしてたけど、誕生日来るまで表立って読ませて貰えたことなかったわ。先生に栄養剤って言って睡眠魔法薬盛ったり涙ぐましい努力を……」


 私の年齢はロットちゃんと一歳差。ロットちゃんが異界に落ちたのは十六歳の冬。落ちて間も無く誕生日を迎え十七に。異界から生還するまで約一年……彼女は十八歳の誕生日を迎えてから私達の所へ帰って来ていた。


 「ロットちゃんそんなことしてたんですか?」

 「だって、隠されたら読みたくなるじゃない! 読んだら面白いんだもの!! でも先生は厳重に隠していたし、最中のシーン原稿は私に手伝わせてくれなかったわ。見つかればあくまで自己責任、悪いのは私よ」

 「自己責任……あ、でも私向こうでロットちゃんの本見てしまいました」

 「それは構いません。彼方の世界では成人の概念が違うようなので不問とします。が……ここはイケブクロ国の法に従って貰わなければなりません」

 「そんな殺生な! こんながっつりエロ釣り出来るテーマで、R指定しちゃいけないんですか先生!!」


 腐川先生の足に、ロットちゃんが涙ながらに縋り付く。


 「即売会に、エロ無しで? 投稿サイトにエロ無しで!? 剣を捨てて戦場に立てと!? 我が師よ! 貴女は私の死をお望みか!」


 臨場感溢れるロットちゃんの言葉。何故だか少しコントさん風味だけれども、彼女の悲痛な嘆きは伝わって来る。もしも私が腐川先生なら、すぐに許可をしていたことだろう。けれども先生はコントさんの瞳よりも冷たい氷の眼差しで……ロットちゃんを見下ろした。


 「ダイヤさんの言葉も一理あります。初見さんの食いつきは、高度なギャグか純粋なエロスが大事。または圧倒的な画力、合致する性癖。……はたまた流行物です」

 「うぐっ……!」

 「しかしダイヤさんの趣味は、あの世界が未開拓状態だからこそ受け入れられた物。我々の文明が伝わることで、貴女は迫害される魔女になる」

 「う、ううう…………」

 「自分の好きな物を作って、多くの人に喜んで貰えたら。それはどんなに嬉しいことでしょう。ですが多くの方に喜んで貰うためには、自分の好きに背かなければなりません。ダイヤさん、マリーさん。貴女方はライバルに勝ちたいと言いましたね? 勝ちたいというのは、そういうことなのです」


 かつて絶望の淵にあったロットちゃん……彼女を救った腐術が、彼女を今苦しめる。救われてから絶望させられる様は、見ていて私も辛かった。


 「勝敗は時代の流れ。とは言えこの縛りプレイの中、どこまで作品を仕上げられるか。この修行により貴女の作品は一皮剥けることでしょう。期待していますよ」

 「先生……」

 「マリーさんはストッパーとして、暴走しがちなダイヤさんを窘めて下さい。これがR15とR18の違いを表すガイドラインです。違反しそうになったら彼女を止めて下さいね」


 *


 「性的な物を意味する伏字多用駄目、性的興奮を刺激するような物……これがR15。直接的に性器や性交、残虐表現を描写する場合は成人指定……R18」


 つまり表現をぼかして、興奮させなければ大丈夫なのだろうか? 私の素人目から見てもやり過ぎと判断した時に、私はロットちゃんの原稿に待ったを掛ける。


 「私知ってんのよ。R指定作品だってどうせ未成年が読んでるっての知ってるのよちくしょう。だって本当に未成年じゃなかったらもっとエロいものドヤ顔で見たり聞いたり出来る世界に居るんだもの! ネットの無料エロ小説なんか読むのどーせ絶対十八才以下だって! 自己責任だぞお前等ちくしょう!! 私は責任取らないからな!!」

 「ロットちゃん、被害妄想と現実逃避はその辺に……原稿、頑張りましょう?」

 「エログロに対して厳しすぎるわよ。何よ何よ何よ……お前等すぐにトラックにはねられて異世界来世で俺つえーハーレムしてやがるくせに何よ何よ何よ! 轢いちまったおっちゃんの気持ち考えたことあんのかよちくしょう! お前の前世の亡骸絶対グロいぞ! R18レベルだぞちくしょう!! お前がモテたいがために豚箱送られたおっさんの気持ちと残された家族とその後の人生考えたことあるのかよクソがっ! 何おっちゃんに責任押しつけてるんだよ! 武士の国らしく潔く切腹くらいして果てろよぉおおおお!」


 ロットちゃんが、此方の世界の流行物に喧嘩売るようなことを言い始めた。


 「お前がモテたい所為で豚箱送られて囚人に穴という穴掘られて悲しみから自害したおっちゃんに、お前のハーレム全部寝取られちまえちくしょうぉおおおおおおお!! 主人公が女でハーレム相手が男だろうと逃がさないからな! お前の男共、全員明日の朝にはおっちゃんの横で寝てるからなちくしょおおおおおお!!」

 「ろ、ロットちゃん……」


 私達の世界でも挫折、異界でも挫折。ロットちゃんの精神はすり減って行くばかり。


 「もう良い! 私が男体化薬飲んで異世界なろう系ハーレムやってる主人公共の恋愛対象全員掘って来る!! 無駄に格好いい名前付けられてる主人公共! てめぇも掘ってやるから覚悟してろよ! 掘り尽くしてやる!! もうケツで満足に排泄できると思うなよちくしょおおおおおお!!!! 人工肛門用意して待ってろやぁああああ!!」

 「ロットちゃん、そんなに自分を責めないで下さい!」


 怒りに任せ、更なる異界へ魔方陣を繋ごうとするロットちゃん。私は彼女に抱き付いて、泣いた彼女の背を叩く。


 「何が人気とか、世の中の流れとか……私には何も解らないけど。私はロットちゃんの本が好きです。お話を作って、ロットちゃんが楽しそうに笑っているのが好きです。私、ロットちゃんのためなら……何だって! 何だって出来ます!」

 「ま、マリー……」


 回復魔法……言葉と一緒に掛けてみた。心まで癒せる魔法じゃないけれど、無駄なMP消費だけれど無駄じゃない。これは貴女を助けたいという私の意思表示。少しは伝わっただろうか?


 「ロットちゃんのためなら私……父様殺して玉座奪って、マリー女帝国作ってロットちゃんの本を強制的に国民に買わせます。ベストセラーですよ! ロットちゃん以外の本面白いって言った人から豚箱に送って豚の餌にします」

 「待ってマリー。私が悪かった。冷静になりましょう? 優しいあんたに恐怖政治的なことまで言わせた私が間違っていたわ。ごめんね。っていうかあんたも寝不足でしょ? 最近ずっと原稿の手伝いで寝てないでしょ? 美容と健康のためにちょっと休みましょ。ほんとごめんね……」


 覚悟を決め過ぎた私に、ロットちゃんは脅えた様子。けれどもすぐに、自分を責める。無理をさせ過ぎて、私の精神状態を悪化させたと気に病んで。気分転換をと彼女は私を街へと誘ってくれる。部屋には残された白紙の本。彼らは大丈夫だろうか? 後ろ髪を引かれる思いで私は彼女に腕を引かれ、外へ出た。


 *


 「回復魔法に必要なこと……ですか?」

 「ええ。貴女は一番何が大切だと思う?」


 かつて見た、彼女の髪は雪の色。辛い戦い、旅路の果てに在りし日の輝きは失われ、傷みきった灰の色。灰の髪と赤い瞳の魔法使い。私の師――……偉大なる【白の魔女(ヘクセンブラン)】。彼女が私にそう問うた。逡巡後、私は答えた。


 「……愛?」


 次の瞬間、私の身体は宙を舞う。そのまま床へと落下した。そんな痛みが日常茶飯事。


 「愚か者め! この愚弟子! 愛で人を癒せるわけねーだろが! そもそもてめぇの言う愛って何だ!? 魔術羊皮紙二枚一分以内で語れスタート! 終わりっ!! 言えねーだろ阿呆! いつまでも王族ロイヤル気分でいるんじゃねーぞ!」


 狂った彼女の二つ名は……【白狼の魔女(ヘクセンブランカ)】。攻撃的で人間不信の性格破綻者……それでも彼女は偉大な回復魔法の使い手。こうして幽閉された後も、弟子入り志願者が後を絶たないが……三日で殆どの弟子が逃げ出すような有様。私が逃げ出さなかったのは、私が同じ部屋に押し込められたからに過ぎない。私に根性があったとか、そういうことではないのだ。


 「お師匠様、痛いです」

 「大事なのは嗜虐心だって言ってんだろまだ解んねーのかクソボケが!」


 打たれた頬をさすりながら小声で謝罪するも、彼女の気はまだ収まらない。私に蹴りを入れ、焦点の定まらぬ目で此方を睨む。


 「いいか。これは信仰と同じだ。ヒーラーがいなきゃパーティは全滅する。私が、お前がパーティの命を握っている。生かすも殺すもお前次第だ」

 「もっと、分かり易く……お願い…………します」

 「馬鹿弟子! 才能ねーんだよヒーラーなんか辞めちまえ!! ヒーラーなんて過労死職……愛だけでやって行けると思ったら大間違いなんだよ! お前はあれだ、ヒーラーの装備が一番金掛からねぇとか思ってるタイプか? HPの少ないパーティならそうだな、回復量なんて関係ないもんなぁ! 阿某か! てめぇの使命を忘れたか! お前が挑むのはハイエンドコンテンツなんだよ!」


 私は生涯を、修道院で終えるものだと思っていた。兄の不始末を付けろ。父から初めて掛けられた言葉は、たったの一言。狂人から回復魔法を教われと、魔女の部屋に押し込められた。


 「第一に大事なのは堅さだ。前衛よりもガチガチに固めろ。お前に必要なのは打たれ強さと防御力だ。全滅してもお前だけは生き残るくらいの気概で行け! パーティは組み直せばいい。どうせ勇者なんて履いて捨てる程湧いて来る捨て駒だ! だが、お前の代わりはいない。そこを忘れるなマリー! 泥水啜ろうと、お前だけは生き延びろ。お前のために命を投げ出すようなパーティを組め」


 他人の命を使い捨てても使命を果たせ、残酷なことを師は語る。師匠は戦いにより、多くの仲間を失って……心を病んだ。彼女が教会に身を置き幽閉されたのは、ここが隔離病棟としての役割を兼任していたため。

 彼女がこうやって暴れるから、誰も彼女の世話をしなくなった。いつしか修道院の一角はこう呼ばれた。狂人の塔――……食事も与えられぬまま、生き続ける【白狼の魔女】の住処。師事を乞うため訪れた私を、最初は彼女は笑顔で迎えたが……一緒に持ち込まれた食料が尽きた所で彼女の豹変が始まる。


 「MP回復のためにMPポーションがぶ飲みが基本だ! 飲み過ぎで腹下すから腹痛薬も忘れるな! MPポーション代を巻き上げるためには、パーティ内外からの信仰心が必要なんだよ。それともあれか? 直接殴りたくねーってか? 魔物殺しもしたくねーって綺麗事か?」

 「私、回復以外の魔法使えなくて……得意なことを、活かしたいんです」

 「今からスクワットと腕立てして戦士にでもなれ。魔法がなくても身体があるだろ! えぇ!? 何のためにお前の腕はあるんだマリィ? こうやって……私に踏まれるためか!? えぇ!? こうやって、折られるためか!? 私が憎いか? 私を殴り返せマリー! 私を傷付けろ、殺す気で来い! そっからが勝負だ。俺の命を握りながら脅しながら回復をしろ!」

 「私が教えて頂いているので、お師匠様を殴る理由なんて……」

 「聖人面してんじゃねーぞ! あの男のガキの癖に!」


 ふとした瞬間、スイッチが入ってしまった師匠は別人のように暴れ出す。暴走が収まると、暴れていた間のことを忘れていて……私が何故怪我をしているのかも彼女は知らない。優しい顔で、優しい声で……私を回復してくれる。私を見てはいない瞳で。


 「どうしたのマリー? そんなに泣いて……怪我してるわ。痛くなかった?」

 「えへへ……ありがとうございます、もう痛くないですお師匠様!」

 「マリーは良い子ね。優しい子ね……きっと良いヒーラーになれるわ」

 「お師匠様……」

 「そうやって、働いて……働いて、多くの人を癒やして…………結局、愛した人の一人も守れない」

 「え……?」

 「ァアッーハっはっはッ! ヒ、ィヒヒヒヒ! どーせ死ぬんだよぉみんなー……死ぬんだよマリーぃ? お前がどんなに頑張っても、自分を犠牲にしても、クソみてーな理由でどいつもこいつも死ぬんだよ!」

 「わ、私は……私は死にません! 私は死ねない……使命を果たすまで、死ねないんです!」

 「あっそ、じゃあ今から殺してやるよマリィイイイ!!」


 首を絞められて、生死の境を彷徨って。蘇生魔法が間に合って……何とか此岸に戻って来れば、壊れた瞳で師は笑う。可哀想にと私を慈しみながら。


 「可哀想に、どうしてこんな怪我……酷い怪我。痛かったでしょう? 女の子なのにこんなにボロボロで……かわいそう、可哀想可哀想……ひ、ヒヒヒヒっ!」


 私が師匠に何回殺されかけたかは、正確な回数は記憶していない。皮肉なことに、私は打たれ強くはなった……彼女の望み通りに。


 *


 「今日は私の奢りよマリー。好きな物何でも言って。食べたい物とか、服とか」

 「服なら前に買ってくれたじゃないですか。私好きですよこれ、ジャージって言うんでしたか?」

 「いやあれは……部屋着みたいなもんだから。外用の服一着しかあげてなかったし、それも一年前の私のお下がりだしさ。異界記念に何か買って帰りましょ!」

 「召喚ゲート通れるんですか?」

 「服くらいなら対価もそんな高いものではないし、持っていけない事も無いわ」

 「じゃあ……あ、これ可愛いです」


 私の目に止まった、黒いリボンに宝石の付いた髪飾り。服よりは安いだろうと選んだら、ロットちゃんにも好評だった。私の髪横に並べて、買おうと彼女が大きく頷く。


 「へぇ……髪飾りか。いいんじゃない? マリーならこっちの白いのも似合いそうだけど、黒も良いわね。よく似合ってるわ」


 ロットちゃんは値札を返した後、三秒程固まり……息を整えてから店員さんに声を掛けていた。私は不安になり、店の他の商品を盗み見る。此方の通貨の価値や物価はよく分からないけれども、ゼロが四つは並んでいた。私達の世界でも、この桁は……弱小パーティの私達には簡単に捻出できる額ではない。


 「あ、あああああの、ろ、ろロットちゃ……」

 「大事にしてよね」


 綺麗にラッピングされた包み紙を押しつけて、顔を背けて彼女が笑う。


 「はい、大事にします」


 私がはにかみ笑うと、ロットちゃんも元通り。いつもの自信たっぷりな態度が表に出て来た。


 「じゃ、その辺で何かつまみましょ。あの店とか安くて結構美味しいのよ。このキャロット様のお墨付き!」

 「ふふふ、ではそこに行きましょう!」


 私はロットちゃんお気に入りという飲食店に足を運んだ。こぢんまりとした店内、客は多くないが雰囲気が良い喫茶店。内装と古めかしい調度品が、私に郷愁の念を覚えさせた。ロットちゃんもこの店で、私達の世界を思ってくれていたのか。


 「マスター、久しぶり! 今日の気まぐれランチにデザート&ドリンクセットでお願いね♪」


 ロットちゃんと対照的な寡黙な店主。彼は無言で頷き、キッチンへと消えて行く。


 「渋めで素敵なおじ様ですね、ロットちゃん」

 「お? マリーって年上好きなの? 意外だわ」

 「何ですかそれ? 私別に年下好きだなんて言ってませんよ?」

 「言わなくてもねぇ……普段が普段だから」


 ロットちゃんの言葉には含みがあった。私は疑問符を浮かべて答えを待つも、その後を彼女が語る気配はない。


(好きなんて。愛なんて……私には)


 師の言葉を思い出す。今になって彼女の言葉が私の中で何度も何度も響くのだ。


(私はパーティの、みんなが好き)


 それでも私は使命のために生きている。二つを秤に掛ける日が来たら、私はみんなを救えるだろうか? 大好きなのは、本当なのに。使命なんか捨てて、遠い異界でこうやって……ロットちゃんと。みんなと。普通の人間として生きられたら。そんな悪魔の囁きを聞く。


(だ、ダメダメ! 私にも……皆にもやるべきことがあるんだから! 待っていて、くれる人も)

 「料理来たわよマリー、ほら……!」


 突然頭を振り出す私を心配そうに一瞥し、ロットちゃんが話題を変えた。彼女が指差す方からは、渋めの店主が運ぶ日替わりランチの良い香り。異界の食べ物なのに、馴染みの店に似た匂い。私の鼓動は、追い詰められるよう早くなる。


 《どうしてこんな所にいるんだマリー? 逃げたのか? 使命を捨てて仲間を置いて逃げたのか?》

 「マリー……?」


 蒼白の面持ちで席を立つ私。ロットちゃんも無言で立って、向かいの席から隣に移る。


 「…………疲れてるのよ、あんたは。美味しい物食べて、忘れましょ」

 「……はい」

 「なんか……ごめんね。あんたのことまで巻き込んで」

 「ロットちゃんは、何も悪くないですよ。えへへ……美味しそうですね」


 手を合わせ、食事を口へと運ぶ。初めてなのに、懐かしい味。良い事よりも悪い事の方が多かった。そんな世界のことを恋しく思う。美味しいのに、どうして涙が止まらない?

 知らなかった。自分の世界を離れることで、日に日に不安が募る感覚。ロットちゃんと……楽しい時間を過ごす楽しさ。楽しければ楽しいほど、不安を覚えるだなんて。


 「ううう……おいしい、美味しい……です」

 「やめてよマリー! 私があんたにろくなもの食わせてないみたいじゃない」

 「ご、ごめんねロットちゃん。でも、美味しくて……」

 「そうよね、解るわ。誰かに作って貰えるご飯ってどうして最高に美味しいのかしら。外食って神だわ。先生にも差し入れ買って帰らなきゃ!」


 自堕落的な発言が目立つが、それだけロットちゃんも疲れていたのだ。私は異界の台所道具に疎く、先生の家を昨日危うく火事にしかけた。私がやって良いのお湯の湧く不思議なポットでお茶を注ぐことくらい。以前ここにいた頃……居候中のロットちゃんは、家事を担当していたそうで、今回も原稿の合間に家事を行っている。


 「先生は気にしなくて良いって言ってくれましたけど」

 「いいわけないわよ。一応居候なんだし……」

 「オチ君に任せないんですか?」

 「簡単な料理ならやってくれると思うけど……常時召喚が難しいのよねこっちだと。それに……オチには違う仕事も頼んでるから。呼びだしたら本末転倒なのよ」

 「あ! ロットちゃんが来た時には、先輩アシスタントさんが居たって聞きましたけど」

 「それがねー……A子先輩この度めでたくデビューして、独立したんだそうよ」

 「そういうことならご挨拶に」

 「あのねマリー、契約者以外にあんまり教えるのって良くないでしょ? 想像力を奪うことは作家を殺すに等しいことよ。先輩は、私が行き倒れたコスプレイヤーだとしか思っていないわ」


 ロットちゃんは契約者である腐川先生以外に素性を明かしていない? 


 「下手に技術力、文明が進んでいる世界に私達のことを教えるのは良くないの。人間って言うのは一番怖い召喚獣よ。見なさいよほら、自分たちの技術を異世界に持ち込んで俺つえーハーレムやりたい奴らばかりじゃない。ほんと、異界人のことなんだと思ってんのかしらね」


 ロットちゃんがまた、流行ジャンルにケチを付け始めた。恨みは相当根深いようだ。ストレスから彼女は、咥えたストーローを噛み千切り出す。


 「お前が発明した物じゃねーだろちくしょう! そんなもんでマウント取りやがって! 発明偉人がタイムスリップとかなら仕方ねーわ! だって本当に作った本人だもの凄いもの! そりゃ惚れるわ!!」

 「つまり、ロットちゃんが素性を明かした……腐川先生は、信頼できる人だったってことですよね?」

 「……………………うん」


 私の要約に、ロットちゃんがこくりと頷く。


 「それなら落ち込む事なんてありませんよ。先生もロットちゃんが可愛いから試練を与えているんです。期待していない相手にそんなことしません」

 「ま、そうよね! この天才キャロット様を捕まえて、若い才能を潰すようなことあの腐川先生がするはずないわ! 私は先生の一番弟子! 先生の技は私があっちで伝えるのよ!」

 「ふふふ……それでこそロットちゃんです。ロットちゃんが元気になってくれて良かったです」

 「まぁね。いつまでも落ち込んでられないでしょ」

 「私だったら……立ち直れませんよ」


 彼女を励ましながら、口から転がり落ちた弱音。意味を彼女は知らないだろう。師に否定されること。私にも経験がある。


 「私だってそうよ。だから、あんたには感謝してるのよ」

 「……え?」

 「あんたがいてくれて良かった。こっちにも……帰ってきて良かったわ。きついこと言われたけどさ、やっぱり先生は格好いいのよね……」

 「ロットちゃん……」

 「…………一人じゃ立ち直れなかったわ。一緒にいてくれてありがとね」


 私の肩にロットちゃんが寄り掛かり、私に数秒頭を預けると……さっと離れてデザートを突き始める。お返しにと、今度は私が彼女の肩に寄り掛かる。


 「え、へへへ!」

 「うわ! 何よマリー!」


 ロットちゃんの素直な言葉は、私だけの特権。世界の存続にまるで繋がらない彼女との会話。使命を忘れ、心が安まる至福の時間。ロットちゃんが笑ってくれたら、私の不安も吹き飛んだ。貴女を助けたいと思ったのに、こうして私が救われている。


 「私も、頑張りますね……ロットちゃん!」


 お師匠様はああ言ったけど。やはり私は思うのだ。大事なのは……愛なんだって。


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