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4:指輪と影使い

 俺思うんだけど、現実逃避って大事なことだと思うんだ。どうしてこんなことになってしまったのか、思い出すヒントになるかもしれない。

 確か俺は、外へと逃げた後……我に返ったロアに捕らえられた。僅か二十秒ほどの出来事だ。俺の自由はこんなに簡単に奪われてしまう物だったのか。勇者として力の差を感じてしまう。悔しい。


 「怖がらせたなら謝ろう。だが逃げることはないだろう?」


 流石は精霊王。その名に偽りはなかった。俺を襲った行く手を阻む暴風。風の精霊が敵に回れば、速さ自慢の俺も止まってしまう。風に吹き飛ばされた先、しっかりとロアに抱き上げられていた。


 「だっていきなり動かなくなるし……」

 「……突然のことに、驚いただけだ。見たところ気の乱れがある。呪いの類だろう」

 「見ただけで解るの?」

 「人体も元素の一部。精霊に尋ねれば良い。その気があるのならお前にも精霊魔法を教えよう」

 「うーん、俺はいいや。俺……あんまり魔法系の才能無いし」

 「そうか……残念だ。だがこうして、お前とゆっくり話が出来て……私は嬉しい」

 「何だよ改まって。今日はあれだけど……別に、あれからそれなりに話しただろ?」

 「いつもは邪魔が入るからな。渡しそびれていた物がある」


 本当に忘れていたのだろう。ロアは慌てて装備を探り、いつぞやの日記帳を取り出した。本の仕掛けを弄ると、中から転がり落ちる銀の指輪。台座には水面のように澄んだ透明の石がはめ込まれている。宝石のようカットされているのに、輝きがないのが奇妙だな。


 「って、指輪!? い、いやいやいや! ロアまで最近ねーちゃん達に毒されすぎだって!」

 「私のステータスは正常だ。毒は無い」

 「そうじゃなくてさ……何これ」

 「魔除けの指輪と聞いている。姉さんの、…………お前の母の形見だ。少々の呪いならば指輪が解呪する。長引くようなら他の方法を考えよう」

 「いやなんで自然な流れで左手の薬指に付けるの? 一応礼は言うけどさ……」


 指輪を眺めながら、胸を触ってみるがまだ元に戻らない。しばらく時間がかかるよう。ロアはそのまま俺を服屋に運び、高価なドレスを仕立てさせる。店主も職人肌なのか、ロアとは二言三言話しただけで、後は目と目で会話をし、無言で頷き合っている。最後は熱い握手で終わる辺り、やっていることはマリーねーちゃんと同じだな。服の仕上がりを待つ間、無言に堪えかね俺はロアへと声を掛けた。


 「あんた、いつも俺の監視してるのか?」


 ロアが、姉の忘れ形見な俺を心配してくれているのは解るけれど。いつもあんな風にいつでも登場できるよう見られていると思うと居心地が悪い。不機嫌な俺の言葉に、ロアは慌てた様子で否定する。


 「今日は偶然だ。お前の傍にパーティーメンバーが誰も居なかった。だからだ。お前が一人の時は、精霊に自動警備を任せている。前にも言ったが、故郷を離れるエルフは貴重だ。昨今の人間は、思考が魔族寄りになっている。警戒するに越したことはない。先の事件も氷山の一角だ」


 先の事件……両親の仇である変態に、俺が手籠めにされそうになった事件。酷い話だと思うが、キャロットねーちゃんが帰って来てから似たような事件が何度もあって、感覚が麻痺して来ている。族長レベルの相手にはあれから遭っていないから、そこまで身の危険は感じない。


 「嘘だろ? 魔物じゃなくて人間で? あんなのが何人も居るの?」


 ロアの言葉を俺は疑う。変な奴も嫌な奴もいるけど、俺の周りの人間は皆まとも……じゃないかもしれないけど、いい人達だ。


 「お前には信じられないだろうが、里を離れたばかりの頃は……俺とて幾度も危ない目に遭ったものだ」

 「そ、そうなんだ……」


 エルフの多くは人間嫌い。人里に現れるエルフは珍しい。エルフの血を引くこと、好意的に見られはするが……その好意が歪んでいると感じることは俺もある。


 「俺が作ったエルフ型精霊が、この十数年……何人行方知れずになったか知りたいか?」


 耳元で囁くロアの言葉にぞっとした。作った精霊は全て消えたと。


 「元々俺は、精霊作りの腕を買われ……陛下に治安維持を任されたのだ」

 「そ、そうだったんだ」


 自然精霊を従える器、人工精霊を生み出す力……ロアの強さ、万能さは二つの精霊魔法の為せる技。老化の遅さを利用して、ロアが何度も学生になっていた理由がそれか。目的は復讐でも……王の後ろ盾があれば、多少の偽装は容易か。自由に行動できた訳だ。


(あれ、そう言えば……)


 学園に入る度に同じ名前じゃ困るよな。気付いた俺はロアを見上げて一つ、疑問を投げかけた。


 「じゃあ、あんたの本当の名前って……何て言うの?」

 「…………俺の贖罪はまだ終わっていない」


 優しく頭に置かれた大きな手。視線を上げれば、ロアが悲しそうに笑っていた。お前に呼ばれる資格が無い――……彼の心が微かに聞こえた。


 「今の俺は……お前の名を呼べるだけで幸せなのだ」


 突然恥ずかしいことを告げられて、俺はちょっと困る。いつもねーちゃん達が俺にロアとの変な本を見せるから。本の内容が脳裏にフラッシュバックしてしまう。ロアが俺を助けて守って……優しくしてくれる理由はねーちゃんの本だと大体下心が切っ掛けだった。


(ほ……掘られる!! い、いや……ろ、ロアは……そんな人じゃない! 多分!)

 「レイン、顔色が良くないが風邪か? 今回復魔法を掛けよう」


 思い出し照れをした俺に、ロアが膝を折り俺の目線で治療を始める。アリュエットに目撃されたらまた命を狙われそうだ。


 「お前を呪った相手は、俺が必ず見つけ出す。犯人は身近に隠れていよう。俺の力は魔に傾倒した者を炙り出すには丁度良い。お前の姿の精霊を作り、様子を窺おう。しばらくお前は俺の所にいろ」

 「そ、それは困るよ! にーちゃんとかねーちゃん達に心配かけちゃう!」

 「ここは封印された土地だ。再封印は為されたが、万全とは言い難い。闇が漏れ出している可能性は大いにある。仲間を信頼するのは良いが、人間を信じすぎるな」

 「ロア……」

 「如何に魔とて、ない物は生み出せぬ。元々その者の内にある欲望を、増幅させ理性のたがを外させる。彼らは我々より魔に抗う力が弱いのだ」


 ……まぁ、キャロットねーちゃんならやりかねないよな。正直なところ。ロアも悪人ではないし、にーちゃんの事がなければそうしてもいいのだけれど。


 「そんなことしてていいの? ロアも何か任務中だったんだろ?」

 「……そうだな。では少し手伝ってくれないか? 俺はある装備を探していて……呪われた七つの防具なのだが…………レイン、お前も里や学園で何か聞いた覚えはないか?」

 「うーん呪いの防具……かぁ。街でも森でもそんなの聞いたことないけど」


 故郷の森にいた頃は……血の薄さと両親を死なせた不吉さが知れ渡り、みんな早く出て行って欲しそうだった。復讐のことがなくても、俺はいつか故郷を離れる運命だった。そう、そんな俺に大事な秘密を皆が教えてくれたりしない。ロアからの問いかけにも、力なく言葉を返すだけ。


 「レイン、嫌なことを思い出させてすまなかった」

 「……あんたも、嫌なことあったの?」


 ロアもハーフだ。里では厄介者だったろう。俺の問いかけをロアは静かに否定した。


 「いや……俺は幸せだった。姉さんも義兄さんも……よく出来た人だった。そんな風に、俺が受けた幸せを……お前に何一つ届けられなかったのが無念でならない」


 姉との思い出。俺の両親を素晴らしい人だったと語るロア。


 「そんな凄い人でも……死んじゃうんだな。あんな理由で…………」


 犯人も見つかり復讐は終わった。それでも俺達に実感はない。彼には在ったものが。俺には最初から無かったものが……依然として無いままだ。


 「…………たまには訪ねてくれ。お前に返したい物が山程ある」

 「……うん。じゃあ、ちょっとだけ……」


 そうだ、そういう流れで俺はロアの居候先……キャヴァリエレ家別邸まで足を運んだのだった。


 *


 「ロアぁあああああああああああっっ!! 貴様が付いていながら何事だ!!」


 水も滴る何とやら。身体も拭かずに剣を引っつかみ、にーちゃんが居間へと飛び込んでいく。俺は身体にタオルを巻いて、慌てて彼の後を追う。


 「何事だアニュエス殿」

 「レインに貴様何をしたっ!」

 「お、落ち着いてねーちゃん!」


 うっかりしていた。なんでタオルもう一枚持って来なかったんだろうな。俺は自分のタオルを外し、ねーちゃんの身体を隠してやった。にーちゃんは完全に女の子なんだし、やっぱり気を使わないと。


 「む、胸が生えただけと思いきや、れ、レインが両性になっているではないか!」

 「何か問題が? 胸が膨らんだだけでは?」

 「ええい! 違うと言っているのだ! 上は女性化しているが、下の方まで両性だ!」

 「な、なんだと!? り、両性……と言うとその、“ある”……のか? どちらも……」

 「だから困っているんだろうが! 以前のような事件があったら大変だ。一刻も早く彼を元に戻したい」

 「以前?」

 「神域の森での事件だ! さ、先程レインに相談されたのだ!」


 にーちゃん正義感が突っ走り、自分でボロ出す寸前だ。人が暴走すると冷静になるものなんだなぁ。俺は二人に落ち着くよう促す。

 俺に視線を向けないように顔を背けて、ロアは空気の精霊を呼び、小声で何やら話し出す。精霊が頷くと、ロアはその場で卒倒だ。何言ったんだ精霊。


 「ろ、ロアぁああああああ!」

 「レイン、まず着替えて来よう。お前のお陰で落ち着いて来た。…………レイン、なんだそれは」


 全裸の俺の指に光る物に気付いたにーちゃん。今まで胸ばっかり見てたから気付かなかったんだろうな。


 「ああ、ロアから貰った。俺の母親の形見なんだって」

 「せめて指を変えたらどうだ?」

 「そうしたいんだけど……なんか、抜けないんだよねこれ。もしかして俺、太った?」

 「…………いや」

 「………………そっか」

 「興味深いねそれは。【防具】だったりして」


 突如割り込むマリスの声。嫌なところで今に戻って来たなぁ。俺はにーちゃんの陰に隠れて身体を隠す。やっぱりこの人苦手だな、俺。


 「なんであんたはそういうこと言うかな。俺もなんとなくそんな気がして不安なのに」

 「優しいだけの嘘に意味なんてないだろ? 僕は無駄なことはしないのさ」

 「あんた何処行ってたんだよ……」

 「ちょっと野暮用をね。アニュエス、これを君に」

 「マリス殿……これは?」

 「【求愛の種(コートシード)】は【吐き戻し花(リバースフラワー)】の種なんだけど……花が育つ内は排泄が不要になる。伝手で入手出来るだけ仕入れて来た」


 こ、こいつマリスの癖に! 頼みたかったこと先読みしてる!! 出来る男だ。そんなに今のにーちゃんが好きか。確かその種、歌姫や上流階級の女の人に大人気の商品だ。凄く値が張ったはず。種一粒で、ロアが仕立てた服並の値段がする。それを一月分以上仕入れてくるなんて……愛が重い。

 ねーちゃん達の話で聞いたくらいだけど、にーちゃんは蚊帳の外だから知らないなこれ。価値の重さも解っていない風。受け取っちゃった……


(あの名前って鳥の吐き戻しと掛けてるんだろうけど……今のマリスがやるとシャレにならないよ)


 贈り物を無事に受け取って貰ったマリスはとても幸せそうだ。嬉々として使用法を教え出す。


 「これは体内に入れると胃の中で栄養を吸収し、魔力に還元してくれる。ダイエットに用いられることが多いのだけど、今の君には必要だと思ってね。成長したら花になるから、その時は吐き出すように」

 「このような物があるのですね。恩に着ますマリス殿」

 「いや、気にしなくて良いよ。寄生系の魔物を腹に入れても良いんだけどね。幸い腹は鎧に覆われていないから。でも……君に痛い思いはさせたくないし、益虫であっても君の中に僕以外の生き物が入り込むなんて腸が煮えくりかえるだろう?」


 あ、気持ち悪い感じの口説きが入った。にーちゃんも困っているし、いい加減風邪を引きそうだ。こっちはにーちゃんにタオル渡して全裸なんだよ。さっきまでは気にしてなかったけど、そんなことになってたなら流石に恥ずかしい。


 「長くなりそうなら俺風呂に戻る。ねーちゃんタオル返して」

 「待てレイン、すまなかった。私も行こう、入り直そう?」


 逃げる口実を与えると、にーちゃんは安堵の瞳で俺の肩に手を置いた。その刹那……


 「ぐぎゃぁっ!」

 「れ。レイン!?」


 突然視界が黒に覆われ、俺は悲鳴を上げた。何をされたのか解らなかったが、やったのはあいつしかいない。マリスだ。マリスの技ならこれは恐らく……俺はマリスの影に呑み込まれたのだ。



 「貴様レインに何をするっ! すぐに返せ!!」

 「そう怒らないでアニュエス。五秒後彼は、僕に感謝をするのだから」

(身体の、感覚が無い……?)


 手が足が、何処にあるのか解らない。影に溶けて俺の身体が全て消えてしまったようで恐ろしい。真っ暗で何も見えないから、目を開けているのか瞑っているかも解らない。どこから何処までが自分の指か、闇か。今俺は生きているのか、死んでいるのかさえ……解らない。そんな不安でいっぱいになった頃、再び視界に光が戻る。

 影の世界は時間の流れが遅く、マリスの言う五秒は、人生を五回やり直すくらいの長さに感じたよ。


 「お帰り、レイン。鎧と違って指輪は簡単でいいね。左手を見てご覧?」

 「あ! 取れてる!! ありがとう!!」


 よく分からないけれど、抜けなくなった指輪が指から消えていた。思わずお礼を言ってしまった俺に、マリスはいつもの悪意を湛えた瞳で嘲笑う。


 「何、礼を言われるようなことはしていないよ。一度君の存在を塗り潰し、再構成で場所を変えただけだからね。鎧より判定が温いな。実験協力感謝するよレイン?」

 「え?」


 両手の何処にも見当たらない。恐る恐る自分の身体を確認し、指輪を見つけた俺は怒りと羞恥に打ち震えた。


 「ぎゃああああああああ!! 何てことしてくれたんだよ馬鹿っ!!」

 「見た目が子供だからって、女性と混浴しようって言うんだ。このくらいの枷は必要だよね? 切り落とされなかっただけ感謝して欲しいね」


 本当に何てことをしてくれたんだこの男は。薬指の指輪は、俺の下半身に移動している。俺こそトイレとかどうするんだよこれ。出せなくて死ぬんじゃないか?


 「うぅう、ぐぐぐっ……くそっ、取れそうで取れない」


 位置は少し動かせるけど、外すことは出来ない。悔しがる俺を見て、マリスは手を叩いて笑い出す。ちょっと殺意が湧いた。


 「あっははは! そんな面白いことになって、あの女どもに会えば絶対ネタにされるよね? 可哀想に。君はしばらくパーティには戻れないねぇレイン? ああ、切り落とせば取れるかも?」

 「今すぐ戻せ。さもなくば貴様の物を切り落としてくれる」

 「怒った顔も可愛いよアニュエス」


 にーちゃんに胸ぐらを掴まれたマリスは、にーちゃんに構って貰えるだけで嬉しいのか愉快気だ。


 「君はこの子のことが大事なようだから心配でね。影に誤認させ、指の長さ太さと一番近い箇所に指輪を移動させたのさ」


 前隠してなかった俺が言うのも何だけど、薬指サイズとか俺の個人情報さらっと流すのやめて欲しい。誰かに聞かれてたらどうするんだよ。


 「私は貴様の頭の中のが心配だ」

 「君に身を案じて貰える僕は幸せ者だ。でもね……残念だけど諦めて欲しい。この入れ替えは一度しか出来ない技なんだ」

 「なんでそんな一回きりの技使っちゃったの?」

 「それは勿論嫌がらせだよね」

 「よし、削ぎ落とそう。下半身を見せろマリス」

 「名前だけで呼んでくれるんだ? 他人行儀でなくなったね。嬉しいよアニュエス」

 「酷いよ、俺が何をしたって言うんだよ!」

 「君は成長の遅いエルフで良かったじゃない。装備の呪いが解ける前にそこまで成長してたなら、鬱血して大変なことになっていたかもしてないねぇ」

 「母さんの、形見なのに……」


 情けなさから涙ぐむ俺の横を、暴風が通り抜ける。風が通り抜けた先、ロアがマリスに剣を向けていた。あの一瞬でマリスは壁際まで蹴り飛ばされたのか。


 「マリス……お前は。貴様っ、レインを……泣かせたな!」

 「君、彼のセキュリティー役自称してるなら、もう少し早く目覚めたら? この展開喜んでいるようにしか見えないよ」


 奇襲で体勢を崩されながら、ロアの振り下ろした大剣を受け止めたマリスの反応速度も凄い。それでも真っ向勝負でマリスはロアに勝てなさそう。受け止める剣が剣の重さに震えている。だからマリスは言葉を使ってロアを惑わす。


 「むしろ感謝して欲しいよ。場所を移動したことで、簡単な解決方法ならあるよね?」

 「何!?」


 ロアの気が緩んだ隙を狙って、マリスがロアの剣を弾いた。


 「前にどこぞの魔女が使っていただろ? 薬を使って一時的、完全に女の子にしてしまえば指輪は取れるじゃないか」


 そっか! その手があったか! 俺はにーちゃんと手を取り合って喜び合った。


 「流通経路を探らせて、すぐ取り寄せよう!」


 力強いロアの言葉に、俺は歓喜の涙で頷いた。しかし……取扱店に幾ら連絡しても「売り切れました」の言葉が返る。俺達が連絡する前に、買い占めた者がいるようだ。


 「あ、安心しろレイン! 精霊魔術は万能! 彼らの知識を頼れば造作も無い! ……現地の精霊に材料を集めさせ、俺が薬を作ろう」


 薬の素材を確認したロアが、生息地の精霊を呼び出すも……彼らは力になれないことを詫び、申し訳なさそうに召喚ゲートから帰る。


 「うわぁああああああああああああああああああああんんん!」

 「れ、レイン……」


 ロアでも駄目なんだ。もう駄目だと泣き出す俺に、にーちゃんもロアも掛ける言葉が見つけられずにいる。そうだろう。何を言われたって、俺は救われない。自分が惨めで死んでしまいたいくらいだ。


 「そんなに泣くともっと虐めたくなるから泣き止んだら?」


 もっと他に言葉はないのかマリスこの野郎。元凶はあんたなんだぞ。肩に置かれた手を振り払い俺が睨むと、マリスは嫌な笑顔を浮かべて俺に手を差し伸べる。


 「万策尽きた……って訳ではないよ。薬物ではなく呪いを頼ればいいだけだ。そういう呪いが得意な魔物でも怒らせに行けば良い」


 恩を売るような態度のマリスは何様なのだろう。絶望させてから希望を見せるのが上手いよな。お前が大体悪いのに、どん底まで落ちた好感度が僅かに上がってしまうのが悔しい。


 「……マリス、宛はあるのか?」

 「封印指定特級ダンジョン……《魔女の入り江(サイレンガルフ)》」

 「ふ、封印指定……?」


 封印指定が付く場所は、何か事件があった場所。キャロットねーちゃんが失踪した《淫蕩竜区(ドラゴモラ)》……一角獣事件があった《神域の森(ホーリーリエス)》俺がかつて暮らした森も、今では封印指定となっていた。


 「特級になったばかりの泣き虫勇者君は、封印指定ダンジョンが怖いのかい? 可愛い外見通り、心までか弱いんだね」

 「口を慎め。我が友を侮辱するかマリス! レインは一人前の男だ!」

(にーちゃん、俺のことは良いから。そんなに普段通りに話したら、マリスに正体がバレちゃうよ!)


 俺が言い返す前に、ロアが遮るより前に……マリスに言い返したコントにーちゃん。にーちゃんの傍にいると安心するのって、こういう所なんだよな。


(にーちゃんは、抜けてて時々頼りないけど)


 俺の心は守ってくれる。そういう所が、俺は好き。


 「……そうだぜマリス。ねーちゃんの言う通り、俺は立派な男だ! あんたなんかよりよっぽどねーちゃんに相応しい男だ!」


 にーちゃんに勇気を貰った俺は、マリスを鼻で笑って煽り返した。怒らせておけば奴から冷静な思考も奪えるだろう。今のマリスは恋に盲目だから……大事なヒントも見逃すはずだ。そういう算段で俺は恋敵に名乗り出る。案の定、俺がヘイトを稼いだために……マリスはにーちゃんの発言内容もスルーした。


 「…………へぇ。そこまで言うのなら期待しようじゃないか。ダンジョンでの君の活躍をね、レイン」

(……っ!? なんだ、この気配!?)


 漆黒のマリスの瞳が、一度赤く光り輝く。魔の鼓動……胎動の如く、脈打って。彼の内側から誰かが俺を凝視していた。


(二人、いる……?)

あくまがわたしにそうさせたのだ


作中の色々危ないところや薄い本パートは完結したらそれ相応の場所に投げます。年齢指定で。

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