表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/32

3:純真なる悪意

 玉座を巡る後継者争い。俺も騎士の家に生まれた身、否応無しにも巻き込まれる。剣を振れるようになり、竜との契約を継いですぐ……陛下から勅命を賜った。

 仕える王子を自分で決めよと、拝謁の日取りが決まり……緊張から寝付けずにいた俺。彼との出会いは忘れもしない。謁見を前日に控えたあの夜、屋敷の窓は突然の嵐に破られた。室内に転がり込んだ風は小さな身体で、驚く俺に剣を向けていた。


 「お前が次代のラクトナイトか! お前、僕の騎士になれ! 僕は王となり、母様を救うのだ。力を貸せ……断ればこの場でお前を殺す!」

 「な、何者だ貴様っ……!?」

 「僕は第十五王子――……! お前の良き王に、君の生涯の友になる男だ!」


 とんでもない自己紹介だ。殺すと言い放った直後にこれだ。俺は目を白黒させて、寝台の上固まっていた。無言を否定と受け取ったのか、幼い王子は凶器を手にして俺へ近付く。


 「最下位の僕では嫌か? 取り入るなら他の兄が好みか? だろうな。誰もがお前を欲しがるだろう。お前は【選帝の剣】だ。故に、この手を取らねば殺す!」

(何て王子だ……残り十四人が出て来ても、このインパクトには敵わない)


 勢いに押しきられそうになったが、頭の中繰り返される声が言う。


(“器の誓いに背くなら”……ああ友よ、背けるわけがない)


 己に宿る竜を窘め、俺は王子に向き直る。


 「恐れながら殿下……」


 王として認められるために必要な工程。王の器を試す者……それが【選帝の剣】。幼き王子は賢い。王子が自ら迎えに上がるなど、前代未聞。参内の日にどうやって僕を籠絡するかを考える彼らを出し抜き、王子が自ら恥も外聞も捨て奇策に走る。誇り高い兄君達では決して選べぬ奇襲作戦。その柔軟な思考と突飛な行動力。他の兄君などより余程王に相応しい。惹かれる物は、確かにあった。しかし――……


 「……私が真に【選帝の器】であるのなら、脅しは意味を為しません。貴方の脅しに従えば私は竜の誇りを汚し、【器】の資格を失います」


 相手は王子。慎重に言葉を選びながら訴える。意外にも王子は素直に矛を収めたが、その代わりにと掴まれたのは俺の手だ。お前が新たな武器になるのだと彼の燃える瞳が物語る。


 「では僕を試せ。試練を与えろ。お前が頷くまで“俺”は決して諦めない」


 国が戦乱に包まれるなら、この方が王になるべきだろう。だが国が世界が平和であるのなら、統治者に相応しき者が王でなければ困る。魔王を退け数百年。魔族の侵攻も衰え……人々は恐怖を忘れた。契約も選帝ももはや形骸化しつつある。


 「貴方は乱世の良き王だ。貴方が王として慕われ続けるには、戦を絶やすことが出来ません。この平和な世で、貴方はどう……良き王になるおつもりですか?」

 「本当に今、この世が平和なら……何故人は戦う術を手放さない? 馬鹿な魔術師がやらかさない限り、剣術も魔術も必要ないと思わないか?」


 現代で魔物と呼ばれる者は、大本が召喚獣。強力な魔の眷属の殆どは既に討ち取られ、生き残りは偏狭に隠れ住むのみ。騎士団に来る討伐命令は召喚魔法の失敗によるものばかり。そういう者が従えることも、送還の制御も出来ず野放しにして増えた。召喚魔法は殿下の言葉通り、封じた方が良い知識。それでも人が召喚魔法を手放さないのは……そうした瞬間、他国への抑止力がなくなるから。幾人もの強力な召喚師を抱えている国が強国。剣の腕を磨いても、召喚魔法を前には無力なものだ。


 「殿下は、人と人が争う時代が来ると仰りたいのですか?」

 「名を教えろ、選帝の剣。現世に留まり続ける竜よ」


 既に失われた魔法。新たな契約を結ぶ術は誰も知らない。召喚魔法を越える古の魔法……竜魔法。それは俺の体にも刻まれている、いくつかの呪いと共に。


 「……殿下の母君についてお聞かせください。剣を捧げるに足る相手か、貴方のことを私は知りたい」

 「お前が好むように嘘を吐けと?」

 「弱き正義を助け、悪しき強者を挫く。“我が身に宿る竜のため。古き友との誓いのために”。貴方が真に勇者であるのなら、《契約の騎士(コント=ラクトナイト)》は……貴方の剣になります」


 *


 思えば良いことも悪いことも、嵐のようにやって来た。突然現れ手を掴み、俺を何処でも連れて行く。不敬だと告げた言葉も聞き入れらず、幼き嵐に振り回された。嗚呼、そんな風に生涯を。当たり前のように、この方のために生きていくのだと……そう思っていた。

 決別した友に、再び手を引かれる日が来るなど……どうして考えられようか。こんな姿、こんな状況でなければ、俺は喜んだのに。


 「さぁ、そろそろ君の名前を教えてよ」


 マリスが着替えさせてくれると言うのは嘘だった。上から服を装備させられただけ。そうしてあれやこれやと言う内に、連れ込まれたキャヴァリエレ家の別邸。借り部屋だろうに、奴らは自宅のような我が物顔。マリスは居候の癖に態度がでかい。ロアを引き留めるためにはパーティごと囲い込まなければ……そんな惚れた弱みでもこんな居候が増えてアリュエットが不憫に思える。いや、他人を哀れむ余裕が俺にあるのかコント=ラクトナイト……否! 不憫なのはこの俺だ!!


(惚れた弱み。全く、耳に痛い……)


 黒尽くめの腐れ魔法使い。何で俺はあんな女の事を考えてしまうのか。どうせ惚れるなら可憐で優しいマリーにすれば良いのに。心とはままならぬ物。あんな女に惚れたばかりに俺はこんな身体になったのだから。


(不憫を通り越して、俺は愚かだ! あいつの甘い言葉には裏があると……十分すぎるほど知っていたではないか!)


 それでも信じたい。信じ続けたい。そうすることで頑なな、キャロットが変わって行くのが解るから。あいつは裏はあるが悪人ではないのだ。今回のことだって……俺に話してくれないだけで、何か理由があるのだろう。あんな女でも俺のパーティーメンバー。疑ってはならない。例え一服盛られて女にされたとしても……。


(俺がリーダーなのだ。信じてやらねば)


 キャロットのことは一端保留にして、改めて考える。我が身の惨状について。

 俺がこの屋敷に連れ込まれた時、アリュエットとミザリーは留守だった。アリュエットの客人は、主人以上に持て成すようアリュエットが指示しているようで、マリスの行動を咎める者もいない。当然か。彼女自身、この二人には勝てないのだ。強く出られる訳もない。勝手知ったる態度で連れ込まれた彼の借り部屋。広く清潔、生活感はない。普段彼がどのように生きているか俺は何も知らない。昔の彼が好きだったこと、物は覚えているが……今のマリスはそれも手放して、過去の記憶と重なる物は何もなかった。俺が彼をこんな風にしたのだと、己の罪を突き付けられたよう……感じる辛さに俯く俺に、マリスはなんだか上機嫌。


 「仲間が戻ってくるまで話そうか? これから長い付き合いになる。僕のことは知っているだろうけど、名乗るよ。君の勇者、マリス=スパイト。さぁ僕は名乗ったよ? 君も名前くらい教えてくれてもいいんじゃない?」


 これ口説きだよな。如何に俺でも口説かれているのが解るぞ。からかわれているのでは……そんな淡い期待もすぐ失せた。俺は殿下のこの目を知っている。一度言い出したら人の言うことを絶対に聞かない。欲しい物を見つけたときの……王子の目。しかし何故だ、あの出会いで何故惚れる。マリスの趣味が解らない。


 「わ、私は…………人に簡単に名を教えられません。名を使う魔術もあります」

 「それでも偽名くらいは持ち歩く物だろう? それでもいいから」

 「術を解いて下さったら考えます」


 マリスは昔からしつこい。絶対に諦めない。こいつはそういう男なのだ。


(だが偽名にしろ……迂闊なことは言えない。己の過去を憎く思うぞ)


 主従関係を結んでいた相手だ。ラクトナイト一族の個人情報など殿下には筒抜け。顔が似ていると言われた場合の逃げ道の、妹案も不採用。これ以上俺と今の俺を重ね見られない内に、マリスから離れたい。部屋の対角線上、近付くマリスから俺は距離を置き続ける。


 「ははは、まるで狩りだ」

(くそっ!)


 血は採られた。マリスが影を操ればお終い。俺の方からマリスへ近付き、彼の胸へと雪崩れ込む。


 「君は随分と脅えた目をしている。酷いじゃないか、僕は君に何もしていないのに。ああ、それとも。君が恐れているのはこれからのことかい? 例えば――……」


 頬へと伸ばされた白い指。触れられた嫌悪感はない。俺は、この人の……


 「……美しい目だ」


 頬を撫でる指は上へと進み、涙を拭うよう目の縁をなぞる。俺は今、泣いていたのか?


 「抉り出したい。忌ま忌ましいと思ったその色が……こんなにも、美しく見える」


 ああ、そうか。マリスは俺と同じ目をした娘を見つけ、衝動に駆られたのだ。奪われた目を奪い返したいという衝動に。この部屋から死臭はしないが、先の事件で亡骸を魔方陣で魔物に食わせた例もある。今の俺と同じように、目を抉られ殺された者はいたのかも。


 「私で、最後にして下さいますか?」


 殿下は罪を犯すことを躊躇わない人だ。かつてはそれが美徳であった。俺が貴方の光を奪った。このまま抉り出されても仕方ない。それで貴方の狂気が鎮まるのなら。かつての殿下が戻って来るなら。


 「……ああ、君がそう望むなら」

 「ありがとうございます」


 一瞬呆けた後、あのマリスが微笑を浮かべた。声には誠実さも感じられた。

 マリスは今、嘘を吐いていない。ようやく肩の荷が下りる……そう思えば安堵もしよう。しかしそれでも、目を抉られる様今か今かと待ち続けるは辛い。恐怖から目を伏せてしまった俺に再び触れたのは、マリスの指先ではなく……


 「……!?」


 唇への違和感で目を見開くと、急な目眩に襲われた。冗談か本気か。悪意の塊であるこの男なら、俺の嫌がる方嫌がる方へ話を展開させるはず。考えるな、何も考えるな。自分にそう言い聞かせても、状況の不味さは部屋の空気からひしひしと肌で感じる。


(い、今のは……もしかしなくても)


 振り返るのは自身の言葉。場の流れ……。非常に不味いことになっていやしないか?


 「なんだか気恥ずかしいな。……こんな言葉余りに陳腐だけど、君とは初めて会った気がしない」


 そりゃあ幼少からの付き合いですから。胸の内で呆れて返す。そうでもしなければ、頭がどうにかなりそうだ。一度ならずとも、二度目までもが……口付けの相手が男だとは!


 「君が最後だ、約束するよ。僕が誰かを愛するのは」

 「!?」


 不意に、大斧で頭蓋をかち割られたような衝撃。言い返そうと思うのに、ショックで言葉が出てこない。これ完全に駄目な奴。非常に不味い。マリスの中で俺が恋人にされてしまっている!! 現実逃避をしていられる状況ではない!

 マリスに買わせた服の下には、変態的な鎧。目の前にはいつになくピュアな瞳の人型悪意。そしてここは、その悪意が寝泊まりする部屋だ。そんな場所に俺は悪意と二人きりである。初対面の男女がよりにもよって男の部屋まで影操られるままノコノコ付いて来たのだ。


(ほ、掘られる!! いや、表現が正確ではないかもしれないが掘られる! 眼球穿り返されない代わりに違う所穿り返される!!)


 最近あの腐れ魔法使いの所為で嫌な知識が増えてしまった。かつての主を前に貞操の危機を感じようとは。


 「教えてくれ愛しい人。君の名前を呼びたいな……盛り上がりに欠けるだろ?」


 完全にこれやる流れ!! 婿入り前に嫁入り前にそんなこととんでもない!! 押し倒された俺が狼狽えている内に、服の下へとマリスの影が伸びていく。


 「あれ? …………ああ、そうか。なるほど」


 装備を触り、何かを確認したのかマリスは興味深そうに頷いている。


 「マント……これは外せる、ソックス……これもいける。じゃあ此方も……いやこれは駄目、金属以外も駄目か。布部分はいけそうなんだけど……下着は魔防の力が高いな。任務上、物理的に破るわけにもいかないし」

 「……取り込み中だったか?」


 今や俺はまな板の上の鯉。明日には自害をする覚悟を固めた瞬間、ロアが扉をノックする。全然取り込み中なんかじゃないです。来て来て入ってすぐに来い! 俺の祈りが通じたのか、マリスも渋々折れる。


 「はぁ……いや、まぁいいよ。入ってくれ、お使いなら終わったよ」


 九死に一生を得た。マリスが見られていた方が興奮する系の輩でなくて本当に良かった。意外と性癖は普通なんだな。あの腐れ魔法使いと並べるのは失礼かも知れないが、普段の言動のため誤解をしていた。

 ロアはと言えば、寝台と衣類の乱れを察し、開口一番マリスに苦言を漏らす。


 「マリス、婚姻前に婦女子に手を出すのは褒められたことではないぞ」

 「何言ってんの。そんなお堅いこと言ってるから魔物に襲われたとかそういう話が出てくるんだろ? 非常時にも対応できるようある程度慣らしておいて、隙を窺うというのも手だと思うよ。何事も経験値は必要だろう?」

 「仮にも居候なのだ。屋敷の風紀を乱すのも程ほどにしろ」


 マリスを窘めるロアの言葉に、俺は安堵の息を吐く。何故だ…………助けてくれたロアが格好良く見える。この際貴様になら抱かれても良い……! いや、何を言っているのだ俺は。ロアの姿が眩しく見えて、俺は思わず目を逸らす。


 「ふむ……なるほど。街で分かれた後にそのようなことが」

 「君が魔法で飛んでいくものだから、僕ばかりが働いてくたびれたよ。まぁ、収穫はあったから褒めてくれても良いんだよ?」

 「褒めるのは償いが終わってからだ。マリス、お前は暴れ過ぎだ」


 この二人もこんな殺意の飛ばない会話をするのか。驚くなんて失礼か? マリスはロアを何とも思っていないのか、使える駒と捉えているのか。答えは定かではないが、敵にカウントしていない。レイン関連でのロアの失態を見続けているため半ば忘れていたが、この男が最強の勇者であるのは揺るぎない。正攻法では勝てないと、マリスが思う程度には。


(不思議な光景だ。あのマリスが……怒りを抑え込むとは)


 マリスの日常会話を前に、俺は言葉を挟めない。そのまま唖然と眺めていると、二人の会話は俺の装備へと向かう。


 「それではその娘が……継承者なのだな? 確認させて貰いたい」

 「ああ、仕方ないな」


 俺の了承は何処へやら、影を操られ俺は服の前を開け、鎧部分を外気に晒した。操られていても羞恥は覚える。知人に半裸以上の姿を晒している痴人が俺。俺なのだ。前開きのワンピースドレスを寛がせ、装備を確認させる作業。こんなもの……露出狂のストリップではないか。


 「脱がそうとしたけど脱がせられない。間違いないよ【魔妃の防具】だ。鎧部分だけじゃなくて、布部分も外せないとは思わなかったけど」


 ……ああ! だからさっき助かったんだな! 素晴らしい装備じゃないか!! 貞操の危機を守ってくれた鎧に初めて俺は感謝した。露出度の高さに反した圧倒的防御力。一番良い装備というのもあながち嘘ではないのか。


 「あの……、これって何なのですか?」

 「彼女にも説明したいからロア、もう一度今回の任務を教えてくれるかな?」

 「……そのようだ。装備出来た以上、その娘も無関係とは言えぬな」


 俺の問いにロアが了承、鎧について語り始める。その内容は俺も初めて知る物だった。


 「かつて魔王が作り上げた最強の装備。……武器の名称は【魔王の武具】……その対である防具が、最愛の妻に贈ったという【魔妃の防具】――……その内一点がこの鎧だ」

 「実際に見るまで信じられなかったよ、本当にそんな物があるとはね。だけどまぁ、脱げないって言うのは新情報だった、他の防具も類似点はあるのだろうな」

 「【魔王の武具】は七つ全てが武器と聞く。その対である【魔妃】装備は全てが防具であるとも。貴様の剣が武具の一角であろう。マリス、お前の剣があれば残り六つもそれと知れるか?」

 「どうだろう。対の武器と防具でなければ解らないかも。それでお使いが終わるなら、お粗末過ぎて話にならないよ。推測だけどまず確定だ。全ての防具を探すには、全ての武器を手に入れる必要がある」

 「であろうな。防具を魔族に奪われた際、七つの武器の在り処を一度に知られては困る」

(あの日マリスが抜いた剣が、【魔王の武具】?)


 剣の名は【青の女王(メアリシアン)】。以前の戦いでマリスはそう言ったが、……【魔王の武具】と呼ばれるに違和感が拭えない。妃の武器と言われた方が腑に落ちる名だ。


(奴の剣にはまだ秘密があるのか? 殿下については……解らないことだらけだ)


 相手はマリス、前回で手の内を出し切ったとはとても思えない。こんな状況ではあるが、奴の狙いを知る上で……傍で行動できるのは大きいか? 城の、陛下の思惑。マリスの狙い……。俺は一度世界を救いはしたが、マリスとマリー……自分以外の犠牲を作ってしまった。二人を王族の身分に戻すこと、闇へと落ちたマリスの心を救うこと。どちらも俺が果たさなければならない贖罪だ。


 *


 影に縛られ身体の自由は奪われた。それでも騎士の心は未だ自由の身。その事実が彼にとって最後の誇りであった。

 呪いの防具に包まれた、変貌した忌まわしき身体。自らを餌とし、男の情欲を煽る。目的のため、騎士は唇の自由を明け渡す。口付けくらいなら、何度だって捧げよう。平和の礎として、魔の糧となることに彼は……いいや彼女は喜びを感じる程だった。


『や、やめてくれ!』


 しかし心はままならぬ物。勝手知ったる友の手に、触れられた箇所から熱を帯び、誇りに反して身体は次第に高められ……


『口は自由なんだろ? 知っているかい? 知らないだろうね君は。いいよ、これから僕が教えよう。愛し合うことに、障害なんてないんだよ』

『んぅううんっ!』

『君の可愛らしい口も、柔らかな太腿、掌から溢れる胸も。長く美しい髪でも良い。君の全てを僕で満たして汚してやろう』


 口付けさえ満足に知らない。男は乱暴に騎士の口内を――……


 「ロットちゃん、経過どんな感じですか?」

 「やばい、やばいわよマリー!!」


 原稿に挑む私の傍ら、給仕を行うマリー。マリーの差し出すお茶を受け取って、私は原稿と白紙の本を彼女に見せる。彼女は交互にそれらを眺め、顔を真っ赤にしながら座布団を振り回した。興奮しているのだろう。


 「ああ、不味いですよロットちゃん! これ以上は年齢制限が付きます!!」

 「くっそーやっぱり最初からR18ジャンルで行くべきだったかしら投稿先? R15で何とかいけない? 一応作品のテーマ違うじゃない色々と」

 「駄目です。今回はエロスはスパイスであって、お肉ではありません」

 「あ、良いわねそれ。こっちの男の名前エロス=スパイスにしとくわ。一応風評被害防止にね」

 「凄いですロットちゃん! すごく兄様感ありますねそれ!!」


 マリスがモデルの男の話は、マリーからも好評だった。


 「いやーやばいわね【魔妃の防具】。脱げない呪いで着エロ安定。金属に覆われない布部分も呪いによって外せない。マントとかソックスの外せる部分は本来の装備じゃないでしょうね」

 「でもお風呂とかどうするんでしょうか? 魔王のお妃様だって洗えないと困りますよね?」

 「そうねー、本人の……女の指くらいなら入るんじゃない隙間から」

 「つ、つまり……!」


『え、エロス様! あっ、そ……そんな布の上から!』

『君が悪いんだよ。僕の許しもなく何をしていたのかな? こんな僅かな隙間から……』


 マリーとのやり取りで浮かんだ言葉を書き連ね、私は隣の彼女と頷いた。


 「…………これ、この件終わったらノクターン辺りにでも投げましょうかね。なかなかの逸材よあいつら」

 「狡いですよね。これ肝心な部分は鎧じゃなくて布なんですよ。絶対魔王そういうプレイお妃様とやってましたよ」

 「レベル高いわね、流石魔王だわ」

 「あ、ロットちゃん、それでヒロインの名前は決まりましたか?」

 「乳騎士悲劇でトラジディーって訳にもいかないし短編物語(コント)長編物語(ロマン)……中編物語(ヌーヴェル)、そうね新しい物語(ヌーヴェル)……ヴェルーヌで行きましょ」

 「名前が決まると幸先が良いですね」

 「ええ、筆が乗りそうよ! それにしても先生も酷いわよね。こんなエロ極振りジャンルなのにノットR18でこのテーマを書き切れなんて」

 「暗転使いましょうロットちゃん! 行間で察して貰うんです!」

 「あ、こっちの世界にも動きがあったわね。観察再開よマリー!」


 *


 「城も妙なことを言う。……防具を探すためには武具が必要。手がかり無しで防具を見出すのは奇跡だろう。如何に我々でもそんな奇跡を七度も起こせるか?」

 「最強パーティ『Twin Belote』ならその位やれってことだろ? 僕らの悲願の為にも必要なことさ。それにしても、呪いかぁ。懐かしいね……僕の剣も捨てても盗まれても取り上げられても翌日には帰って来ているよ。昔は質屋に売って路銀を稼いだ物さ」


 自慢気に犯罪経歴を語る男。格好悪いぞマリス。……だが、そんな境遇に突き落としたのは俺だから責められない。マリスの罪の半分は、俺の罪も同然だ。

 武器はまぁ良い、そんな風にも悪用できる。しかし防具は……条件を満たすまで脱ぐことが出来ない。こんな痴女のような姿で、剣のライバルと因縁の相手の前に立つことになろうとは。いっそ死んでしまいたい。だが死後に正体が知られれば、ラクトナイト家の末代までの恥。そしてその時俺が末代。先祖に顔向けできないではないか! とても死んでも死にきれない。俺は生きねば! 生きて尚かつ正体も気取られないよう賢く動く! 何と心細いことだろう。パーティメンバーの不在が心に重くのし掛かる。羞恥と屈辱で顔を背ける俺を、マリスが面白そうに眺める。


 「“僕”のことが気になる?」

 「マリス殿“の剣”は、どういった力があるのですか? 貴方の私の鎧と対ならば、貴方の武器を知ることで……呪いが解ける可能性はありますよね?」

 「ふふふ、【武具】か……勿論。それならよく知っているよ。言うなれば、【魔王の武具】は魔王その物。世界に分散して封印しているんだ。その全てを一箇所に集めれば魔王が復活するとも言われているね」


 マリスに宿った魔が七分の一!? 何と恐ろしい話だ。恐ろしいと言えばそう……街で出会ってからずっと、俺は奴の剣から魔の残滓を感じている。完全に魔を祓ったはずだが……俺の防具に反応しているのか?

 世界各地に封じられた【魔王の武具】。そうとは知らずにあの日と同じ事が起こらないと何故言える? 俺とマリス以外の誰かの手によって。


(陛下は何故【魔妃の防具】を集める?)

 「迫る災いのため、守りを固めたいんだろうけどさ。本当に愚かな人だよあの男は」


 愛憎を感じる声で、マリスが父王……陛下について小さく呟く。タイミングが秀逸で、心を読まれたのかと俺は震えた。俺の反応に、マリスは穏やかに笑う。マリスらしかぬ平和ボケした顔に、「これは読めていないな」と安堵した。


 「防具探し……聞こえは良い。だがその防具を手がかり無しに見つけ出すことは困難。防具探しは武具探しと同義だぞ……諸刃の剣だ」

 「どちらかと言えばやぶ蛇だと思うな」

 「ああ。慎重に動かねば。古の魔を解き放つことにも繋がる」


 Twin Beloteと城が関わる問題は、今後の世界情勢にも大きく関わる。俺達も特級勇者の端くれなのだが、この鎧がなければ蚊帳の外になっていた。元凶であるキャロットを叱るべきか褒めるべきか、複雑な思いに駆られる。


(……俺で良かったと、言うべきなのか)


 Twin Beloteの女騎士・アリュエットが装備したなら問題だった。一度マリスの傀儡となった彼女のこと……またこの男に利用される恐れもある。


(恐らく殿下は…………マリスはまだ、王になる夢を諦めてはいない)


 並み居る兄弟の中から、優れた武勇を……才を示し王になること。その道は断たれたが、魔剣を手にした時マリスはもう一つの道を知ったのだ。魔の王になり全てを壊し、父から玉座を奪うこと。封印解除のために勇者を演じ、危険な場所へと入り込む。この男は……ロアやアリュエットには荷が重い。俺が目を光らせていなければならない相手。


(だが……)


 もし、昔と同じ状況になって。その時俺は……もう一度殿下を退けられるのか? 


(“自ら死ぬことと、自ら以外を殺すこと。どちらの道が容易であるか……? ”)


 もう片目を、全ての光を失うことや……命その物を奪うことになったとしても。パーティの仲間が傍に居たなら思えたはずだ。そんなことにはならない、させないと。

 一人とは、こんなにも心細いものだったのだな。キャロット――……貴様が一年間、異界へ落ちていた時も、こんな不安にあったのか? 以前より歪み頑なとなった彼女の心。理解し切れていないのは、空白の一年によるものか?


(解らない……考えたこともなかった)


 俺にはレインが、マリーがいた。あいつら二人も居ない中、見知らぬ土地で俺が一人であったなら。パーティを組む前は知らなかった感情だ。俺は自身の強さに驕っていたのだ。幼き魔王の依り代を、一人きりで滅ぼした俺の力を。


(皆に仲間に会いたい。……一体いつになれば家に帰ることが出来るのか。レイン……心配をかけていないと良いが)

 「ああ、そうだ。一つ忘れていたが、紹介しよう入ってくれ。故あって保護することになった姪のレイ……レースだ。話を進めるにはこの子も必要だ」

 「あ、にー……むごっ」

 「あ、あああああ!!」


 レインに会いたいとは思ったが、このタイミングで連れ込むかロア!? うちの子を連れ込むとか何事だ貴様!! しかもその貴様好みのようなフリフリの装備はなんだ。露出度控えめで上品で愛らしい。GJ!! ……いやそうではなくて、危なかった。普段通り呼ばれていたらここで人生のラストバトルに挑むことになっていた。咄嗟にレインを抱き締め、物理的に黙らせて正解だった。胸で押し潰せるのだから便利だなこれはなかなか。


 「お前がいかがわしいことをしていたのでな。この子の目には毒だと思い、廊下で待機させていた」


 すまないロア。毒どころか猛毒のような女がその子にいかがわしい本を読ませているぞ。俺の監督不行き届きを詫びねばなるまい。申し訳ありませんでした!!


 「あのさーロア? 何その偽名。どうせ君の甥っ子でしょ? あまりにも相手にされないからとうとう既成事実を作る計画立てたわけ?」

 「その手があったか天才だなお前は。いやそうではない」


 心の声漏れてませんか!? こんな男が最強の勇者で本当に良いんですか否! 俺が貴様をぶっ倒す!! 帯剣を手に取ろうとし、丸腰な事に気が付いた。何と言うことだ、慌てて出かけ……武器も忘れていたのか。心身共に疲弊した俺は、腕の中の弟分で癒やしを得る。お前は良い子だ、レインだけは俺を裏切らない。


 「く、苦しいよ。あぅっ、にーちゃ……」


 片腕でしっかり抱き寄せた押し潰した先から……腹の辺りに弾力が。そっと手を緩めると、押し潰された先の少年の胸部にもそれなりの膨らみが見える。普段から少女めいた外見のレインだが、これはまさしく……正真正銘の!


(あ、ああああああんの腐れ魔法使い!! よもやレインにまで魔の手を!? これは許せない! 絶対に許してはならない!!)


 俺は何をされても構わない。しかしレインだけは駄目だ! そんな心の聖域を汚された気がして怒りに身を震わせる。何処に隠れた腐れ魔女!! 思わず辺りを見回すが、こんな所にキャロットがいるはずもない。


 「……ア、ニ?」


 レインが零した言葉にロアが食い付く。エルフ耳嫌! クォーターのレイン以上だ。流石はハーフ! 地獄耳すぎるぞ貴様! だが日常生活のため力を抑える術を覚えたロアは、レインほど性格に感情言語を認識できない。もしくはそっち方面は能無しだ。アリュエットの気持ちにさえ気付かないのだからその点は安心だ。しかし、レインボイスチェック機能は適確で恐ろしい。何と言い逃れをするべきか。


 「なんでこんな所にいるんだよ……アニュエスねーちゃん!」


 よし来たレイン! 流石だ我が友!! 俺の感情を読み取りその機転、最高だ結婚しよう!! いや何言ってるんだ俺は。まだ混乱しているようだ。


 「む、知り合いだったか?」

 「何でロアにいちいち俺の交友関係話さないといけないんだよ」


 レインの言葉に落ち込むロアは、反抗期の娘を前にした父親か。最強の勇者もレインの前では形無しだ。


 「しかし、我の精霊ネットワークでもヒットしない交友関係……?」

 「そりゃそうだよ。ねーちゃんとは学園に入る前からの知り合いなんだもん。こんな所で会えると思わなかったぜ」

 「ふむ……」

 「ねーちゃんは、俺が故郷を出てここに来るまで……護衛して貰って一緒に旅した仲なんだ。久しぶりだしさ、近くに来てるって言うからうちに寄って貰ったんだ」


 おお、もっともらしい言い訳! ロアも納得させられている。凄いぞレイン! 強いぞレイン! お前は俺のヒーローだ!!


 「なるほど。それならアニュエス殿、もう暫しレインを頼ると良い。その節は私の甥が世話になった。感謝する」

 「あ、いえ……私は何も」

 「レイン今……憎々しいラクトナイトの所にいるが、奴の住まいもなかなかの広さだ。ああ、もう知っているか。しばらく力を貸して貰うことにはなる……そのままそちらを使ってくれ。彼には此方からも頼んでおこう」

 「え、いや……あの」

 「安心してくれ。精霊に調べさせたが無駄に部屋も余っている。あのお人好しは断ったりしない。絵に描いたような善人だ、やがては立派な勇者となるだろう。今時清々しい程の誠実で安心出来る男だ! マリスなどの傍に居るより安全だろう」

 「ロア……殿」


 一方的にライバルと認識していた相手に評価されるとは。喜びで顔が緩んだ俺の身体は勝手に動き出し、マリスの膝へと倒れ込む。血を採られた時の術がまだ効いているのか。


 「そうだねロアの言うことも一理ある。でもこの子は、俺の傍が良いみたいだよ?」

 「なにあれ気持ち悪い。マリスってあんな露骨な人だったのか」


 レインGJ! 俺が言いたくても言えなかったセリフをありがとう!! マリスの殺気籠もった視線を受けて、レインはロアの背後へ姿を隠す。盾として使用したに過ぎないが、ロアは男泣きをする程喜んでいた。


 「見ただろロア? 影使いが一緒なんて危ない。俺の恩人が何かされたら目覚めが悪い。ねーちゃんはにーちゃんの家に来て貰うよ。荷物もあっちにあるし」

 「確かに……不祥事がこいつの得意技だ。強さは信頼しているが、こいつの人間性に関しては私も信頼していない」


 見たかマリス! 貴様の普段の行いの悪さの所為だぞ。俺は必死に頷いた。


 「ちっ……まぁ、それも一興かな。会えない時間が愛を育てるって言うよね。嗚呼、でも万が一でも不祥事があったら危ないしなぁ……」

 「何処へ行く?」

 「ちょっとコントの、切り落としてくる。別に良いよね、こっちは片目やられてるんだしボールの一個やバットの一本くらい削ぎ落としても」

 「門限までには帰るんだぞ」


 なんだその会話は! ロアもちょっとは止めてくれ!! 青ざめる俺を庇い、レインが慌てて止めに入った。 


 「にーちゃんち、今俺だけだよ。お前達に教えたくなかったけど来られても困るし白状する……新刊のネタ探しってねーちゃん達に誘拐された。しばらく帰って来ないと思う」


 ありがとうレイン! 大好きだ!! 俺の不在を明示することで、これから動きやすくなる。そう思ったのも束の間、マリスは悪魔のように微笑んだ。


 「へぇ……それは良いこと聞いた。女の子二人でなんて危険だな」

 「おい、マリス」

 「勿論ロア、君もおいで?」

 「そ、それは流石に図々しいよ! 俺が四人分も毎日狩りしてくるのか? 食事の世話とか誰が用意すると思ってるんだよ!」

 「あいつは僕の従者だったからね。このくらい当然の権利だろう? それにその点も問題ないよ。ロアは万能の勇者、家事雑用なんてお手の物さ。扱き使ってくれて良い」

 「……む、言われてみればそうだな。アリュエットに世話になり続けるのも忍びない。近頃身体も鈍っていた。料理の腕を振るうのも悪くない」

 「い、いやそれはちょっと……じゃあロア殿だけ」

 「嫌だなぁ。僕が寂しくて死んでしまったら、一緒の墓に入ってくれるのかいアニュエス? それなら僕は此処に残るけど」

 「マリス殿ガ来テ下サッタラ心強イデス」

 「それなら喜んで招かれようかな。ここでは立ち聞きされる恐れもある。話の続きは場所を移そう」


 断っているはずなのに、トントン拍子で話が進んでしまった。こいつらと同居だと!? 問題しか無い……本当にもう、どうしよう。

 目の前が真っ暗だ。ふらつく俺を支えてくれたのは、レインではない。レインはロアにしっかりお姫様抱っこでエスコートされながら、俺に助けを求める視線を送り続けていた。

 助けたいのは山々だが……こちらにも厄介な男が居るんだレイン。ロアが精霊に作らせた魔方陣に、マリスが俺を誘って来る。差し出された手を断ることが、どうしても出来ない。俺が応えるまでずっとそのままなのだから。


(マリス……お前は。殿下……貴方は性格も外見も変わってしまったのに)


 一度こうと決めたら引き下がらない。我が儘な無邪気さ……その片鱗を感じ、昔の殿下を思い出す。心が痛い。こんな風に手を引かれると……昔の姿を重ねてしまう。


(もし、俺が……あの日貴方を止められたなら)


 剣を抜きに行くという貴方をもっと諫められたなら。この人は狂わず、輝かんばかりの笑顔を浮かべ……良き王と成長されていたことだろうに。


 *


 「はぁ……本当に、というか本当にこんなことになってしまったんだな」


 脱衣所で身体を見下ろして、俺は深い溜め息だ。入浴も呪いで装備を纏ったまま、布部分も外せない。全く、散々な一日だった。レインが傍に居なければ平静を保つことも敵わん。


 「いーじゃんにーちゃんは。俺なんかよく分からないことになってるし」

 「頼むレイン、下は良いから上だけでもタオルで隠してくれないか?」

 「にーちゃんって時々変だよな。何かそっちの方が恥ずかしい」

 「コラ、レイン。駄目だぞ警戒しろ。俺のことは名前で呼ぶように」


 俺の言葉に膨れるレインは男らしく、身体をタオルで隠さない。普段は気にならないが、今はとても目の毒だ。女性らしい丸みを帯びた胸部……自分の身体も直視できないのに、益々女性化した弟分をまともに見られず俺は両手で顔を覆う。彼の裸体は、俺と同じで同じじゃなかった。


 「へへん、そこは大丈夫! あの事件の後、ねーちゃんに身代わり人形作って貰ったんだ俺も。脱衣所で人形に話させてるから盗み聞きされてもそっちの方だ」

 「盗聴内容まで肩代わりしてくれるのか? 奴にしては良い物を作ったな」

 「だろ? ねーちゃんが居てくれたら、呪いについてもっと色々解ったのにさー。残念だよな」


 俺達はそれぞれが別の技能に特化している。黒魔術はあいつが専門。キャロットの不在は俺達にとって痛手であった。


 「ああ、残念だ」


 非常に残念なことに、奴が犯人かもしれないのだから。溜め息を幾ら吐いても不安ばかりが胸に芽生える。吐き出しきれず、呑み込んだ。


 「ロアは俺より魔法に詳しいし、呪いならマリスに頼れってさー。戻らなかったら削ぎ落とすかな」

 「必ず元に戻してやるから危険なことはするな。戻ったときに何処の肉を持って行かれるか解ったものではない」

 「ああ、そうだよなー。ありがと、にーちゃん」


 こうして彼と話していると、日常が微かに戻って来たように感じる。


 「にーちゃんそれも脱げないの?」

 「試してみたが駄目だった」

 「うわ、ほんとだ。この布全然切れないや! 下着部分なんか紐で結んであるだけなのに」

 「身体を動かせば隙間は出来る。風呂は何とか成りそうだが……正直食事をする気が起きない」

 「あー……そっちは確かにきついかも。しばらく栄養薬生活? 脱げなきゃトイレも難しいよな……」

 「…………こんな身体になり、食事もままならない。何を楽しみに生きれば良いんだ、俺は」

 「いっそ普通に食べて漏らせばマリスの奴冷めるかも」

 「そういう方面に理解があったら困る。そんな生き恥、正体がバレた場合に俺は自害する」

 「うーん……気は進まないけど、俺がロアに頼もうか? あいつは万能の勇者だし……何か良い方法知っているかも!」

 「駄目だ……対戦前に知られれば、本気で勝負をして貰えなくなる」

 「うーん……じゃ、俺からマリスに頼んでみる。あいつにーちゃんに惚れてるみたいだから協力してくれるだろ」


 使える物はマリスでも使え。レインは逞しくもそう言い放つ。


 「何かそうなって来ると、俺がにーちゃんに申し訳ないよ。俺は装備とかちゃんと脱げるし……変かと言ったらこれくらいで」

 「こらレイン、そんなに自分の胸で遊ぶな」

 「マリーねーちゃんも出かけてて助かったよ。こんなん見られたらどんな下着付けさせられるかわかんないよ」


 レインを抱き締めた時、柔らかかったのそれか! レインが嫌がったのか? ロアは女性物の胸部下着まで用意できなかったのだ。


 「れ、レイン。下着くらいはちゃんとした方が良いぞ。男に戻った時、胸筋に異常が出るかもしれない」

 「えー? 嫌だよ肩凝りそう」

 「し、しかしだな……」


 エルフの血を引きそれなりの質量の武器を持った美少女が、無邪気に街を駆け回ってみろ。絶対変質者が湧く。


 「もー、面倒臭い! 下はそのまんまなんだけど、なんで胸だけこんななっちゃったかな。俺の方、呪い失敗してない? ……ひっ!」


 身体を洗いながら自身の身体を触り、確認をしていた彼が……短い悲鳴を発した。急激な身体の変化に生じる痛みか? 副作用か!? 


 「れ、レイン? しっかりしろ、どうした?」


 倒れ込んだ彼を受け止め、俺は必死に呼びかける。レインの顔は蒼白だ。


 「にーちゃん……お、おれ、あ、あな……あのっ」

 「落ち着け。大丈夫だ。俺が傍に居る……安心してくれ」


 小声で打ち明けられた言葉に、俺は目を見開いた。

次話は近い内に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ