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32:キャヴァリエレ聖結界

 どこから夢? どこまで夢? まるでこの世界は無限回廊。助けたり助けられたり、何度もピンチがやってくる。それが《夢術》の本質か。夢と現の境界を見失って、人から判断能力を奪う。何が本当かも解らない。元凶を倒しても倒してもきりがない。

 そんな世界で信じられる人がいることがどんなに心強いか。


(でも、彼らの目的を考えれば――……)


 早乙女さんは恐らく傀儡。魔王復活のための道具に過ぎない。素質はないけれど、彼女は《青の王》が目的の人物を誘い込むために利用したのだと思う。厄介なのは彼女自身に別の目的があり、互いに利用し合っているところ。ただ――……彼女の目的がいまいちよく理解できないのが怖い。口から出任せばかり、嘘が次々と飛び出す。嫌な意味で兄様みたい。精神性は魔王の器としてちょうど良いが、肝心の肉体が適合しない。そのために器選び――……ということなのでしょうか?


(いいえ! 今はそっちは後回しです!!)


 私は誰? 私はマリー。マリー=ハーツ。自分に強く言い聞かせないと、私の意識を保てない。精神分離はただでさえ難しい技。そこにこの現状が拍車を掛ける。


 精神分離で飛び込んだ、ロットちゃんの体の中。体内に複数人の意識が混在する今の状況……長時間は続けられない。早いところ彼女を見つけ出さないと。でも……ここはあまりにも暗い。何も見えない闇がある。彼女の声も聞こえない。それでも私は呼び続ける。


「ロットちゃーん! 何処ですかー!!」


 私は貴女が探しに来てくれて嬉しかった。今、彼女もあの時の私のように――……心細いのだと思う。【武具】に呑み込まれる恐怖。あと少し貴女が来るのが遅ければ、【七瞳】の私だって耐えられなかった。


「起きないと損ですよーー!! コントさんとレー君の濡れ場出血大サービスですよーー!! 見ないでいなくなって良いんですかぁあああ!?」


 彼女が食いつく言葉を並べてみるが、反応はなし。私はロットちゃんの身体に精神分離で乗り込んだのだが、魔王の意思も彼女自身も簡単には見つけられない。言語化されない感情が、ドロドロ渦巻いている闇。両者の境目が見つけられない。祓うべき闇が何方なのか区別が付かない。心の深いところまで浸食されている?

 しかし、二人を喚んだ直後の彼女にはまだ辛うじて意思があった。あの衝撃シーンを目にして発狂しなかったのだから。それなら今は、完全に魔王が出ていた?

 一度も二度も同じ物を見て、どうして反応が変わるのか。


(私では……コントさんのようにはなれないんでしょうか)


 傷付ける勇気も無く……一部でも、呑み込まれた人を救えず。


「……あのね、ロットちゃん。私……初めは少し、コントさんのこと苦手だったんです」


 何も届かないなら、聞かれたくないことを口にしよう。どんな言葉よりも、醜い心をさらけ出す方が……【武具】は反応するだろう。【青の王】が求める餌を私が与える。継承者として、傀儡として。私がロットちゃんから【武具】を引き剥がす!


「貴女の相棒は私だったのに。後からやって来て、今はあの人の方が――……貴女と対等に戦えて、頼られている。レー君だって私のことは怖がるのに、コントさんのことは純粋に慕っていて――……羨ましくって。兄様とのことだって――……半分血の繋がった私なんかより、あの人の方が深く理解し合っている」


 私は常に、誰かの代用品だ。そんな中、ロットちゃんは私を――……


『無駄ですよ、姫』

「【青の、王】っ!?」

『代用品です。この魔女にとって貴女は“勇者ヴォルク”の代用品だ。偉大な勇者、憧れとして……崇拝される存在なのです』


 やはり来た。釣り餌に掛かった【武具】の声。聞こえる方角へ向かって私は叫ぶ。私が“悲しい”のは、そんなことじゃない!!


「“最初”がどんな理由でも! ロットちゃん。私は嬉しかった! 私を守るためだけじゃない。私の力が必要だから……私を選んで異界に連れてきてくれた!!」


 私なら理解できると。私とならTwin Beloteに勝てる作品が作れると。貴女は私を信じてくれた。

 憧れの勇者様と私を完全に重ねているのなら。ロットちゃんは、ロットちゃんは――……私に腐術を教えたりする訳がない!! 

 崇拝の対象――……手の届かない遠い存在ではなく、隣にいられる友達だって貴女は私を認めてくれた。


「妄想して創造せよ。これぞ腐術の神髄です」

『な、何ぃいい!?』


 行間を読み、全てを知る。存在しない物を生み出す力。同じコマに二人並んでいるだけで「愛では!?」「出来ているのでは!?」と原作にない関係を“理解”するが如く。

 殊に、精神世界ならば腐術は最強。イメージの力でその場に灯りと大量の本を私は生み出す。


「崇拝、信仰。身分や血筋と言った垣根も時に取り払う、絶対的な力――……これぞ“猥談”!!」

『わ、……猥談!?』

「薄い本、見ますか【青の王】っ!! どれもロットちゃんの力作です!! 神聖視する相手にエロ本見せるんですか貴方は!! 私はしましたよロットちゃんと!! 貴方は魔王と猥談したことあるんですか!? どうせないんでしょう!? あるなら言ってみたらどうです!? この薄い本で言うとどの本が彼の性癖に近いんですか!? えぇ!?」

『な、何なんだこの聖女……』


 彼の前へと私が重ねた本を見て、【武具】は戦慄く。小娘と侮った相手から、予想外の角度から反撃を受けた上、その話が一つも理解できないのだろう。


『お、恐ろしい……精神世界にここまで見事な具現化を!? 並の術師でもここまでは!! くっ……申し訳ありません陛下っ!! 人間に、貴方の性癖をバラす訳には――……』


 戦略的撤退か。魔王の個人情報を守るため、【武具】の意識が遠ざかる。これで少しは捜索がしやすくなった?


(……悲鳴)


 武具が去ったその場所には、無数の声が流れ始める。先程よりも騒がしいくらいだけれども、その声の内には幾つか私が知る声も含まれていた。この中には、ロットちゃんだけでも数人居る。【青の王】に飲まれた私が縮んだように彼女も退行させられた?


(違う――……これは、分解?)


 彼女が抱える不安や恐れは、私のように“ある時間”に固定されない。悲しみのあまり、バラバラに砕け散った彼女の人格。現在に至るまでの道筋を、彼女は否定せずにはいられなかった。彼女が時に諦め時に妥協し、それでも出来うる限りの最善と……選んだ道が間違いだった。自分とその人が出会った所為で、恩人と慕った人が命を落としてしまった。

 だからこうして記憶を砕いたところで、彼女の悲鳴と鳴き声が増えるだけ。彼女の過去だって、決して明るいものではないのだ。

 腐川先生は、ロットちゃんの光に等しい人だった。そんな相手を失うなんて。――……比べようがない。私は師に恵まれなかったから。

 すべてが夢だと言ってあげられたら良かったのに。でも、あいつらはそんなことをしない。するはずがない。夢術に取り込まれても、それだけはわかる。魔王復活の器に私か貴女ががなり得るのなら。どんな手を使っても、私たちの心を破壊しようとする。兄様のよう、底知れぬ悪意こそ、魔の本質である以上。


(それでも……“解る”よ、ロットちゃん)


 貴女を失ったら、私は今の貴女と変わらない存在になる。

 私は貴女に知って欲しい。大事な人を失って、貴女が嘆いているように。貴女がいなくなって、苦しむ者が居ることを。

 暗闇に向かって手を伸ばす。回復魔法を注ぎ込む。砕けた彼女の意識を回復魔法で繋ぎ合わせる。


「ロットちゃん――……私達に課題を出した、先生が。私には、まやかしだったとは思えません。それに――……早乙女に、あそこまで忠実な腐川先生を、再現できたとも思えないんです!」


 異界で出会った腐川先生は、既に殺害されていた? しかし、彼女をよく知る直弟子のロットちゃんすら欺けたのは、真実が紛れていたからではないか?

 私が腐川先生と、二人きりで話したあの時間。夢だったなんて思わない。彼女は本当に――……アシスタントの人達を心配していたから。人を人とも思わぬ存在に、再現できる訳がない。

 私はこれからロットちゃんに、もっと残酷な事実を突き付けてしまう。それでも“知らない”方が、私達はずっと苦しい!


「あの女が――……本当に、間に合わない場所で殺したはずが、ないんです!! 貴女がもっと傷付くように、貴女がずっと苦しむように――……! 救えるチャンスは残されていた。あの夢に、囚われていた間はまだ、きっと――……、先生の魂は残っていた! 【青の王】を使えば――……オグレスを乗っ取って、甦らせることだって!!」


 殺すチャンスは、何度もあった。夢での遠隔操作でも、死の激痛を与えれば……唯の人間、早乙女は死んでいた。私達が“勇者でいようとした”ことを、あの女は嗤っていたのだ。あいつは、ロットちゃんから何かを奪いたかった。


「ロットちゃんは、私を探しに来てくれました。だから――………………だから、間に合わなかったんです」


 私も、泣いていた。私の言葉を聞いて、叫びが慟哭に変わった声の方に行く。あれが、“現在の時代”のロットちゃん。目を凝らしても姿形もない。でも、腕を伸ばせば触れ合える。ようやく見つけた彼女のことを、私は震える腕で抱き締めた。


「ねぇ、ロットちゃん。一緒に、“勇者”……やめちゃいましょうか? 良いんですよこのまま、貴女と一緒に……魔王になっても。早乙女を、二人で殺したって良いんです」

「駄、目…………あんた、には……使命、が」

「救いようのない人間を、救う必要なんて何処にもない。人の形をした魔物まで、救う必要がありますか?」


 ロットちゃんは選んだ。私を探しに行くことを、選んでくれた。それならば、私も捨てなければならない。彼女以外、何もかも。


「このまま、乗っ取られたら――……コントやレインが」

「そうですね、心苦しいです。殺しちゃうかもしれません。……でも、あの二人は私と違って――……“本物の勇者”だから。ちゃんと殺してくれますよ、私達のこと」

「駄目っ!!」

「どうして?」

「レインは……あんたのこと、すごく……大切に思ってる」

「私はもう決めました。どんなことをしても、ロットちゃんを助けるって。“私が”じゃないですよ。“ロットちゃん”が、どうしたいかです」


 酷いことばかり、貴女に言っている。私のことを嫌いになってもいい。私は貴女に選んで欲しい。このままだとあいつの一人勝ちで、貴女は全部失うだけだから。


「腐川先生はもういない。私達は、まだいます」

「……っ」

「もう一度、コントさんに魔王を殺させたいですか? もう一度レー君に、家族を失わせたいですか? それでも良いのなら、今すぐ魔に身を明け渡しましょう!? 心のままに早乙女を血祭りに上げるんですよロットちゃん!!」

「嫌っ……!! どっちも、嫌っ!! あいつに何も出来ない“勇者”でいるのもっ……あんた達を傷付ける“魔王”になんか、なりたくないっ!!」

「それなら話は簡単です。ロットちゃん、手を出して?」

「……マリー?」

「《希望召喚(サモンスペース)》――……“最強の勇者”!!」


 意識の一部に同居して、動かすのは彼女の身体。唱えさせるは召喚魔法。私が喚び出させた者の名に、ロットちゃんは驚いていた。


「どう、して……?」


 悪には悪をぶつければ良い。コネと実力で有耶無耶にする力に長けた彼らのこと。やりすぎて小娘一匹殺したくらいで罪に問われることもない。そう、彼らには――……少なくともあの“女騎士”は、貴女に大きな借りがある。


「貴女が殺さずに、済ませた復讐。絶対に、無駄なんかじゃないんです!! だって……ロットちゃんは、私が世界で一番大好きな…………“勇者”なんですから!」





 だらりと伸びた手足。マリーが力尽きて尚、キャロットはマリーの首を絞めたまま。二人はその状態で静止している。

 意識を取り戻して尚、苦しみ藻掻くレイン。無力な俺を嘲笑う女。キャロットの動きが止まっている今が好機。マリーからの説明はないが、ミザリーらしきそいつに俺は剣を向け――……られなかった。召喚魔法で呼び出された際、何の装備も持っていなかった。完全なる丸腰状態。ついでに丸出し状態。なんだ死にたい。

 氷の剣を作ってみたが、世界法則が歪んでいる? 小さなナイフ程度しか作れない。それでも何もないよりかはマシだ。


(マリーが仕事を終えるまで――……俺が時間を稼がねば!)


 この場を支配しているであろう女に、俺は氷のナイフを向けてみた。


「あ、あまり妙な真似はするな。その時は奥の手を使ってでもお前を止める!」

「“また”殺すんですか? 何の罪もない人を。勇者様って“救う”ための職業じゃないんですか? 幻滅ですー」


 否。他人の空似? 俺の何を知っている!? 俺とレインの絡みを前に、動揺しないミザリーがいるとは思えない。そしてこいつは、知りすぎている。俺たちを見ていた……? こいつはおそらく異界側の存在だ。しかし、異界側の人間が相手とは。相手は憶測で切り捨てて良い者なのか? 直接戦闘に関わらないなら先に止めるべきはキャロット? 場にはマリーの術が残っているが、死にかけのレインを放置して奴と戦えるか?


「勝手にすればいい」


 迷う俺の耳の奥。低く響いた声の主。勇者とは、道を作る者のこと。そう言わんばかりの圧倒的威厳。凄まじい怒気。空気が、大気が世界が彼の怒りに怯えて震える。

 光と共に現れた三つの影が、飛び散った。

 一人は一瞬の躊躇いもなく、ミザリーの体ごと剣を突き刺す男。

 一人は眩い光で生じた隙に、マリーの体を救い出す。

 一人は俺へと視線を送り、愉快愉快と笑う屑。


 召喚魔法!? 喚び出されたのは《Twin Belote》!! マリーの策略か?


「ふっ、ふふふ! やっと……やっと、会えましたね、マリス……さ、ま」

「へぇ……面白いことになっているけど、関わりたくはないかなぁ。君はミザリーではないようだし――……やっぱりこっちの方、が面白いよね」


 マリスはさっとマントを外し、俺の肩へをかけてくる。アニュエス状態なら絵になっただろうが、その名残で優しくされてもあまりに惨め。

竜化後全裸の俺としては非常にありがたいが相手はマリスだ。全裸にマントだけって逆に変態っぽい。パーティメンバーだけならまだしも、Twin Beloteに囲まれてこの状況は恥ずかしい。羞恥で人が死ねるなら、俺は死んでしまいたい。


「くっ……」

「お礼は良いよ。辱めてたくてやってるから気にしないで」

「辱めるな!」


 涙目で叫ぶ俺に、あいつは背中と影でケラケラ笑う。途端に、ミザリー擬きが此方を睨む。すごくヘイトを買ってしまったようだ。タンク役としては万々歳だが、今は装備が心許ない。魔妃の防具もここには持って来られなかった。


「黙れ化物」


 普段のおかしな言動のせいで、イメージが損なわれていたが、そうだ! ロアこそ最強の勇者。その事実を言外に解らせられる、凄まじいプレッシャー。言葉一つで誰もが震え、息を呑む。彼の許しがなければ、我々は呼吸さえ忘れてしまうだろう。

 そんな怒りを一心に受けた女は、まだどこか他人事。何の危機感もなくこちらをあざ笑っていた。まだ秘策が? よほどの余裕。或いは圧倒的力量の差も解らない平和ボケしたただの馬鹿か。


「ご明察……♥ 良いんですかロアさん? この体は貴方の仲間の肉体。私を殺しても私は死なない」


 なるほど人質か。やはりミザリーは何者かに乗っ取られていた。どういう事情か、厄介な者を被憑依してしまった?


「【青の王】がこんなところにいたなんて。でもまぁ攻撃を食らいさえしなければ何の問題もないよ。ロア、やっていいよ」

「……無論!」


 死にかけのレインを前にした、今のロアを魔王の化身と紹介されたなら――……誰しも信じてしまうだろう。良い戦いが出来る、勝てるかもしれない。そう思っていた俺は思い上がっていた。勝てるはずがない。ナイフ一本しか作れなかった俺とは違う。異界においても魔法を完全に使いこなせている。窓の外が騒がしい。辺り一帯が暴風に包まれている。ガタガタ揺れた窓ガラスは粉々に砕け、数多な剣に! 魔力を宿した数多の剣が、ミザリーの体を串刺しにする。(体だけとはいえ)仲間相手に容赦ない。


「ち、ちょっとまて! やり過ぎだ!!」

「いつものことだ、なんの問題ない」


 俺はうろたえるが、アリュエットは平然と頷いている。見ればミザリーの体の下には影が二つ。あれは、マリスの影魔法……? 串刺しのミザリー、その血を吸って影の一つがにたりと笑った。


「【魔獣術師(ヴィザード)】スキル《着せ替え》」


 そうだ。俺も完全に忘れていたが、ミザリーは憑依解除時に召喚獣にダメージを押しつけて自身のダメージを無効化にするスキルがあった! 別の何かに固執しすぎた憑依者は、ミザリーは眼中になく……彼女のスキルを知らなかった!?


(相変わらず――……なんて、奴らだ)


 彼らは彼らなりに仲間を信頼している。強さだけで通じ合っている関係。互いの強さを理解して成り立つ信頼関係。俺たちにはとても真似できない。しようとも思わない。それでも、これが彼らの強さ。


「調子に乗り過ぎたみたいだね人間。彼らで遊んで良いのは、僕だけだ」


 Twin Beloteはミザリーを一度殺すことで、この事件の黒幕を殺せたんだ。そいつが何処の誰かさえ知る必要もないまま、こいつらは。


「さぁ、大丈夫かいミザリー?」


 君にはまだ利用価値があるんだからくたばらないでね。そんな裏を感じる優しさで、マリスは彼女を抱き起こす。凄い。本当に服以外無傷だ。


「……きゃっ♥ マリス様ぁんん!! ミザリー、ミザリーちゃん、とぉおおっても怖かったですぅ!!」


 目覚めた瞬間、状況を美味しいと察したミザリー。すかさずマリスに抱きついた。これもよくあることなのか。戦術で殺されて尚、ミザリーは態度を一切変えはしない。何度使い捨てられても彼を愛し続ける不変の女。俺には関係ないことだが、なんだこの複雑な苛立ちは。俺は何が気に入らないのだろう? 仲間にこんなことをさせるマリスにか? 慕い続けるミザリーに?


(くそっ……)


 奴らに自分を重ねるな。ミザリーになれなかったことを悔やむな。変わってしまった殿下との関係に悩むな。殺され続けたいと思うなコント。俺は変わった。俺には俺のパーティがある! マリーもレインも俺も。皆ボロボロの満身創痍だが、まだやるべきことがある。


(キャロットを、取り戻す。あのときとは違う、やり方で!)


 ナイフを捨てて、俺は一歩彼女の方へ近づいた。俺が《水晶病|クラルクランク》だったら良かったのに。じっと彼女を見つめることで、彼女の魔を封じることが出来れば良いのに。


「もう、大丈夫だ。大丈夫だから……戻ってこい、キャロット」


 祈るように、願うように。そっと彼女に手を伸ばす。掴んでくれ、応えてくれ。深い、深すぎる闇の底から。赤い、赤い瞳の中へ俺を封じてくれても良い。マリーのような力はないが、暴れてお前を起こしてやるから。


「待て、コントラクト!!」


 もう一歩、近づくところで突き飛ばされた。何のつもりだアリュエット!?

 身を起こし、俺は状況を理解した。キャロットの方ばかり向いていて、足下をよく見ていなかった。


「違和感はあったが、落とし穴とは……姑息な真似を」


 アリュエットの声に、もはや隠すつもりもなくなったのか、辺りの床や空間に無数の穴が出現! 深淵の召喚ゲート。暗く、そこが見えない闇。魔王の意志に、キャロットの召喚魔法を悪用されたのだ。近づく者全てを飲み込み、どこかへ消し去る。最悪、二度と帰れないどころか、高所や深海に飛ばされてみろ。最悪の状況に送られれば、即死さえあり得る。


「助かった、礼を言う。だがキャヴァリエーレ……」


 アリュエットは誤解している。それを解こうと声を掛けるが、彼女は熱り立っていた。割と熱血直情型。耳が痛いな。騎士にありがち?


「何のつもりだ! 仮にもお前の仲間だろうダイヤ!? マリーのことも、一番大事にしていたはずだろう!?」

「やめてくれ。彼女を責めるな。あれはキャロットだが――……実はミザリーと似たようなことになっているようでな」

「というより、僕事件の再来って言えば解る? ああでももっと状況悪いかも。あの感じ、彼女今……武具も防具も持ってるみたい」

「は――……?」


 確かに、見慣れぬ装備を纏ったキャロットだ。先ほどまでマリーが付けていた黒いリボンが増えている。


「とんでもない所に喚んだな貴様等!?」


 ひょいと割り込みまとめたマリスの言葉に、アリュエットは恐れ戦いた。


「しかも、なんだこの場所は。先ほどとは様子が変わって――……?」


 辺りを見回すアリュエット。そこは俺たちにも見慣れない不思議な部屋。術者が死んで、キャロット達が飛んでいた異界だろうか。そこには、殺されたばかりの女性が横たわっている。俺も彼女のことは知っている。キャロットの召喚獣……かつて俺をオークレスリングに送り込み実況をしていたあの女性。


 その亡骸を前に、キャロットは……完全に、呑まれた。魔王の意識、悲しみに同調し凄まじい咆吼を上げる。意識のある者は武器を構えるが、すぐに異変に気がついた。


「みん、な……」

「ま、待てレイン! まだ安静にしていろ!」


 辺りの景色が変わったことで、マリーの常時回復魔法が消滅していた。息を吹き返したばかりのレインはふらつく体を起こそうとする。折角甦ったのに、このままではまたいつ死んでもおかしくない。


「……ロア」


 呼びかけに答え、すっと近づく男。喋るのも辛いのか。万能の勇者はレインの意識を読み取ると、静かに頷いた。


「この世界、まともに魔法が機能していないようだね」

「しかし、彼女は……魔法なしで止められるのか?」

「一つだけ方法があるかもしれない」


 勿体ぶるな|この男〈クソマリス〉。今の状況がわかっているのか? わかってやるからたちが悪い。


「殺意マックスのロアの技、そしてミザリーの《着せ替え》。普通の人間なら当然死んでいる。まだ生きているって言うんなら、ここさえまださっきの女に作られた世界かもしれない」

「……通常魔法は使えないが、その術なら可能だと?」

「えっとぉ……マリス様ぁ! それ《夢術》って言うらしいですぅ♥ この魔法って――……腐術と同じで、良い方に使えば凄い魔法なんだと思います」


 ミザリーは元凶と戦っていた。それがいかなる術なのかもすでに理解しているようだ。


「で、でもぉ。出来ればマリス様にはやってほしく、なくて――……というか一番こいつが欲しい言葉を絞り出せるの、多分こいつだとミザリーちゃんは思ってぇ」

「なるほどね。でも折角だから、そこの死に損ない君以外は全員参加してみるのは? 面白そうだし」

「そんなぁあん♥ マリス様ぁああん!!」

「《腐術》と違って、使い勝手が良さそうだ。こんな風にね」


 ミザリーの要望を却下して、マリスはパチンと指を鳴らした。この男はすでに《夢術》がどんなものか理解したのか!? 音が響いたその瞬間、俺たち全員の装備が変わる。


「なっ!? な、なんだこれは!???」

「コント、いつまでそんな情けない格好をしているつもりだったんだい? 《夢術》とやらでどうにでも出来たのに」


 先ほどまでの全裸がマシに思えるような、気恥ずかしい衣装。貴族や王族が着こなしそうなきらびやかな礼服。無駄にキラキラ輝いて見えるのはなぜだろう? こんな不思議な正装風衣装も様になっているのマリスとロアは流石勇者と言ったところか。いや、俺たちも勇者のはずなのだが――……?


「流石にこの術でも、死にかけのレインはどうしようもなかったか。今回は戦力外かな」

「失礼なことを。レインは世界一愛らしい」

「そこの馬鹿は術の対象を間違えてる場合? 《夢術》で自分の性欲満たすなよ」


 マリスの指摘によく見れば、レインだけ何故か女物のドレス姿だ。ロアの《夢術》が反映されてしまったらしい。


「いいかい、ロア。これは今後必要になる技術だよ。腕試しにはちょうど良い」

「訂正せよ。レインは世界一美しい」


 人をおちょくる天才の、あのマリスにこんな顔をさせるとは。呆れを通り越してもはや説得モードに見える。


「はいはい可愛いかわいい。ロアあのさぁ……君そういう状況じゃないの解って? 一応世界の危機に近しいらしいんだけど? どんだけその子に脳みそ破壊されてるの?」

「む……いかん、少々取り乱していた。それで、対処法は?」

「僕は理解したけど、《腐術》よりかは僕らにとっては容易だと思う。ただし、やり方には少々コツがある」


 こいつらより早くこちらにやってきた、俺でもよくわからない話をマリスはもう解っているらしい?


「いいかい、《夢術》っていうのはつまり。この場で使える者がいるとするなら僕――……それから君。そして――……いや、一番の適任はもしかすると」





 暗い、暗い、闇の底へと沈んでいく。どこからどこまでが自分なのかわからない。飲み込まれていく意識の中で、傍らに僅かなぬくもりを感じる。マリーはまだ傍にいてくれるけど、召喚魔法は失敗したのだ。

 そうよ、最強の勇者なんて存在しない。もう死んでしまったから。ああ、この悲しみこそ――……魔王の心。誰かを思ふ心を教えてくれた、大事な勇者を失った深い悲しみ。


「ここはベタだけど、眠り姫を起こすのは王子様の役目だと思わない?」


 この声は。ぞわっと寒気が走り、目が覚める。


「なーんだ残念。でも、こんな所で居眠りかい? 落ちこぼれは放課後も自習するだなんて大変だねぇ」

「何くっそ気持ち悪いこと言ってんのあんた、警備兵呼ぶわよ」


 顔が近い距離が近い態度がでかい! 学園の教室で飛び起きた私の傍にはマリスがいた。話した事なんて殆どなかったはずなのに。どうしてこんなに馴れ馴れしいのか。


「やめろ、彼女は迷惑がっているだろう」

「あ、ロア――……さん」


 頭が痛い。記憶がはっきりしないけれど、エルフの彼とも殆ど話したことがないはずだ。


「大丈夫か、ロゼンジ女史」

「女史て……いや、まぁ、ええ」


 この男、こんな口調だった? 解らないが、顔は良い。THE勇者といった風貌には、少し惹かれるものがある。流れるように差し出された手を思わず掴んだ瞬間に、私は魔法で抱き上げられた。


「いつもの礼だ。寮まで送っていこう」

「あんた……いえ、貴方にお礼を言われるようなこと、何かしたかしら?」

「お前の絵が好きだ。表情が特に良い。いつも励まされている。普段から他人をよく観察しなければ(あそこまで可愛いレインを)描けないはずだ」


 何故か凄く、褒められている。学園でも評判のロアさんに褒められると、何この自己肯定感が満たされていく感じ!? 存在しないはずの妙な省略副声音が聞こえたのは気のせいだろう。


「なるほどねぇ。彼女は自分のことより作品が褒められる方が嬉しいタイプか。じゃあ僕からも言わせてもらうと、本当にお世話になっているよ君の本には」

「よくわからないけど、なんかマイナス五億点……」


 顔は良いのに、声も良いのに、マリス君にはまったくときめかないのはなぜなのか。


「マリス、やる気がないなら帰れ」

「そう言われても、あいつがいないんじゃやる気もおきないし……あ! 来た来た!! じゃ本気出すかな」


 嬉しそうに笑ったマリス君。ロアさんの魔法を強制解除し、落下した私を抱き留める。


「ぎぇえええええ! 離して変態くそ野郎!!」

「大げさに嫌がるくらい、僕を意識してるんだ? そうだよね。ね、知ってる? 僕らははじめましてじゃないんだよ? こうしてこの目を見ていると――……昔を思い出さないダイヤちゃん?」


 間近で覗き込まれた目。さっき覗いた色と違う。マリス君の双眸は、私と同じ赤い色。


「こうしてまた会えたのって、実は運命だったりして?」

「い、いい加減にしろ!!!! こ、こんな物が 本当に《夢術》だと言うのか!? き、キャロットを口説くことがどうして解決になるというんだ!」


 廊下で大声を出した騎士。顔を真っ赤にして涙目のコント。


「遅かったねコント。これは賭けだけど、《腐術》を上手く理解できない以上、こっちの方がやりやすそうだし、彼女には耐性がなさそうだから。それに僕の前例からすると、死にかけるくらいの衝撃がいるんだよ。殺す気で口説け。はい、どうぞ」


 こいつらは人のことをなんだと思って……。私は告白スタンプリレーじゃないんだけど。


「うっ……ぐぅうう……」


 次のチェックポイントらしき騎士は、更に顔を赤くした。


「き、ききゃ、キャロット!!」

「は、はい」


 嫌だなぁ。目の前でそんなに恥ずかしがられると、どうしてか。此方まで気恥ずかしくなってくる。


「す、……す」

「……す?」

「全てが解決したら! い、いつかお前に言いたいことがある!!」

「うざったいわね。面倒くさいから今言いなさいよ」

「今言っても返答が目に見えているだろうが!!」


 そりゃそうだ。彼が何を言わんとしているか、気づけない私ではない。当然即蹴るだけだ。しかしコントは挫けない。


「い、いいかキャロット! 俺はいつか――……勇者ヴォルクに負けない勇者になる! 今はまだ、頼りないかもしれないが――……その日が来るまで、俺を見ていてくれないか?」

「まぁ、見るくらいなら良いけど」

「あの、あのな? そんな言葉通りの意味ではなく……ええい! その、な!? まずはここから、お前を助け出させて欲しい」

「よくわかんないけど結局あんたら、なんか下心があるんでしょ? 変態スケベド変態。いいわよ、私と何かしたいんなら……まず! この子を倒してから言ってみなさい!」


 私が召喚したロズオルード族族長オークを前に男三人は呆然としている。


「族長が提案した勝負は――……古代オークレスリングデスマッチ! 由緒正しい古典的ルールに則って、全裸が正装となるわ。植物の冠だけは装備可能。さぁ! どいつからかかってくるのかしら!?」


「へぇ……大きいね。身長だけでも6マリーはある。武器に至っては1マリーか。まともな成人男性でも一撃で喉元までやられて死ぬんじゃないかな」

「ブラック女史をそんな単位にして良いのかマリス?」

「こいつに夢術を使うの無理だろ! どうあがいても腐らせようとしてくるぞ!?」

「……情けないな、男共」


 その場に颯爽と現れたもう一人。何故か男子の制服を身に纏った女騎士アリュエット。だ、男装の麗人!! 晒しを巻いているのか、きちんと胸も潰した完璧な男装!! 歩くだけでどこからともなく薔薇の花びらが宙を舞う。


「き、キャヴァリエーレ!? た、確かにミザリーはお前にも適性があると言ってはいたが――……」

「アリュエット? これ夢術だって解ってる? 僕に任せなよ。女の君にこの魔女を口説き落とせるわけ――……」

「ああ。特に騎士とオークの組み合わせは鬼門だと聞いている。キャロット女史の本にもよくそう書いてあった」


 焦った様子のコントとマリス。その横で考え込む様子のエルフ。

 やめて信じないで。それたぶんフィクション。身に覚えがないはずなのに、ロアさんの純粋な言葉に胸が酷く痛む。


「ふっ……私を舐めるなよ! 今の私は――……最強だ! かかってくるがいい、このデカ物が!」

「い、言うじゃない。そっちがその気なら、族長!! 容赦はなしよ!! 古式ルールを破った不届き者に全裸の裁きを!!」

「いや、訂正しよう。一歩も動けないはずだ。貴様はすでに、《キャヴァリエレ聖結界》が内にある。召喚を解かれるまでそこから抜け出すことは出来ないぞ」


 戦わずして、族長が敗れた!? 攻撃をする暇さえなく、アリュエットが密かに張った結界に閉じ込められた。発動条件は何? 詠唱はなかった。関知できた物もない。


「解けるかダイヤ。この技はお前の前で使ったことはなかったな。解けなければ――……お前の魔、私がここで封じきる!」


 馬鹿な奴。黙ってやればバレなかったのに。あくまで正々堂々、この私にアリュエットは挑もうという。


「なるほどね。本当に本調子って訳か」

「どういう意味だ?」


 何かを理解したマリスにコントが尋ねる。


「彼女はすでに封印しているんだよ。自分自身のある物を」


 そこまで言われて私も知った。解らないのは当人だけ。アリュエットは、ロアへの恋心を封じてここに来た。自分にとって大事な気持ちを、完全に切り離してここにいる。


(そ、そうよ! あのアリュエットがロアを含めた奴らを――……“情けない男共”なんて言うはずがなかったわ!!)


 剣を鈍らせる感情を捨て去った彼女は強い。心の弱さや隙を突かれて悪い奴らに利用されたアリュエットが――……最強の姿を取り戻した。それって誰のため?


(わ、私の……ため?)


 顔が一気に熱くなる。アリュエットが、ロアより私を選んでくれた!?


(な、ななな何なのこの気持ち!?)


 解らない。解らない。でも私の目から涙があふれる。私の中の、魔王が泣いている。

 愛より魔王を選んだ勇者が目の前にいる。勇者は私の前に跪き、私の手を求めるのだ。

 どこかに存在したかもしれない世界を見せられ、魔王の“悲しみ”が止まる。


(信じられない……!)


 こんなことで、こんなことで……勇者が魔王を。魔王の僅かな心を、救えるとでも?

 《腐術》とは違う。これが本当の《夢術》……? 敵に向かって剣も振るわず魔法も使わず、誰かを救う術がある!?


(悔しい、悔しい……くやしい、くやしい……)


 この女にだけは負けたくなかった。助けられたりしたくなかった。でも、顧みられることのなかった私が、選ばれるだけでこんなに嬉しい。これが、魔王の抱えた“悲しみ”だったのか?

 二人の闇が、晴れていく。青い夢が……消えていく。狡いよ、こんなの。マリーは私と永遠の地獄に落ちてくれると言ったのに。頼んでなんかいないのに。勝手に救いやがる勇者共。目が潰れるほどに、そいつは眩しい。


「お前が助けてくれたから、許そうとしてくれたから……だから私は今ここにいる。この時のためにそうした訳ではないだろう? 私を救ったのも、今お前を救ったのも……私を許してくれたお前だよ」


 ずっとずっと苦しかった。あんたなんか助けなければ、許さなければ良いと何度も思った。思う度、自分の心が汚れていった。どうしていつもあんたばかりが、思う自分が嫌だった。


 とんでもないわこの女。昔教えてもらった、キャヴァリエレ聖結界。覚えているわよ。こいつは惚れた男への思いを封じたばかりか、一生生娘を貫く覚悟を私に見せたのだ。

 魔王と同調した私の醜い心ごと、封印を施そうとしている。男と寝てもオークに襲われても決壊する何そのふしだらセクシー結界。魔王を封じるため、自分の全てをなげうつ覚悟でこいつは私を助けに来たのだ。


「受け取ってくれダイヤ。これで貸し借りなしだ。対等のライバルとして――……、共に勇者の道を歩こう?」


 なんて馬鹿なことを。ああ、私の中で、魔王が笑った。かつての勇者が選ばなかった選択を見て、魔王はゲラゲラ笑い続けた。

いらん伏線回収しやがった……!! そんなつもりなかったネタ技だったのに。


ロアへの恋心を封じることで、最強の勇者の風格を取り戻したアリュエット。

即席の夢術なんか使いこなせるわけもなく、女心をもっと理解していた女騎士に敗れる男性陣。

3作目への伏線も入れたので満足です。


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