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30:召喚ゲート

(これで、形勢逆転…………とは、素直に喜べそうにない、か)


 腹には大穴、吹き出る血。いかれ女はそれでも笑う。


「お見事ですダイヤお姉様!! 本当に素晴らしい……貴女なら、きっと正解を選べる。さ、選んで下さいよお姉様」


 元々いかれた女だが、追い詰められてもこの様子。早乙女の、切り札である【魔王の短剣】――……【青の王】。私が奪ってやったのに、あいつの顔には焦り一つ見られない。


(……確かマリスは。【白の国(ブランニア)】の王子は、【武具】を手にした瞬間に、自我が吹き飛び魔王に支配されてしまった)


 早乙女も、既にそうなった後の存在なのか? 私は自分のことも不安になるが……今のところ【青の王】を手にしても、私は何も変わらない。【武具】の力を引き出せていない? 【武具】が語りかけても来ない。早乙女より私を選んだはずなのに?


(…………ちょっとあんた、何か言いなさいよ)


 胸の中で悪態をつくと、私の手が震え出す。正確には、震えているのは【武具】の方。


《へ、陛下! どうか御許しを!! 御身を傷付けるつもりなど、私にはありませんでした!!》


 頭の内に響いた男の声。これが【青の王】? 凶悪な能力の癖に、怯えた声は小物じみて聞こえる。

 ……なるほど、私を刺した時にこいつは私の魔力に触れたのだ。勇者ヴォルクが私の水晶眼を使って封じた、マリスの悪しき魔力――……魔王の力に。

 こんな私の考えも【武具】には筒抜けだろうに、【青の王】は怯え続ける。“これ”がしていたことは、魔王の意思に反した行動だったということか。こいつは魔王の怒りを買っている、私の意識が消し飛んで――……私がかつてのマリスのようになることをこいつは何より怖がっている。


(今は耐えてこそいるが……私が意識を手放せば、お前はどうなると思う? 大人しく従え、良いな)

《は、はいぃいっ!!》


 試しに脅したところ、【武具】は震えを止めて身体を光らせる。魔力を増幅させているのか、これなら杖や本の代わりにも使えそう。


「手札があるなら出しなさい。あんたは執念深そうだから、ここでしっかり白黒付けましょう」

「流石はお姉様。まだ私と遊んでくれるんですね、嬉しい……!」


【青の王】を構えた私に対し早乙女は、後方に控える腐川先生を進ませた。


「ではお言葉に甘えて。行きなさい、“オグレス”」

「!?」


 ここは夢の世界ではない。だから正体を隠したい早乙女も、ミザリーを乗っ取り……自分の身体で現れない。オグレス……食人鬼。変身能力を持ち、喰らった人間に成り代わる。一説によると、喰った者ほど正確に変身することが出来るとも言われていて――……?


「どうしたんですかお姉様? 化け物を倒して大勢救って、ハッピーエンドになりたくないんですか? 良いじゃないですか。犠牲なんて勇者の旅には付きものでしょう? 例えそれが大事な恩師であっても」

「…………先、生」


 肉体を失い甦ることが出来るのは、強くて運の良い魔族か、精神分離を会得した白魔法の使い手だけ。腐川先生は、異界の……唯の人間。魔法使いじゃない。そんな彼女を犠牲にする理由が何処にある? 早乙女の真の目的は? 気分屋とは思わないが、発言に一貫性がない。姿同様、こいつは大嘘つきだ。嘘のノイズが多すぎて、企みさえも不明瞭。

 本当に、あんなくだらない理由で私達を振り回した? 身の保身を一番に考える人間が、現実世界でさえ人を殺める? 否。

 私に出来るのは、現実を否定すること。全てが早乙女のはったりで、目の前にいるのは先生を喰わずに変身をしたオグレスだと信じること。


「【青の王】っ!!」


 目の前の化け物に突き刺す短剣。展開させるゲートから、喚び出すのは私の契約者。腐川先生が無事であるなら、彼女を奴の魔の手から救い出せる!


「あーあ。だから言ったじゃないですか。この子は“先生じゃないんだ”って」


 出て来ない。何も、ゲートからは出て来ない。どんな場所にいても喚び出せる力があるはずの、【青の王】を用いても。


「勇者“ヴォルク”は魔王さえ信じた。ダイヤお姉様は勇者なのに“人を信じること”も出来ないんですね?」

「…………喜びなさい、屑。お前は力こそ貧弱でも、腐った性根と救いようの無さは魔王を超えたわ!!」

「わぁ、嬉しい。今のお姉様、とても素敵ですよ。その憎悪に染まった目――……【武具】に愛される方の目です」


 先生は出て来ない。召喚対象を私は“契約の本”に変更。魔方陣から取り出し、触れた瞬間に解る。これはもう、唯の本だ。私とあの人の繋がりを、契約を終えたもの。開いても、私達の世界のことを覗き見ることは出来ない。


(先生――……)


 その場に崩れ落ちた私を目にし、早乙女は勝ち誇って近付いた。私の絶望する顔を、もっと近くで眺めたかったのだろう。


「レベルの高いオグレスは、食べた相手の記憶や過去、感情までも味わえる。より上手く、擬態が出来るのです。外見だけではなく、内面も」


 嗚呼、こいつは。私をマリスのようにしたいのだな。私がこいつに身体を明け渡さないというのなら、私を操りたかった。そうして全てを、破壊させたかったのだ。





「ダイヤさんは丁寧な仕事をしてくれるね。君が来てくれたから本当に助かっていますよ」

「…………そんなことありません。私に出来ることは、多分誰にでも出来るもの」

「でもここにいるのは、誰かではなくダイヤさんでしょう?」

「それは、そう……ですけど」


 鏡の広間事件の後、私は森に隠れ住む盲目の魔女……ノヴァルアの弟子となった。勇者ヴォルク様が鏡魔法を使って、“王子様”と私をそれぞれ信頼出来る仲間のところへ送ったのだと思う。

 彼女は自らが見えない代わりに、見られない。隠れることがとても得意な人だった。あの森が……正確には何処の国であったのかもわからない。森の中には幾つもゲートがあって、私はそこから彼女を追って飛び出したに過ぎない。


“魔王に関われば、お前は必ず命を落とす。だからねダイヤ、お前は戦いで傷ついた人々の……心を救う勇者になりなさい”


 私の師匠が残した言葉。あれ以来師匠の消息は不明。マリーの護衛で学園へ入り卒業間近で異界に飛ばされ。遠い異界で私は再び師を見つけた。同じ人ではないわ。私が師と仰ぐ相手が見つかったと言う話。


「……先生は、私に“するな”って言わないんですね」

「そうかな? ふふふ、まだダイヤさんは年齢指定本は読んじゃ駄目ですよ」


 私は止めましたからねと言わんばかりにあの人は、優しく笑う。


「読まないわよ」


 隠れて見てはいるけど、見ているだけだもの。読んでいないわ、此方の文字だってまだ完璧に習得はしていないもの。嘘ではないわ、嘘では。


「そうですか、それなら良いのですが」


 全部お見通しなのかしら。先生はまだ笑っている。


「言われたところで止められるなら、言われなくとも勝手に止まるものです。止められて人が本当の意味で止まることはありません。早まるか、遅れるか……これは性格の違いでしょうね」


 死ぬまで“行動”を送らせることが出来た。それは止まることが出来たのではなくて、行うことが出来なかっただけなのだと彼女は言った。


「君はこことは違う価値観で生きていた。そこへ戻るのならば、私の倫理観でとやかく言うことは出来ません。ダイヤさんがずっと此方へいるというのなら話は別ですが」


 先生は押しつけない。別の世界で生まれ育った私を尊重してくれる。どちらの文化が、技術が優れているなんて口にはしない。私の外見にも何も言わない。

 異界にも大勢ろくでもない奴はいるけれど、そんな世界で先生は――……賢者と認めざるを得ない人だった。魔法は使えないけれど、彼女の言葉には力があった。腐術の他に、私は彼女のそんな所が気に入った。


「完全なる善も完全なる悪もありません。貴女自身、ある程度正しくある程度間違っていることだけ忘れずに……歩いてくれたらそれで良いんですよ」


 自覚のあるだけ、無自覚の者よりは“正しい”はず。そんな言葉は私の中で響いたけれど……そのまま受け容れることは出来ない。先生は私に“そうしろ”とは言わなかった。


「それじゃあ先生は――……何処からどう見ても、どう考えても最低で最悪で嫌な悪行三昧のクソ野郎でもクソ女でも、正しい何かが残っていると?」


 先生の原稿に出て来る悪役を指差し、私は言ってやる。何を思ってこんなキャラクターを出したのか。なるべく酷い死に方をしないかなと想像しながらベタを塗る。


「そうだね。そうなるべくしてそうなった、理由があるんでしょう? 違う場所で生まれ育った全く違う考えの人を、根底から変えることは出来ない。けれど言葉は交わせる。その上で……何も響かせることが出来なかったなら、私の力不足が辛いかな」


 眼鏡を外し、笑った彼女は私の姿がよく見えていない。それでも彼女は私には見えないものが見えていた。


「君も疲れたでしょう、今日の作業は此処までにしようか」


 先に作業部屋を出た、師の姿を見送って。私は一つ、後悔の溜め息を吐く。


(先生に、当たっても仕方ないじゃない……何やってるんだろう私)

 

 私がこんな人間だから。異界へ落ちたのは、師の言いつけを守らなかった罰だろうか。それとも救い……呪いだろうか。私を違う道へ進ませるための。

 森を出て直ぐに異界に来ていたら、私は諦められたと思う。私の憧れの人は、本物の勇者は絶対に諦めたりしない人だった。


(師匠を見返したい。ヴォルク様みたいな勇者に。その足がかり。特級勇者――……目の前に、手の届くところまで夢が見えていて。それを今更諦められない。悪意を受けて填められて、泣き寝入りするのが勇者のすること?)


 それは私の正義とは違う。全てを曝いてやらなければ。私だけが全てを失い苦しみ続ける。誰かのための痛みなら、背負うも勇者の役割でしょう。けれど、それで救われる人が誰も居ない、無用な苦しみ。


(マリー、レイン――……あと、コント)


 私は彼らに出会ってしまった。お人好しな彼らは私が戻らなければ、生涯それを気に病み続ける。他の二人はまぁそれでも強く生きるでしょうけどマリーが心配。あの子は今更一人でやっていけるだろうか。ううん……マリーに会いたい、私が。


「はぁ。やめだわやめっ!! さっ、今日も私の知識欲を満たす時間がやって来たわ!! …………ええと、この字はどういう意味かしら」


 気分転換だ。先生の棚から読みかけの本を抜き出し、解らなかった文字の解読を始める。アルファベット、ひらがな、カタカナは理解したけれど、漢字というものは多すぎてまだまだ学習が追いつかない。辞書をまるごと翻訳魔法でトレースしたが、辞書にはない言葉も多い。電子機器に入力をして未知なる言葉を探る。


「18“禁”じゃなくてこれ、18“巻”かぁ………………!! そっかぁー!! くっそぉおおおおお!! 欺されたぁああああ!! これ見よがしにこの本置き忘れたりするのおかしいわよ確かにっ!! 読んでてエロいシーンないなとは思ったのよ!! でも本の終わりの方であるかと思ったのよ!!」


 まさかの敗北にのたうち回りながら、私は本に齧り付く。転んでもただでは起きない。それがこの私! 悔しいので、せめてこの本の言葉を全て覚えよう。


“君の苦しむ姿をずっと見て来た。復讐を望むという君を、僕は止めない”


“しかし、僕は……君の笑顔も知っている。これからすることで……君の心が僅かでも、翳るのならばやめてくれ。君は誰を殺しに行く? あいつか? それとも君自身か?”


“ならば剣を貸してくれ。今の君が失われるくらいなら、代わりに僕が……この手を汚そう”


 その巻の内容は奇しくも復讐劇だった。復讐へ向かう友に、主人公が語りかける台詞が大きな山場だ。気になる内容は次巻に続くようである。作業場を探せば何処かに続きはあるのだろうが――……私は答えを知るのが怖かった。


「……力不足が、辛い………………か」


 先生は、言った。原稿を手伝い――……先生の作品に触れても、私に何も響かなかったら悲しいと。


(私は――……Twin Beloteが許せない。だけど――……)


 魔法の才能がないと言われ続けた。魔王と戦うような魔法使いにはなるなと言われた。そんな私の魔法を、先生は喜んでくれる。オチを喚び出すだけで、目を輝かせてくれる。誰でも出来る、ことなのに。私を本物の魔法使いだって思ってくれる。それがどんなに心強いか。嬉しかったか――……魔法使いじゃない先生には、多分解って貰えない。


(先生は…………それでも私の。魔法使いである私の、もう一人のお師匠様よ)


 先生は魔法は使えないけれど、私を導いてくれる。私の目的を阻むのではなく、私が私でなくなることを案じてくれている。


(怒りを、憎しみを飼い慣らせ。私が私のまま――……何をしたいか、考えろ)


 こんな私を大事に思ってくれる人が居る。あの日の私は、それが何より嬉しくて。異界にやって来たことに感謝した。これは罰ではなかった。一つの救いを示されたのだ。





(嗚呼、そっか……)


 私は受動的。魔術の探求以外には、自分からは動かない。傷付けられたから傷付けたい、殺されそうになったから殺したい。憎まれたから憎んでやった、救われたから救いたい。

 マリーのことも、二人の師のことも。彼女らが私に何もしなかったなら、きっと私もしなかった。

 【武具】の支配は、自我を消す。元々空っぽの人間には通じない。持たざる者から奪える物は無く、魔王の憑代とはなれない。だから私も早乙女も――……【青の王】を持っても無事だった。


(馬鹿ねぇ、私……)


 何のためのパーティか。誰かが道を誤った時、それを正し止めるためだろう。傍で一緒に問題を解決するものなのに…………勝手に離れて、囮に使ったりするから。だから大事な時に、誰も傍からいなくなる。

 マリーだけ守れれば良い。心の何処かでそう思っていた。だから私は先生を巻き込んで、失うことになってしまった。


「【青の王(アジュル・レーモン)】……っ!」


 塗り潰されていく意識、深い悲しみに染まっていく心。これが魔王の一部になるということ。全てが消えてしまう前に、私は私を突き刺した。誰を喚び出すかは決まっている。

 腐っても私は勇者。誰が何と言うとそうよ。早乙女の思惑通り、踊るなんて真っ平だ。だからそうなる前に。


(……コント)


 あいつなら、間違わない。マリスの時のように、きっと私を――……“殺してくれる”。


悩みながら書きました。これ以上は今回はノーコメントで。

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