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21:二重封印指定ダンジョン《嘘の廻廊(フェイクロイスター)》

 私が師と呼んだ相手は二人。一人が腐川先生で、もう一人は……


「魔法使いに。ひいては勇者にとって必要なことは何だと思う?」

「んなもん力でしょ、パワー、マネー、フォース!」


 黒装束に黒い帽子、典型的なその姿。厳めしい老女ではなく、おっとりした雰囲気の女性。赤毛の魔女は目を伏せたまま、くくくと笑う。


「まったく、お前は魔王みたいなことばかり言うね」

「先生は魔王に会ったことあるの?」

「すぐに揚げ足取ろうとするのも魔族のはじまりだよ、気をつけなさい。いいかい、よくお聞き。大事なのは信じることさ。そんな詐欺師を見る目をしないで聞きなさい」

「(見えない癖に……)、あ痛っ!」

「弟子が何を考えているかくらいお見通しだよ」


 杖で頭を軽く叩かれる。怒っているのかと顔を上げれば、先生は笑っていた。

 私の師たる魔女、《盲月の魔女(ノヴァルア)》は……そういう人。口調こそ厳しめではあるが彼女の声は何時だって、優しく愛に満ちていた。


「いいかいダイヤ。まずは自分自身を信じること。これは信じるに足る努力を怠らないこと」


 師が語る“信じる”には多くの意味がある。盲目の魔女は、視力こそないが心の瞳は誰よりしっかり、人を世界を見つめていた。


「次に仲間を信じること。でもこれは盲信ではいけない。しかし、信じてくれる人を裏切っては駄目だ。信じるに値する人と協力すれば一人で出来ないことも成し遂げられる」


 魔王が魔族が人間に勝てなかったのもそういう理由。一人によって支配される世界に信頼はない。その一人が駄目になって、彼らは内部から崩壊した。ちっぽけな虫螻でも、信頼して力を合わせれば魔王をも封じることが出来る。その言葉自体は私も疑わない。そんな勇者に救われたから。私が信じられないのは――……“勇者以外の人間”だ。


「……信じても、人は裏切るじゃない。世の中には信じられない相手の方がずっと多いわ」

「そうさね。だけど、信じたいと願っている者は大勢いるよ。みんな臆病なだけ。自分から信じて裏切られたら傷つくだろう? だから……相手が信じてくれるまで信じない」


 勇者というのは信じることを恐れない者のこと。そして……信じて欲しいと願っている相手がいるならば、相手が誰であれ信じられる者のこと。何度も聞いた言葉だ。師匠はいつも……悪を“臆病”と言い換えるが、私には“信じられない”。


(そんなの全部嘘よ。だって――……)


 私を助けてくれた人は、死んでしまった。師匠は何も教えてくれないけれど、噂は聞こえて来る。


「お前が責任を感じることじゃないよ。あの人の代わりになろうだなんて考えちゃいけない。時代は変わったんだ……」

「でも先生は、私に信じろって言うわ」

「……私がお前に魔法を教えるのは、お前が生きるためだよ。魔王と戦わせるためでも、救わせるためでもない。私はお前に、人を救う勇者になって欲しいんだ」

「…………人間以外は、どうでもいいの?」

「どうでも良くはない。けれど、もうどうしようもないんだ。人は魔王を裏切った。魔王は二度と、人に心を開きはしない。あいつも可哀想な奴さ。……これ以上苦しまないよう、終わらせてあげなきゃね。でもそれはお前の役目じゃないんだよ」

「どうして私じゃ駄目なの!? 私には力がある!!」

「お前の目には魔王の魔力が入っているが……お前は魔王を巡る戦いに身を投じてはいけない。…………“魔王に関われば、お前は必ず命を落とす”。だからねダイヤ、お前は戦いで傷ついた人々の……心を救う勇者になりなさい」



「そんな肌ボロボロになるまで探すなんて阿呆ですの、ニンジン女?」

「うっさいわね!!」


 不眠不休でマリーの捜索を行ったが、何の手掛かりも得られない。意識が朦朧とする中で、脳裏に甦るのは……今はもうどこにもいない人の言葉。

 私の異変を察したミザリーが、らしくもなく忠告を寄越す。


「少しは眠れば? 馬鹿が寝不足で判断能力まで鈍るなんてガバガバの馬鹿ですぅ! 魔力が尽きた所で無茶すると、風邪をひかないレベルの馬鹿でも死にますわよ」


 言葉が出て来ない。語彙にも欠ける。ミザリーに口論で勝てないなんて、本当に私は参っているのか。

 マリーを探す、先生を起こす、早乙女の野望を止める、コントトレインも助ける、……そして黒幕を見つけて全てを解決する。やらなきゃいけないことが多すぎて、頭がパンクしてしまいそう。今協力を期待できる相手は腐れ性悪女もとい魔獣術師(ヴィザード)ミザリー。

 ミザリーは召喚獣と合体して戦う魔術師故に、魔法元素のない異界イケブクロ……不明界群では活躍が期待できない。


「死なないわよ、私は……。で? 二人は起こせたの?」

「無理ですわね。でもでもぉ、ミザリーちゃんはお前と違って天才ですの。解決法はありますわ。起きないならもう一度夢に潜り込めば良い。それだけのこと」


 それでもミザリーは天才だ。いつも宿している召喚獣の猫耳も、未だに着いたまま。本人が持っている魔力が尽きるまでは魔法も使えるが、魔法元素がないために普段よりも消耗が激しいし、魔力の回復速度も遅い。極力無駄は省くところをファッション優先を気取れる程度には、桁違いの魔力を所持している。


「流石ね。それで成果は?」

「そっちの早乙女とやらは夢ごと行方不明。先生って人とは少し話が出来ました。“あの本に手掛かりがあるはずだ”、ですって」

「あの本……?」


 腐川先生が伏せたなら契約の本か。マリーに預けていたから今はどうなったか。彼女自身が見つからないのに、本が見つかるか?


(何処から何処までが夢の世界の出来事だったのか……まずはそれを確認しないと)


 夢の中でマリーに本を渡しても、現実では手渡していない可能性。リボンにオグレスが細工をしたと言うのなら、マリーと外に出かけたことすら夢の中の出来事。それは序盤も序盤、私がまだ原稿に手を付けてすらいなかった頃。そこまで思い出し、私の怒りは瞬間沸騰!


(サオトメぇえええええええええええええええええっっっっ!!!! あのクソアマぶっ●すっっっっっ!!)


 つまり、私達が悩み仕上げつつあった原稿は……夢の中での出来事。ひたすら疲れる夢を見ていただけ。眠っている早乙女を殺害したい衝動に駆られたが、必死に殺意を押し殺す。今優先すべきは私の怒りより、マリーの安否である。


(原稿なんか落として良い、次も負けても構わない。マリーがいれば……マリーがいるなら! この先ずっと何回だってチャンスはあるんだから!!)


 悲しい笑顔ばかり貼り付けていたあの子が、あんな風に笑うんだ。人間みたいな顔で、感情を表に出してくれるんだ。私が作った作品で。復讐のための手段が、あの子によって違う意味を持ったのだ。


「何ですのいきなり、黙り込むなんて」

「ってなると、本は私の部屋か――……!? いや……違う!!」


 体力的にも精神的にも限界だった私達。あそこで早乙女が仕掛けて来たと仮定するなら。私とマリーが寝落ちした後、奴が本を盗みに来たはずだ。だからあの女、私達の世界について無駄に詳しかったに違いない。ミザリーを放置して私は借りた部屋まで急ぐ。


(本をあいつが持っていて、それでも私達が本のことを知れたのは…………何かが仕掛けられていた! 恐らくは……“鏡”のようなもの。いや、硝子窓か!?)


 先生の家はオーク物で建てた豪邸だ。早乙女ショック以前にももしも強盗が侵入したら――……を仮定して。異界の住人が万が一入り込んだ場合のため、最低限の対策は行っている。それを現実で早乙女が突破出来るとは思えない。ならば仕掛けは夢での突撃時のように、窓の外側!


「よっしゃ! ビンゴ!!」


 徹夜作業中は日の光が眩しい。カーテンで閉め切った暗い部屋。開け放った窓の外側には小さな鏡が貼り付けられて、鏡面には目の紋章をあしらった魔方陣。何とも得体の知れない物が描かれている。


「そこの天才ミザリーちゃん、この魔方陣について当然あんたは知ってるわよね?」

「はぁ……この不眠女、感情の揺れ幅が異常過ぎます。お前に解らないなら当然天才のミザリーちゃんならご存知ですの! ええとこれは……」


 不満たらたらに後を付いて来たミザリーに鏡を手渡すと……彼女は真顔になる。


「キャロット」

「……何?」

「これは二重封印指定の紋章。表にはまず出回らない……私も任務で数回見ただけ」


 どこかの二重封印指定ダンジョンの主から、早乙女は力を借りていた。別の世界で魔力を集め、ダンジョンの封印を破るつもりの魔族が今回の黒幕のよう。


「見た、だけ?」

「あのロアが、断った仕事の数がぴったりその回数です。あの女の背後に居るのは、お前の手に負える相手じゃない」


 任務のため命じられたダンジョン……封印の魔方陣を見てロアが入ることを禁じたのが、この紋章だとミザリーは言う。


「…………だと、してもよ。マリーは必ず取り戻す」

「……前々から不思議なんですけどぉ、あいつとお前って何?」

「マリーは私の恩人よ」

「アリュエットに刺される前から無駄ぁあに仲良かったですけどぉ?」


 私の返答にミザリーは嫌そうな顔。二人だけでベタベタして気持ち悪い……を通り越して唯々疑問。そんな物言いのミザリーも、それ以上私が話さないのを悟って興味を無くす。


「まぁいいです。……でも《二重封印指定》は本当に危険。現にそれはこうして異界にまで繋がりを得ている。一刻も早く彼方へ戻り、陛下にお伝えするべきです」

「それならあんたはそうしなさいな。天才なら自力で戻れるでしょう?」

「うぐっ……」


 天才にも出来ないことはある。正確な座標を知るの私だけ。ミザリーは帰りたければ私に協力せざるを得ない。彼女は性格が壊滅的に最悪なだけで、自称するよう天才ではある。これ以上文句を言っても始まらないと、私に交渉を持ちかけた。


「ロアとアリュエットは陛下側ですけどぉー……ミザリーちゃんとマリス様はギルド側ですしぃ……お前の態度次第ではミザリーちゃん協力してやっても良いんですの」

「意外。マリスが城側じゃないのか。てっきりロアとミザリーがギルド側かと思ってたわ」

「いーから報酬前払い分寄越せ」

「……見本誌盗まれた腹いせに作った秘蔵の族長×マリス本。『鬼畜王子は族長(オーク)の花嫁~こんな明るい所で屈辱プレイ くっ、影魔法さえ使えたら~』自己責任無修正版」

「流石ダイヤ先生ですわ、ありがとうございます!! はっ……」

「交渉成立ね」


 今回先生に頼る前に作ったボツ作品だったんだけど、作っておいて良かったわ。

 ……と、まぁ。こんな餌に釣られるミザリーではあるが、彼女はTwin Belote。好き勝手やっている私達とは違い……Twin Beloteは灰領国最強の特級勇者である。ともなればそれぞれ支配者層の思惑が絡んで来て足枷兼後ろ盾が出来る。

 貴族であるアリュエットが城サイドなのは当然として、王子であるマリスが勇者ギルド側とは妙だ。城がマリスの正体を把握していないとは思えないが……表向き彼の後援にはなれない理由がある?


「にしても変ね。余所の国出身のロアを、城が後押ししてるの?」


 ミザリーは本に齧り付きながらであるが、質問には応じてくれた。


「お前みたいな勇者実績足りない奴は知りませんけど、有望株はギルドと城が取り合うものですの。ロアさんはよそ者ですし、後ろ盾と言っても資金援助や情報操作、事後処理程度。私も彼も陛下に謁見は出来ません。城にはアリュエットが取り次いでますわ」

「確かに。あんたらはギルドの依頼以外にも、城からの任務をこなしていたわね」


 学園は城とギルド双方の駒集めの場。どちらの息が掛かった勇者が功績を挙げるか、ひいては魔王を討伐するか。互いの権威と利益のために、水面下で争いが続いている。私の一年間の不在…………あの事件で活動不能と見なされた私達のパーティは、どちらからもノーマークであった。今更唾を付けに来たとは思えない。むしろTwin Beloteに代わるパーティは不要と、陛下が私達を秘密裏に排除しようとしている疑いもある。


(異常があったなら、オチからの連絡も無いのはおかしい。向こうも当然、夢魔が関わっているわ)


 高位魔族は、一説に因ると三大欲求に関与する存在。生きるために抗えない力に作用されたら魔族と戦うことは出来ない。


「今回は睡眠欲を司る魔族が関わってるって事かしら。どうかしたミザリー?」


 私の推測に、ミザリーがあからさまに目を逸らす。いつになく挙動不審だ。


「えっとぉ…………これは任務に関わることなので詳しくはお前なんかに言えないんですけど。だからこれはミザリーちゃんの独り言」


 わざとらしい前置きで、大きな声の独り言を始めるミザリー。私が言うのなんだけど、もっと素直になれないものか。


「二重封印指定級は、三大欲求の内二つに関与できる連中ですの。だとすると、睡眠欲と……恐らく性欲。インキュバスやサキュバス系の夢魔と思われますわ。上級魔族であれば夢を通じて……異界、異世界に関与出来てもおかしくありません」


 異界イケブクロでの問題も、私達の世界での出来事も――……同じ魔族が関与している可能性をミザリーは指摘した。

 これまで出来なかったことが突然出来たとなると……結界に綻びが生じたか、それか今までずっと探していて、たまたま最近……夢の相性が良い奴に出会ったか。どちらの可能性もある。封印の確認については、ギルドに調べさせたいところ。帰る以外に連絡手段がないのが痛い。其方は今は後回しか。


「二重封印指定……厄介ね。ロアが嫌がるのも納得だわ。二重封印指定ダンジョンったら三分の二で性欲混入しちゃってるじゃない。ロアってシスコン拗らせてるし最強の勇者の最大の弱点じゃないのよ」


 どちらも意思で抗うには限界のある力。それこそ【魔妃の防具】で無効化でもしなければ――……。防具のあるコント達と合流するべきか? 否。今戻れば、夢から目覚めた私達まで再び夢に囚われる。コント達はどの時点から、夢魔の影響を受けていたのか。アデル登場の辺りから? いいえ、或いは……《魔女の入り江》突入前後?


「ミザリー……マリスは、二重封印指定にどんな反応をしてたわけ?」

「マリス様は乗り気でしたわ……ロアの腕を引いて行こうよ行こうよって」

「まぁそうでしょうね」


 その場の様子が目に浮かぶ。ロアの嫌がる様子にマリスの野郎は大興奮。“人が嫌がることを率先してやりたがる”って、響きだけなら凄く良い人っぽいのに。人の代わりにではなくて、そのままの意味でな所が害悪だ。


「その後マリス様だけでダンジョン攻略されてましたわ。それで城側……焦ったのかも」

「はぁ!? ロアでさえ解放するのを躊躇う超絶ヤバすぎダンジョンを、ソロ攻略した!? いつ!? マリスが!?」

「そうなんですの!! マリス様ぁん、素敵っ……!!」


 封印指定と同義“特級ダンジョン”をソロで突破したのは勇者史上ロア一人だけ。そこに更にその上……“二重封印指定ダンジョン”をソロでクリアしたとなると、城を越えて国家間レベルの争いになる。マリスがそれを為したのは、私達とのいざこざの後。更なる力を求めてのことだとミザリーは語る。


「それ、ギルドも鼻高々って感じじゃないわよね? 他領にマリスを引き抜かれたら……そうなる前に何としてでもマリスを繋ぎ止めたいはずよ。だからギルドは――……マリスが欲している物を、与えた」

「マリス様が、欲している物? 何ですそれぇ? ミザリーちゃんではなく????」

「あんた達にも鎧にも、当然影はあるわよね?」

「何当たり前なこと言ってるんです? 性格と顔と経歴と実績以外に頭まで悪くなりましたぁ?」

「解らないならあんたが馬鹿よ。仕方ないわ……ロアも一杯食わされたんだもの」

「ロアさんが……?」

「ギルドがマリスに与えたのは多分……とある“二重封印指定ダンジョン”の場所と侵入許可よ。マリスは事前に第一の封印を突破し……二番目の封印の前まで飛んだ。二重封印指定って、そういうことよね?」


 外側の封印が、二重封印指定魔方陣。その内側に入り込めば、いつもの見慣れた封印指定のダンジョンがある。


「普段ですら引き返す二重封印指定の場所に、ロアがレインの同行を許可するとは思えない。マリスはレインを出汁に、ロアを釣ったとも言える」

「じゃあ、マリス様達が行ったっていう……《魔女の入り江》は」

「そこが夢の入り口ね。実際に広がっているのは…………全く別のダンジョン。アデルが登場したのもあそこからだもの」



「……な、何だ此処は!?」


 再び踏み込んだ魔法書庫――……窓硝子の内側は、暗い空間。戸惑う俺にレインは、辺りの様子を感じ取り、知って居る場所だと俺に言う。


「にーちゃん、ここって……《魔女の入り江》だよ」

「魔女の入り江!? ダンジョンの様子がまるで違うが……」


 レインの言葉を受け、ロアも精霊を飛ばしダンジョンの様子を探る。その内に、彼の顔つきは険しくなった。


「……我々は、夢から覚めたつもりでまだ夢の中だったということか。漸く本当に……目覚めたらしい。あれを見ろ」


 少し奥をロアが魔法で照らす。そこには俺も見覚えがある。


「封印指定の魔方陣だな」

「ああ。あれは本体を封じるダンジョンで第一の封印」

「第一……、とは?」

「ここは封印指定特級ダンジョンではない。後方を見よ」

「…………見慣れぬ魔方陣だな。俺達は既にその内側にあるようだが」

「あれは“第二封印”の魔方陣。本体の魔力が漏れ出すエリア封じた第二の封印。本体と、その者が作用する環境までを閉じ込めた……それが“二重封印指定”ダンジョンだ」


 封印は外に外にと重ねるほど、危険を意味する魔方陣へと変わるらしい。よって最奥の封印は、俺も見たことがある通常の“封印指定”を意味する結界魔方陣。「ここまでなら封印を解いて入っても良いだろう」という考えを否定して、「最初から入るな」と伝えるために、最も外側にそのダンジョンの封印レベルを表す魔方陣を刻む。封印指定ダンジョンまでしか経験の無い俺やレインでは“二重封印指定”の概念すら初耳だった。


「飛んですぐ、眠らせられた……? それじゃあ俺達が見た洞窟は全部嘘だったってことなの?」

「であろうな。この場所自体はそう広くはない。第一第二、どちらの封印も視認できる距離にある」

「魔方陣はロアが書いていたな? 俺の屋敷に」

「我はあれに言われた場所に跳んだのみ。だが、封じられた者が勝手に名を変えるダンジョンがある。名どころか、ダンジョン付近の環境まで変えてしまう者が」

「既存のダンジョンの名を偽装した場合はどうなる?」

「そんな話は聞かないが、偽のダンジョン場所へ送られる場合もあろう。むしろ名の書き損じの方が可能性として高……」


 俺とレインの追究に、ロアの顔が青ざめた。


「ええと、つまり……俺達が行ったのは、偽の《魔女の入り江(サイレンガルフ)》だったのか?」

「マリスめ……偽の名を教えたな。本物は《人魚の入り江(セイレンガルフ)》であるらしい」


 精霊にダンジョン名を聞いた後、ロアは悔しげに壁を打つ。《魔女の入り江(サイレンガルフ)》などというダンジョンは存在しないと。


「し、仕方ないさロア! 貴方は領外出身なのだから、地名の綴り一文字くらい間違っても仕方ない!」


 アリュエットの慰めでもロアの顔色は晴れない。マリスに一杯食わされたのが相当堪えている様子。


「名前も綴りもマリスが言ったんだよね? ……それって、マリスがここの主と共謀してたってこと? その名前で此処に飛べるように」


 レインの疑問にTwin Belote二人は石化するよう固まった。とてつもなく不安だが、そのまま無視も出来ない。


「何か、心当たりがあるのか……?」


 恐る恐る問いかけると、二人の石から人へと戻る。ロアもアリュエットも、知っていることがあるようだ。


「特級ダンジョン以上のランクを攻略しても、表向きは実績として残らない。名声のため便乗し、二重封印指定に挑む馬鹿が増えては困るからな」

「昨今は、勇者が名誉職や英雄と勘違いしている輩が多い。これは国やギルド、学園側の問題でもあるが」


 勇者黎明期を知るロアと、英雄の子孫であるアリュエット。二人の言葉には重みがあった。


「身分に関係なく勇者に、英雄になれるというのは魅力だろう。強ささえあればという実力社会だ。しかしお前達も知るように、パーティという概念が生まれたのはまだ歴史が浅い」


 昔は王や貴族が兵を率いて戦っていた。アリュエットの先祖もその部類。勇ましい英雄ということで彼らも勇者と呼称はされる。それより昔に遡れば、神話の時代。神の血を継ぐ者が、たった一人で偉業を為した。ラクトナイト家が継ぐ竜との契約も、竜が世界の支配者だった神話時代のことである。彼女は人が作り出した勇者、俺は竜に作られた勇者の末裔。

 神と英雄の血は薄れ個人は無力な無能となり、支配者は団結よりも国益を求め始めた。個人か軍隊かの括りから……少人数のパーティ制度が生まれたのは、僅か数十年前のこと。

 パーティの理念は支え合い助け合うこと。そうしなければ簡単に命を落とす弱者がパーティの誕生だった。

 そんな弱者が肩身を寄せ合い英雄となれたのだから、普通の人間が集まればもっと凄いことが出来るだろうと、使命も罪も不自由も……何も持たない“普通の勇者”が次々と輩出された。

 魔王が封じられたからこその平和ボケ。勇者という言葉に酔い痴れ危険を知らずに名誉を求める。何のために勇者と認められたか理解していない。嘆かわしいとアリュエットは肩を落とした。


「いずれ魔王は復活をする。その時に一人でも多く使える駒を育てたい。それが陛下の御心だ。現代の勇者は危機感がない。喜んで戦いに行くだろうさ」


 勇者の意識管理問題と、マリスの話がどう繋がるのか。ツッコミを入れて良いのか悩んでいると、話も其方へ向かい始めた。


「……そんな勇者がのさばる中で、マリスが“第二封印指定”をソロ攻略したなど、我らが口外できるはずもない。対抗心から余計な騒ぎを起こすのが目に見えている」

「何食わぬ顔で恐ろしいことを言ったな。それを知っているのは、城とギルドだけか?」

「ああ。元は我へと寄越された任務故……」

「最強の勇者たるロアの正確な実力を、陛下とギルドは知りたがっている。そこでロアが蹴った話を“リーダーの手を煩わせる必要は無い”と奴が代わりに引き受けたのだ。珍しくやる気があるのが不気味だったな」


 Twin Beloteの威光を示しながら、ロアは自分よりももっと強いと主張する。ロアの真価を明かさずに。


「マリスは名声以外の目的で、“二重封印指定”を攻略している」

「マリスの目的――……?」

「にーちゃんへの嫌がらせとかロア達をからかう以外に目的なんかあったのあの人……」


 俺とレインの反応に、ロアは居心地悪そうに咳払い。アリュエットすら何それと言わんばかりに目を見開いている。Twin Belote内でマリスを一番理解しているのはロアなのかもしれない。


「マリスの目的は――……魔力の回収。適当に見えるが奴には魔王討伐の意思がある」

「魔力、回収……? 普通の人間なら体内で魔力を作れるはずだが……」

「無論。普通の生きた人間ならば」


 付け足された言葉に、俺の背筋が凍り付く。死んでいる人間は、自力で魔力を生み出せない。それなら、マリスは――……っ!


「奴が勇者で在る限り……あんな男でも、二度も死なせるは忍びない」

「まさか、マリスは……殿下は、既に」

「ラクトナイト。お前は正しい事をした。奴とお前を苦しませるは、白領国の咎だ」


 ロアが吐き出す一言に、俺は震え上がった。マリスは既に、死んだ人間。思わぬ事実を突き付けられて、激しく動揺してしまう。


「――……城は、陛下はマリスの正体を、知らないのか?」


 問いかけるも恐ろしい。夢で見た記憶。あれが事実であるならば、俺の知る真実と真相は違って来る。あの夢を見るまで俺は……マリスもマリー同様に、王の命で旅立ったのだと信じていた。しかし真実は…………白領国の暗部に深く関わる不祥事だ。


「現代勇者は強ければそれでいい。過去も身分も関係なく、英雄になる機会が与えられる。仮に奴を調べようとも隙の無い男だ。情報など何も引き出せん。我らの弱みも奴はよく理解している」

「Twin Belote内なら解る。だ、だが俺達も……知ってしまった」

「お前達は同じ境遇の妹姫を抱えている。奴の正体を流布はせぬだろうと口止めはしなかった」


 マリスの目的を理解して、俺は膝からその場に崩れ落ちた。


「にー……ちゃん?」


 俺の異変に駆け寄るレイン。彼は心配そうに俺の顔を見上げる。俺の頬には涙が伝っていた。拭おうと動かした手は、震えが止まらない。


(俺は……躊躇わなかった、最後の時に……この手は、甘さを捨てていた)


 俺は殿下の願いを果たした。そうだ、手には感触が残っている。目だけを潰し、魔王を止められた? 俺の剣はあの方の目を…………頭部を貫き、……あの方を殺したのだ。

 力を使い果たした俺が目覚めると、あの方は生死不明行方知れずとなっていた。対外的には死亡という風に公表されたため……剣の封印を解いた責任を、主の代わりに俺が受けることとなった。死が確定されないことは救いであった。マリスの存在もそう。あの方を俺は殺さず止められたのだと、俺の決断を恥じる気持ちが消えかけた。そんな、全ては誤りだった。


“お前はキャヴァリエーレを許せるか?”


 かつてキャロットに投げた問い。キャロットがアリュエットを許せても、マリスは俺を許さない。夢見たマリスの記憶には、続く出来事があったのだ。真実を知り、更に俺を恨むような出来事が。


(殿下は既に死んでいて。魔王の魔力で息を吹き返し、生命維持を続けていたなら……)


 魔に取り入られることで、あの人の体は人から魔族に変わってしまった? 魔王が封じられているため、魔王から魔力を得られない。Twin Beloteに身を寄せるのも、強い彼らから魔力を吸っているため。勇者として討伐を行うのも、危険なダンジョンに挑むのも……彼が生きていくためだ。


(俺が……私があの人を、そんな化け物に変えてしまった!!)


 レインの前だというのに、格好を付けることももはや出来ない。世界を救った英雄気取りの愚か者。誰にも感謝されず、褒められず……唯大事な人を斬り、全てを失っただけじゃないか。主の罪を肩代わりして、心を慰めていたのだろう!? あの人を失っても、あの人のために働いている自分に酔っていただけだ!! こんな俺の、何処が勇者だというのだ。


「コントにーちゃん……」

(……レイン?)


 俺の心を読んだのか? 震える俺の手を、レインの両手が優しく包む。涙を拭うこともせず、好きなだけ泣けば良いと。見損なったと離れたりしないと、唯傍に……居てくれる。

 俺の震えが止まった頃に、レインは俺を立ち上がらせ……封印の結界へと彼は歩いて行く。


「…………にーちゃん、マリスを追おう! 大丈夫だよ、にーちゃん。……“生きてる限り、負けじゃない”。にーちゃんも、俺もマリスも」

「だ、駄目だレイン……この先は、お前にも危険が」

「……切り拓け、《赤の女王(キティ=カルマン)》!」


 返事の代わりに発した言葉、それが彼の【防具】の名? 第一魔方陣にレインは左手を翳す。すると、指輪と連動するよう魔方陣も赤く妖しく輝き出した。光に包まれ目を閉じて……開いた先は、赤い絨毯が広がる回廊。


「こ、ここは……」

「上手くいったみたい」


 俺の隣にはレインの姿があるだけ。傍らのレインはいつものよう朗らかに笑う。


「ロア達は【防具】がないから入れなかったのかな、でもマリスの痕跡……追えたと思う」

「ここが、マリスの夢の中……?」

「うーん、マリスが入り込んだ誰かの夢か……それに繋がるための場所?」


 回廊の窓は鏡面で、中庭の様子を伺い知ることは出来ない。その反面、開けて見ろと言わんばかりの扉が壁に立ち並ぶ。内にも外にも俺とレインの呪われた姿だけが、無数に映し出されていた。


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