1:乳騎士悲劇
https://ncode.syosetu.com/n3350dz/ の続編。
タイトルは仮題です。挿絵描いてたら体力なくなってまともなタイトルが浮かびませんでした。
BL警告タグがありますが、基本はギャグです。私の作品群の中ではむしろ異性愛成分が多いくらいです。
「聞いてよ先生!」
「ダイヤ氏、そんなに泣かなくても」
此方の世界に来ると、この魔法使いの少女は私を先生と呼ぶ。一年間アシスタントをしていた時の癖が抜けていないのか。それともこの世界では、まだ私を立ててくれているというのか。
「君がこっちに来るのは久々だね。ほら、鼻かんで」
彼女が私を頼ると言うことは、また一悶着あったのだろう。私が出した茶菓子にも手を付けず、オーククッションを抱き締めた黒尽くめのダイヤ。
「万に一つでも、誰かに聞かれたくないのよ。今、あっちは敵だらけだもの」
「そうかな、君には頼りになる仲間がいたはずだよ? 三人も」
「あいつらは……こういうの、よく、解らないし」
「うーん」
時計を見る。丁度小腹も空いてきた、良い時間だ。一服しようと思った頃合い。話に聞いていた……異世界でのイベントが終わった数日後。この子はファンタジーの世界に、萌えと言う概念を持ち帰った。そして格上の宿敵を卑怯な騙し討ちで仕留めることに成功し、今はそれなりに名の知られた勇者パーティの一員になった。そう聞いているのだけれど。
「だって悔しいんだもん! 腐川先生と仕上げた原稿、一冊も売れなかったんだから!!」
「なんだって?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。眼鏡の奥で私の瞳がギラリと光る。いつだって人は成長過程。本当に完璧な作品なんて何処にもないのかもしれない。それでも私と彼女はやりきった。異世界にこの祝福を届けるべく、最高の薄い本を仕上げたはずだ。
「詳しい話を聞きたい。話の内容によってはダイヤ……君に新たな力を授けなければならないね。勿論、辛い修行となる。無理にとは言わないが」
「勿論やるわ! やらせて下さい!! 私、あいつら絶対に許せないの!」
また殺されかけたのか? 一年前ここに落ちて来た時のよう、ダイヤの瞳は復讐の炎に赤く熱く燃えていた。
「で、先生。お願いがあるんですけど。来なさいマリー」
「おお! 」
今回此方へやって来たのは、彼女一人でなかったようだ。扉の陰に隠れていた可憐な少女を私の前へと連れて来る。
「先生の言うとおり、私一人じゃ勝てない。だから私と一緒に……マリーも鍛えて欲しいのよ」
「えっと、ロットちゃん。この方があの……ロットちゃんの恩人で、召喚獣っていう腐川さんですか? あ、はじめまして! 勝手にお邪魔してました、ごめんなさい!」
あの彼女が他人を頼るとは。一年前の彼女を知る私としても感慨深いものがある。気の弱そうなシスター。確か彼女のパーティのヒーラーだった。ダイヤの世界ではかなり重要な立場にある……高貴なご令嬢と聞いて、私の部屋に滞在させて良い物か暫し考え込んでしまった。人に恥じるような物を描いているとは思わないが、良家のお嬢さんの道を狂わせたとあっては異世界から刺客が送られてきて暗殺されてもおかしくはない。
「お願いします! 私にも力を下さい。私、ロットちゃんの力になりたいんです」
悩む私に縋り付く、少女の瞳は真剣だった。そこにダイヤのような怒りの炎は感じられない。けれど深い悲しみを宿した瞳に根負けし、私の方が目を逸らす。
「解りました。ただし、条件があります」
*
それは、私達が異界の門を潜る前のこと。私、マリー=ハーツは唯々狼狽えていた。
「呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる」
黒尽くめの魔法使いロゼンジ=ロットこと、腐蝕のダイヤ。晴れて特級勇者の称号を得たというのに、私の大好きな友達は……今日も全てを呪っていた。
「ロットちゃ……ダイヤちゃん?」
「許せないわ! こんな事が許されて堪るもんですか!! そうでしょマリー!!」
彼女は泣き濡れていた。夏の炎天下、カーテンを閉め切った私と共同の部屋で。
「ぐおっ……」
氷魔法で室内を涼しくしているものの、彼女の感情の波に左右され調整は困難。それでもまだ暑いのか、彼女は子オーク召喚獣にかき氷を削らせていた。
「これもそれもどれもあれも何もかにもあの腐れミザリーとアリュエットのせいよぉおお」
「えっと……ダイヤちゃん、私達年末に確かツインブロットとは仲直りしたんじゃなかったっけ? 勝手に実在の人物を●モ二次創作本にして売り捌いたから訴訟でも起こされたとか?」
「その辺は抜かりないわ。あいつら何回も私のこと殺そうとしたんだから、その程度の仕返しくらい目を瞑るしかないわよ。それにロアの奴はレイン本の常連だし、あんたのクソ兄貴もコント本は何気に見本本盗んで行きやがったわよ。あいつらやっぱり●モに違いないわ」
何とも否定し辛い疑惑が浮上した。うん……私だって目の前の彼女のことをかなり好きだし、私と兄様がそんな感じだと……もしかしたら本当に魔王の呪いでこの国滅ぶのかもしれない。
「暗黙の了解はあるってこと? 確かにミザリーもアリュエットも理解は示してましたよね」
最強のパーティTwinBelote。私達とは因縁浅からぬ関係の彼ら。憎み合い何度も殺し合った私達だけど、例外を除いて今はそこそこ上手くやれている。元々友人関係にあったダイヤちゃんとアリュエット。二人は少しずつでも関係が修復されていると私は思っていたのだけれど。
「ダイヤちゃん、何があったの? 私に話せないことですか? もう三日もその調子で……」
「マリー……私はこの世界における神だった。そうよね?」
「うん、ある意味で」
「ええそうよ! 私は神だった!! だけど神は死んだのよ!! あいつ等に殺されたのよどちくしょう!!」
時折彼女が本の話題を口にする。だから理由はその辺にあるのだろう。しかし肝心の話に彼女はなかなか入らない。何を迷っているのだろうか? 私が頼りないせいかと少し不安になる。あの騒動で、私は彼女との絆を強く感じた。私が思うのと同等以上に、彼女も私を信じていてくれるって……今の私は知っている。だからこうして傍に居るのだ。
「うーん……たくさん不満があるのはよく分かりました。でもそろそろ直接的な理由を教えて欲しいです」
「これを聞いたら……マリー。あんたも戻れないわよ、元の生活には」
「ダイヤちゃん? 」
「最悪戦争になる。それでも聞きたい?」
まさか国がらみの問題まで発展する? 私の微妙な立場のために、彼女は打ち明けられなかったのか。私は途端に悲しくなった。
「私はいつでもロットちゃ、ダイヤちゃんの味方です!」
「もうあんた無理せずそれで呼ばなくて良いから。私あんたに呼ばれるのは嫌いじゃないし、そんなところであいつと張り合わないでよ」
「でも、よく考えたら他人行儀ですし……ちゃんと呼びたいです」
口に馴染んだ彼女の呼び名は苗字。折角良い二つ名が付いたのだから私も呼びたい。だって私より後に出会った人達が、彼女をその名で呼んでいる。何だか狡いと思ったの。一番最初から彼女と組んでいたのは私なのに。私が一番遠い所に居るようで、悔しかった。
「あんた以外にそれで呼ばせないから良いでしょ」
呼び名一つに拘っていた彼女が、少しの余裕を滲ませる。呪い顔も一瞬なりを潜めた。彼女がこうして時々見せる、優しい目が私は好きだ。
「……ロットちゃん。はい! 私は一生ロットちゃんの傍に居ます!!」
「大げさね。でもまぁ、よしきたマリー。聞いてくれるわね」
「はい!」
「あのクソアマ共、大手になりやがった」
「はい?」
「だから、私がこの世界に持ち込んだ概念をあいつらが奪い取って私の地雷ジャンルを人気にさせ腐りやがったって言ってんのよ!! あんなクソ女共が壁サーですって!? 許せない!!!!」
新用語、専門用語が現れた。私の理解が追い付かない。それでも私は必死にメモを取る。
「これを見てマリー」
「こ、これは!!」
「ええ、渾身の最新作よ。前は秒で完売したものが……こんなに売れ残ってる!」
「どういうことです!? 私にまずこのレー君受け本を、モブオーク、族長、ナイトさん、兄様、ロアが相手の物をそれぞれ三冊ずつ譲って下さい」
「さすがよマリー。それでこそ私が見込んだ女。ええそうよ、素晴らしいでしょ? 男の娘エルフっ子の凌辱本! これがあれば眺めてるだけで私は漬け物なしで白米を何膳でも平らげられるわ」
「私だって素パスタ茹でずにそのまま食べられます。だって、ロットちゃんの召喚魔法の腕も上がってるし、腐川さんの画力を見事に再現しています。以前よりももっとお色気マシマシです! これが見向きもされない世界なんて私が滅ぼします!」
「ありがとマリー愛してるわ」
「そんな……ロットちゃん、泣かないで。私が……きっと何とかします」
ロットちゃんが涙を見せるなんて余程の事だ。私だって何度も見ていない。私自身彼女達の作品作りを手伝ってはいないから、彼女の悔しさ全てを理解していない。
「ふふふ、私も手を打ったわ。できうる限りの手は打ったわ、ふふふ! いいえまだ足りない! 一週間後のイベントは私達が返り咲く決戦の舞台となるわ! そのためにはマリー! 貴女の力が必要なの。協力してくれるわね?」
これだけ言い切った後に、ごめんなんて当然言えない。肩を掴んだロットちゃんに、私はこくりと頷くだけ。笑った感じはいつもの不敵なロットちゃん。だけどまだ彼女の瞳は濡れているし、私を掴む手も震えたまま。
「何でも言って下さい、私に出来ることならば」
*
「絵とは、楽しいものだな。私は小説の方が好きだが……なかなか悪くない」
「そう言ってアリュエット、屋敷に地下書庫を作らせたんですぅ? 金持ちの道楽趣味は悪趣味ですぅう」
騎士たる私が、剣以外の何かを握る日が来るとは思わなかった。私がその世界に触れるようになったのは、私の元親友ロゼンジ=キャロット。腐れ魔法使い改め腐蝕のダイヤ。彼女の影響によるもの。殺し合う程憎み合った私達……その仲直りの切っ掛けとして、彼女が私に本を与えた。その内容は実に過激でとんでもない代物。筆舌に尽くしがたい世界であったが、それは私の最愛の人……ロアを見つめる時のような胸の高鳴りを私に与えた。それらの本に、ロアが出てきた時は……何度心臓が止まりそうになったことか!
しかしダイヤの作る本には、パターンがある。彼女の趣味だろう。最初はそれも楽しかったが、次第に物足りなく感じるようになる。そして筆を手に取った。私ならばこうするぞ、そうだ。この方がもっと私の胸は高鳴る!我が家の地下書庫は、今や私が書いたロア小説とロアの絵で埋め尽くされている。
「ミザリー……あの部屋の存在を口外したら、貴様の本も焼き払うぞ。貴様もあそこを勝手に使っているではないか」
「きゃっ、脅すわけ? アリュエットのけちー! って今日という今日は言わせて貰いますけどロア×マリス様の方が萌えます。筋肉も加齢も身長もロアの方が上なのですから年功序列攻受制が発動します。歴史文献を紐解けば、古代文明やある国では成人男性が少年を導くという意味で性的な関係を」
「いや、そこはマリス×ロアだろう。年下にあの見事な肉体が弄ばれる様が美しいのだ。事実、マリスはそういうの好きそうな性格をしている。歴史は関係ない。大事なのは今を生きる私達が何を書きたいか、読みたいか。それだけだ」
「くっ……この話が平行線なのは理解しましたわ。しかしあの話は成立したはず」
「解っている」
ダイヤは、美しいもの……可愛らしいものが醜いものに汚される様を喜ぶ。もしくは年端も行かない少年が毒牙に掛けられるような物を。だが、私とミザリーはある点でのみ意見が見事に一致した。それは……美しいものと美しいものを掛け合わせる! それは究極の美ではなかろうか!?
ダイヤもマリーも、あいつらの恋愛観ははっきり言って異常だ。エルフ少年の生足に鼻息荒くなるような輩だ。奴らの趣味は解らない。
「しかし、初めての参加だった割に……一冊も残らないとは」
特級勇者が何か変なことをしているぞ、そんな噂が流れたわけでもないだろう。一応変装&偽名も使った。
「時代が私達を求めているってことですの♥」
「これまで供給源がダイヤだけだったからな。皆、マンネリだったのだろう」
「それでアリュエット、次回はどうするわけ?」
「そうだな……まずはロアを摂取して考えることにする」
「あ、賛成! 原稿に追われてもう一週間もマリス様に会えてなーい!」
我ら特級勇者パーティTwinBeloteは、私の邸宅に居を構える。共に依頼をこなす仲間が傍に居るのが一番効率が良い。彼らは下宿人のようなものだが、そんな殊勝な態度の者は皆無。唯一ロアだけが、感謝を口にしてくれる。
「ロアっ! 久々に稽古に付き合ってくれないか?」
「マリス様ぁあん♥」
「あ、お嬢様、ミザリー様。お二人なら外出中ですよ」
移動魔法で居間へと戻った私達に、中年の女中頭が無慈悲な言葉を投げかける。
「何!? 二人が一緒に行動を!?」
「悔しいっ! でもなんかちょっとときめくのも悔しいっ!」
「いえ別に二人が連れ添って出かけたわけでは……たまたまご不在と言いますか」
「まさか……待ち合わせ場所で合流? いつの間に二人はそんな逢い引きをする仲に」
「許せない! でも少しなら許す! アリュエット! 繁華街の宿を片っ端から捜索ですぅ!」
*
昨年度は色々あった。しかし雨降って地固まると言うのか? 苦難を乗り越え俺達のパーティは結束を増した。落第勇者の俺達は二度目の留年をする羽目にはなったが、特急免許を入手した。幸先は良い。そうだ、決して悪くない。
マリス程ではないが因縁のあるロアと、再戦の約束も取り付けた。約束の日まであと十日。更なる剣技を磨き、万全の体調で挑もうと……鍛錬に明け暮れた身体を引き摺り、昨晩は早めに床に就いたのだ。そしてその結果がこのザマだ。
(な、何故こんなことに……!)
落ち着けコント。そうだ落ち着くんだ俺。自分にそう言い聞かせても、不安や焦りはなくならない。それでも解ったことはある。こんなろくでもないことを引き起す犯人は、十中八九あの腐れ魔法使い! ロゼンジ=キャロットに違いないと!
(い、いやしかし。決めつけるのも可哀想か? 前科がありすぎて怪しいことこの上ないが、万に一つ……億に一つくらい冤罪の可能性もある)
これは現実逃避だろうな。相手を気遣う偽の余裕が俺に生まれる。嗚呼そうだ! 現実逃避でもしないとやっていられないだろう!
「助けてくれレイン!」
泣きながら同居人の名を叫ぶ。程なくしてハーフもといクオーターエルフの少年が軽やかに階段を駆け上がる音。
「にーちゃん、どうかした? 明らかに声とか変だけど……うわ!」
流れるような伸びた金髪。ずしりとした胸部の質量。筋肉は退化し触れば柔らかい身体! キャロットの阿呆! あの腐れ魔女は戦いの際に男体化薬を服用し、男になったことがある。これはそれと同じ物に決まっている! いつぞやのあれを飲ませられたに違いない。
「おかしいと思ったのだ。あの女がこの俺に差し入れなど! 何が“ロアとの再戦頑張るのよ!これ身体に良いって聞いた健康ドリンクよ”だ!! 悪意しか入っていないではないか!」
怒り泣き叫び、もう笑うしかなくなった情緒不安定な俺を、少年エルフは目をぱちくりさせながら無言で見つめる。
「笑うなら笑ってくれ……友よ。あの女を一時でも信じた俺が馬鹿だったとな!」
「えっと……ほんとにコントにーちゃんなの?」
「俺以外こんな無様な男が何処に居る」
「うん、その……にーちゃんだって解ってても、その。目の毒だからちゃんと装備は着てくれよ」
「装備と言われてもな……ご覧の通りサイズが合わん」
「ねーちゃんのあれならすぐに戻るはずだろ? 元に戻るまで家に引き籠もってたら良いよ。学園には移る系の風邪って言って置くから見舞いとか来ないようにさ」
「レイン……恩に着る」
「だからー! 抱き付くなよもう!」
反抗期だろうか。レインの様子がおかしい。こんなことになって心細いのに、レインにまで突き放されるとはこの世の地獄だ。地獄に仏も天使もいない、腐れ大魔王しかいない。
「あのさ! にーちゃん!」
「はい!」
「自分じゃわかんないかもしれないけど……もっと自分を大事にしてよ」
怒ったようにレインが言い捨て、乱暴に部屋の戸を閉め走り去る。しばらく考え込んでから、あれは照れていたのかと気付く。普段のマリーへの態度とも異なるため、なかなかそうとは思えずにいた。
「そんなに俺は変わったか? 弱体化したようにしか見えないが」
なんともなしに鏡を覗き込む。髪が邪魔なほど長く伸びた以外少し丸みを帯びた気はするが、顔はそんなに変化はないと思う。思うが……あまり視界に入れないようにしていた胸部が目に入り、ボッと顔が熱くなる。こんな姿キャロットとマリーには絶対見せられない。元凶があの女なのだとしても、何故か俺が悪者にされる。そんな未来が目に見えるよう。乳騎士喜劇が乳騎士悲劇になったとか大笑いするんだろう。
(元凶があの女だとしたら……)
レインが見舞いを拒んだところで、理由を知っているあの女が引き下がるはずがない。このまま家に居て本当に良いのだろうか? 否っ!! こんな危ない場所に誰がいられるか! 元の身体に戻るまで、何処かに身を潜めよう。
背に腹はかえられない。装備カタログを引っ張り出し、郵便魔獣を呼び付ける。要はこれが俺だとバレなければ良い。普段の装備で俺と知られるわけにはいかない。女物のフルメイルでも仕入れよう。
「何!? 売り切れ!? ええい、それなら近接武器防具の女物である物を寄越せ! 何でも良い! 金は払う! もう一番良い奴持って来い!」
もう何でも良い。外を出歩ける装備が手に入るなら女装くらいしてやる。此処にいるより百倍マシだ。そう思って、速達で荷物を頼んだ。頼んだのだが……
(き、今日は厄日だ)
最近の流行はわからん。女の世界は尚更だ。こんな物で本当に身を守れるのか? 届いた装備は目のやり場に困る露出度に、申し訳程度の布と甲冑。謳い文句は『軽量&機能性重視! 敵を魅了し攻撃を防ぐランジェリーアーマー』とのことだ。何故そんなくっつけてはいけない物を融合したのだと防具屋に問い詰めたい。これはどう見ても夜の戦い用の服だろう。老舗の店のカタログだったのに、何故こんなことになったのか。
他の服を買おうにも、他にカタログがない。郵便魔獣用のレターも尽きた。補充するためには外へ行かなければ。身体を覆うマントで装備を隠し、違う服を買いに行こう。
「待ってくれ! 君の、君の名前を教えてくれ!」
「…………」
死にたい。何故お前がここにいる。奇遇ですね殿下。ええ、クソ殿下……マリス。貴方は、お前はそんなキャラじゃないだろう! こんな学園街で買い物をするような人か! 人をアゴで使ってパシらせるくらいしているはずだろう!? しかも女物の服屋なんかに何故いるんだ!
ようやくまともな服が買え、試着室に入ろうとした俺の肩を掴んだ変態。俺の因縁の相手、マリス=スパイト。幼少は彼に仕える将来を誓い共に過ごした仲ではあるが、彼に宿った魔を封じるため……俺が彼の目を奪った。世界を救い、友を傷付けたのは俺の罪。そのため俺はマリスに憎まれ、仲間を危険に晒してしまう。俺自身も目を抉られそうになったことは記憶に新しい。そんな相手が何故、こんな時に俺を呼ぶ。
恐る恐る振り変える。俺の正体を知り笑いを堪えている? 違う……装備の説明通り、これは魅了されている!? 早く着替えようと、試着室に入る直前! マントを脱ぎかけたのが大きな誤りであった。
「その伝説の防具を装備出来る女性がいたなんて!」
(あ、そっちか)
ほっとしたのも束の間。
「しかも……すごく、可愛い」
俺の世界が凍り付く。氷の騎士という俺の二つ名さながらに。
「この僕が、彼以外のことでこんなに心が動かされる日が来るなんて……! 夢のようだ……これは運命的過ぎる出会いだよ!」
なんだか申し訳なくなって来た。俺がその彼なんですよ殿下。なんて言えるはずもなく。どうやってこの場から逃げようか。そればかりを考える。考えるが、今の装備で勝てる相手じゃない。そもそも元の身体と装備でも、真っ向から立ち向かえば容易く勝てない。奥の手を使えばその時点で正体が知られてしまう可能性が高い。ここはあの女を見習い、話術で煙に巻くしかなかろう。
「君の力が必要なんだ。一緒に来てくれるね?」
「嫌です」
普通に手を振り払い、試着室のカーテンを閉める。流石に開けては来ないだろう。そう思ったが相手もただ者ではない。カーテン越しにナイフが飛んでくる。
(しまった!)
一滴でも血を流されたらこちらの負け。影使いマリスの独壇場だ! 身体を外に残したまま、奴は影で試着室へと入り込む。此方の影をも操って、動きを封じることも忘れない。
「残念だけど、はいこれ契約書ね」
(ぎゃああああああああああああああああああああ!!)
操られた身体は勝手に判を押す。ナイフで傷つけられた血で、拇印を取られてしまった。何をさせられるんだ。伝説の装備? 痴女服にしか見えないこの鎧がか!?
「これを返して欲しければ、しばらくうちのパーティで働いて貰えるね? 勿論報酬は出すよ。前金としてその服の代金は僕が払おう」
後でカタログを読み直そう。いやそんな暇もないのか? 影使いに操られ、着替えた俺は奴の後をついて歩き出す。嫌だ、家に帰りたい! 誰か! レイン! オチ! マリー!! というか貴様の所為だ腐れ毒ニンジン!! キャロット!!