18:爆殺・究極地雷原
ハイテンション腐り回。
「な、なんですのこれぇ! アリュエット!!」
「お、おお……そ、そうだな」
映し出された光景に、私は困惑していた。ミザリーへの説明も思いつかない。
ラクトナイトの屋敷には、謎の傭兵アニュエスに続き……見知らぬ者が増えていた。赤領国の騎士アデル。鎧に彼自身は映らないが、鏡に映った情報から男の外見を知る。
「ふむ……ロアに似た人間だ」
「は? マリス様っぽい素敵な方に、ロアさんイメージなんかありませんの!! まぁ、マリス様の方がずっとずっと素敵ですけど!」
謎の騎士は、私達には違う姿が見えていた。近頃鍛えた絵の力で共に彼の姿を主張するが、長髪の美形という事以外共通点は見つからなかった。目の色も髪の色も、私達には違って見えていたのだ。
「まぁいい……外見は魔術で誤魔化しているのだろう。問題は、何故彼が我が家の鎧を着ているかだ」
アデルが着ている鎧は、我が家の倉庫から出て来た物。……親交ある赤領国から譲り受けた。地下書庫作りの際に倉庫より発掘し、純度の高いゴーレム鋼であったためゴーレム化させ使役していた。
そのゴーレムが消えたのだ。ならば、ゴーレムが見ている景色を映し出せばいい。彼に目はないが、鋼である体に映る景色を出せば良い。そうして映し出したのが、何故かラクトナイトの屋敷。ロアやマリスの動向を知ることが出来たのは良いが、何故鎧がそこに在る? アデルに盗難された? 何のため? ゴーレムである鎧を着込む意味は無い。使うにしても、余程弱い者を戦わせる場合に別の者が操作するくらいの用途しかないだろう。
「鎧が盗まれたかどうかなんてそれこそどうでも良いですの!! 問題はあの女がまだマリス様とべったり行動してることです!! あの鎧なら中身は空っぽ! 兵士や装飾品に擬態させ……中にたっぷり詰めた性転換液剤をぶちまけて! 忌ま忌ましい女を男性ホルモン大爆発の毛むくじゃら男にしてやろうって話だったじゃありませんの!」
「ああ。だがあの鎧がないことにその計画はどうにもならん。ミザリー。これを見ろ。……命令していない原稿を描いている」
私達の原稿。下書きの清書を行うはずのゴーレムが違う原稿を仕上げていた。
「な、何ですのこれ!? 女装レイン君のイラストばかりじゃありませんの!! …………個人的に複製保存はありですわね」
これをロアに渡したならば、ロアの好感度が上がりそうだ。私も数部ミザリーに頼みたい。
「ああ。絵は良いな。しかし誤植が酷い。何故か彼をひたすらマリーと呼んでいる」
「何それキモい。吹き出し全部黒に塗り潰してやりますぅ……。おまけにこれ、なんでこんなクソ改変。こんなことになったのは、主人情報を書き換えられたとしか考えられませんの!」
「結界は破られていない。守りは万全だ」
キャヴァリエレ家地下書庫に隣接する地下倉庫。そこに鎧ゴーレムを隠していた。書庫自体、地下倉庫の一部を改造して作っている。隣室に侵入者が入れば私とミザリーは気付く。任務のために作った本以外に、私達は趣味の本を作りすぎた。ロアやマリスに読まれては困る代物を、それはもう大量に。故に、彼らに踏み込まれることがないよう……細心の注意を払っていた。まずこの地下へ通じる道はない。移動魔法以外で侵入できないよう設計している。結界魔法もとっておきの物を使っているから、我々以外は移動魔法でも弾かれる。例えロアやマリスであっても、その絡繰りに気付かなければ侵入できない。
「誰も入れない……それじゃああのクソ鎧が勝手にいなくなったとでもいうわけぇ?」
いよいよミザリーの機嫌が最低値に。口調が粗雑な物になる。
「……有り得る」
「は? あんた男の趣味だけじゃなくて頭までいかれたの?」
「違う。良く聞けミザリー。ゴーレム自身が移動魔法で此処を抜け出したんだ。ゴーレムの特性を思い出せ」
「えっとぉ……巨大化? でも内側から物理的に破ったなら抜け出した痕跡があるはず」
「搬送のため、転送用魔方陣があっただろう? ここには入れないが出るは容易いものが。土製ゴーレムとは違い、ゴーレム鋼製は巨大化はしない。出来るのは増殖だ」
熱を伝えるように魔力を傍の同素材へ伝え、同じ物へと作り替える。ゴーレム鋼で作った物は、勝手に増殖するのだ。ゴーレム鋼の剣なら同じ剣が、素材の有る限り幾らでも複製される。鎧も同じように、ゴーレム鋼さえ与えれば……同一の鎧が量産出来る。ただ面白いことに、最初のゴーレムを眠らせる……或いは死を与えることで、増殖した物も同じ状態になり増殖を止められる。最も荒れていた時代には、そうやって兵器を量産したそうだ。
「商売するにはお手軽ですのね。ゴーレム鋼自体が高価ですから、一個人に出来る事じゃありませんけど……兵士向けの武器や防具の量産には最適?」
「ああ。あの鎧も私の先祖が赤領王より賜った物。王家の宝の写しだが……写しの兜には本体同様“死”の文字が刻まれている。勝手に増殖することはない」
ゴーレム鋼の特徴はそこにある。土ゴーレムと異なるのは、ゴーレム鋼製ゴーレムには死を与えても――……物質的な死は来ない。元の形を保ったまま彼らは死ぬのだ。
「だけど私達は、そこに文字を付け足して……“真理”の文字にしませんでしたこと?」
「それ自体に問題は無い。そうすることで新たな主人となり、本体とは別の個体となる。それで新たな主人が自由に命令を下すことが出来る。私は最初にゴーレム鋼へと近付くなと、“増殖防止”の命令をしただろう?」
「別の、個体……」
「何だその目は」
「ここは地下。土の元素は豊富……奴は何者かに“主人変更”をされた、或いは“暴走”の結果、魔方陣を発動させたのでは?」
ミザリーが此方に疑いの眼差しを送る。全く失礼な女だ。私の睨みに目を逸らし、一応の社交辞令を交えて彼女が答えた。多少は居候の自覚はあるらしい。
「アリュエット、あんまり言いたくないんですけどぉ。貴女、魔法って私達ほど得意ではありませんでしたわよね? 勿論その辺のクソ雑魚共よりはずっと使えるレベルですけど貴女基本脳筋騎士ですし」
「私が魔法を失敗したと言いたいのか?」
「ええ。伝説の勇者である貴女のご先祖様ならいざ知らず、血も薄まった貴女にそんな高等魔法を使いこなせるとは思えません。というより、ゴーレム魔法はとても複雑なものなのですわ。複雑な命令ならば、私やロアでも失敗すると思います」
才能云々以前に、ゴーレム自体の知能が低い。命令通り動かす難しさをミザリーは語る。
「付属の魔道書ちゃんと解読出来ました? ゴーレムって制約も多いですのよ。何々しちゃいけない~っていうのが。それを破ると暴走して命令に従わなくなります」
「何故それを先に言わない?」
「それはその……“ミザリーちゃん激やば! やっぱり世紀の天才大魔法使い美少女ヒロイン超絶キュート”とか思ってただけですしぃ」
「くっ……お前を責めたりはしない。私も同罪だ。“こんな凄いゴーレム貰うなんてご先祖様やっぱ凄い!”とか思っていたしな」
こんな失態の後には説得力がないが、互いにゴーレム魔法の基礎知識は持っている。ゴーレムが敵として現れることもあるのだ。対処の仕方、その本質まで当然把握はしている
(こ、恋は盲目……か)
私とミザリーは意中の相手を追うあまり、判断能力を失っていた。絵のペン入れ? 絵を描け? ここはこうセリフを書いて、色の塗り方は…………そんな事細かな命令にゴーレムが従うこと自体がおかしい。そんな便利な物ならば、屋敷の地下に長い間閉じ込められたりしていない。そうされる理由があの鎧にはあったのだ。
「と、兎にも角にも! アデルという男が不審であるのは事実! ラクトナイトの家に乗り込むぞミザリー!! 盗みの犯人を追うという大義名分もある! 正義は我らにあり!」
「勿論ですわ! さぁ、飛びますわよアリュエット!! …………あら?」
「何をしている。疲れたのか?」
移動魔法をミザリーが失敗するなど珍しい。あの傭兵のことで精神が摩耗したのだろう。彼女を哀れみ私が代わりに、移動用の魔方陣を…………描けない!? 搬送用の魔方陣も動かそうとしてみるが、壊れていて使えない。
「…………ミザリー。先程の本を、覚えているか? レイン少年の薄い本だ」
「奇遇ですわね、アリュエット……」
彼女の顔が青ざめる。きっと私も、それ以上に血の気が引いていた。この地下室は、結界は。完璧な要塞である反面、内から逃れるのは容易い。
「密室に閉じ込められた二人が…………致すまで、部屋から出られない話」
「まさかあの本は呪いだったのでは!? 私が本を塗り潰したから!?」
「塗り潰すどころか、彼の体が女性化されているのに怒って……お前は話しながら全ページ男体に描き変えていたな。下半身までバッチリと無修正で」
ゴーレムを操ったのは誰だ。何故こんな呪いの本を此処に残した!? よもや自らの堅牢な城が、強固な檻になろうとは。情けなくて涙が出そうだ。
「そ、そうですわ! アリュエット!! 貴女が結界を解けば良い話ですの!」
「……出来ない」
「は?」
ミザリーの頼み事。叶えられたらどんなに良いか。そんな顔をするな。私だってそうしてやりたい。物理的にこの部屋を脱することは不可能。移動魔法以外に術はない。
「条件を厳しくしたからこそ、守りが堅いんだ。キャヴァリエレ家の私が婚前交渉なんか駄目だ。私が結婚するまでこの結界は解けない」
「クッソ気持ち悪いんだけど、詳細教えて貰えます?」
痛い痛い、視線が痛い。心が痛い。私の魔力が減っていく。
「だ、だから!! この結界は私の純潔そのものだ!! 私が(ロアと)結婚して初夜を迎えるまで地下室の結界は解けない!!」
「…………なんでそんなの結界条件と絡めちゃったんです? きもっ。マリス様、そういうの知ったら趣味じゃない女とも寝ると思うんでやめろよ……」
「喧しい! 《キャヴァリエレ聖結界》は我が家に伝わる一子相伝の最強の結界魔法なのだ!!」
「あんたの先祖脳味噌に蛆湧いてやがる…………この拗らせクソ女騎士っ! さっさと股広げろや! ミザリーちゃんの召喚獣で選り取りみどりの流血祭してやるわ!」
「何だとふざけるな! 乙女の純潔を貴様は何だと思っているんだ!! 風紀の乱れは世の乱れ! 世界の乱れは私が正す!!」
禁止されているのは移動魔法だけのよう、攻撃魔法は使えるのか。私達は全力でぶつかり合う。私とやる気はないようで、ミザリーはいつもの憑依召喚を拒み召喚獣のみを呼び寄せる。数で攻められたら敗北だ。魔力を刃に注いで薙ぎ払い退ける!
「アリュエット、オークが可哀想だと思わないんですか!? こんなに容赦無く斬るなんて最低ー!!」
「喧しい!」
「普段オーク×ロア本愛好してる癖に!! 攻めのこと唯の棒だと思ってるんでしょ!! 受けの方ばっかり好きで! オークのこと唯の棒だと思ってるんでしょ!! この総受け厨!! 愛されロア総受け厨!!」
「ならば貴様はどうだ!? マリス×オーク本もオーク×マリス本も嗜みながら、マリス同等にオークを愛していると言えるのか!? 違うな!! 貴様はマリスが好きなだけ!! 好きだから色んな顔が見たい!! マリスの雄の顔! 雌の顔っ!! どちらも愛しているだけだ!! 貴様こそオークを添え物にしている不届き者よ!! オークを棒どころか穴にまでしおって!! 謝れ!! オークに謝れ!!」
魔法ならばミザリーに分があるが、距離を詰めれば私が有利。召喚獣を纏う彼女自身の格闘能力は確かだが、召喚獣に頼りすぎている。一つ一つの技のキレは私が勝る。距離を詰めた所で攻撃魔法、躱して逃げられ特大魔法! 防御魔法でダメージ軽減、突破して……立ち塞がる召喚獣! 撃退し召喚獣を肉壁にしてまた距離を詰め……その繰り返し。合間に合間に回復魔法を挟んで振り出しへ。斯くして、ミザリーとの戦いは一昼夜の間続いていた。
「アリュエットの発光白抜き厨!! 黒塗りの方がエロいだろうが!!」
「ロアの下半身を黒く塗り潰すなど許さん! 白抜きの方が美しい!! そこまで言うのならマリスの方は黒くしてやる!!」
「アリュエットの正常位厨! 誘い受け厨!!」
「何を! そんなこと言うか!! 貴様はあれだぞこのっ、騎乗位●ッチ!! 襲い受け厨!!」
「徹夜の肌荒れアリュエット!!」
「一晩風呂入らずのミザリー!!」
「てめーもだろうが!!」
「貴様もだ!!」
最後の方は魔力をより削るための口論合戦になりつつあった。時間は夕刻……戦いの末、いよいよ私達は魔力が尽きかける。互いに残りの魔力を使い切り……召喚魔法を展開させた。
これが最後の攻撃になる。互いに手の内は出し合った。それでも決着が付かない。そうなれば、新たな試みが必要。ランダム召喚……これしかない。ミザリーの召喚魔法に後出しでカウンターを仕掛ける。
「出でよ、《希望召喚》対こじらせ生娘女騎士用兵器系召喚獣!!」
「《希望召喚》全自動それに勝てる凄い奴!!」
決まった! 後は残った魔力でどれだけの召喚獣を引き当てられるか。作った魔方陣……その中から現れる者を待つ。…………待つが、どちらの魔方陣からも召喚獣は現れない。召喚獣を連れて来る程の魔力が、私達にはもう残っていなかった?
「…………よく考えたら、召喚ゲートは開くんですのね」
「…………ああ。一度別の世界に飛んで戻って来れば、ここから出られることにはならないか?」
「それはいいですわ。貴女とはここでお別れですわね! 私は貴女のゲートなんか絶対に潜りません事よ!!」
「ふん、同感だ。さらばだミザリー!」
私は私の召喚ゲートに、彼女は彼女の召喚ゲートにそれぞれ足を踏み入れる。
*
(“異界アキハバラ”……“魔王の武具【青の王】”…………)
魔王の復活を阻止するため、【武具】の一つを異世界に封印した。召喚ゲートを越えて、それだけの業物を持ち帰ることは難しい。此方側に持って来た者も、それ相応の代償を支払ったはず。
【魔王の武具】により早乙女は大きな力を手に入れた。武具が本物である可能性は高い。しかし……封印が破られたようには見えない。早乙女は魔に飲まれてもいない。全ては元々なのだこの女にとって。
(早乙女は、赤目じゃない。まだ十分に対処が可能……)
あまりに都合が良過ぎる。唯の人間に、私達が振り回せるのはやはりおかしい。何もかもがこの女の思い通り……そこに手掛かりが隠されている。
魔王を失った魔族は、常に魔力を欲している。彼らは他者を喰らい魔力に変換することが出来る。何らかの方法で異世界にアクセスできるようになった者が、撒き餌で人間という餌を呼び寄せた。早乙女はその中の一人に過ぎない。
(……解った! あいつの背後にいるのは――……!!)
「何ですその目は。この状況を変えられるとでも? 不可能ですよ! 貴女は異界アキハバラの座標を知らない! 召喚を行うことも叶わない!!」
「…………私の本気が見たいと言ったわね。良いわ、とっておきを見せてあげる」
高度な召喚魔法には、縁を結ばぬ獣を召喚することも出来る。此方が示した条件に見合う獣を喚び寄せる。魔力が少ない場合は条件を満たさぬ者が出て来る場合も当然あるが。今の私は失敗しない。確信を得て私は召喚ゲートを展開させた!
「……出でよ、《希望召喚》早乙女梦華の天敵!!」
*
召喚ゲートを潜り抜けた先、薄暗い景色が待っていた。同化している魔猫の目を懲らすと暗がりの中にも二人の人間。それから一体の魔物の姿が見えて来た。召喚ゲートを開いているのは妙な格好をした女。その女と対立しているのは――……全身黒尽くめの魔法使い!
(魔力が漲ってくる――……!? どういうことですの?)
魔力の供給源を辿ってみると、それはあの魔法使い……キャロットから。私は召喚ゲートを越えた。飛び込むことで召喚獣としてあの女のゲートに繋がった? 疲労困憊ミザリーちゃんが完全復活しているのは、召喚者の魔力を吸収しているから?
(うぇっ……気持ち悪っ!!)
生理的に無理。吐きかけて、待てよと暫し思い直す。
(よく分かりませんけど流石は天才美少女ミザリーちゃん! これはラッキーですわ。あの腐れ毒ニンジン。キャロットは移動魔法を得意としている……魔力消費ですぐには戻れないでしょうが、座標は把握しているはず!)
奴とは色々あったが、犯人はアリュエットであったわけで私はそこまで悪くない。性格の不一致程度なら、偽悪偽善者の腐れ魔女が私を見捨てはしないだろう。それでも交渉の成功率を上げるため、ここで恩を売っておくべきか。
(連中、魔方陣の明かりに目が眩んでる。こんな暗がりじゃ凡人ならそうなりますわね)
生憎、天才魔術師ミザリーちゃんはそうじゃない! 私の目は目眩ましは通じない。常時憑依召喚している魔猫は暗所両用の優れた目、おまけに背後からの奇襲で攻撃力も倍になる。オグレス程度一撃だ。
「おほほほほ! お困りのようですわね腐れ魔法使い!!」
突然召喚獣が消えたことに、女もキャロットも驚き慌てふためく。そこに颯爽と登場するミザリーちゃん!
「み、ミザリー!? た、確かにそっか。あんた以上の適任はいないけど……」
「助けて貰っておいて何ですのそれ? ミザリーちゃんは……あんたの仲間が困ってるようでしたから、こうして呼びに来てあげたのですわ!」
偶然ここに来ました。そんな素振りは見せず、恩を売ることに努める。マリス様がよく使う手だ。
「……助かるわ。ありがとねミザリー」
素直に礼を言うなんて気持ちが悪い。私がそう答える前に、キャロットはとんでもないことを口にした。クソダサい奇妙な格好の女を指差して。
「お礼に良いこと教えてあげる。そこの女、異界の住人なんだけど……死にたがりの転生厨ハーレム脳で。ひょんなことからマリスに惚れて、ぶん盗るつもりよあんたから」
「なっ、なんですって!?」
「しかもよりにもよって、マリスと無関係の私の身体を奪ってあっちに転生するとかほざいてんの。許せないわよねー」
「何処に目付けてやがるこのクソアマ異物!! 乗っ取るならマリス様と相思相愛! プリティキュートセクシー天才美少女ミザリーちゃんに決まってんだろ!? ぶっ殺してやる!!」
私が纏う召喚獣《魔猫》は可愛く見えて“魂食い”。高性能の“転生殺し”。魔王完全討伐のため、私の力が求められるのも当然である。
体に召喚獣を宿らせる憑依召喚自体、高位の魔術。敵の魂を喰らい己の魔力へ変換させる。私ほど多くの召喚獣を装備出来る魔術師はいない。
「毒々毒々【毒爪】! 【魔爪一閃】、【究極輪廻切断斬】っ!!」
巨大化させた魔猫の爪を投げ、女の周りに毒爪の檻を築く。逃げ出そうと触れたなら、そこから切れて猛毒が体内へと流れ込む。身動きが取れなくなったクソモブを、檻ごと横に半身真っ二つ。すかさず手刀に宿した魔力の刃を、頭から垂直に叩き込む!
「ざっとこんなもんです。良い予行演習になりましたわ」
これで奴の魂ごと魔力として吸収。後には影も形も残らない。今度はあの傭兵に、同じ目に遭わせてくれる!
「おおーコンボ決まったわね。また腕を上げたんじゃない?」
腐れキャロットがぱちぱちと渇いた拍手を送る。
「当然ですの♪ それにしても……次々マリス様を狙うライバルが現れるだなんて、やっぱりミザリーちゃんったらモテ可愛ゆるふわ最強ヒロイン!」
「はいはい、ゆるふわゆるふわ下半身の括約筋までゆるゆるふわふわクソ●ッチ」
「何か言いましたこと? ミザリーちゃんはそこまで安い女じゃありませんわ!!」
快く思わない相手でも、褒められること自体は悪い気はしない。私がその気になって頷く内に、キャロットは適当な相槌を罵倒に切り替えていた。もう少し感謝して、此方を持ち上げるべきだろうに。太鼓持ちも満足に出来ないとは、相変わらず使えない女だ。
「……なんて言ってる場合じゃないわ! あんたの全力でも正面突破は無理か。余計におかしな話になって来た」
「はぁ!? 何処に目ぇ付けてんだクソアマが!! ミザリーちゃんの完璧完全完封勝利に決まってんだろ!!」
壊れた爪牢の中。砂埃の先に……蠢く影を視認。ミザリーちゃんの必殺技を食らって生きてる人間!? そんな者は化け物だ。それこそ魔王や腹心クラスの……!
「な、なななななんですのあれ! 気持ち悪っ!!」
「それがねぇ。どういうわけか【魔王の武具】持ちらしいのよ。解決手段は見出したけど、あいつの心を叩き折るまで抜け出せそうにはないわね」
「解ってんならさっさと始末しやがれですの」
「はぁ……仕方ないわね。ミザリー……折角来たんだからあんたも力を貸しなさい。あいつの妄想力は異常よ。私の腐力だけであいつを打ち負かすのは厳しいわ」
召喚ゲートを潜って来てしまった以上、ある程度の成果を出さなければ帰還権が認められない。不本意だがキャロットに協力しなければならないか。
「何をすればいいんですの? さっさと済ませて私を元の世界に帰しなさいですの」
「この異界では妄想力こそが力の強さ。あいつの無敵さはそこから来ている。っていうかぶっちゃけここは、あのクソアマの夢の中なのよ」
「ここが、夢の中!?」
その事実を知っている、夢主の人間だけが思い通りに夢の世界を操れる。その夢を都合の悪い世界に変えて、こんな夢はもう嫌だと思わせる。それがキャロットの提案だった。
「夢の中に召喚されるなんて、聞いたこともないですぅ……」
「あいつが憑かれているのは“夢魔”。インキュバスでもサキュバスでもなさそうだけど……あちらさんも魔力搾取のために色々進化してるみたいよ!」
人間の女を孕ませるのではなくて、狂った妄想の夢を紡がせ続ける夢魔? 聞いたことも無い。
「……確かに。妄想は精気ではありますわ」
魔族の色本普及活動と同じよう、夢から魔力を得ている存在がいる? 魔族は秘密裏に、異世界まで進出を図っていたのか? Twin Beloteとしては見過ごせない案件だ。
「でもぉ……それって所謂、自慰夢魔じゃありません? 何かクソダサっ……気色悪っ! その辺のクソモブに楽しい夢見せてそれを観察して自慰させて魔力回収してるんですの?」
「魔族も疲れてるんだと思うわ。一々妄想力豊かな人間の相手してらんないでしょ……」
魔族は効率厨であるらしい。力が物言う世界故、古来からの常識、しきたり、制度に縛られない。変化の早さと柔軟な発想が、頭が固く過去を重んじる人類を苦しめているとも言える。
「ミザリーちゃん、こんなクソキモい場所来たくなかった……」
「最強のTwin Beloteが泣き言言ってんじゃないわよミザリー! 最強の勇者PT様ならもっと気の利いたことを言えば?」
「……ですわね。では改めまして」
決めセリフとポーズを取れとの召喚主の求めに応じ、私は仕切り直す。プロの勇者は何時誰に見られても大丈夫なよう、常に全身全霊で強く可愛く美しく! それこそが英雄の在り方!!
「新種の魔族!? 何それ素敵っ☆ 超絶キュートなミザリーちゃんがぁ……手持ちの獣にしてあげますわ!!」
*
「信じられません。ここが、夢の中……?」
腐川先生の言葉に、私は面食らう。
「そうですよ、マリーちゃん。B美ちゃんの残骸を見て確信しました。あの子は他人を殺せない。臆病な完璧主義者。罪を犯しても自身の安全が確信できない限り、あの子は罪を犯さない。ですからこれは現実ではない……梦華の心象風景です」
「こんなに寂しいところが、早乙女さんの心の中……?」
彼女の中に他人はいない。生きた人間はいない。駅という事は、彼女は何処かへ行きたい……今居る場所から逃げ出したいという気持ちがある。廃駅であるのだから、何処へも行けないこと……誰も助けに来てはくれないことを、彼女は理解している。
「夢の中くらい、楽しいことを映せば良いのに……」
「彼女は夢の世界を作品にしました。夢を現実に具現化することで、彼女の夢の中には現実が流れ込み……こうして何もなくなったのだと思います」
「でも夢……良かった。ここが本当に夢の中なら、イケブクロに帰るのも難しくないですね。早乙女さんを見つけて起こせば良いだけですから」
「果たしてそう簡単にいくでしょうか」
「先生、それフラグって言うんですよね? やめて下さい」
腐川先生の不用意な発言を、私は注意する。私の指摘を受けて、先生は悪びれなく笑う。
「あはははは、ごめんねマリーちゃん」
他の弟子達を親しみ込めて呼ぶように、先生は私の呼び名を変えた。ちょっと嬉しい。仕事ではなく、一人の人間同士として私達は会話をしている。私も先生の呼び名を改めた。
「腐川さん――……! 向こうから凄い魔力を感じます!! 行ってみましょう!!」
あれはロットちゃんの魔力だ! 早乙女との激しい戦いが始まったのだ。私がロットちゃんの力にならなきゃ! そのために私は――……
「私を守って! 夢術《愛の鉄壁要塞》! 《美形防御壁》!!」
「甘いっ! 腐術《幻愛擬態》」
「ミザリーちゃんの取っておき♪ 腐術《人類皆●兄弟》」
駆けつけた先。繰り広げられていたのは確かに激しい戦いではあった。夢って目覚めた後だととてもカオスだったりすることありますよね。私が見たのも正にそれ。「あ、これ本当に夢の中なんだなぁ」……そう実感する光景。
早乙女さんが従える美形男性達は族長越え、入り江の魔女越えの巨躯。ロットちゃんを踏み潰そうとする美形巨人が、ロットちゃんの腐術を受け……方向転換!? 早乙女を守る巨人の一人に襲い掛かる!? いや、……あれは抱擁!? 抱擁からの熱いキス!! そして何故ここにいるのか解らない、ミザリーまでもが戦っている。二人は嫌い合う仲なのに、腐術のタイミングはばっちり連携が取れている。腐術を受けた美形巨人は、二人一組になりいちゃつき始める。
もはや彼女の守りは瓦解! ならばと早乙女さんは攻撃に転じた。
「“前世の記憶・運命の恋人”! “古の約束・幼なじみ”! “遊びが本気に・憧れの先輩”!」
『こいつを泣かせて良いのは俺だけだ!!』
『お前は俺が守ってやるよ!!』
『この子は俺の物。悪い虫は払わないとね!』
召喚される美形達は今度は小柄。通常の等身大の人間だ。けれども全ステータスはカンスト。愛しい人に愛されるため努力をした? 天性の才能? 何はともあれ完璧を付与された空想恋人。剣と魔法を自在に操り、ロットちゃん達を追い詰める!
あらゆる意味でハイレベルな戦いに、私の理解は追い付かない。腐川さんは造詣があるのか、真剣な眼差しで戦いを見守っている。
「あ。あの……腐川さん。いえ、先生……」
私は再び先生呼びに戻ってしまう。悲しいことに、私にはまだまだ知らない世界があった。
「腐術はまだ、解るのですが……夢術って何なんですか?」
「マリーちゃん、それはだね。基本的には害のない、女の子の可愛らしい魔法だよ。素晴らしい力さ。どんな境遇のどんな生まれの子でも、夢術は全ての願いを叶えてくれる」
夢術は夢見る力。願い求める心の形。現実がどれ程辛くとも、夢は優しく包んでくれる素敵な力。けれども……自分が幸せになるために誰かを傷付けるのは、もはや夢術ではないそうだ。
「世の中には君のように、お姫様として生まれない女の子も大勢居る。でも誰もが心の何処かで思っているんだ。自分は特別な存在なんだって。自分はこの世界の主人公だ! 実は凄い力がある! 誰しもに愛される特別な存在だ! お姫様なんだ!! ……と言う風に」
取るに足らない存在であることは耐えがたい。それに気付けば死を望む者も少なからず存在する。先生のそんな説明に、私の胸は痛んだ。
(嗚呼、何だろう。この気持ち……)
解らないけど可哀想。どうしてそんなことを願うの? 誰しも生きて居れば、悩み苦しみは存在するのに。お姫様だって、特別な存在だって……生きて、苦しんで…………傷ついているのに。どうしてそんなことを願うの? どうして取るに足らない存在だと、同じ人間だと思ってくれないの?
「ダイヤちゃんにだって、そういう気持ちはあるだろう。だからこそ、私の力を頼ったんだ」
否定しようと顔を上げる。先生の顔を見て言えなくなる。
(ロットちゃんは――……私じゃ、駄目なんだ)
私一人に認められても、ロットちゃんは幸せになれない。私だけでは、ロットちゃんを満たせない。今だって彼女と一緒に戦うのはミザリーで。私はこうして昔も……二人の背中を眺めていたんだ。
パーティを抜けて二人になって、四人になって。私はロットちゃんの隣に立ったつもりになった。
「マリー……ちゃん?」
「えっと、……あれ? えへへ、おかしいですね」
胸には靄が掛かっている。自分の心を見失うような、寂しさはある。それでも私は悲しくない。悲しくないのに涙が出て来て止まらない。
『……王よ、お迎えに上がりました』
「…………へ?」
これは誰の声? 男の人の声だ。周りを見渡すけれども、私の傍には早乙女さんの美形達は見えない。
「マリーちゃん? ……マリーさん? どうかしましたか?」
腐川先生には見えていない? 私の正面に浮かぶ、青白く輝く短剣が。
『さぁ、私を貴女の御手で掴みなさい。か弱き姫よ。力があれば、貴女の愛する人もさぞやお喜びになるでしょう』
*
ミザリーとの連係攻撃。決まると最高に気持ちが良い! 魔法職二枚のパーティは久々だ。魔法と違って腐術は遠慮が要らない。相手の地雷など知ったことかとフレンドリーファイアも気にせずぶっ放す! 私も彼女もタフで、ほぼほぼ無効化出来ている。ダメージを喰らうのは諸悪の根源、早乙女だけだ!
「行くわよ!! 腐術“付き合ったけどお前じゃ勃たない”! “結婚後、男に目覚める”!」
「これでも喰らえです! “男に寝取られる系彼氏《恋は隕石のように》”!!」
「や、止めてぇえええええええええええ!! 絵面が汚いっ!! 私のイケメン達を穢すなぁあああああああああああああ!!!!」
ここは早乙女の夢の中。一対一では敵わなかった。そこに腐術界・期待の新星ミザリーが現れ二対一。手数言葉数、妄想の相乗効果で押しきれる!
私とミザリーには、趣味が合う面と相容れない面があり、相性最高と最悪までのブレ幅が大きい。今回は歯車がしっかり噛み合って互いの腐術を増幅出来ている!
「こういういかにも俺様って顔の奴って実はドMだったりするんですぅ! “属性《ギャップ萌え》付与”!」
「ああ。あるある。女に壁ドンしている陰で、実はモブに●●●とかされて●●●●とかにされてるわけよね。“脅され系貞操帯愛好家”付与っ!」
「ですですですの! こういうちょっと周りより美形度足りないけど可も不可も無くまとも的な客観的には十分美形的な奴が、特殊性癖持ってたりするんですぅ!! “幼児プレイ派おぎゃ攻めクソ野郎性癖付与”!! こっちのイケメンは“欠損願望四肢切断”」
「良い感じね。これだけ削れたらやれるわ。これで終いよ! 腐術《女体化》!!」
早乙女さんが生み出したイケメン達全員が、腐術を受けて女に変わる。頭を掻きむしり蹲る早乙女さん。美形を具現化する妄想力も失ったのか、泣いて脅えている彼女が若干哀れ。ロットちゃん達は止まらず、精神的オーバーキルを演出する。
「う、うがぁあああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
「はいはい、何が愛よ笑わせるんじゃないわよ小娘が。あんたの言う愛って、その程度!? ほーれほれ、あんたの愛しの王子様達じゃないのよ。その程度であんたの愛は無くなるの?」
「その程度でマリス様を愛しているなんてお笑い種ですの♪ 私はマリス様なら女どころか幼女になっても老婆になっても愛せますわ」
想像と違う言葉を口にしただけでマリスを殺そうとしたミザリー。マウントを取るためなら平然と己を偽れる姿は輝いていて、見た目だけなら堂々たる勇者の風格も漂う。元敵ながらあっぱれ。味方の時のミザリーは痛快な所もある。
「ふっ……やるじゃないミザリー。見直したわ。この短期間でここまで腐術をマスターしていたなんて。腐術《爆殺・究極地雷原》が決まったわね!」
「ほほほほほ! 地雷とか言ってるようじゃまだまだですの! 出された料理は全て美味しく頂くのが淑女の嗜みですのよ!」
アリュエットに負けるのは許せないが、ミザリーは見所がある。負けるつもりはないけれど、もし次敗れても……今回のように死ぬほど恨んだりはしないと思う。腐術を全力で出し切って、原稿への気持ちが少し楽になった。
「……もう、いい」
リザルト画面気分でポーズを決めた私達に、恨めしそうな声が届いた。早乙女だ。彼女はヨロヨロと体を起こし、焦点の合わぬ目で何処かを凝視していた。
「汚れた心のお前なんか脳味噌まで汚れている!! 汚れた体なんか要らない!! 女体化!? 良い!! お前なんかの体よりよっぽど彼の方がヒロインだ!! 私はコント様に転生する!! 女体化したコント様をマリス様は愛していらっしゃる! 私がコント様になれば何もかもが私の思い通りになるっ!!」
狂った笑い声を上げながら、これまた問題発言の早乙女。コントの件を知らないミザリーは軽く混乱。誤魔化しても面倒なので、ここは丸め込むことに。
「コント様が女体化?」
「……あんまり口外しないで欲しいんだけど、マリーの影武者で今あいつを女にしてるのよ」
「アニュエスが、コント様……ぶはっ!!」
「み、ミザリー!?」
「心底憎らしいですけどぉ……鼻血が止まりませんわ」
流石はマリスのストーカー。アニュエスのことは知っていたのか。
「まぁいいわ。そろそろ夢も覚めるでしょうし、詳しいことはあっちで……」
私の言葉のすぐ後に、パンと世界の割れる音。それを合図に景色が変わる。私達は現実の……早乙女の部屋で目を覚ます。ミザリーも此方に転がっていた。私達同様床に転がる腐川先生……それに早乙女。
「マリー? 先に起きたのかしら? ちょっと探してくるから、ミザリー……そこの女ふん縛っておいてくれる?」
「実害ありそうですし、渋々従ってやりますわ」
私が屋敷を一周し、部屋に戻って来た時も……先生と早乙女は目覚めず眠り続けていた。マリーの姿が見えないことも、偶然ではないだろう。
「まだ見つからないんです? 目覚まし系の魔法はあいつ得意だしやらせたいのに」
マリーを見つけられない私に、ミザリーは不満を漏らすが……軽口を叩ける余裕はなかった。
「……キャロット?」
「マリーがいないの……何処にも、いないの」
サブタイ迷いました。後から振り返ったとき、あああの回ねとなるのを泣く泣くチョイス。
クソ技名作るのがこのシリーズの楽しみの一つです。




