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12:鏡の魔書

『姫、危ないですから此方へ。お手をどうぞ』

『…………!』

『いえ、抱えた方が早い』


 少女に恭しく手を差し出す赤の騎士。彼は少女の白い手を取り引き寄せ、そのまま抱え上げてしまう。騎士の端整な顔立ちを間近で目にした少女は、恥ずかしそうに彼の顔から視線を外す。しかし両手は彼の首へと伸ばし、しっかり掴まる。書庫への長い階段が、永遠に続けばいいのにと……そんな淡い思いを抱きながら。


『どういうことだ! 効果が全く切れていないではないか!!』

『成分が気になるな。アデル、後から僕にも譲ってくれない? 言い値で買わせて貰うよ』

『うむ。我にも一つ……などと言っている場合か! アニュエス殿、よくぞ言ってくれた。貴様! これはどういうことだ!!』

『どうもこうも、先に進めば良いでしょう? 効果の切れる時間まで、【鏡の魔書(グリモ・ミロワール)】はご存知ですよ』


 騒ぎ立てる従者共を見下ろして、騎士は彼らを哀れんだ。…………という情報を今、私は目撃している。


「………………何コレ」

「えっと……色々あったんです。ロットちゃんが寝ている間に」


 夕方に目覚めた私は、マリーが差し出した本を見て……暫し二度寝を企んだ。


「起きて下さいーロットちゃーん!! この前にもっと凄い展開が!」



「赤領国の魔法書庫……?」


 差し当たっての目標は、俺の指輪を外すこと。という名目で、コントにーちゃんの鎧を何とかしたい。食事を終え支度を調えたところで、俺達は再びテーブルに着く。そこでアデルが提案して来たのは、赤領国への旅だった。


「ええ。貴方にその指輪を嵌めてしまったのは私の咎。まずはその償いをしなければなりません。そして見極めたいのです。貴女が真に防具に選ばれた方なのか」

「アデルさんそれならあの、アニュエスの鎧も実は」

「魔法の栄華を極める我が国の知が集う場所。姫の御手から指輪を外すことなど造作もありません。書庫の【鏡の魔書(グリモ・ミロワール)】であれば、どんな質問にも答えてくれましょう」


 俺の言葉を遮りながら、自信たっぷりにアデルが言う。そこには知らない言葉がまた現れる。


(【鏡の魔書】……知ってる?)


 ロアとマリスに視線を送るも、二人とも意味深に頷くだけ。さてはこいつら知らないな。完璧な感情擬態だけど、感情を読むまでもない。アデルの手前、舐められないよう知ったかぶりをしているのだ。ロアもマリスも強さだけなら化け物だけど、一応生きている人なんだよな。それなら知らないことがあっても当然か。


(仕方ない。俺が聞こう……)


 皆が馬鹿にされるのも面白くないし、これからの話し合いが揉めても困る。


「アデルさん、それって……【魔妃の防具】のことも?」

「無論です姫。防具に認められさえすれば呪いは解ける。武具にも別の呪いがありましたが、俺は【鏡の魔書】の導きで解呪しています」


 わぁ、また新しい情報だー。澄ました顔のマリスから焦り声が聞こえる。「捨てたら戻って来る呪いじゃなくて? え?」みたいな声だ。なんだかなぁ……


(ロアもマリスもなんか、抜けてる感じになっちゃってる……)


 これが恋とか愛は盲目という奴か。最強パーティがこんな腑抜けになるなんて精神攻撃は偉大だな。ダイヤねーちゃんが腐術を持ち出したのも、方向性としては間違いないのかも。


「書庫までは移動にどのくらいかかるんですか?」

「赤領国近郊までなら魔法で移動が可能です。魔法書庫は都に。壁から三日もあれば入れます」

「壁から……? 国内でも移動魔法は制限されているんでしょうか?」

「実際にそこまで行けばお分かりになりますよ。すぐに教えて差し上げたいのですが、祖国の魔法関連情報は国外で口外できないのです」

「……書庫のことは問題ないのか?」


 言葉を濁したアデルに、ロアの追求が飛ぶ。ロアはまだ彼を警戒している。そりゃそうか。特級勇者パーティが壊滅した《魔女の入り江》にアデルは一人で現れた。それもあのタイミングで。運命や偶然よりも、そのタイミングを狙っていたと考える方が自然。


(誰にマリーねーちゃんの事を聞いた? 外見情報はあやふやなのに、場所だけはしっかりしている)


 アデルの疑いが晴れない内に、彼のホームグラウンドに向かうというのは気が引ける。マリスの影やロアの飛ばした精霊が情報を総当たりしてくれたが、それでも【防具】について学園都市……いいや灰領国内に目新しい情報は見つからなかった。二人がややポンコツ気味なのは、疲労の所為であるのかも。疲れてるなら無理はさせたくないけど……俺達二人とアデルだけで赤領国へ行くのは怖い。


(鎧の呪いで、今はにーちゃんの奥の手も使えない。ロアは俺だけ、マリスはにーちゃんだけと協力は限定的……)


 そうだ。それで俺は魔女の入り江でマリスに見捨てられたんだった。アデルは一応恩人……疑う姿勢を続けていくのも心苦しい。せめて彼の声も聞こえれば……何を考えているか、せめて彼の言葉の真偽が解れば良いのだけれど。


「アーデールーさんっ!」


 不意打ちで、隣に座る彼へと手を伸ばし……彼の頬を軽く引っ張った。やはり何も聞こえない。俺の突然の行動にも、彼は怒りも動揺も表に出さない。目で見る情報では、驚きつつ絆されたように見えるのに。


「ひ、姫?」

「えへへ……表情硬いですよ」


 制御出来るようになるまでは、全ての声が聞こえていた。にーちゃん達と出会ってからは、パーティメンバーの声だけをキャッチするようなチューニングを覚えた。今はそれを意図的に、アデルに波長を合わせようとした。ロアやマリスはこれで、結構聞こえるようになったんだけど……アデルはやっぱり何も聞こえて来ない。あの“面白い奴”以降、本当に何も聞こえない。アデルが俺を警戒し、意図的に読ませないようにしているのだろう。


「ケーキのお礼に折角お茶を入れたのに……そんな顔するなんて、この葉は嫌い?」

「い、いえ! 毎朝飲みたいくらいです!!」

「ありがとうございます。もう一杯如何ですか?」

「では、お言葉に甘えて」


 俺がアデルを構っていると、昨夜の俺の言葉を疑うほどの迫力で、向かい席のロアの表情が大変なことになっていた。落ち着けと彼にもお茶を振る舞うと、元の端整な顔立ちに戻る。ロアの面白百面相に、コントにーちゃんもほっとしている。彼とマリスのカップにも茶を入れ直した。


(他の人を構っても、ロアみたいに変化はない……か。やるなぁアデル)


 感情の揺らぎがないって事なのかな。何も考えていない? 俺の読心術は魔法じゃなくて体質なのに、そんなものまで防げるスキルとか魔法があるとかなのかな。魔法で栄華を誇る赤領国ならあるのかも。


「……ではこの一杯を味わったら、出かけるとしましょう。姫……それに皆様もそれで構いませんか?」


 普段はにーちゃん任せな俺だけど、状況の所為でリーダー的な立場に追いやられている。パーティをまとめるのって大変なんだな。俺の決断を皆が待っている。

 アデルは恩人だけど、思惑は知れない。本当にアデルを信用して良いんだろうか? 彼のホームである赤領国に踏み込むこと。虎穴に入らずんば虎児を得ずって話だけどさ。赤領国には外から転移できない。赤領国から外へはどうなんだろう。逃げる算段もないまま踏み込んで良いの?


(……にーちゃんは行きたそうなんだよなぁ)


 俺が馬鹿だった。あんな話したら気になって当然だよ。ダイヤねーちゃんのルーツが赤領国にあるかもしれないんだから。……そうやって、使命を忘れて恋に恋するにーちゃんは微笑ましくて可愛いけどさ。板挟みなんだよな。答えを先延ばしにしている。


(ねーちゃんは、俺と同じ気持ちだよ)


 マリーねーちゃんと、コントにーちゃんが大事なんだ。でもそれは、将来を誓い合うとかそういうことじゃなくて。二人の使命が重過ぎて、そのままだといつか野垂れ死んでしまいそうだから。二人が一日でも長生きできるように、俺達も一緒に戦いたいってこと。


(俺は決めてるよ、もう)


 俺の心の声は、にーちゃんには届かない。今俺が笑った理由も彼は分からない。意を決し俺は息を吸う。


「みんな……私は……赤領国に、行きたいです」

「無論。我は何処までも付き合おう。…………付き合おう」

「リーダーが決めたなら仕方ない。僕も付き合うよ。純粋にその本に興味もあるしね」


 俺が気後れ気味に手を挙げれば、異論はその場に出なかった。俺やにーちゃんに良いところを見せたいのだろう、二人からは俺に任せろと言わんばかりの声が漏れ出す。ロアとマリスは赤領国から逃れる術も持っている風。それなら躊躇は必要ないか。いや待てロア、何故今二回言った? 二回目の意味が意味深過ぎるけどひとまずスルーの方向で! 俺はにーちゃんに向き直る。


「アニュエスも、来てくれる……?」

「勿論。共に装備の呪いを解こう!」

「うん!」


 にーちゃんの鎧、絶賛これ【魔妃の防具】だよアピールをアデルにかましてやったが、特に彼の反応はない。ロアが揃えた俺の清楚な装備を褒めるくらいだ。余程半裸の女が嫌いなのだろう。


「では最終確認ですが……皆様は学生のご様子。数日……長ければ数週間空けることになりますが構いませんか?」

「ありがとうございます。でも大丈夫です」


 学園は王立だけど、出資を担う勇者ギルドとも関係が深い。俺達やTwin Beloteが再び学生の身分に落とされたのは、「今回の騒動は半人前ですので大目に見て下さい」という免罪符かつ足枷のようなもの。本来俺達もTwin Beloteも卒業する(していた)はずなのだから、学園の授業は自由参加だ。所属の肩書きがギルドから学園へ変わるだけ。

 俺はパーティの関係で飛び級だったから、本来ならばあと一年……学園生活が残っていた。これまでは自分の戦闘スタイルに合わせた履修を行っていたけれど、折角だしと今年からは魔法の授業を多く学んでいた。


「授業中に世界が滅んだら馬鹿みたいだからね。強ければ何の文句も言われないよ、基本的には」


 マリスの言葉は至極もっとも。マリスのことが気に入らないアデルもこれには納得したようだ。


「ああ、そうです。もう一つ問題がありました……我が国は入国審査がとても厳しく、このままでは門前払い確定です」

「ええええ!? そうなのアデル? 何か方法はない? ……あっ。ごめん……なさい! つい……」


 彼に縋り付き、口調に親しみを滲ませる。目的は勿論アデルに揺さぶりを掛けること。恥ずかしげも無く自分の武器を活用したつもりだけど、これでも感情は揺らがないか。凄いなぁ。顔は照れとか表現出来ているのに、心の声だけ聞こえない。


「俺を仲間と認めて下さったのでしょう? 嬉しいですよ、どうかそのままで」

「あ、ありがとう! それじゃあアデルももっと砕けよっか? ね?」


 ぎゅっと彼の手を握り、腕を絡めたところでロアの歯ぎしり音がした。

 わー。俺何してるんだろ本当。なんで男を籠絡する作業してるんだろうな。憎い。マリーねーちゃんの英才教育が憎い。ねーちゃんと一緒に装備品買いに行く度、対男悩殺テク妄想劇場が開演して、俺がこの装備でどうやって男を誑かすかみたいな話を数時間に渡り語られるんだ。俺もたまに、なんでこの人のこと好きなのか解らなくなる時があるよ。そういう意味じゃ、俺とにーちゃんは似た者同士だ。


「賄賂とかどう? 不幸な事故とかも僕は得意だけど?」

「アデル殿、貴方の力でどうにかならないか?」

「そうですね……俺の身分ではそこまで融通は利きません。いっそ、昨晩は破られてしまいましたが、それこそ姫と俺が結婚でもすれば入国審査は楽になります」


 マリスの提案を俺達は満場一致で無視をして他の方法を模索する。皮肉なことに、アデルの冗談めかした提案が最も穏便な方法だった。


「そんなので良いの? 偽装結婚で変なの国に入り放題じゃない?」

「その辺りは、嘘を見破る魔法装置があります。その対策に……姫に此方を飲んで頂きます。効果は一時的な物ですが、入国の際に役に立ちましょう。皆様にはこれを」


 皆に一粒白い丸薬、俺には赤い液体の入った薬瓶が追加で渡された。


「アデル、これ何?」

「惚れ薬と暗示薬ですね」


 アデルが答えたその瞬間、ロアが武器を構えた。


「落ち着けロア殿。入国に必要なことなのだろう」

「しかしアニュエス殿! 誰も正常な判断が出来ないまま行動するというのは致命的だ」


 アデルを信用しなければ成り立たない入国方法。裏切られたら悲惨なことになる。彼は俺達を試しているのだろうか?


「何かあったら貴方が精霊人形を使って止めれば良い。先に数体放しておけば問題ないはずでは?」


 にーちゃんの言葉に、ロアは渋々武器を降ろす。そして膨大な魔力を込め、精霊人形を魔方陣で送り込む。赤領国付近に潜伏させたに違いない。


「解った。指輪もあるし丁度いいかも。偽装ってバレなきゃいいん……だよね? はい、お揃い」


 俺の分身を作る要領で、俺の一部となっている指輪のみを再現させる。思い付きだけど上手くいった。アデルの左薬指に俺が指輪を出現させると、向こうで大きな物音がする。ロアが卒倒した音だった。


「あはははは! それは名案だねマリー! 僕らは君の子ってことにするの?」

「見たところ姫はエルフの血も引いておられる。問題ありません。唯そこの黒髪騎士殿は無理ですね。私と姫とは似ても似つきません故」

「舐められたものだねぇ。これでも僕とマリーは血の繋がりがあるんだよ。それから、僕には不要だよ。嘘も魔法も得意だからね」


 洗脳薬など必要ないと、マリスが丸薬を突っ返す。アデルを信用していないポーズは自分一人が取れば良い。そんな意思を感じたが……「僕が正常に判断出来では安心だろう?」なんて言葉には、日頃の行いの所為で、誰も頷けなかった。



 そして話は夕刻まで進む。私は重い瞼を擦る。


「おはようマリー……」

「おはようございますロットちゃん……!」


 ジャージ姿に黒いリボンのマリーが見える。今の格好には似合っていないが、気に入って付けてくれている。彼女の後方、時計に目をやった。二度寝してから三十分が過ぎている。悪いことならもっと必死に起こしただろうから、悪い話ではなさそう。完全に意識の戻った私に、マリーは本を開いて見せる。


「ロットちゃん……これです! これを見て下さい!!」

「なっ……こ、これは!! 惚れ薬と洗脳ですって!? これだけで薄い本作れちゃうネタじゃないの!! 何あいつら、私が大変な目に遭っている時にこんな美味しいことを!! っていうかあいつら入国しちゃったわけ!?」

「それはここを見て下さいロットちゃん! 自分の目で確かめないと!」


 マリーに促され、私は本を覗き込む。文字が音と色へと代わり、彼らの姿が見えて来た。夕日の下、高く聳える赤煉瓦の城壁。これが【赤領国】……“ルジェアの赤い盾”。そこで彼らは門番に、入国審査を受けている。審査を受けるまで……朝から並びこの時間まで掛かったようだ。列に並んだ大半は、追い返されている。


『入国希望というのは其方の五人で間違いありませんか?』

『はい、国外で良縁に恵まれまして。結婚式を挙げたいので家族で戻って参りました。此方が妻です』


 妻と紹介されたレインは、恥ずかしそうにこくこくと頷いている。圧倒的新妻感……にも関わらずロアとコント(アニュエス)というでかい子供が居る。この美少女(今は半分)が二児の母かと思うと私も鼻血が噴き出しそうだ。


『アデル様……申し上げにくいのですが、子供というのは其方の方々ですか? 貴方の出国記録並びにご年齢から、お子様が大きすぎるのではないかと』

『おや、彼女に辛い過去を説明させる気? 先祖の誰かにエルフが居てね。その影響で成長が遅いんだ。あの二人は連れ子だよ。正真正銘あの子が産んだ』


 マリスに促され、ロアとコントがレインをママだのマミー呼ばわりしている図の破壊力。暗示薬でレインが母親だと、マリーだと思い込んでいる状態。コレを見て鼻血垂らしていた本物のマリーは強者だ。彼女はレインが可愛ければ何でもいいのか。


『……言われてみれば確かに、どことなく面差しが似ているような。しかし貴方はそうは見えませんね』

『僕は妹の結婚式が見たくて付いて来たんだ。数日の滞在許可も下りないのかい? 入国装置とやらに入れば、真偽ははっきりするんだろう? さっさと試させてくれ』


 マリスは口八丁でその場は乗り切り、あの男……殆ど嘘ばかりなのにどういう訳か装置を乗り切り入国をした。規格外の存在だ。まだまだ手の内が知れない。本当怖い男だ。


(それにしても……どんな成分の薬を盛ったのかしら? これ人格や精神にまで浸食しているようだけど)


 レインは花のような笑顔をアデルに向け、そしてすぐに目を逸らす。恥ずかしさが最高値まで達し言葉も発せられないようで、顔を赤らめもじもじしている。可愛い。あのレインが……あのレインが…………男相手にこんな顔をするなんて! 普段とのギャップが凄くて興奮するわ。少女めいた姿に健康美。快活系美少年である彼が、今日は深窓の令嬢バリの美少女感。美味しいがまずいことになっている予感もする。


「……凄いわね」

「はい! レー君可愛くて可愛くて!! 早起きして今までずっと観察しちゃいましたね。ロットちゃん起こそうか迷ったんですが……お疲れのようでしたので」


 なるほど、机で寝落ちしたはずの私が布団で眠っていたのはそういう訳か。マリーが運んでくれたのね。あれ以上悪夢を見なかったのも頷ける。


「マリー、その本預けておくからまた何かあったら教えて」

「解りました。作業のお手伝いしながら見てますね」

「いや、こっちは大丈夫だから。他領入りだとあいつらも心配だしそっちに集中して。よろしくね」

「……ロットちゃんこそ、困ったらすぐに呼んで下さいね」

「困ったら……ね。ああ、そう言えばあのさ……あの女に室内の盗聴されてたのよ。もし本が何事もなくて暇があったら、そっち探して置いて欲しいんだけど」

「ああ、あれですか? 全部引っこ抜いて破壊してゴミ箱に捨てましたけど……初犯なんでしょうか? 仕掛ける場所が素人ですよね。もっと上手いやり方が」

「流石よマリー。それで……それ何時やった?」

「ロットちゃんがお風呂行ってる時ですね」


 パーティ年数イコールレインの盗聴歴数年プリンセスであるマリーの手腕は見事な物だ。その後の情報は彼方に漏れていないと見て良いだろう。


「ふぁあ……じゃちょっと気分転換にお湯借りてくるわ。頭スッキリさせたいし」


 部屋はマリーに任せれば大丈夫。安心した私は欠伸をしながら廊下へ出……部屋の外に置かれた食事とメモ書きを目撃する。拾い上げたメモには、あの女からの言葉が書き綴られていた。


「えっと……これ早乙女さんから、ですか?」

「……痛い目遭わせたつもりなんだけど、あれ全然懲りてない」

「何て書いてあるんです?」

「…………もう何個か、やばいスイッチ入っちゃったみたい。ちょっとガツンと言ってくるわ。早乙女ー!! いるのは解ってんのよ出て来なさいー!!」


 借金取りになったつもりで彼女の部屋の戸をガンガン叩くが出て来ない。ドアノブに手を掛ければそのまま戸が開く。


「……っ! ロットちゃん、これって!!」

「魔方陣……ね。これ一方通行だし自力でっていうよりか、目を付けられて連れ攫われたみたいね」


 彼女の部屋に広がる魔方陣は血で床に描かれていた。魔物を呼び出そうとして失敗したとみるべきか。いや、彼女に付け込む者が現れた?


「ダンジョンに封印された魔物は、元々は倒せないくらい強力なだから……弱体化が狙いでしょ? 食料を与えず弱らせて何時か勇者に倒させるって言う」

「封印モンスターのダンジョンに、魔方陣を繋げてしまったってことですか?」

「高位モンスターって、長い間封印してもなかなか死なないわよね。あいつらには抜け道があるの。どっかの馬鹿に甘い言葉を投げかけて、その馬鹿な食料を招き寄せるっていうやり方ね。どこの世界でも年間いくらかは行方不明者って居るでしょ。その内の何割かはそういう奴なのよ」

「それじゃあ早乙女さんは……」


 異世界舐めてたツケが回って来た。ある意味夢の一部が叶ったのだから喜ばしいことじゃない? なんて言ったらマリーに怒られるな。彼女は身をもって知ることになったのだ。別の世界というものを。


「ま、これで静かに原稿できるでしょ。先生にはネット炎上で錯乱して失踪したって言ってくるから……」

「ロットちゃん! 流石にそれは……」

「マリー、あんたは知らないだろうけど、あの人は私の逆鱗に触れたの。私はそれで私やあんたが危険な目に遭うのは絶対に嫌。仮に早乙女を助けて魔力が尽きたとするわよ。コント達の方に何かあった時に、何も出来ないくらい私達が弱っていたら……ううん、死んでいたらどうするの?」

「……ロットちゃん」

「……ごめんね、あんたに当たるつもりはないんだけど。手紙のことでちょっと気が立ってて。大丈夫よ。このタイプの魔方陣は……餌を増やすことを目的としていることが多いの。彼女は数日は生かされている。その間にあっちも何事もなくて魔力が回復したら考えてやるわ。だから、その……でも、先生にこんなこと言えないじゃない。あんたから先生に……上手いこと言って来てくれる? 私も頭を冷やしたいの」


 早乙女を見捨てると言う私に、コント同様根っからの勇者気質のマリーは異論を唱える。口では私に勝てない彼女に、起死回生の手を……それに繋がる道を示せば彼女は素直に従った。先生なら、弟子の私にもの申すことが出来るだろう。それに早乙女がどういう人か知ることが出来るかも。マリーが私の提案を断る理由はなかった。


「わかりました……ロットちゃんは部屋で待っていて下さい」


 廊下を駆け出すマリーを見送り、私は戻る。私達の部屋ではなく、彼女の部屋に。


「あーあ、本当嫌になるわ」


 手紙に私は目を落とし、盛大に溜め息を吐く。


(考えたわね……確かにそれが一番だわ)


 例えば決して完成してはならないパズルのピース。全てを完璧に隠すより、最後の一つが絶対に見つからない場所に隠す方が良い。例えばそう、別の世界に。

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