第二部:マトリョーシカ ~百旗の英雄物語~
始めましての方もそうでない方もよろしくお願いいたします。
挿絵を描いたので貼ってあります。挿絵が苦手な方はお気を付けを。
では、お楽しみください。
魔なる血には力が宿る。
大昔、神が人前にその偉功をお示しになられていた時代、物語に描かれている英雄はその身に竜の血を浴びたことで竜の力を得て大英雄となり。また、不治の病に罹った美女はユニコーンの血を飲むことで病を治し不老を手に入れた。
だがこれは、英雄という器であったがために受け入れられた力。傷付いたその傷を埋めるために使われ、溢れること無く済んだ力だ。
一般的な健康体の者がこの力に授かろうとしたならどうなる事だろうか…
空気を入れすぎた風船のように破裂?
エナジードリンクを飲み過ぎた者のように、魔に対し中毒死?
それとも、ハイになってお月様どころか火星まで飛んで行った者のように役立たずの廃人になってしまうのだろうか?
その答えは分からない。
今は竜もユニコーンもいないから。
でも、想像はできる。
何故なら、竜のように強く、ユニコーンのように如何なる傷でも治してしまう不老不死級の魔なるモノは居るから。
いや、突然現れたと言うべきか。
私達は、その彼らの正式な名前は知らない。
突然現れたから、分からない。見た目が個体ごとに違っているから、いや、そもそも調べようがない。強すぎるから、見た目があまりにも醜く見たくも近づきたくもないから、知ろうとも思わない。
知ったところでどうしようもないという事は分かっているので、調べることを放置しているのだ。何故なら、彼らの出現と共に私達人間の社会システムは崩れ去り平均して中世ヨーロッパ前の文明レベルまで押し下げられたのだから。彼らの正体を知ったところで今の私達ではどうすることもできない。竜ように強いとはこういうことだ、手も足も出ないことなのだ。
それに彼らを呼ぶ名には困っていない。彼らには共通した特徴があり、その特徴を持った在来者の名を借り彼らをこう呼んでいる『ピエロ』と。
その、ピエロ達の血を浴びた者がどうなるか知っているから、先の、魔なる者達の力を得ようとした者達の末路が想像できるのだ。
ハリケーンに小舟が一艘突っ込んだところを想像してほしい。
ハリケーンを収めることが出来る船は星と言う箱舟だけ、人がその力を得ようとすれば飲み込まれて終わりだ。人ではなくなってしまう。
巻き上げられて落とされ、木端微塵。それだけならいいのだが、破片や本体が電線や家屋そして人に当たったなら… 言うまでもないだろう。
ハリケーンを前にし、その圧倒的な力に魅了されて近づいて行くような馬鹿や阿呆の一種はピエロになって力を得ようと奇行に走るのだが、そうでない者達はそうしない。結果は目に見えている。言うまでもない。
望まず血を浴びてしまった場合は不幸な死だ。でも、自ら望んで浴びたなら傍迷惑な自殺だ。
ピエロの血を浴びればピエロに飲み込まれる。ピエロの血を浴びた者は、はれてピエロの一員となる。なってしまうのだ。
過ぎたるは猶及ばざるが如し、過ぎたる力を得ようとすればその者は愚者と成り果てる。まさにピエロだ。
でも、ピエロを馬鹿にすることはできない、私達はピエロ達に踊らされているのだから。馬鹿にしたらいけない理由は、言うまでもないだろう。よっぽど下手じゃない限り、投げたブーメランはかえってくる。
ついでに一つ教えておこう、訳も分からずに投げている馬鹿とかえって来る事を知らない馬鹿と刺さっている事に気づかない馬鹿は見捨てて行くのが現代人の賢い生き方だ。巻き込まれる奴も馬鹿呼ばわりされる、死んだ後で馬鹿にされたくはないだろう。
でも、そんな馬鹿も馬鹿にできない時がある。
馬鹿と天才は紙一重。時には例外が存在する。
鳶が鷹を産み、ピーナッツの中からマトリョーシカが出てくる程度の可能性ではあるが私達人間の中からも例外が産まれる。
時にそれは大英雄とも呼ばれる存在であり、ピエロ出現前に戻れる希望、救世主。
その大英雄が産まれる裏には、竜を倒す事と同等の試練苦行があり聖獣を殺めるような苦悩苦痛がある。
これは、想像ではない。
知っているのだ。
私達は大英雄の抱える様々な栄光と影を、知っている。
その大英雄が大英雄と呼ばれるようになる前、英雄と呼ばれる前、戦士や騎士と呼ばれていた頃に… いや、少女と呼ばれていた頃に、私達は大英雄にあの子に救われたから。あの子の歩む道が棘の道だと知っている。
あの子と言うのは大英雄に対して失礼かもしれないが、そう言ってしまう程幼さの残る顔立ちをした少女だった。
そんな少女がピエロと戦っているのだ。
現実は小説より奇なり、私達が見たものは御伽話でも妄想でもない。もし、そうであったなら世界は絹のように柔らかであったかもしれない。が、現実は、世界は残酷で美しい。
絹に包まれるような安眠よりも少女の流す鮮血を、私達は選んだ。
大英雄
そう祀りたてる事で、あの子は私達とは違うと言い聞かせているのかもしれない。 が、自分に言い聞かせたところで寄生して生きている事には何ら変わりない。
私達の希望は少女の流した血の上でしか輝けない。
輝きに魅かれた蛾であり、血に群がる蛆。
何も出来なかった… いや、何もしない何も出来ない、そんな私達はピエロや馬鹿以下の蛆だ。しかも一人の少女に寄生して生きているヒトヒフバエの蛆だ。
あの子は、かの大英雄は、私達の様な蛆をその身に宿しピエロ達と戦っている。
それを私達は知っている。
大英雄の栄光と影、私達は寄生してでも生きる事を選んだ。
それほど、少女の血はうまかった。
*
「くせぇ」カビや埃の臭い、そして鼠などの小動物の糞尿から発せられるアンモニア臭が鼻をふさぐといった拒否反応をとってしまう程の不衛生な臭いが薄暗い通路に溜まっていた。目で見えそうな程のその臭いは換気が悪く空気が淀んでしまっているのが原因の一つだが、最大の原因は長い間人の手が入らなかったことによるものだろう。
「四半世紀どころじゃないな、下手するとピエロ出現当初から人が入ってないのかもしれない」鼻をつまんでいるため少々間抜けな声ではあるが、元の声が美しいことが容易に想像できる澄んだ声が薄暗い通路に響き渡る。声量が大きいからではなく、たんにこの通路が静かであるから彼女の声が響いたのだ。そんな静寂の支配する通路を声の主はランタンを手にし歩く、もう一方の手で鼻をつまみながら。
30分ほど歩いただろうか、臭いにも慣れ、手持ち無沙汰に空いた手で辺りを探索しながら目的地へと足を運んでいた。途中で何度か大きな空間に出たが、この通路が何の目的で作られたのかを思い出し空いた手を遊ばせる事なくその大きな空間を足早に通り抜けた。
七億人戦争時代の防衛障壁内通行路。七億人を兵士として動員して戦うと、ある国とその連盟国家が宣言したことで始まった世界大戦、それが七億人戦争。実際に七億人が兵士として動員されたのかは疑問だが、本当にそうだったんじゃないかと思える程の大規模な軍事施設が今だに残っている。今居る場所もその一つだ。
「幽霊とか信じてないけど、いい気分じゃないよな」臭いに気を取られていたがこの通路は不気味だ。幽霊が出るから、と皆は此処へ入ろうとしない。70mを超えるこの壁を死体を積み重ねる事で山を造り上って来たという、幽霊がどうのこうの以前に気味の悪い場所だ。
(資源の宝庫なのにな)とは思いつつも、自分も任務じゃなければこんな所へは入ろうとさえしなかっただろうと思う。
「にしてもくせぇ」慣れたと思っていたがやはりキツイ臭いだ。この異臭は小動物の糞尿だけではない、おそらくは死体の臭い腐敗臭と言うやつだ。こんな場所では当たり前と言えば当たり前の臭いなのだろうが、あまりにもキツイ臭いだ。ガスマスクが要ったかもしれないなと、ポケットから取り出したハンカチを鼻と口を覆うようにして当てた。
「私はこの程度じゃ死なないけど、変なものを吸い込むのは気分良くないからな」変なものと言葉を濁したが、ようは乾燥し粉末状になったアレだ。絶対吸い込みたくない、でももう遅いかもしれない。もうすぐ出口だ。
「何かイライラしてきたな」こんな任務を出してきた上司に腹が立ってきた。帰ったら一言いってやろう… ん?「帰りもここを通るのか… 」溜息を吐きたい気分になるが、口に何かが入ってきたら嫌なので我慢する。
結果、「ん~」と荒い鼻息が漏れハンカチ越しに生温かい湿った空気を手に届ける事となった。手の平が少しむず痒い。
「ん~、だいたい何で私だけなんだ」いつもそうだ。
「全部これのせいだよな」そう言いながら左胸に付いた勲章に目をやる、嵌め込まれた宝石の煌めきが胸の盛り上がりのせいで角度が上がり目に刺さる。それは、英雄勲章と呼ばれる国王が騎士を超える存在に与える勲章だ。ランタンの光だけでここまで眩いものかと驚いたが、この勲章をくれた人物を頭に思い浮かべると当たり前の事なのかもしれないなと思い驚きは小さくなった。
「皆して、こんなにもうら若い乙女を… 自分でうら若いとか乙女とか言うもんじゃないな」実際にそうだとしても、自分で言う事により説得力が半減してしまうから。
「いや、半減どころではないか… 」頭の中にある人物が『 私ってさぁ、イイ女でしょ。でもぉ、イイ女過ぎて男が寄ってこないのよねぇ~ 』と言っていた姿を思い浮かべて半減どころではないと結論付けた。
(あの人は、確かに同姓の私から見ても美人ではあるが……… ん? )何と言うべきか悩んでいる間に出口の見える所まで進んでいたようで、気付くと雨音が通路内に響いていた。お世話になっている色々と残念な美人主治医を何と表するべきか、という悩みとも言えない悩みは出口が見えた事で外に見える雨と共に何処かえ流れて行った。
「ようやく出口か、しっかしあれだな、薄暗くて全然気付かなかった」この通路に入るときにはそれほど目立った雲もなく雨が降りそうな気配なんて無かったのだが、外ではここからでも分かる程に轟々と雨が地面を叩いている。
「夏だし、ゲリラ豪雨ってやつか?」七億人戦争前の記事を集めた映像資料などに時たま出ていた単語を脳裏から引っ張り出し使ったが、要は通り雨だ。すぐに明ける。
背負っていた荷物を下ろしそれに腰掛け(臭いが薄れたと感じたのは慣れではなく湿度のせいだったのかもしれないな)とかそんな事を考えながら雨が明けるまで待った。
*
小さな畑と数本の果樹が辺りを囲う赤い屋根のログハウスを暖かな陽射しが包み込んでいた。だが、それに負けない程に陽気な空気が家の中から溢れ出ていた。心地の良い幸せな空気だ。
「夏に生まれるから夏希なんてどうだろう?」目を細めた男が明るい声で椅子に座った女性に声を掛ける。
「夏と言っても暦の上ではだよ、ほとんど春だよ。それに、産まれてみないと男の子か女の子かも分からないのに」と、女性も目を細めて明るい声で男性に答えた。女性のお腹は大きい、妊娠八ヶ月といったところだろうか。
「春もいいけど、夏が良いな。夏って温かくていいじゃん、短いけど俺は夏が好きだからな」あとそれに、と前置きをして更に本人ではかっこいいと思っているのであろう決めポーズと共に男性は女性にこう言った「ロストテクノロジーを使わなくても俺にはわかるぞ、この子は君に似た可愛い可愛いそれは可愛い女の子だ。父親の超能力で分かる!」何を言っているのだろう。恥ずかしげもなく女性―― 妻を褒めるという勇気ある発言をした彼には好感を持つが、何を言っているのだろうと思ってしまう程に若さも感じられて見ている方がむず痒くなってしまう。どうやら彼の妻もそのようで、「わけがわからないよ」と恥ずかしさと照れで顔を赤らめていた。
「ハハハッ」彼は妻のこの顔が見たかっただけなのか、何も言わずに満足そうな笑みを浮かべている。すると、それを察した妻が頬を膨らませて、仕返しにとツッコミを入れた「使えないからロストテクノロジーなんだよ」と。何の仕返しにもならない、攻撃力の無いツッコミだ。
そんなことは彼女が一番わかっているので可愛らしいパンチを放っていた。
実に、微笑ましい光景だ。
ピエロの蹂躙する世界で、いや、だからこその幸せ。
子は宝だ。
これまで子宝に授かれなかったこの夫婦にとってはなおの事だ。
子を授かる事は祝うべきものであるということを教えてくれる。
でも、ピエロはこういうのが大嫌いだ。
ピエロは、砂糖をたっぷりと入れたジャリジャリ食感の楽しい甘い蜂蜜の様な他人―― 人の不幸が大好きだ。
そう、ピエロは人の不幸を理解している。
そしてそれを楽しむのだ。
ピエロにとって人の不幸とは嗜好品。昭和の男がタバコを吸うように、平成の子供がゲームにかじりつくように、性の喜びをしって盛りの付いた若者のようにピエロは人の不幸を貪り喰らう。
これは、人がピエロの生態について知っている数少ないものの中の一つだ。
ピエロは人の不幸が大好き、そうとしか思えない行動をとっている。その一つに人を捕食するというものがある。ピエロの力があればどんなものでも捕食できるのにわざわざ人を喰べる。
ただたんに、人の数が多かったからという訳ではない。そう言い切れる。
まず、そもそもピエロは食事をあまり必要としていない、と言ったら語弊があるかもしれない。ピエロは殆ど何も食べなくてもいいという訳ではないから。石や木など何でも食べれるから食事をとる基を意食事に対して労力を掛けるという考え方がないのだ。でも、ピエロは苦労してでも人を喰べる。捕食されるというのは生物としての恐怖であり、目の前で同族が喰われるのは不幸を目の当たりにしているという事であり、そのての不幸に最も慣れていないのが繁栄を手にしていた人だった。数が多く、人が他の生き物に比べて感情が豊かであるのも大きな要因だ。
手軽に不幸を楽しめるからピエロは好んで人を喰べるようになった。
人の数が減ってきていると分かったのか、ピエロは人を喰べる量を減らした。要は管理しだしたのだ。
これは、とても恐ろしい事だ。サイコホラーな猿の惑星と言うべきか、いや、それよりも恐ろしい事だと言える。良い例えは浮かばないが。
そして、その恐ろしいという感情で人の不幸は高まりピエロはより深い欲求を覚えた。
そして更に、もっと質の高い人の不幸を求めるようになった。
ピエロはさほど知能は高くはないが、人よりも圧倒的に力のある存在だ。文明を持つ以前から人が美味しいものを食べる為に惜しむことなく努力してきたように、ピエロも人がより不幸になるように努力し工夫してきたのだ。
人はピエロの家畜になってしまった。
抵抗されたところでそれを抵抗してきていると感じられない程に自分より圧倒的に弱く、それでいて知能はあるから勝手に生きながらえてくれて手間もかからない上に、世界中何処ででも生活ができて年中繁殖することもできる。
一番の利点はどの生き物よりも美味しい不幸が味わえる事だろう。最高の家畜だ。
と言っても、ピエロに家畜や管理などの認識があるかは分からない。
流石にそこまでは分からない。
もし、想像通りだったらその絶望と人々の不幸にピエロが涎を垂らすだけなので考えたくもない。
でも先程から述べているように、ピエロは人の不幸を理解してより不幸になるように努力し工夫してきている事は分かっている。
どんな工夫か知りたいかい?
仕方ないな。
では、氷山の一角だけお見せしよう。
さっきの夫婦を見てごらん、不幸の真っただ中だよ。
「由美子…」彼は朦朧とする意識の中で必死に愛する妻の名前を叫んだ、叫んだのだがその声は非常に弱々しく今にも消え入りそうであった。
無理もない、肋骨は折れ肺に刺さり叫び過ぎて喉は切れているのだ。
それでも叫べたのは妻への愛とまだ見ぬ我が子を助ける為、そしてピエロに対する憎悪からだ。
ピエロはそれを嗤う。憎悪が絶望へと変わる事で人は不幸に沈むと知っているから、ピエロは彼の目を見て歓喜し嗤う。憎悪がより大きくなるのを見て更に嗤う。
それでも彼はピエロへの憎悪を絶やすことなく燃やし続ける。
ピエロを見かけたら逃げろと誰かが言っていた、彼はそれを正しいと思う。ピエロの血を浴びピエロになってしまっては最悪だから。
(でも!逃げれるわけがない!!!妻を!お腹の中の子供を!置いて逃げれるわけがない!!!!!)
ピエロになってでも妻と子を助け出す、そんな想いで振るわれた彼の拳をピエロは嗤う。人の拳など効くわけがないと嗤う。ハンドガンで画鋲を踏んだ程度、対戦車地雷で擦り傷打撲、細切れになったとしてもプラナリア以上の分裂と再生を行い数を増やすだけ、血を吹き出すのはわざとであり人を脅えさせるためだ。
この場合はそれはしない、喰べれるのが二人しかいないからそれはしない。
憎悪に身を任せ、ピエロに振るった彼の拳は鋼鉄にでも叩きつけたかのように酷く歪んだ。
ブクブクと破裂しそうなほどに膨れ上がったこのピエロの身体は、脂肪がついているのではない。膿んだような不快な光沢のある赤みを帯びた不健康な肌には至る所に穴が空いており、中に何かが詰まっているということは明白であった。酷いニキビや乾癬のようでもあるが明らかに違う点がある、それは穴でありその穴の中に詰まった何かが蠢いているという点だ。
寄生虫、ヒトヒフバエ、ウマバエと呼ばれる蠅に蛆に寄生された者の皮膚によく似ていた。膨れ上がった皮膚の下、全てが蠢いている。
ピエロの桁外れの力を考えると、実際に寄生されているわけではないのだろう。それに、ピエロの血を飲み肉を喰らい生きていられる生物が居るとは考えにくい。
なら、見ただけで発狂してしまいそうなその姿は何の為だろうか。おそらく、血を吹き出す為であり人を狂わせる為だろう。
そうとしか思えない。
そんな、見ただけで狂ってしまいそうになるピエロを彼は歪んだ拳で殴り続ける。叫びにならない叫び声を上げながら殴り続ける。
妻の苦しみに比べたら、と。殴り続ける。
彼の妻はピエロに犯されている。
ピエロは彼の目の前で妻を犯している。
妻は夫の目の前でピエロに犯されている。
夫は目の前でピエロに犯されている妻をラクにしてやることもできないでいる。
夫は妻が犯されているのを見てピエロが人を歪めた姿をしている理由が分かった気がした。
どれぐらいの時間が経ったのだろうか、いまだに助けは来ない。
来るはずがない、ピエロには近づかないのが鉄則だから。助けなど来るはずがない。
遠くから銃で妻を撃ってくれるだけでもいい、愛する妻を殺してくれという願いたくもないそんな願いも届かない。彼の歪んでしまった拳は力なく垂れ下がり、叫びは既に涸れ果てもはや肺は動いてさえいなかった。
妻は何を思うだろうか、何も出来ずに先に死に逝く夫に対して何を思うだろうか。
彼は憎悪と絶望と後悔と恐怖、そして先に死に逝くことへの罪悪感の中で死んでいった。ピエロの口の中で死んでいった。
ピエロは嗤う。
美味しかった、と嗤う。最高だ、と嗤う。
自分が組み伏せている女が更に深い不幸へと墜ちて行く姿を想像し涎を垂らし嗤う。
楽しませてくれた女、快感をくれた女、この女をここで喰らうのはもったいないと嗤う。
そして、ピエロはあることに気付いた。
女の中に入れている体の一部が、小くひ弱な生命体に触れていることにピエロは気付いた。
これが、人の子供だと理解した。
ピエロは少し勿体無い事をしたなと思った。今喰べた男にもこれからする事を見せてあげたかったと思った。そんな嗤いを浮かべた。
不幸に底は無い。
だから、ピエロの努力と工夫にも底は無い。
ピエロの行ってきた人が不幸になる工夫について、今回お見せするのはここまでだ。
妻の不幸についてお見せすることはできない。
底の無い連鎖する不幸を見るべきではないのだ。
見た者もまた、その不幸の連鎖に連なる者になってしまうのだから。
それに、この物語において……
*
王都、西区正門より西へ70km。開拓地と未開拓地の境界線のように高く長い防衛障壁が視界の続く限り延びている。此処は、ピエロ出現前の時代の街並みがいまだに残る未開拓地。
石と鉄の大樹立ち並ぶ、いや建ち並ぶと言うべきか、とても人の手では造れそうにない長方体の石と鉄の大樹は前人達が住居として建てたものだ。それが大樹の森の様に立ち入った者の視界を覆う。
苔むし蔦が這っているが、熱を溜め込んでいた様でそこから覗く灰色の樹皮が雨に打たれて湯気を立ち昇らせ、それはまるで森が呼吸をしているように見えた。どこか神秘的でどこか生々しく。静寂が息を潜め立ち入った者を監視しているようでもあった。
もし、この森で人影の様なモノを見かけたのなら逃げる事をお勧めする。
この森は防衛障壁が蓋をしている未開拓地、この森から先は人の生きれる世界ではない。
「あー、居ねえなー」
口調だけを聞けば男だと思ってしまいそうだが、この声色を聞いて男だと思う者はいないだろう。女性的と言うよりも少女的な透明感のある美しい声が森の中に露散していく。石と鉄の大樹に萌ゆる苔と蔦が音を吸収しているのだろう、湿度が高ければ音の響きはよくなるはずなのにこの森は異様な静寂を保っていた。小娘一人に静寂を邪魔される訳が無いと森は無言でそれを伝える。『帰れ』と、小娘一人に何ができる、と。かつての繁栄は取り戻せない。
今までここに来た者達と同じ運命を辿るだけだと森は無言でこれ以上の立ち入りを拒む。
比喩ではない。
大地が揺れる。
「あー、先にこっちが来たか」
声の主である十代後半と思しき少女の行く手を阻むように大地が盛り上がった。丘の様になだらかなものではない、壁だ。壁のように垂直を維持して大地が盛り上がる。断層がズレたわけではない。
「これまで人が通っていない方から来たんだけどな。見境なしに壁作って、暴走してんのかな」
都市防衛機能:日輪は笑う。もしそこに表情があったなら悲しみを浮かべて笑っていただろう。人類がこれ以上減らないようにと、護る為に行動をしているのに理解してもらえないのだ、笑うしかない。『耐えるときは笑顔で耐えよ』と自分を創ってくれた人達が言っていたから笑う。あの人たちなら自分の行動を理解してくれたんじゃないかと笑う。勿論声など出てはいない、その外部オプションは大切に保管している『初代』を除き全て奴らに壊されたから。『初代』はよほどの事が無い限り使わないと決めていた。だから、静寂をもって拒んできたのだ。
人と人との戦争の為に造られたが、今では奴らを食い止める為に造られたのではないかと思う程に日輪は奴らと戦っていた。だから分かる、人では奴らに勝てない。日輪自身も奴らと戦って勝てた事が無い、進行を阻止することは出来るがそれは奴らがあまり利口ではないからでありそして日輪が人工衛星《天の目》と街頭カメラ《地の目》を持つからだ。でも、いつかは突破されると日輪は思っていた。
その日が来るのが怖かった。自分の護る人々の繁栄が終わるのが怖かった。全盛期に比べれば余りにも小さな繁栄だが、それでも自分が人々を護っているという事に都市防衛機能として創られた故の充実感と喜びを噛み締めていた。
たとえそれを理解されなくてもいい、と。
たとえ誰にも知られる事が無くてもいい、と。
日輪は今日も静寂をもって人々を護る。
「襲いかかって来ないな… それに、襲うつもりなら私を取り囲む… よな?」
日輪は何かが熱くなるような想いをした。熱が溜まった事によるものではない、( これは何だろう )その想いをうまく言葉に出来ない。
ただ、この少女には長く生きていて欲しいと思った。
だから、より拒む。
此処は人の生きれる場所ではない。
都市防衛機能として造られたのにも関わらず、自分の制御下が人々の住める場所でないことに恥は無い。
自分の後ろに、屍の後に繁栄が築かれればそれでいいと日輪は笑う。
この子に何を思われても拒むと決めて笑う。
何かが痛む想いをしながら日輪は笑う。
誰かに気付いてもらえるたらな と、笑うのだ。
その悲しい笑顔を見る者はいない。
*
「おお、壁が高くなっていく」日が少し傾きだしていたこともあり行く手を阻む様に盛り上がったその大地は影を生み、飲み込もうとしているようであった、が。
(構造的に挟み込むか囲い込むかしないと私を潰せないはずだ)この森―― 街の構造を少しなりとも理解していればそんなことは無いと理解できる。
「来る前に長い話し聞いてきていて良かった」長話し好きロストテクノロジーオタクのモジャモジャヘアーを思い浮かべながら聞いたことを頭の中で反復する。
『―― 今回君が行くのは都市防衛機能の中で最も高機能で知られた日輪の管理している首都中心街遺跡だ。中心街と言っても当時の話で今は端に位置しているがね。あっと、首都ってのは今の王都と同意だと思ってくれたまえ。それで本題なんだが~、日輪についてまず歴史から話すよ。何らかの教育施設で学んでいたなら二番目に習う七億人戦争だが、君は習っていないだろうから簡単に七億人戦争を起こした理由を言うと、口減らしだ。今のこの世界では考えられないだろうが昔は人が溢れかえっていたんだよね、それだけ人を生かせる技術力があったって事でもあるんだが、それでも資源が足りず協調が取れず全人類を生かし続ける事は叶わなかったんだよね。私はそれを可能にしたいのだがね。今も昔も資源の枯渇は大問題というわけだね。それで七億人戦争の開戦を宣言したのが最も人口の多く国家の維持が出来なくなった某国なんだが、より多くの口数を減らすために「我々は勇気あり」とか「誇りある民が集まり」とか言って無人兵器の仕様をせずに戦争を起こしたそうなんだよね。その為の戦争だし無人兵器の方がコストが高いからね、コストを削減する為に最低限の武装だけだったそうだよ、それこそ登壁具さへ無いくらいに。そんな無防備と言っていい者達相手に無人兵器を使用したら非人道的兵器じゃなくてもそう見えてしまうのが傍観者の平和主義者なんだが、都市防衛機能:日輪はそんな奴らを黙らせる目的で創られ造られた無人兵器だ。そう兵器。銃火器を搭載している訳ではない、圧倒的な巨大さで敵を呑み込み圧殺する人工知能搭載都市型無人兵器、それが日輪だ。都市を護る機能という体で敵を呑み込み圧殺するんだよね、シビレるよね。ドーナツ化現象をドーナツ型人口分布の都市形態をうまく利用したものだよ、都市そのものが餌であり兵器とはシビレるよね。そして何よりも―――………
――― え?話が長い?君にも、いつも言っているが知識に無駄は無いのだがね。取敢えずこれだけは覚えておいてくれよ、日輪は頭が良く頑強だが壊れやすい丁寧に扱うんだ。壊れでもしたら直すのは困難を極める、日輪は既に壊れていると上の者達は考えている様だが私はそうは思わない。何か理由があるはずだ、例えばピエロを閉じ込めているとかね。先程からも言っているように日輪は銃火器を持たない、地形を変えて行く手を阻み、囲い閉じ込め圧殺するだけだ。君なら、日輪を壊さずにどうに任務をこなせるだろう?私はそう信じているよ。 あと―――………』
(話しが長すぎて思い出すだけでも一苦労だ)要は、任務の邪魔だからといって乱暴にするなと言いたかったのだろう、と思う事にした。
「枢木さんは壊していいって言っていたけど…」上司から破壊許可を得ているので壊す事は何の問題もないが、「まあ、遺せる物は遺すべきだよな」壊れていたとしても役に立つならなおの事そうするべきだ。それに、こうして話を思い出し考えている間も攻めてはこないことから、危険性は少ないといえるだろう。
たとえ壊れていたとしても、危険どころか、色々と未知のテクノロジーを持っている情報資源なわけだ。素人が下手に手を出していいものではない。
(まぁ、そもそも壊すつもりなんか基よりないけど)話を聞いていく中で日輪に妙な親近感を抱いていていたので、すでに壊れていたとしても壊すことには否定的であった。
「モジャモジャの信頼に応えるか」
軽く左右に歩いてみるとそれを先回りする形で大地が盛り上がっていきその場を離れても大地は盛り上がったままになっている。高さはだいたい7mといったところだ。モジャモジャから聞いた最高到達点の四分の一程の高さしかない。登ろうとしたら高さを増すのだろう、近づいたら盛り上がった大地が微かに動いたのを感じた。
(下手に動くのは悪手だな。壁を維持する力があるのに、こちらの動きに合わせて来るのはエネルギーを節約しつつ余力と動きを読める頭が有るのを見せつける為だな、力量が知れないのは怖いからな)モジャモジャから話を聞いていなかったら気味悪がって避けて通ろうとして、結果前に進めなかっただろうなと思った。
( ………気味が悪いっていうのは、霊的な意味ではない。オカルトは基本ロストテクノロジーの何らかのアレだ。そう、えっと、アレだ。アレなわけだから、幽霊とかは居ない。まあ、もともと幽霊とかを信じている訳ではないから怖くもなんともないがな。 ……… )誰に対して心の中で言い訳をしているのだろうと急に冷静になった。
「いやまて、事実だし、言い訳じゃない」ここは大事た。幽霊とかべつに怖くもなんともないのだ。本当だぞ。
(…任務に集中しないと)頭を振って切り替える。
「はぁ… まあ、話を聞いてきたから何のことはない。跳び越えればいいだけの話だ」
もし、彼女のこの発言を聞いた者が居たなら『何を言っているんだ』や『見た目は良いのに頭は残念』とか『幽霊が怖くておかしくなったな』と思ってしまう事だろう。彼女は7mの壁を前に跳び越えると発言しているのだから、可哀想な子だと想われても仕方のないことだと思う。
だが、彼女の左胸で虹色の輝きを放つ親指台の金剛石がはめ込まれた勲章の意味を知る者ならばそのような発言はしないだろう。
いや、この国に―― 少なくとも王都に彼女を知らないものなどいない。
彼女の、緋色の虹彩が印象的な瞳を、磨かれた黒曜石の様な黒髪を、霞の様な白肌を、整った美しい顔立ちを、魅力的なスタイルを、そして若さからくる透明感を、一度見たら忘れない儚げな美しさを知らない者はこの王都にはいない。名前と二つ名なら噂に聞く他国にも届いているのではないだろうか、と。王都民は語る。
そんな彼女が跳び越えると発言したのだ。なら、それがありえないようなことであったとしても妄言ではなく宣言と受け止めるのが正解だろう。
彼女は壁を跳び越える。
彼女は跳躍の姿勢を見せた。助走をするのではなく、腰を落とし足を曲げて力を溜める跳躍の姿勢を。
瞬間、太ももが3倍ほどに膨れ上がる。破れる事無く音も立たずに滑らかな伸び方をした彼女の服には驚くが、それ以上に、その膨れ上がった太ももには驚愕する。圧縮された強靭なバネの様に密度の高いその膨らみは、禍々しく脈打ち異様であった。
〈ドゴッ〉大量の土煙を上げ大地がひび割れる。土の下から異質な金属の塊が顔を覗かせる、が。ここにもし彼女以外に誰かが居たとしてもそれに気が付く者は一部の変態的な観察力の持ち主かひねくれ者だけだろう。多くの者は彼女の驚異的な跳躍力に目を奪われるはずだ。
彼女は、7mはある大地の壁を軽く越え、地上30m地点を通過した。
「一応追ってこれる高さのはずなんだけどな」無駄に跳び過ぎたな、と。前に向き直り大樹伝いに跳躍を繰り返し前進する。地面に接することなく進むその姿は叩きつけられたゴムボールの様に荒々しくそれでいて無駄がない。
「追ってこない、壊れているな」
そして暫く進み、彼女は目的のモノを発見する。
「おー、居た居た」大樹の蔦に掴まりその者を観る。
醜い。
あまりにも醜い生き物がそこに居る。
それは、ピエロ。一匹のピエロ。
もう、語る必要もないだろう。狂気飲み込み不幸で喉を潤す者を。
「ベランダか」蔦の奥に空間が在る事に気付き「丁度いい」と中へ入る。
中へ入ると背負っていた荷物を下ろし中身を出す。それは厚手の大きな純白の布とワイヤーで繋がれた女性の手首程の太さがある頑強な三つの鉄の棒だ。三節棍のようにも見えるが、三つの棒の端の片方は先に行くにつれ細くなり巨大な針のようであり、もう片方の端には刃渡り30㎝程の両刃刀が付いており刃は鋭く研がれ瑞々しさを感じてしまうような光沢を放っていた。そして、ワイヤーと棒の継ぎ目には対になる様にネジ山が掘られていた。
10㎝程のワイヤーを中央の棒に収めながらネジ山を巻いて棒を繋げた。
槍。
両刃刀を含め、その長さ実に253cm。
長槍。
身長160cm後半の彼女が持つにはいささか大き過ぎる武器だ。長さ重さ共に異常だ。
そのはずなのに彼女は片手でかるく持ち上げ作業を続ける。
彼女にとっては普通の事だ。
それと、この武器は三節棍でも槍でも長槍でもない。
布を片手で器用に広げると布の一辺に付いたフックの様な物を両刃刀側の棒に付いているトリガーに嵌め込み固定した。
通常、武器とは呼べない代物だがこれは彼女が持つ唯一の武器。
『 白旗 』
純白の優勝旗を思わせるそれはときに旗槍と呼ばれる事もある、団体戦などで合図や目印として使われる事が有るか無いか程度の代物。何の色もエンブレムも記していないそれが意味するのは、敗北だ。
だが、もう一度言おう。
この『 白旗 』は彼女が持つ唯一の武器だ。
見栄え重視の物であり、個人で強者を相手にする時に使うものではない。重く、そして、自らの視界を奪いかねない旗槍を彼女は武器として使う。
戦う為、いや、あえて公言しておこう。
殺す為に使うのだ。
少女は、彼女は、ピエロを殺せる唯一の人物。
それは『 英雄 』と呼ばれる存在。
『白旗の英雄』では縁起が悪いという理由から。百戦錬磨、百戦百勝と掛けて。白旗で大量に印刷してしまって予算と時間が無くなって焦っていた新聞会社の社員の機転で。
白に一を足し彼女はこう呼ばれている。
『 百旗の英雄 』
大樹から飛び降り英雄然とした足取りでピエロへと向かう。
そして、物理的に大地が軋む。
「バトルリングみたいだな」スラム街を思い出すと軽い笑みを浮かべて周りを見渡す。
30mを超える大地の壁が百旗の英雄とピエロを囲っていく。あまりにも高い為か土が落ち武骨で歪で異質な金属が剥き出しになっている。
「聞いた通りだな」だが襲ってはこない「様子でも見ているのか?」英雄はその笑みを深くした。久しぶりの観戦者が古代兵器か、と。
英雄はピエロを見据え歩みを進める。
「街墜としって聞いたけど、軍墜としだろこれ」
驚異名称。
それは、ピエロの強さを示す値として使われるもの。
名有りの騎士を喰らう、騎士墜とし。
人々の生活を奪う、街墜とし。
本当の意味で人の弱さを知る、軍墜とし。
文明を薙ぎ払う、国墜とし。
不幸に底が無いと知る、天墜とし。
そして、
信仰心を失わせた、神墜とし。
「枢木さんとモジャモジャが間違えたとは考えにくい」強くなったのかめんどくさい、と。英雄はため息をつく。「共食いだな」
ピエロが強さを変える事はよくある事だ。
その要因は三つ。
怪我をして上方修正再生をした場合、分裂した場合、共食いをした場合だ。
前者二つは驚異名称が変更するほど強くなれる事は稀だ。
でも共食いは違う。
共食いをする事で力が集まり、単純に強くなる。
このピエロは共食いをしたと推測できた。
共食いでピエロの数が減って喜ばしい事のように感じるかもしれないが、そんなことはない。
考えてほしい。想像してほしい。強い個体が分裂したら、と。
共食いをする事で、死と同意の結果をもたらし数を減らせる。そう思えるかもしれないが、ピエロは死なない。
共食いをする事で、同じピエロに取り込まれることで強くなる。ピエロは分裂する。
だから、人類は追い込まれた。
だから、彼女は希望なのだ。
唯一、ピエロを殺せる人物。
それが彼女、彼女は『 百旗の英雄 』。
結果を述べよう、彼女は軍墜としのピエロを殺す。殺す、それと同意のことが出来るから。
バタバタと旗がたなびく。
純白が紅を斑に滲ませる。
5mを超える巨体のピエロがまず最初にとった行動は血の射出だった。飛ばした血に拳圧を乗せる事で高速化し、かつ方向を定め飛ばしてきたのだ。
避けられるようなものではない。ましてや受け止められるものでもない。
普通なら。
血が被弾した大地は大きく抉れ異質な金属を露出している。
だが英雄はそれをたやすく拭い去る。
降りかかる血を、人々の常識を、不幸の歴史を拭い去る。手に持ったその旗で拭い去る。そして旗が血で滲んでゆく。
古き物語の聖女を女騎士を連想させるその立ち姿は十代後半の少女とは思えぬほどに勇ましくそして美しい。
ピエロの顔が醜さを増し歪む。
まばたき一つ。
その短い時間でピエロが50m程の距離をつめて殴りかかる。
予測体重5tの物体が音速に近い速度で迫ってくればその風圧や衝撃波だけでも脅威である。
が、英雄は動かない。
速度と体重の乗った拳が迫る。
英雄のその勇姿を人々に目せ付ける事には意味があり、希望を強める事ができる。でも、この英雄は観衆どころか仲間も連れない。戦いに巻き込まれるから、足手まといだから。それもあるだろう、だが一番の理由は別にある。
英雄が嗤う。
ピエロに衝撃が走る。拳を突き出した事を後悔するほどに。
ピエロの拳が飛ぶ。
英雄に一切の返り血を付けない程の爆風を纏った一撃がピエロの拳を斬り飛ばしたのだ。
ピエロの脅威的な勢いはその一撃で相殺される。それどころかバランスを崩し後ろに倒れ込んだほどだ。
あっけない。
ピエロが嗤う。
あっけないとピエロが嗤う。
斬り飛ばしても分裂するだけだ。
久しぶりの人に興奮して手を出したのは早計だったと己を嗤う。
手を斬り飛ばす奴は前にもいた、その時は分裂したピエロと不幸を分け合って喰べた。
独り占めしたかったと後悔をし、斬り飛ばされた手を見ようと首を動かす。
それは、目の前にあった。
「オォ」ピエロが言葉を発する。あまり知られれはいないがよくする行為だ、意味は分からない。
でも、今のは驚きの声だ。そう思った理由は英雄にある。
英雄が自らの手首を深く噛み切り足元に転がったピエロの拳に血を浴びせ始めた。
何をしているのだろう。そう驚かれても仕方いほど深く手首を噛み切って流れ出る血をピエロの拳に浴びせ掛けている。だがピエロの驚きの意味は別にあった、ピエロは意味を知っている。血を掛ける意味を知っている。知っているからこそ驚いている。
共食いだ。
ピエロの拳が血に呑まれ消えてゆく、血が肉体へと帰り傷を塞ぐ。
裂けたような狂気じみた笑みが、嗤いが見えた。
ピエロは目の前の存在が同種であると確信する。
その顔を見て英雄の嗤いが深まる。
ピエロは瞬く間に拳をより強靭にし再生させた、そして全身も。
醜悪な怪物が醜さを増し絶望を形作る。その姿はピエロがピエロに対して見せる戦闘の意志。
だが、ピエロは後悔する。「アハハハハ! 遅せーよバーカ!!!」そう、遅かったと後悔する。ピエロでもそれくらいは分かるし、分かるから後悔する。
ピエロが共食いをする前に戦うのはより強いピエロを残す為であり、戦闘本能を忘れない為だ。このピエロは暇だったからと日輪の作り出す迷宮に閉じ込められた多くのピエロを喰らってきた、己を強いと驕っていた訳ではない。ただ、弱いとも思っていなかった。だから戦う為に拳を再生させた。勝つために。
でも、遅かった。人だと侮らず相手を見極めるべきだった。
英雄は手に持った旗―― 旗槍の布を遠心力を利用して柄に巻き付けた。血という水分を含んだ布は固くしっかりと巻きつきはだける様子が無かった。持ち手をその巻き付けた布に切り替える。
血の滲んでいない部分を器用に握りしめると針のように尖った柄の部分をピエロに向けて、そして放った。
百旗の英雄
驚異名称:国墜とし
個体名:シノノメ
驚異名称一つの差は天と地ほど開いている。この一撃でそれを思い知らされる。
旗槍は大気を震わせる衝撃を生み出すほどの力で放たれた。衝撃波を至近距離で直接受けたピエロは浮かび上がり、醜く膨らんだ腹に食い込んでいく旗槍により吹き飛ばされ、日輪が出現させた30mを超える異質な金属の壁に激突し壁を容易く崩壊させた。高さが30mもある壁が薄いわけがない、ましてや金属である壁がその重さを支えるためにどれほど頑強に造られていたかは想像を超えているだろう。それを容易く崩壊させたのだ。国墜としの名は伊達ではない。
壁を越え大樹を数本なぎ倒し旗槍がピエロが止まったのは元居た場所から500m離れた場所であり一際大きい鉄の巨樹の幹であった。
旗槍が巨樹にピエロを打ち付けた。
巻かれた布がコルク栓の役割を果たし血の流出を防ぎ尚且つ摩擦で抜けにくさを増していた。長い槍は分厚いピエロの体に深く突き刺さり背中から大半を露出させており、巨樹の鉄の幹に1m程の深く食い込んでいた。
力を入れる為のバランスを取る事も出来ずにもがくピエロ、それを嗤うのもまたピエロだ。
「ハハハ!!! 人の不幸を喜べるなら良い狂戦士にはなれると思うんだけど。英雄にはなれないな!」自分は違う、と。ピエロは、英雄は、ピエロに血を浴びせ掛け飲み込みだす。その姿はまるで…
「オォ、ク、クラァウゥン」血に飲み込まれつつあるピエロは頻りにこの言葉とも言えない呻き声を繰り返して上げ続けた。
「喰らう? 怖がらせるために覚えたのか、御大層なこった」空耳と言ってしまえばそれで片付く事なのだが、相手はピエロだ、その言葉が何であれ耳に入ったら皮肉に聞こえてしまう。
「クラァウゥンオォォォォォ… 」これを最後にピエロは完全に飲み込まれた、旗に付いていた血さえも。
万人を喰らって来たピエロがあまりにもあっけなく死んだ。いや、喰われた。
共食いにより喰われたピエロは肉体を失えど喰した者の中で生き続ける。その力の全てをその者に、その者の中で捧げ続けながら生き続ける。
英雄はこうして強くなっていく。不幸もまた同じく。
表裏一体。紙一重。
百旗の英雄が大衆に戦いを見せないのは彼女がピエロだからだ。彼女もまた人の憎むピエロの一人だ。
人の為に戦い傷つく姿を見せない為ではない、平穏の為に戦う姿を見せないのだ。
知られれば彼女は………
狂気じみた嗤いはその顔から無くなりどこか物悲しげではあったが、その雰囲気さえも絵になる美しさを持つ百旗の英雄は「ふぅ、任務終了だな。帰ろう」と。ため息をつくと何事もなかったかのように旗槍を引き抜き、荷物を置いていた所に口笛交じりにスキップをしながら向かっていた。自分はそうあるべきと演技しているようにも見えるその姿は彼女の持つ純白の旗の様に何の色も持ち合わせてはいなかった。
気の抜けた様な、勿論、無防備という事では決してないが、そんな空気を纏っていた。警戒は怠っていない。
だからこそ発見できた。
「ん?」発見してしまった「嘘だろ」
日が大きく傾き大樹の生み出す影が濃くなっていたため辺りはすでに闇に包まれていた。英雄が発見してしまったソレはその闇の中にポツンと浮かび上がる様に立っていた。
「ウッあっぁ」先程のピエロにも負けない程意味不明な呻きを声を小さく漏らすと震えるその手で血の引いた顔を覆い隠し現実から逃れたい気持ちに駆られ固まってしまった。
気配無くいつの間にか自分の右斜め前方に立っていたソレは可憐な少女の見た目をしていた。年齢的には自分より一回り下に見える。そんな少女が、英雄でもない少女がピエロの闊歩する未開拓地に居るはずがない。
陶磁器の様な血の気のない白い肌、鼻筋の通った整った顔立ち、艶のあるプラチナブロンドの髪は肩口で切り揃えられ、碧色の虹彩は作りものであるかのように光を宿していなかった。
「おばばっばばばばば」急激に活舌が悪くなった英雄は何かを言おうと口を動かすが回っていない。活舌が悪くなっている原因が近づいて来ることに焦りを感じつつも舌と同じく足も動きが悪く動けないでいた。
ソレがどんどん近づいて来るにつれて異様さが明白になってくる。煌びやかとは言えないが質が良く、金が掛かっている事と古い歴史がうかがえる白と黒のゴシックなドレスは手入れが行き届いており汚れ一つ付いておらず、手や靴にも汚れが付いていなかった。傷どころか汚れ一つなくこの場所に来れる存在が居るだろうか、断言できる、そんな者は居ない。
ここで生活していて騒ぎを聞きつけて出てきたという可能性は、考える必要性も無い。人が生活できていないから未開拓地なのだ。
それに、この周辺の生き物の気配は先程喰らったピエロだけだった。それ以外には居なかった。いや、今もだ。今も生き物の気配は無い。
(終わった)
この世で最も出会いたくなかった存在を前に自ら人生終了のお知らせを告げると、諦めた様な笑顔でソレを見た。
そして、希望を見つける。
首筋に『初代』と赤字で書かれている事に気が付いた。
「日輪」
ロストテクノロジーの結晶『アンドロイド』壊すなとモジャモジャから念を押して言われていた『日輪専用コミュニケイトオプション・アンドロイド:初代』名前の通り日輪専用のコミュニケーションを取る為に造られたアンドロイドの初代だ。戦闘用でないことや初期型アンドロイドであることから自分の技術力なら修理くらいなら出来るかもしれないとモジャモジャが言っていたことも思い出した。お化けじゃないという希望が見えた。
「日輪なのか?」もう一度名前を呼んだ。日輪だとは思うが確証はまだ無かったから。アンドロイドのお化けだった場合など考えたくもない。
だが、そんな心配など杞憂であった。
「ブワッ」そんな表現が似合う勢いで目から雫を零し、無言だが〈ザザザッ〉とチャンネルの合わないラジオのノイズ音にも似た音を立てながらお辞儀ともいえる角度で頷き、そのまま俯いた。
すすり泣く可憐な少女がそこには居た。
先入観を捨てちゃんと見ることが出来た。お化けと言ってもおかしくない程に暗く、悲しく、寂しげな雰囲気を纏っていた少女は放つ空気を変えた。
その空気から、待ち人がようやく来た安心感と嬉しさから泣いてしまった迷子の少女を連想してしまう。
そんな佇まいの者が危険な存在のはずがない。そう思えた。
だから自分の記憶とこのアンドロイドを信じる事にした。
「ごめんね」
何に対してなのかは言っている本人でさ分からなかったが、言葉に表せない謎の罪悪感で胸を締め付けられ思わず口に出していた。
日輪は顔を上げ無言のまま首を横に振った。上げた顔は無表情で人形そのものだったが、笑顔にも泣いている様にも見えた。『ありがとう』ノイズにも聞こえる音の中にそんな言葉が聞こえたのは空耳だろうか、だとしてもかまわない。泣いているのが機能によるものなのか壊れているからなのかとかどうでいい。助けたい、そう思った。モジャモジャが言っていたからではない、日輪に会ってそう思ったからだ。
今会ったばかりの人形に、と。そんな事を思う人も居るかもしれないが、日輪の放つ言葉に言い表せない寂しさと優しさは昨日今日で漂わせることが出来るものではないと分かる。日輪に関する記述が確かなら、どれほど辛く長い時を過ごしたのか想像するだけで胸が締め付けられる。日輪にはコミュニケーションを取る為に人格があり性格があり優しさだってあるはずだ。モジャモジャは兵器と言っていたが目の前に居る存在はそんな言葉とは正反対に思えた。
(私がどんなに血を流したとしても、この涙は護らないといけない)大きな瞳から溢れ出る雫を拭いながら、日輪に問いかけた。
「私と来る?」
機能的にはここを離れても問題ないはずだ。ただ、今の戦いを見て私を信用してくれるかが不安だった。
なんでこんな質問をしたのか… 護りたいからだ。そして、護られたいからだ。全てを打ち明ける存在が欲しかった。支えがあるだけで戦えるから。
(それを同じ人じゃない者、日輪に求めているのかもしれない)会ってすぐはお化けかと思ってしまう程の暗さと冷たさがあったが、触て分かった。
「日輪は温かいんだな」
私と来るか質問をした直後に日輪は強く抱きついてきた。しきりに縦に頷きながら、ノイズで何かを伝えようとしながら、人の温もりを確認するように離さないように強く抱きついてきた。
お腹に温かさと涙が伝わってくる。
こんなに泣いて大丈夫かな、と。思わず口元が緩んでしまい、それをきっかけに涙腺も緩んでしまった。
怖いんだ、と。
怖かったんだ、と。
ピエロと戦う自分が自分でも分かる程に変ってしまう事が、ピエロと憎悪に飲まれていくことがとても怖くてとても不安なんだ。
そして何よりも、戦わなければ人と同じ場所で生きていくことが許さない自分の弱さが。
涙を拭い忘れていたことを思い出す。
「そういえば自己紹介がまだだったな」王都の民は自分の名前を知っているので名を名乗る事が少なく、まだ日輪に教えていなかったと思い出し頭を撫でながら名を告げた。
「私は夏希、東雲 夏希っていうんだ。これからよろしくな」
母が唯一残してくれたものであり、父が名付けてくれた大切な名前だ。
「日輪ちゃんはこれから東雲 日輪だね」自分より圧倒的に年上だが、自然と『ちゃん』を付けて呼んでしまった。苗字もそうだが、その名前を付ける事に違和感や抵抗は無かった。それは日輪も同じだったようで笑顔を向けてくれた、実際は表情に変化など無いのだが笑顔だとそう思えた。
「帰ろう」
*
この物語において、いや、この世界において大切なのは不幸を語る事ではない。小さくても幸せを分かち合う事が大切なのだと思う。
不幸は連鎖し人を巻き込む。不幸を語れば少なからず共感と憐れみと優しさを得られるだろう。でも、それはその場しのぎにしか過ぎない。いつかいつかは、と。悲劇のヒロインの様に耐える為には不幸を口にする事でしか耐えられないと言う者も少なくはないだろう、今まで一度も幸せを感じた事が無いからせめて楽に少しでも幸せを感じてみたいと非行や奇行に走る者も少なくはないだろう。だからこそ、小さくても幸せを分かち合う事が大切なのだ。そして、それと同じくらいに、卑屈にならず素直に、いっその事馬鹿だと思われるくらいに素直に受け止めて受け入れる事も大切なのだと思う。
世界を形作っているのはその世界に生きる者達であり、その者達の行動であり表現なのだから。
戦争の歴史も差別の歴史も『恥』だからと隠す事も、『弱み』だからと塩を塗りこむ事も、するべきではない。醜く誰も幸せにはならない。不幸が何かを知っているならば、誰かにそれを押し付けるのはピエロのやる事だ。
目を背け押し付けるのではなく、しっかりと見つめ、目標へ向けて進むための糧として活用すべきなのだ。
人はアートを楽しめる。綺麗事を表現するのもアートだろう。
この世界を形作っているのはこの世界に生きる自分達だ。後世に恥じる事のない世界を歴史を創るためには一人一人が表現者である事を、当事者である事を自覚して生きる事が大切だ。そして、当事者であるからこそ己に出来る事を自覚して生きられる。努力と協力をしていくことで初めて幸せを分かち合える。薬物などによって得られる多幸感と人生における『幸せ』は全くの別物なのだから。
分かち合える幸せは小さくとも美しい。
その美しさをみんなで見守り愛でたいのだ。
*
百旗の英雄は血を流し、大英雄と呼ばれるに至るまで戦い続けた。
逆に言ってしまえば、彼女の戦いは大英雄で終わってしまったのだ。
ピエロが居なくなったからではない。
ピエロを一匹残らず殲滅したから大英雄と呼ばれるようになったのではない。
民衆が彼女を大英雄と呼ぶようになっていただけだ。そもそも称号とはそういうものだ。
でも、それを快く思わない者達が居た。国王と政治家貴族達だ。
国王が彼女に勲章を授与した裏には下に置きたいという意図があったのだが、彼女の存在は彼らの手には大き過ぎる存在だったのだ。
歳を取っているとは思えない程に老化せず、美しさを保ち。圧倒的な力を持ち王国兵団よりも頼られ、王よりも神よりも信仰を集める希望の光。
故に彼女は傷ついた。傷つけられた。
国王は、彼女を国家転覆を謀ったとし異端者に仕立て上げたのだ。彼女がピエロであると明かしたうえで貶めた。
戦う姿を見せてこなかった事も相まって、人々は騙されたと認識した。それを覆すことは叶わなかった。ピエロは人を不幸にする。大英雄が敵対者という悲劇のシナリオは、裏付けとしては充分であった。
彼女は逃げた。アンドロイドの少女を連れて逃げた。雨の日も長い雪の日も逃げた。ピエロを喰らいながら、自分が居なくなった後の人々の幸せを祈りピエロを喰らいながら、逃げた。
国墜とし、天墜とし、それらを喰べた。そして、神墜としにも噛みついた。
噛みついた時に諦めるべきだと思ったが人々の幸せを想い、どうにかそれも喰べる事ができた。そんな時に、見計らった様なタイミングで彼らは来た。
人間、王国兵団の騎士達だ。
身動きが取れない私を持ち上げ、関節を潰すように鉄の十字架に張り付け、溶けた鉄をかけて固めてきた。もはや痛みさえも感じることが出来なかった。
いや、肉体の痛みなんてどうでもよかったと言うべきだろう。胸が張り裂けた。
『お前たちは人じゃない。人権なんかない』と、騎士たちは日輪の頭を叩き潰した。『人形は置いていく邪魔になる』日輪を壊した騎士の一人がそう言った。
何だこの生き物は。
こんな奴らの為に、日輪は、私は、いったい何だったのだろうか。
そんな想いの中で私は火刑に処された。
死なないと分かっているくせに、火刑に処して来たのだ。それだけではない、私の知らない様々な拷問もして来た。いったい何のために。
ピエロは人の不幸を分かっていると言うが、人はそれ以上ではないのだろうか。
私はピエロ以上に人を憎む、海の奥底で人を憎む。
何故生きたまま、死なないと分かっているのに私を海に沈めたんだ。
何故、あんなにも優しい日輪を簡単に殺せたんだ。
人が憎い。
私達の血と努力の上に我が物顔で寝そべり群がっている人が憎い。
人が憎い。
神は何故、ピエロを、人を、創ったのだろうか。
人も、ピエロも、憎い。
殺してやりたい。
不幸だ。
ピエロは歓喜した。
彼女の中のピエロ達は歓喜した。
ピエロ達は、彼女がこの運命を歩きっかけとなったピエロに万雷の喝采を送った。そして、こんなにも沢山の上質な不幸をくれる彼女にも。
どれ程、どれ程の時が流れたのだろうか…
時が流れピエロ達は、幾年月が過ぎようとも色あせる事のない不幸をくれる彼女に感謝を込めて忠誠を誓った。
世界がまだ一つだった頃、世界が小さかった頃、こうして彼女は誕生した。
神の導き、運命に翻弄され、神のみのが望んだ存在が誕生した。
『 Clown=Lord 』
ピエロ達が唯一にして絶対の忠誠を捧げる存在、それは神。ピエロ達の神の誕生である。
神に創られし神の愚像、故に愚者の王 Clown=Lord 。
彼女が最初に望んだのは自らの手による人間世界の壊滅であった。
神はそれを快く了承し、壊滅した世界をより大きく豊かに再生した。
自らもそうなる事を願って。
「全てが憎い」
お読みいただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか。ご感想等ありましたらよろしくお願いいたします。Twitterにもいますのでお気軽にどうぞ。
地点Fと言う物語も書いているのでよろしければそちらの方もよろしくお願いいたします。
ではまたの御機会に。