皮
「ふぅ」
薄暗い部屋の中で、壁にもたれ掛かる様に座る。
医師から逃げる為、走って荒くなった息を落ち着かせる。
危険であればあるほど、冷静さは大事だ。
白いTシャツにジーパン、ジッポライターとタバコにパンフレットと小銭。
「財布と携帯は、さっきの部屋に置いてきた鞄の中か……っ糞」
暗闇にも目が慣れて来た。
薄暗い部屋は、ひんやりと冷気を含んでいる。
謎はすぐに解ける。壁一面に広がる棚は全てが冷蔵庫なのだ。
その一番奥の扉が開いており、漏れる中の光と冷気が部屋に浸透している。
「そうだ。走って逃げたせいで喉が渇いた」
喉の渇きは、自分の足を冷蔵庫へ一歩一歩運んでいく。
ごくっと唾を飲む音だけが静寂な部屋の中に響く。
冷蔵庫付近に近づくにつれ、空気の冷たさが肌を刺す。
そして冷蔵庫のドアに手をかけ開ける。
冷蔵庫のドアはゆっくり開き、中の光が自分を包む。
中には金属の籠がぴったりと敷き詰められ、その中に冷凍された何かが詰められていた。
「冷凍庫か、水はないな。これはなんだ? 肌色の肉、いや皮……っひ!」
金属の籠を一つ取り出し、地に置く。
金属音と共に金属籠は地に落ち、それを眺めた者に戦慄を与える。
人間人間人間人間人間人間人間
人間人間人間人間人間人間人間
人間人間人間人間人間人間人間
目の前の籠には、隙間なく敷き詰められた人の皮。
冷凍された金属籠は、自分がすっぽり入る程度の大きさだ。
それがこの冷凍庫の中に敷き詰められ、その冷凍庫が壁一面に広がっている。
その全てが皮だけで構成されるとしたら、犠牲者は幾千人になるだろう。
「うぇ……うっぷ」
吐き気は波が寄せる様に押し寄せ、酸っぱい匂いが喉を突く。
しかし吐いてはならない、両手を口元へ抑え落ち着かせる。
ここで吐けば証拠が残り、目撃しましたと伝えるも同じだ。
震える手に力を込め、人だった物を冷凍庫へしまう。
この世界は、自分の生きて来た世界とは違う。
人間の命に価値のある世界ではない、価値があるならこんな扱いはされていない。
切り替えなければ死ぬ、常識を捨て冷酷になれ。
自分に何度も繰り返し命ずる。
冷凍庫を閉めると、薄暗い部屋は漆黒の闇へと変わった。
―――シュボ
俺は煙草に火をつける。
真っ暗な部屋に灯る、タバコとジッポライターの火は自分を高揚させた。
一息吸い込むと、ニコチンが脳を強制的にリラックス状態へ持っていく。
「結果を含めた過程が大事。つまり証拠が見つからなきゃ証拠じゃねーよな」
いつ死ぬか分からない、そんな緊迫した状況でも煙草は落ち着かせる。
他人の無関心な殺意、名前も知らない相手をただ己が利の為に殺す。
食欲にも似た純粋な殺意。
日本で生活すれば、大半の人間は生涯通して触れる事のない殺意だ。
その殺意が常識となったこの場所。
自分は狩られる側の人間で、この場所にいる人間は狩る側の人間。
「俺の友達は、顔は出るが名前が思い出せない……俺はどうすればいい」
暗闇の中、タバコの火だけが見える。
ジッポライターの火を灯し、あたりを散策する。
壁側にポスターが張ってある。ジッポライターの火を近づける。
―――ダーティーゾーンでの処理工程―――
1 追い込み
↓
2 と殺・放血・食道結紮・懸垂
↓
3 前足切断・断角・断耳
↓
4 後ろ足の剥皮・乳房切除
↓
5 肛門結紮
↓
6 エアーナイフの皮剥
↓
7 スチームバキュームでの汚染除去
「なんだこれ、まさか人間を殺す工場なのかここは……」
隣には絵で図が書いてあった、古いポスターなのか所々破損しシミが目立つ。
絵の方は破損がひどくよく分からないが、何かをつるして皮をはぎ取っている。
想定よりここはやばい場所だ。
静寂を切り裂くように足音が聞こえる。
足音の間隔は早く、恐らく一人。走っている事を俺に悟らせた。
ドアに鍵はない、即座にジーパンで煙草を消す。
辺りは暗闇に飲みこまれた。