目が覚めて
「ねぇねぇ? 知ってる? ドリームランドの噂」
「あぁ、知ってる。 廃園になったあの遊園地だろ。確か豚丼の梅野屋が経営してたんだよな?」
「そう、行方不明者とか頭のおかしい人間が暴れた……中でもあの名物のドリームキャッスルには地下室があるって知ってる?」
「あー建築会社の建築設計図が流出して噂になったやつ?」
「そう、その地下室は拷問部屋になってるんだって!」
「あぁ、よくある噂だ」
俺は誰と話してるんだろう?
辺りは何も見えない墨汁の様な暗闇。
若い女の親し気な声、この人は誰だ? そしてここはどこ?
―――ガシャン!
突如、スポットライトが付く。
深い暗闇の中、どこからか照された光源。
自分の足元を円く照射した。
「うおっ!」
暗闇に慣れた目を、強烈な光が襲う。
突然の眩しさに目を細める。
「きゃはははは」
暗闇に甲高い声が響く。
足元は石のタイル、辺りを見回すが深い暗闇ばかり。
俺は深呼吸をし、精神を落ち着かせる。
「あー、君は誰だ? ここはどこか教えてくれないか?」
「ここは裏野ドリームランド。ドリームキャッスルの地下室だよ。早く起きないと一生起きれないよ?」
そうだ……思い出した。
廃園した某大企業が運営する遊園地、ドリームランド。
就職が決まり、暇を持て余した俺と大学のメンバー。
卒業最後の思い出と、廃園したドリームランドに肝試しで乗り込んだ。
記憶が濁流の如く流れ込んでくる。
「これは夢なのか?」
「さぁーね、ただ最初の部屋で寝たらゲームオーバー! ふふ、ふふふふ」
「よ、よく分からないが起こしてくれ」
「了承した」
「了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した! 了承した!」
壊れた玩具の如く、同じ言葉を激しく羅列していく。
ライトで照らされた自分以外は、暗闇。
暗闇から聞こえる狂気じみた声。
声が鳴りやむと、何も聞こえない静寂が戻る。
「そろそろ開幕だね」
――ガシャン!
スポットライトが消え、俺は漆黒の暗闇に飲みこまれた。
消えたライトと共に意識が途絶える。
目を覚ますと明るいベットの上に横たわっていた。
清潔そうな白で統一された部屋。
病院の殺風景な一室とでも言うべきか。
扉は一つ、家具はベットと薬品の棚のみの殺風景な部屋だ。
目の前には、白衣を着た白髭の優しそうな初老の男。
どうやら医者の様だ、こちらをのぞき込んでいる。
「ここは?」
先程の会話は、夢なのか……。
それにしては臨場感が、いや記憶に鮮烈に刻まれている。
「落ち着いて、大丈夫だ。ここは医務室だね、異常がないか簡単な検査をするからゆっくりしていたまえ」
満面の笑みで笑う初老の男。
何があったのか、記憶が思い出せないがここは安全な気がした。
目にライトを当て、喉奥を検査される。
「うん、これなら大丈夫だ。健康的な雄だ。最後に麻酔の注射を打つよ、最初ちくっとするけどゆっくり眠れるからね」
「はい、ありがとうございます……」
医者が注射を取りに、薬品庫に向かう。
先ほどの夢を思い出す、狂気を具現化した女の声。
―――最初の部屋で寝たらゲームオーバー!
「まさかな」
周囲を見回す、明るい照明と清潔感のある部屋。
医師の背中に、薬品棚と入り口なんにも変わらない。
被害妄想に振り回されそうになるのも、記憶が戻らない事が一番の原因。
ポケットに手を入れると、何やらくしゃくしゃの紙が出て来た。
ベットの上には裏野ドリームランドのパンフレットと、数枚の小銭。
地図が乗っているので、廃園前に貰った奴を持ってきていた。
キャッチフレーズは見た事もない幸せのはずだった。
「っな! こ、これは……」
白とピンクの明るい基調に、ピンクの可愛いマスコットキャラのナロウ兎。
見た事も無い幸せを体験と大きい見出し。
そんなパンフレットだったはずだ。
俺のポケットに入っていたパンフレットは違っていた。
紫と血の様な赤を基調に、蛍光の不気味な白い文字。
赤紫のナロウ兎は太り、中年の腹をベルトがきつそうに抑えている。
不気味な笑いでこっちを見ている。
「な、なんだこれ」
―――!!
突然イラストのナロウ兎の目が、泳ぐ。
青い瞳の中を白い目が猛烈な勢いで泳いでいる。
「うお! 気持ち悪っ」
思わずパンフレットをベットの下に投げつける。
衝撃で小銭が数枚散らばる。
小銭は転がり、ベットの下のパンフレットの文字の上で立つ。
横に倒れるのではなく、5枚とも立ったのだ。
その側面の当たる文字の左隣の指し示した文字を見てぞっとする。
こかげがあって気持ちいい。
「こ」
ロンドンを基調とした庭園。
「ロ」
名物はなんといってもドリームランドの春桜さ ちり際は、花びらが川を覆いつくすよ
「さ」
レガシーのみの迫力満点ゴーカート! 君は乗る側? 見る側?
「レ」
お土産名物! ルイ16世とマリーアントワネットが愛したお菓子。
「ル」
全てを繋げると、こロさレル。
つまり殺されるになる、安易な暗示だが今の自分の心を揺さぶるには十分だった。
医者が帰ってくる、急いでポケットに小銭とパンフレットをしまう。
眠ったら殺される……医者の麻酔。
「それじゃぁ刺しますよぉ」
その医者の笑顔はどことなく邪悪に見える。
背筋が冷たくなり、冷汗が落ちる感覚が分かる。
この医者が自分を殺す気なら、拒否や時間稼ぎは無駄だ。
―――ッドン!
「な、何を! 待ちなさい君! 一人で出てはいけない!」
考えるより先に、医者を突き飛ばし扉へ走った。
幸いなことに鍵は開いていた。
長く薄暗い廊下を何も考えず、ただひたすらに走った。
後ろからは医者が走って追いかけて来る。
命が懸かった追いかけっこに、自分でも考えられないスピードだ。
迷路の如く入り組んだ廊下を走り回り、鍵の開いてる部屋に滑り込む。
「はぁ、はぁはぁ。っく、糞。はぁ、なんとか逃げ延びたか」
記憶を取り戻し、ここから逃げねば。