第三話 世界の終着点と邂逅
俺が次に目を覚ました時、目の前には知らない天井があった。
「ここは……?」
ゆっくりと身体を起こし、手の甲で瞼を擦る。
辺りを見回すと、どうやらどこかの部屋のようだ。
木で出来た部屋は、穏やかな森の香りがする様な気がした。
するとコンコンコンッと扉をノックする音が聞こえる。
俺は慌ててベッドに潜り込んで、狸寝入りした。
「兄さん? 入るよ〜?」
女の子の声が聞こえる
木製の扉がキィーと音を立ててゆっくり開いた。
「兄さーん? もう朝だよー」
部屋に茶髪でセミロングの可愛らしい女の子が入ってくる。
15,16歳ぐらいだろうか。
「って、まだ寝てるの兄さん、早く起きて! 朝ごはん冷めちゃうよ!」
「んー? 悪い、昨日遅くまで起きてたから眠くて」
俺は咄嗟に嘘をついて、何とか誤魔化そうとする。
「全くもう、兄さんったら。今日は村長さんに呼ばれてるんでしょ?」
「あ、あぁ、そうだったな……すぐ行くよ」
「うん、じゃあ待ってるね……二度寝、しないでよ? もし寝たら、その唇奪うからね?」
「お、おう、早く行け」
「はーい」
そう言い、女の子は部屋を出て行った。
「はあ、誰なんだあの子は」
三度ベッドに横たわり、右腕を目に上に置く。
とりあえず、状況を整理しよう。
まず俺はあの何も無い真っ黒な世界で、ワークリーと会って、なんやかんやあって世界を創った。
その後は確か、急に眠気に襲われて……。
「そういえば、最後にワークリーがなんか言ってたな? えっと……」
ワークリーは俺が完全に寝落ちる直前、俺に世界創造主としての力を教えてくれた。
その1つが"全知全能の図書"という力だ。
「やり方しか記憶に残ってねぇ」
俺は左目を閉じ、右目を手で覆う。
すると、覆った右目に文字が浮かび上がった。
『ようこそ、創造主様 調べたい物事を思い浮かべてください』
「思い浮かべるのか……ならまずは」
今いる場所について
『現在、創造主様がいらっしゃるこの場所は、エクサリス村という人間が領地としている大陸の最南端に位置する所です』
人間がってことは、他の種族も存在しているの?
『はい、この世界には人間を含めて少なくとも10種族ほどそれぞれの領地で生活しています』
俺の名前と家族構成
『創造主様のこの世界でのお名前は「クリス・レジンス」です。
家族構成は両親と妹の4人家族になります。
お名前は父親が「オルス・レジンス」、母親が「マリー・レジンス」、妹が「エリス・レジンス」になります』
俺はこの世界で知っておいた方がいい情報を一通り確認し終えると、部屋を出て村長へ会いに行った。
そこでは、エクサリス村に訪れる災厄から守るために、ヘルニクスアルニス領から派遣された高レベルの冒険者を紹介される。
紹介された冒険者は俺の師匠となり指導を受けた。
村周辺に現れる獣類系や鳥類系のモンスターを中心に、一年間戦闘経験を積んだ俺は、そろそろ世界の理である"アトランタルの塔"を目指そうと村を出た。
アトランタルの塔は、アトランタルという国に突如生えた塔で、急に生えた理由はわかっていない……らしい。
俺が創った世界とはいえ、世界の内部事情には干渉していない、というか出来ないようだ。
それからワークリーは、俺がこの世界で目覚めてから一度も姿を見せていない。
"全知全能の図書"のおかげで何とかこの世界に馴染んだが、正直不安だらけだった。
こちらから呼びかけても、応答が無い様子を見るとどうやらワークリーはこの世界に干渉出来ないのか、この世界に別の形で居るのかどっちかだと思う。
村を出る準備を整え、東の方角にある隣国のバルドヘイド領にある町、ヘルヘイドへ向かう。
どうやらこの世界は名前が無い村や集落が、数多く存在しているようでヘルヘイドで周辺地図を買っても、ほとんど情報が得られなかった。
ここで数日滞在してから北西に向かう。名もなき村々を巡り、ヘルニクスアルニス領にあるリングルムに辿り着いた時には二か月が経過していた。
ちなみに、リングルムにやってきた理由は冒険者登録とクエストを受注したかったからだ。
街に入り、宿を確保した俺は早速、冒険者登録をしにクエスト受注店を探していた。
受注店は、目印に黄色の下地に二本の剣がクロスしているマークが描かれた旗を、掲げている。
……。
………。
宿を出て5分、人が集まる、噴水のある大きな広場のすぐそばに受注店があった。
「よし、行きますか!」
俺は初めての冒険者登録で緊張していたが、意を決して受注店の扉を開く。
木造三階建ての大きな建物で、中に入ると大勢の冒険者達が集まっていた。
クエストボード、食事処、受付嬢、酒場と見回す限り漫画やアニメで目にした事ある場所で、日本にはなかった光景で新鮮味と感動で立ち止まってしまった。
「すみません、ここは初めてでしょうか?」
「あ、はいそうです!」
白に黒い裏地の上着に上下赤色の衣装を中に着た受付嬢に声を掛けられた。
「それではこちらへ、冒険者登録を行います」
俺は受付嬢に案内され登録カウンターへ向かった。
……。
………。
「それでは改めまして、今回貴方様の担当をします。レインと申します。以後お見知りおきを」
「は、はいよろしくお願いします!」
「それでは、こちらの水晶に触れてください」
「わかりました」
俺は差し出されたメロン程の大きな水晶に手を乗せる。
すると、水晶の中心からゆっくりと、青い光が輝き出し、俺の手のひらから魔力を吸い取ってるような感覚がした。
数秒後、青い光が弱くなっていき、やがて消える。
その直後、置いた手の真上に魔法陣が現れ、上部から紙が生成されていく。
生成が終わり魔法陣が消えると、同時にレインさんがその紙を手に取る。
「ふむふむ、あ、手はもう離してもらって結構ですよ。えっとお名前はクリスさんでお間違いないですか?」
「はい」
「初めての戦闘はいつぐらいですか?」
「え? えっと……1年ぐらい前からですね」
「なるほど……」
「? なにかありました?」
レインさんが紙を見ながら何か考えている様子だ。
「あぁ、いえ、冒険者登録時にここまでレベルが高い人が来るのは珍しいので、少し気になってしまって……不正を疑ってる訳ではないですけどね、そもそも出来ないですし」
「そういう事ですか」
「ちなみに、倒した中で、印象深いモンスターは居ますか?」
「印象深い……ですか、えっと俺に戦い方とか教えてくれた師匠と一緒に戦った"ワイバーン"と"マッスルベアー"と"サイクロプス"ぐらいですかね」
「そうですか、ワイバーンはそこまで脅威ではないですが、残り二体は相当実力がないと勝てませんからね、クリスさんのステータスに納得しました。それではこちらお渡ししますね」
レインさんから紙を受け取る。
もう1つペンダントを差し出される。
「それから冒険者の証になります。こちらは所持しているだけで称号を付与してくれる道具となっています。ご自身のステータス画面から称号欄をご確認ください」
「称号『オープン』」
_____________
【称号】
大剣マスター
Cランク冒険者
_____________
「Cランクか」
「はい、クリスさんはFランクからSSSランクあるうちのCランクになります。参考としてはレベル35であるのと、Dランクのマッスルベアーと、Cランクのサイクロプスの討伐経験があるからですね」
「……登録時Cランクって珍しいんですか?」
レインさんが口元に手を当てて微笑む。
「フフフッ、かなり珍しいですね。だいたいの登録者はFランクかEランクがほとんどで、稀にDランクが現れるぐらいで、Cなんて滅多に居ないですよ!」
「そうなんですねぇ」
「とりあえず、登録は以上になりますが、このままクエストを受けられますか?」
「そうですね、受けていきます」
「わかりました、クエストボードはあちら、右手の奥の壁に掛けられていますので、そちらをご覧下さい」
「ありがとうございます」
レインさんに一礼し、壁に掛けられた大きなクエストボードに向かう。
クエストボードには、沢山の色紙が散りばめられている。
俺が受けられるのはFランクからCランクの間のみで、クエストのランク毎に色が違う。
FからSSSまで順に白、茶、緑、黄、青、赤、紫、青紫、赤紫になっていて、俺が選べるのは白色から黄色までの4色という事になる。
「えっと、黄色黄色……黄色でなんか良さげなクエストは……」
黄色の紙に書かれたクエストを指でなぞりながら、1つ1つ見ていく。
黄色のクエストでも採取クエストなどの納品系や、貴族などを護る護衛系など、種類は様々あった。
最終的に何十枚もある中から俺が選んだのは。
「サーベルウイングの討伐依頼ですね、承りました。討伐完了後は再度窓口までお越しください」
「わかりました、それでは行ってきます!」
「はい、お気をつけて行ってらっしゃい」
リングルムを出て、北西の方に位置する山岳地帯、今回受けたサーベルウイングが生息している地域だ。
サーベルウイングは、翼が鋭い刃状になっている全身が白色の鷲のようなモンスターで、同じ鳥類系のモンスターや小型の獣類系モンスターを主食としている。
基本的に、空をずっと飛び回っているため、狙うなら夕方の巣に戻ってくる時間帯を狙うのが1番楽だ。
しかし、今の時刻は午後1時、日が落ち始めるのが6時頃のため夕方まで待つには長すぎる。
だが、俺には地上から大空を飛んでいるサーベルウイングを狙う方法がある。
それは俺が居た元の世界にあったゲームの技をスキルにしたものだ。
この世界は、レベルが上がる事にスキルを1つ獲得出来る事に加え、5レベルに一度、存在していないスキルを制作する事が出来る。
それで作成したのが、今回使うスキル"投擲"だ。
山岳地帯に着いた俺は、まずこぶし大の石を探し10個前後集める。
その後上空を伺いながら、サーベルウイングを捜索した。
捜索を始めてから15分が経ち、岩陰で休んでいると地上に大きな影が現れた。サーベルウイングの影だ。
すぐに立ち上がり、影を追いかける。
サーベルウイングは大きな円を描きながら飛行することが多いため、最初はルート観察が大事だ。
と、休憩中に読んだモンスター図鑑で学んだ。
追いかける事10分。
「アイツの飛行ルートは大体把握した」
俺は飛行ルートに近い高台を探し、移動する。
高台の頂上にたどり着くと、遠くで旋回しているサーベルウイングの姿を確認した。
俺はすぐさま腰にぶら下げた袋から、先程集めた石を1個取り出す。
サーベルウイングがこちらに気付き、加速してきた。
俺は狭い高台の上で、しゃがんで一度かわす。
その後、旋回して再度突っ込んできたサーベルウイングに向かって構える。
―――投擲―――
手に持った石を全力で、サーベルウイングに向かって投げ付ける。
十分な速度が出ていたサーベルウイングは、飛んできた石を避けることが出来ず、頭部に直撃。そのまま落下して行った。
俺は急ぎ、高台から飛び降りて落ちたサーベルウイングを追いかける。
サーベルウイングは、落ちた際に壁や出っ張りにぶつかったようで、近寄った時に表示された体力ゲージは3分の1を切っていた。
さらに体力ゲージの上に気絶のアイコンが出ていたため、俺は剣を具現化し起きる前にトドメを刺す。
体力が0になったサーベルウイングは全身が徐々に砂になって溶けていく。
この世界の特殊な設定である"砂化"によるものだ。
砂化はモンスターのみに起こる現象で、倒されたモンスターはどんな状態でも砂山となり、その砂山を漁るとドロップアイテムが最大で3つまで手に入る。
「今回のドロップは……サーベルウイングの翼2枚と尾翼か。とりあえずクエスト自体は1体討伐だからこれで完了だけど、翼がもう1枚いるからもう1体狩らないとな」
砂山を漁り終わり、立ち上がると目の前に「QUEST CLEAR」の文字が浮かび上がる。
「いや、モン〇ンか! だとしても、視界の目の前に出てくるのはビックリする……とりあえず、クエストクリア時はこういう風に出るのね……んで受付で報告すると報酬が支払われる感じか」
俺は手に持った剣を消失させる。
これは、この世界の特殊な設定の1つで、"魔力化"というものだ。
この世界の冒険者は全員が全員ではないが、手ぶらな人が多い。
それはこの魔力化による、所持しているものを手に持たなくてよいという所が影響している。
この世界の人間は、魔力の他に収納魔力庫という空間?を持っている。
一般人は10PT、冒険者は100PT持っており、道具などの持ち物全てを魔力にして体内に取り込む事が可能だ。
武器などの戦闘用は10PT、モンスターの素材等は5PT、それ以外は1PTの魔力になって取り込まれる。
ただし、俺が最初に集めた石など"道具扱い"になってないものは魔力化が出来ない。ちなみに石を入れた袋なら石ごと魔力化が出来る。
「とりあえず、もう1体倒してから受注店に戻るか」
それから1時間ほど掛かったが、難なくサーベルウイングを倒し、求めていた翼をさらに2枚獲得し、サーベルウイングの刃翼というレア素材まで手に入れた。
……。
………。
「クエスト達成おめでとうございます、こちら討伐報酬の1200マーネになります」
「ありがとうございます」
「続けてなにか受けて行かれますか?」
「あー、いえ明日以降また受けに来ます」
「わかりました、今後ともよろしくお願いします」
「はい、それでは失礼します」
受注店を後にした俺は、工房へ向かいお目当ての武器を製作してもらった。
作った武器は大剣の「ウイングブレイド―鉄―」という初期段階の武器だ。
「武器ステータス、オープン」
____________
ウイングブレイド―鉄―
耐久値:100
重 量:4000
特 性:装備中、素早さと会心率が10%上昇
特 化:自然系モンスターに与えるダメージが20%上昇
____________
「重量4000か、ギリギリ持てるぐらいだな」
この世界の武器には攻撃力が設定されていない。
どうやら、攻撃力は冒険者本人に依存してるようで、武器はその補助の役割でしかないようだ。
工房を後にした俺は、宿屋に戻ろうとしたところ突然声を掛けられた。
「あの、すみません!」
振り返ると、そこには深緑色のハーフアップに鳥の羽を模した白色のヘアピンを挿した女の子が立っていた。
翡翠色の瞳と、金色の枠に丸い緑色の石が嵌められたイヤリングが光っている。
薄茶色のコートに白のスモックブラウス、焦げ茶色のハーフパンツ、真っ白なルーズソックスに黒のグラニーブーツという装いだった。
その子を見た俺は、自分の目を疑った。
なぜなら、髪や瞳の色、身長など、何もかも違うはずなのに、雰囲気が俺の大切な恋人"あかり"に酷似していたからだ。
「なん…で…」
「あ、あの……」
「ごめんごめん、えっと君は?」
衝撃に驚いていたが、彼女の声で我に返る。
「はじめまして、私ウィンダ・アルニスって言います」
「俺はクリス、クリス・レジンスだ」
「実は、今一緒にクエストに行ってくる人を探していまして、その背中に背負ってる武器が珍しくて、声掛けちゃいました」
笑顔で話すウィンダとのこの出会いが、俺の新しい人生に大きな風を吹き込んだ。