第十六話 母と娘
セームに腕を引っ張られ二階に上がり、Uターンして一番奥の扉に向かう。
扉には「セームベルのへや」と書かれた看板が掛けられていた。
「なぁセーム、この看板の名前って」
「あーそういえばお話してませんでしたね、後で説明しますのでクリスさんは部屋の中で待っていてください。
下から飲み物を持ってきますので」
セームはそれだけを言い残し、一階に降りていった。
言われた通り俺は、セームが見えなくなった後ゆっくりと扉を開けてセームの部屋に入る。
「お邪魔しまーす」
セームの部屋に入って一番に受けた印象は、”見た目の年齢に対して、大人びて見えるぐらい落ち着いた内装”だった。
ベッドの上にと窓際には手作り感のあるぬいぐるみが数体飾られているが、他は派手な色が一切なくほとんどが白で統一された、キレイな内装だ。
村が森の奥にあり、さらにこの部屋の目の前が辺り一面森になってるせいか、部屋の中まで森に中に居るような自然の香りが漂っている。
深呼吸したら気持ちよさそうだ……流石に女の子の部屋でやったら変態になってしまうからやらないけど……。
窓の近くに置かれたベッドの枠は、さすがに茶色だが壁やクローゼット、机、椅子などあらゆるアイテムが白を基調とした色合いで揃えられていた。
「なんだか懐かしい雰囲気だな……アイツと同棲した部屋もこんな感じだったっけ」
元の世界での事を思い出すと、毎回頭痛を伴っていたが今回は何故か感じなかった。
「いや、そもそもアイツって誰のことだ?」
就職した時に家を出て誰かと同棲を始めた記憶はある、だけど誰としていたのか思い出せない。
思い出そうとしても顔すら思い出せなかった。
前にもあったが頭痛が起きるのは決まって、”あかり”の事を思い出そうとした時だけだ。
それ以外のことは思い出しても何も起きない。
その時、ふと宿屋で見た夢を思い出した。
『お兄ちゃん……』
「つっ!」
頭に激しい痛みが走る。
頭を擦りながら、しばらく部屋の真ん中で内装を見回していると、セームがトレーにお茶を乗せて入ってくる。
「すみませんクリスさん、少しお母さんと話してたら遅くなりました……ってなんで立ってるんですか?」
「いや、部屋の中が綺麗だなと思って、見てた」
「あ、あまり見ないでください。男の人を入れたのお父さん以外初めてで……と言ってもお父さんにもこの部屋は見せた事ないんですけど」
「ごめんごめん」
恥ずかしそうにするセームを見て微笑みながら謝罪した。
「いえ、クリスさんなら何を見てもいいですよ?」
「いや、さすがにそんな事はしない」
「ですよね、クリスさんですもん。とりあえず座ってください、夕食は出来るまで時間掛かるので、それまでお話ししませんか? クリスさんの事いっぱい聞きたいので」
壁に立てかけられた小さなテーブルを部屋の真ん中に運び、それを挟んで座った。
セームには村を出てからセームに出会うまでの流れを簡単に説明する。
だけど、さすがに俺がこの世界を作った人である事、別の世界から来た転生者である事はさすがに話せないため、村を出た理由が少々作り話っぽくなってしまった。
「ふふふ、さすがクリスさんですね、話を聞いてるだけなのに既にカッコよくてステキです!」
「そうか? まぁでもありがとう」
その後、俺は逆にセームに聞きたいことがあったため聞いてみた。
まず、セームの母親の名前は”セナ・アレクトル”というそうで、実は元冒険者らしい。
多分、セームの父親とは冒険者関係で出会ったのだろう。
俺とセームのような出会いではないが、こんな感じでたまたま知り合って、いつの間にか惹かれていたそうだ。
その次に、扉も掛けられていた看板の名前についてだが、どうやら村の掟で、村の外で出会った人には本名を教えてはいけない決まりだったらしい。
実際セームは俺やウィンダに対して”セーム”と名乗っていた。
今回は俺がたまたま看板で名前を見てしまったが、本来であれば見た事を忘れた方がいいようだ。
しかし、セームがいずれ村を出るから覚えてて欲しいと言われた。
ではなぜ本名を知られてはいけないのかと言うと、モンスターマスターの力に関係しているが、力を失ったセームには関係ないとの事。
実際のところは村長に聞いてみたいと分からない気もするが、セームとの約束で今後も”セーム”と呼ぶことにした。
「セームベル! クリスさん! 夕食ができたから降りてらっしゃい!」
しばらく話していると、下からセナさんが呼んでいる声が聞こえる。
立ち上がりドアノブに手を掛けた瞬間、セームが俺の空いた左手を握りしめる。
「どうした?」
「すみません急に、少し屈んでもらってもいいですか?」
俺は一旦ドアノブから手を離しその場に屈むと、いきなりセームが俺の左頬にキスをしてきた。
いきなりの出来事に驚いていると。
「えっと、その……ちゃんとしたお礼したことなかったので……お、お礼です」
セームはもじもじと恥ずかしそうに呟いた後、逃げるように部屋を出て行く。
「え、えぇ……どっちの妹にもされた事ないのに」
俺はキスされた頬を右手の指先で触りながら困惑していたが、すぐ我に返り、部屋を出て階段を降りていった。
降りていく道中、香ばしい肉の香りとセームの笑い声が聞こえてきた。
どうやらリビングで、セナさんと楽しくお話しているようだ。
「あ、クリスさん! やっと来ましたね」
「あ、あぁ。ごめん、あまりの出来事に驚いちゃって」
「えへへ」
セームは微笑みながら近付いて来ると、俺に耳を貸すよう手で合図する。
俺はさっきのこともあり内心ドキドキしながら、お望み通り片膝を落として、セームに顔を近付けた。
「頬ですけど私のファーストキス、だったんですよ。
覚えておいてくださいね」
とセームが耳元で囁いた。
「いや、頬はノーカンじゃね?」という言葉が喉まで出かかったが、何とか踏みとどまり苦笑いで「ありがとう」と返す。
セームは嬉しそうな表情でセナさんの方に戻っていった。
「よし、これで全部だよ。ほらクリスさんも座って座って」
セナさんが最後の料理をテーブルに運び、先に座っていたセームの隣に座るよう促される。
席に座ると、セームが一歩、また一歩とこちらに椅子ごと近付いてきた。
「セーム? あんまり近づくと食べづらいよ?」
「大丈夫です、食べづらかったらクリスさんにあーんしてもらうので」
セームが堂々と甘える宣言をしてきた。
すごいなこの子、グイグイ来る……。
あかりの比じゃないけど、積極的に甘えてこられると嬉しい反面対応に困るというか、なんというか……。
少し視線を落とすと見えたらまずいものが見えそうになってるし、無自覚なのか狙ってやってるのかわからねぇ……。
この世界を作った時に美男美女ばかりにしたせいで、幼い見た目のセームにすらドキドキさせられてる。
まさに策士策に溺れるって感じだな。
まぁあかりや、どうしても食べさせようとするこっちの妹のエリスに比べたら美人さんではあるけど、まだ可愛い方だな。
などと考えていると、セナさんが再びセームをからかい始める。
「ふふふ、セームベルったらクリスさんにベッタリね。そんなにクリスさんが好きなの?」
「……うん、好き……大好きです、クリスさん!」
「お、おう……ありがとう。俺も好きだよ、妹みたいで」
「妹……ですか……」
「うん」
セームが落ち込むとセナさんが笑い出した。
「あははは、良かったわねセームベル、妹みたいだって」
「もう、ママ笑いすぎ!」
「はー、面白い。いくら生歴が17年でも12歳の姿じゃ仕方ないわね」
「えっ、セームって生歴17年なんですか!?」
セナさんの発言に驚き、フォークを持った手が止まる。
「そうよ、ここしばらくずっと上げてないのよ。セームが嫌がっちゃってね」
「そうなんですね」
「クリスさんクリスさん」
横からセームが俺の肩をポンポン叩く。
「どうした?」
「ママが私の生歴暴露しちゃったんで仕返しなんですけど、ママの生歴は40年ですよ」
40年か……まぁ17歳の娘が居る人が、40歳って結構普通だな元の世界で考えると、だけど。
しかし17歳か……もしセームが17歳の姿だったら、セナさんのように美人でスタイル良いんだろうな。
そんな事を考えながらセームの方をぼーっと眺めていると、服の隙間から見えそうなのに気づき慌てて顔ごと視線を逸らした。
「コラ、セームベル。私の生歴を勝手にバラさないでよ、後でクリスさんに聞いてみようと思ったのに」
「ママだって私の生歴を勝手に言ったんだから、そのお返しだよ。
それにママだって生歴よりから離れた姿年齢にしてるでしょ! ママのせいで私の姿年齢が12歳にしてる自覚を持ってほしいな」
「うぐっ」
セナさんがセームの返しに口ごもってしまった。
2人の反応を見る限り、生歴はやはり年齢だと思っても問題無さそうだ。
実際生きた年数なのだから年齢と言えば年齢なのだが、この世界の俺の母親は。
「結局、外見が良ければ生歴なんて関係ないわよ、飾り以下」
と言っていたため、俺自信も特に生歴については気にしていない。
だが、それでもやはり気にする人は気にしているようだ、特に女性に対してはこちらから聞くのはやめた方が良さそうだ。
というより、セームの見た目が幼いのはセナさんに合わせてだったんだな。
「そういえば、クリスさんは生歴いくつなんですか? 雰囲気的に25年ぐらいだと思ってますけど」
「アハハハ、俺ってそんな老けて見える?」
「違います違います、それに外見は関係ないじゃないですか!」
「ごめんごめん、俺もセームとあまり変わらなくてね。生歴18年なんだ」
「1年先だったのね、それにしては落ち着いてるというか、大人っぽいよね君」
「そうですか? ありがとうございます」
そりゃあそうだ、俺は元の世界では25歳だったからな。
セームが25年って言った時はびっくりしたけど、年相応って言われてるみたいで嬉しい。
その後、談笑しながら食事を済ませた俺は、食器を片付けようと立ち上がった。
「あ、クリスさん。食器はそのままでいいよ。セームベルにやらせるから」
「え、いいんですか?」
セームの方をチラッと見る。
目線が合ったセームは微笑みながら軽く頷き。
「大丈夫ですよ、置いておいてください」
「わかった」
「それよりクリスさん、話したい事があるからちょっとついて来てもらってもいいかな?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
俺はセームに手を振り、先に歩き出したセナさんのあとを追った。




