プロローグ
「やはり、今回もダメじゃったか。もう、お主のリスタートは不可能じゃ、今までご苦労じゃったな……さらばじゃ」
そう言い、私は足元に必死にしがみつく彼女を突き放し、あの世に旅立つのを見送った。
「さて、次の候補はどんな子かの」
人差し指で腕いっぱいの円を描いた。
私は、この円をカメラ映像のように、自分が管理している地球の様子を伺った。
その時、古びたビルの屋上に上がっていく1人の少年が目に止まった。
彼は白いTシャツを着ていたが、Tシャツと下に履いている灰色のジャージの一部が、血と思われる赤いシミが付着している事に気付いた。
「こんな人生……もう、ウンザリだ」
ビルの屋上から地上を見下ろし、少年が言う。
なぜ自分はこんな世界に生まれてしまったのか。
なぜこんな世界が存在するのか。
憎しみと後悔に歪んだ表情を浮かべていた。
少年は震える自分の手足を見つめていた。
「どうせ俺が死んでも、悲しむやつはいない。むしろ、あいつも清々するだろうな、はは……。今からそっちに行くよ、あかり……」
そう口にしたが、やはり人間は誰しも死ぬのが怖いようだ。
少年は壊れかけの柵の隙間から外壁の淵に立つ。
柵に手を掛けながら下を一瞬確認した少年は、背を外に向け深呼吸をする。
スー、ハァー。
少年は恐怖で鼓動が早くなる心臓を落ち着かせようと、深く息を吐いた。
意を決した少年は、落ちていった。
そして、私はそのタイミングを見計らったように指を鳴らした。
……。
………。
(おかしい、俺は確かに落ちたはずだ……)
少年は全身に風が当たるのを感じていた。
(おかしい……)
少年は閉じていた目を開ける。
そこには街の景色ではなく、私が作り出した上も下も分からない真っ黒な世界が広がっていた。
「なんだ、これは……?」
気が付けば、身体に当たる風の感覚はなくなり、少年はまるで星の輝きも街の灯りもない夜空を浮いているような錯覚を覚えた。
……。
………。
「君は、まだ……死んではいけない」
私は少年の頭の中に直接声を響かせる。
「誰だ!?」
と少年が叫び 、どこまでも続く闇を見回す。
「そこの少年、聞こえておるかの?」
と返すが、私は同時に指を鳴らす。
これは、彼の試練じゃからな、余計な記憶は閉ざしておかねばならん。
瞬間、少年の頭に鋭い痛みが走る。
「ぐっ……!」
彼はその場でしゃがむように丸くなり、両手で頭を抑える。
奇妙な圧迫感に苛まれ、頭痛は次第になくなったが、呼吸は乱れ、目には混乱と恐怖が宿っていた。
「ここはどこだ……?、さっきの声も、この頭痛も、何なんだっ」
すると突然、少年の目の前に小さくて穏やかに揺れる光の粒が現れる。
その光は徐々に少年の足からお腹あたりぐらいの大きさに伸びた。
その光はどこか懐かしくもあり、心地よい輝きを放っている。
それは私が呼び寄せた魂だ。
あとは、あの魂が導いてくれるじゃろ、私はここで静かに見守ろう。
「君は……?」