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恋愛もの短編

憑かれたので最強やめます

 

 俺はハッキリ言ってイケメンだ。文句は言わせない。なにも自慢で言っているわけではないのだ。もとは中の下、寧ろ下の上くらいの有様だった容姿と比べた上での結論なので、客観的な評価だと言える。

 もと(・・)とは何か。過去の自分と現在の自分は全く別の姿をしている。それどころか、声も身長もしゃべる言葉も、住んでいる世界さえ違う。

 そう。俺は一度死に、この、今まで居た場所とはかけ離れた世界に新たな生を受けたのだ。所謂いわゆる転生というやつである。




 元々勉強も運動もそこそこできる方であったが、この世界に生まれるまでに何かあったのか、知力体力共にぐんと上がった。さらにこの世界、以前の俺が生きていた現代日本とは真逆の、ふぁんたじぃな世界である。剣やら魔法やらといった常識が当然の顔して闊歩かっぽしており、ふぁんたじぃなライトノベルを主食としていた俺を大いに喜ばせた。ちなみに我が家はそこそこ良い家柄だったが、俺は三男という絶妙なポジションに生まれたので何一つ苦労をしていない。きっと前世での行いが良かったのだろう。

 すっかり我が国として馴染んだ生国しょうごくの言語を覚え、剣道などとは異なる剣の振り方を身につけ、おまけに莫大な魔力のおまけ付き。前世で言うところの中学生程の年齢になる頃にはほとんどそれらを使いこなし、あまりのチートさに高笑いが止まらなかった。

 若干悪役染みた笑い声をあげながら家の庭で魔法の訓練をしていたら、両親と兄弟と使用人たちが物陰から引き気味の目で見守っていたことがあった。俺が我に返って訓練をやめた頃に医者が遅れて駆け付けたので、二度と家で訓練はしないと心に決めた。




 それはともかくとして、基本的に俺は万能だった。そんな俺は当然のごとくモテた。そりゃあもうウハウハだった。通っていた魔法学園では同級生後輩先輩教師と様々な女たちから常に熱烈なアプローチを受けたし、男どもはそれを悔しそうに眺めながらも俺にはそれに足る実力を持っていると認めていた。

 卒業後、魔法剣士として冒険に出れば行く先々でついてくるわついてくるわ。勇ましく真面目なむっつり女騎士ちゃんやらプライドが高いくせにチョロいツンデレ魔法使いちゃんやら穏やかでほわほわした家庭的な巫女ちゃんやら……他にも、弓使いや盗賊や果ては亡国の姫まで、種族問わずその道では最高峰の実力を持つ美少女が俺のもとにつどった。最早ハーレムだ。いや、実際ハーレムだった。


 長い冒険の途中、何とはなしに魔王を倒したところ、ある国の王に非常に喜ばれてしまった。ぜひ王女をもらってくれと頼まれたので、俺は築き上げた全てを捨てて逃げ出した。

 王女はとても美人だったが関係ない。完璧と言っていい俺の致命的な欠陥は、責任感がまるでないところだ。

 逃げる際に美少女たちを置いてきてしまったが、多分俺の責任感のなさに失望して諦めてくれているだろう。どちらにせよ、俺が本気で逃げれば見つかることはまずない。丁度良かった。大所帯になってしまいだんだん面倒になっていたのだ。




 逃げた先では魔法剣士として名が知られていたので剣を売ってただの魔術師として生活を始めた。

 懲りない俺はとても美しい奴隷を拾った。一人助けてあとは見捨てる……などということは可哀想で出来ず、結局俺はその国の奴隷制度を廃止する旅に出た。後からはこれまた多種多様な美少女奴隷たちがぞろぞろとついてくる。奴隷だった時の記憶や経験の染み付いた彼女たちは大変従順で可愛らしく……と、そんなことはどうでもいいのだ。

 とにかく俺はその後も各地を巡り、遂にほとんどの国の奴隷制度をなくした。なかにはまず入国すら出来ない国もあり、完全にとまではいかなかったものの、彼女たちは十分だと瞳を潤ませ感謝してきた。

 その頃には俺がかの魔王を倒した魔法剣士と同一人物だという情報が流れてしまい、俺は再び逃げ出した。一応元奴隷たちがこの地で働くことに慣れた頃にしたが、最後まで見届けられないなら初めから拾うなと過去の自分に説教したい。




 遠く異国の地でさてどうしたものかと考え、俺は呪術師になった。剣士では足がつくと考えた結果だ。呪術を学ぶことにした意味は特にない。単にアンダーグラウンドというか、目立ちそうにない職だと思ったからだ。

 この頃になるとだんだんと違和感を覚え始めていた。当時はあんなに積極的だった美女たちや国王の追手が、全く姿を見せないからだ。逃げているにしても数名は追いつくだろうと思っていた俺は、拍子抜けすると同時に疑念を覚えた。

 気になって調べ、数人の現在の様子を見て、愕然とした。


「……気付いて……しまったのですね……」


 その瞬間聞こえた声。

 それは風の吹く音のようにか細く頼りなく。そして、酷く懐かしい響きを持っていた。振り向いた先にいたのは、声に似合いの、頼りなさげに揺らめく少女。視線を下げ、俺は先程以上の衝撃に言葉をなくす。

 少女には、足がなかった。

 改めて少女に向き直ると、幽かに向こう側の風景が透けて見える。

 ―――おかしい。

 そう、おかしい。彼女は間違いなく幽霊で、しかしこの世界に幽霊が存在する筈はないのだ。魔物や人間は命を落とすと光となって天へ消える。例外はなく、死ねばそれで終わり。ゴーストやアンデッドと呼ばれる魔物たちは初めからそういった形で生まれるもので、生気を失っているように見えるからその名がついているに過ぎない。俺はそのことを言葉を覚えた途端に調べた。何を隠そう、幽霊の類がこの世で一番嫌いなのだ。

 得も言われぬ恐怖が、俺の両足をその場に縫いとめる。

 幽霊は悲しげに目を伏せたまま、静かに語りだす。

「……あなたを、好きだと言っていた人たちは、みんな呪いました……あなた以外を……すごく、すごく好きになるように……あなたのことを忘れるように……」

 彼女の言う通り、調べた少女たちは一様に新たな男を見つけ幸せに暮らしていた。

 いや、そんな生易しいものではない。往来の真ん中でイチャイチャしまくっていた。一人ではなく皆なのだ。そんな性格でないような者も大胆にいちゃついているのでおかしいと思っていたが、そうか、呪いか。

 ……のろい……ノロ、イ?

 恐怖で頭が回らなくなりそうなので、その単語については深く考えないことにした。

「なんで、そんな……」

 口をついて出てきたのは、素朴な疑問だった。そんな真似をして、彼女は一体何がしたいのだろう。

 幽霊……いや、少女は瞳を揺らめかせ、唇を噛むと、意を決したようにこちらを見上げた。

「……あ、あなたが……す、すすすき、だからです……っ」

 ああ神よ。どうしてこんな顔に生んでくれた。幽霊にまで好かれるなんて聞いていない。

 頬を染めてか細い声でそう告白する彼女はこの上なく可愛らしかったが、だからと言って幽霊はまずい。怖い。しかも、この子、だって、呪えるじゃん?と、どこへ向けたのかわからない問いかけを心の中で呟く。

「……あ、あ、あの、かっかおだけしか見ていないような他の人とはちがいます……わたしは前のあなた(・・・・・)のときからあなたしか見ていなくて…………その、あ、あな、あなたが……っ」

 前のあなた、という言葉に反応する。そういえばこの子、先程から日本語を―――?

 考えを巡らせる前に、取り敢えず落ち着かせようと声をかける。どうやら話すことが苦手らしい。言葉が詰まれば詰まるほど混乱してさらに言葉を詰まらせる悪循環が起きている。なだめているうちに、そういえばこういうことが前にもあったな、と今や遠い昔の出来事が頭を過った。




 そんな始まりで幽霊な彼女と俺の旅が始まった。何しろ幽霊である。ついていかせてくれと頼む彼女に怯えた俺は拒否できなかった。あくまでも下からのお願いという形ではあったが、俺にとっては脅迫も同然だった。

 話をするうちに俺はさらに怯えた。彼女は全てにおいて規格外の力を持っていた。通常、魔法を使う上では想像力や知識だけでなく、魔力や魔法具、魔法陣など様々な材料が使いたい魔法によって必要になるのだが、彼女の場合、魔法に似た、いやもしかするとそれ以上の効果が『念』ひとつで得られてしまう。自由度が高すぎるし、体力もいらない。真のチートは彼女だ。

 俺はあくまでもこの世界の理の中では最強ともいえる力を持っているが、彼女はそもそも存在自体がこの世界の理から外れている。そんな彼女にどうやって勝てと。


 彼女の目を盗んで色々と調べてみた。やはりというか、幽霊の概念自体ないこの世界に、幽霊を祓う方法など存在しなかった。呪術師になったくせに肝心の事が出来ないでどうする。俺は我が身の無力さを呪った。試しに力のある神職者に首を傾げられながらも塩に魔力を込めてもらい、彼女にぶちまけてみたが、彼女は申し訳なさそうに揺らめくばかりで変化は見られなかった。





 彼女との旅はこれまでと比べると酷く静かだった。俺の呪術師という職や、彼女が近付いてくる女たちにことごとく呪いをかけて追い払ったことが大きいだろう。

 俺は遠慮せず彼女を祓いたいと口に出すようになった。それは単なる軽口のようなもので、その頃になると、彼女が他人をむやみに傷つけるような呪いをかけないことには気付いていた。……いや、一度は自分を好きだと言っていた女たちが他の男とイチャイチャするのを見ると少し複雑な気持ちにはなるのだが。

 穏やかに、あてどもなく旅は続く。時折人を占ったり、ゴーストに悩まされる依頼者のために敵を倒したりしては日々の糧を得られる程度の金を稼ぐ。幽霊はものを食べる必要がないので、稼ぐのは俺の分だけでいい。


「はい」

「……これ……」

 ものを食べる必要はないが、実体になることができるし味覚もある。そう言いつつも、毎日食事をとらせようとすると申し訳なさそうに身を縮めるので、俺はごくたまに彼女にプレゼントをするようになった。食事だったり、デザートだったり、髪飾りだったり。

「……ありがとう……ございます……」

 彼女の黒髪に映える白い花の髪飾り。それを身につけ嬉しそうに頬を染め、儚げな笑顔で喜ぶ彼女。次は何を贈ろうか、と渡すタイミングを見計らいながら考えるのが常になっていた。




 俺はふと尋ねた。

「どうして俺なんだ?俺は我ながら顔は良いとは思うが、ハーレム作りまくったりそのくせ逃げたりで結構最低だぞ。そのあたりはお前も見ているだろうし……そういえば、前世からと言っていたよな。その頃の俺は顔は良いとは言いがたかったし……尚更お前みたいな美少女に好かれる理由がわからない」

 彼女は少し頬を染めて、静かに言った。

「……わたしは、最低だなんて思いません……あなたは、やさしいひとです。わたしの……はなし、をきちんときいてく、くれる、し……ひ、ひとの好意を、むげにできなくて……まじめに考えすぎて、つかれたからにげちゃうんです……しょうがないです……勝手に近づいてくる人に、責任をかんじる必要は、ないです。もちろん、わたしにも……」

 あと、美少女じゃないです、と付け足して、彼女は俯いた。自己評価が低いのは、しゃべりが苦手なせいでこれまで不当な扱いを受けていたのだろうと推測する。

 彼女からの評価には、俺を買い被りすぎていると思った。女たちからちやほやされて、力をもてはやされて、俺は間違いなく喜び、悦にっていた。己の力を過信し、無鉄砲に敵を倒し、そのくせ、巨大な力を持つ者の義務からは逃げた。少し考えれば分かることだ。大きすぎる力は国家にとって敵にもなりうる。どんなに口で言っても完全に信用などできない。

 当時の俺の世界は狭すぎて、そんな簡単なことも予想できずに力を振るい―――遠い故郷(自国)に帰り至る術を、失った。かの国やそこへ至るまでに通らねばならない周辺国には、魔王を倒した勇者を得んとする国の使者たちが今も血眼になって俺を探している。

 それでも、彼女が必死にくれた言葉を否定する気にはなれず、ただお礼を言ってその頭を撫でた。





 どうして神様とやらは彼女を幽霊にしたのだろうと考える。

 目の前には、震える手で俺の手を掴み、自分の柔らかな胸へ押し付ける彼女がいる。思い詰めたような顔で、わたしは実体になれるし、妊娠なんて面倒なことにならないから、そういうこと(・・・・・・)に使ってもかまわないと、だから一緒に居させてくれと涙を流す彼女がいる。

 幽霊であることで、彼女はより自信がなくなってしまっている。自分の体を安売りしてまで一緒にいる価値が俺にあると勘違いしている。

 彼女の呪いが効かない女が現れた。だから追い詰められてこんな行動に出たのだろう。しかし彼女は根本的に間違っている。彼女へ一心に愛しげな視線を送る俺に、あの女ははなから俺を恋愛対象に入れていなかった。だから俺に惚れた女(・・・・・・)を他の男に惚れさせる(・・・・・・・・・・)呪いは効かなかったのだ。

 幽霊で何が悪い、と思う。同時に、彼女がここまで自分に自信を持てないなら幽霊でなければ良かったのに、とも思う。どちらにせよ、彼女にすっかりほだされた俺が涙を流す彼女に勝てる筈もなく。





 それから後のことは、この世界の歴史書には残っていない。俺にとって大事なのはここからであり、歴史書に記されている我が人生の前半部分は盛大な黒歴史であるにも関わらず、だ。もっとも、取材だなんだと騒がれるのもごめんだし歴史に残りたいわけでもないのだが。


 取り敢えず一つ言えることは、俺の妻はあらゆる意味で最強だということである。




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