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レッドフード  作者: 路地裏ジャック
4/4

一夜の惨劇

場所が場所だけに夜は微かな月明かりだけ

陽が落ちた森を歩くのは、どれだけ危険か

都会出の私達からしたら、認識が甘かったと言われても仕方ない。


つまり、暗い森を歩いて帰ってくる父が無事に帰宅できるのか、心配でならない。

帰りが少しでも遅くなると母と私は家の外で

帰りを今か今かと待って、無事帰宅した父に何かあったのかと逆に心配されたりして。


「今日はパパ、帰り早いかな?」

「そうね、どうかしら」


夕飯をテーブルに並べ、父の帰りを待つ。


良い香りに手をつけたいけれど夕飯は家族がそろったら、が家族のルール。


「ただいま」

「おかえりー」

と私は父に飛びつく。


父は決まって私にただいまのキスをして、私を抱いたまま

「ただいま」と母に笑顔で言う。


「おかえりなさい、あなた」


私を定位置に座らせると、帽子とコートを

コート掛けに掛ける。


「んー、良いにおいだね。

この山菜は今日?」

「摘んだんだよ、わたしもわたしも!」

「そうか、頑張ったね」


父は笑いながら私の頭を撫でた。


「じゃあ、手を合わせて…」


料理を前に手を合わせて眼を瞑る。


「私達を生かしてくれる命の恵みに、感謝していただきます!」


夕飯を食べながら今日あった出来事を話し合う、どんなに小さなことでも、家族と共有し合うのが仲良くいられる秘訣だと父は言っていた。


でも父は大学で誰々が優秀だとかこの講義に

対する意見を母に尋ねたり、少し眠くなる。


睡魔に負けそうになる私を見て、父は母に

ベッドに連れてやってくれと言葉ではなく

アイコンタクトで伝える。


森で遊んだ日は限って、いつもより睡魔は

早く、寝むりを誘う。


でも「ママ、髪とかして…」とおねだりする。


母に髪を触れられることが大好きだった。


「シンシアの髪は少しくせっ毛よね。

パパそっくりよね、すこしはねたりして。

でも綺麗なブロンドはママそっくり。

顔も私似かしらね、でもくりくりした瞳の形はパパかしら、きっと大人になったら私より美人になるわよ、お姫様」


髪をとかしながら耳元で言ってくれる。


私にとっては子守唄代わりかも、この言葉が

一日の終わりを告げてくれる。



(2/2ページ)


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そして、私は自分で三つ編みを結えるほどの

年齢になった。


この土地に越して十年、今では一人で山菜を

採りに行くのも許されている、いつまでも

過保護なわけにもいかないから。


「じゃあ、ママ行ってくるわね」

「ええ、気をつけてね」


どれだけ年齢を重ねても、この森はやっぱり


私にとって特別な場所。


この土地に移り住んでから嘘のように病気にかかる事が無くなった。


どれが美味しくて、どれが薬代わりに傷に効くとか、すっかり覚えた、幼い頃は摘むたびに母に見せ訊いていたけれど。


「……」


何か変だ、いつもなら小動物や小鳥の声が聞こえるはずなのに今日は静か、違和感のある静けさ。


胸が嫌にざわつく。


「今日はこれくらいでいいかな…」


周りをしきりに気にしながら私は小走りで

家へと帰っていった。



あの言葉に出来ない違和感は何だったんだろう?


森で感じた嫌な空気を私は話せないでいた。


両親に話して心配をかけたくなかった。


それに勘違いかもしれない、勘違いであれば

それで私も安心出来るのだから。


「シンシア?」

「え、ああ、ごめん

なに、お母さん?」

「どうかしたの、帰ってきてから何か

様子が変よ」


母は塞ぎこんだ私を見て、心配そうに顔を覗き込む。


「ううん、何も無いよ。

ちょっと考え事」

「そう? 何かあったなら話して

一人で悩む必要ないんだから」

「うん、でも大丈夫だから」

「なら、夕食のお手伝いしてもらおうかな」

「うん」


私は袖を捲くり、鍋を煮込む母に代わった。



****** **** ****** 



陽が傾きかけ、ダスティンを乗せた馬車は

自宅近くの農村に着いた。


いつもなら、のどかな村であるのに、その日はやけに騒がしかった、どよめいていて

不安になる騒がしさだ。


ダスティンは人だかりが出来ている方へと足を進めた。


「どうかしたんですか?」

「ああ、ダスティンさん

やられたよ、見てくれ」


周りを囲っていた人だかりを一言断わりを添えながら越えてゆくと、ツンと鼻を通る嫌な

異臭につい鼻を押さえた。


そこにはバラバラに引き裂かれた家畜の死体が

幾つも転がっていた。


「こ、れは?」

「ウェアウルフだろうな、狼だってこんな

襲い方をしねえ」

「ウェアウルフ…」

「ダスティン!」


一人の老婆が呆気に取られているダスティンを呼び戻す。


「あ、ああ、おばさん」

「あんた、悪いことは言わないから

今すぐ家を出て家においで、ウェアウルフは

森に潜んでいるに違いないよ」

「森に…」


ダスティンの顔色がみるみる内に青ざめ

最悪な結果が脳裏を過ぎる。


「わ、わかりました、ジュリアンとシンシアを連れて、お邪魔します!

すいません、色々と…」

「何、言ってんだい!

越してきた時に助けると言っただろう。

早く日が暮れる前に家へ行きな!」


ダスティンは歩きなれた森を駆け抜ける。


何百回も歩いてきたことで、どこに木の根が

張っていて足を引っ掛け躓いてしまうか。


ある程度、高低のある道の場所も把握している。


陽が完全に暮れてしまう前に家に着かなければならない。


僅かに足をとられ、歩みを止めてしまうのは

許されない。


ダスティンは沈みかける陽と競争している様に木々の隙間から見える陽をしきりに横目で

伺いながら走り続けた。


「あら、おかえり

今日は早かったのね」

「おかえりなさい、お父さん」


息を切らす父を見て、何かあったのかと悟る。


「あなた、どうかしたの?」

「今すぐ家を出て村に行こう」


父はしきりに何かを警戒しているのか、

落ち着かない。


「ジュリアン、あれは? どこに置いた」

「あれ? ああ、寝室に…。

ダスティン! 説明して、どういうこと?」

「今は話している暇は無いんだ!」


母の問いに答えもせず寝室に向い、乱雑に何かを取り出す音をさせて、戻ってきた父の片手には布にくるまれた流線型の荷物。


包まれた布を取ると、黒光りのした無機質な

私達家族とは無縁である筈の、猟銃。


「ダスティン、何があったのよ、答えて!」


父は猟銃に弾を装填し終えると口を開く。


「ウェアウルフが近くにいる。

恐らく森に潜んでいる」

「ウェアウルフ…そんな…」

「大丈夫だ、お前達の事は何があっても守る。

だから早く村に…」


月明かりに照らされ、壁に大きな影が映る。


大きな体格をした、明らかに人ではない者。


父は私に駆け寄ると、私の顔を掴む。


「いいかい、シンシアよく聞いて欲しい。

お前は床下の貯蔵庫に隠れていておくれ。

何があってもそこから出ちゃいけないよ。

音がしなくなるまで、絶対に」


父は床下の取っ手に手を掛け貯蔵庫を開く。


「父さん、母さんは?

私だけだなんて…ダメだよ!」

「シンシア…母さんも父さんも大丈夫だから

安心して」


母はいつもの優しい笑顔をした、恐怖感なんて一つも感じさせない笑顔は、今の私の感情と不釣合いすぎた。


「大丈夫だよね、父さんも母さんも

私開けてくれるの待っているから」


私は流れる涙を拭いながら貯蔵庫に入る。


「シンシア、愛してるよ」

「母さんもあなたの事を愛してるわ」

「私も! 私も父さんと母さんのこと愛してるから!」


貯蔵庫の扉が閉められ、漆黒の闇が私を包んだ。


「愛してるからきっと無事で…」



銃声。


ガラスの割れる音。


床に叩きつけられる音。


悲鳴。



私は耳を塞いだ。


ここから出して、そして笑顔で迎えて

父さん、母さん…。




****** **** ******



どれだけ、この暗闇で縮こまっていたのだろう。



扉の隙間から微かに光が差し込む。



耳を澄ませば何の音もしない、静寂だ。


今、静寂であるのは何よりも避けたい。


それはつまり周りには何も無い、誰もいない。


それとも、誰かは…いた。


過去形になる光景が広がっているのでは?




私は、貯蔵庫の隙間から目だけを覗かせ危険がないか確認する。


前には何も無い。横には私に向けられた手が見える。


私は嬉しくなって貯蔵庫から手を伸ばし、向けられた手を握る。


「この手、お母さん!」


貯蔵庫から出ると滅茶苦茶に荒らされたリビング、床は血だらけ。


私が掴んだ手、指先から腕を辿れば二の腕

を越え肩、身体となる。


しかし母の身体は、無かった。


唯一残った二の腕には千切られた様な痕。


血だらけの床に細かな肉片が混じっている。


私はその惨状を目の当たりにしても吐き気など催しはしなかった。


それ以上に我慢しきれない自分ではない自分が訴えかけていた。


力を望むならば血を口にすれば良い、と。


でも、それだけはしてはならない。


母との約束だ。


正気に戻ると無意識の内に

両手で血を掬っていた自分に驚いた。



訴えた者は何なのか、悲しみと憎しみが生み出した怪物…。



私はふら付く足取りで家を出た。


森はいつもの平穏を取り戻していた。


前を横切る小動物、小鳥の囀り。


なんでよ、チクショウ…。


「出てきなさいよ! 私も食べなさいよ!」


現れて食べて欲しかった、一人生き残って

どうしろって言うのよ。


私は叫びながら森を駆けた、早く現れて

私はここにいるのよ。




大口開けて私を食べてみてよ。



きっと美味しいから…。



どれだけの時間、森を駆けたのか、結局ウェアウルフが現れることはなかった。



森を抜け農村が見える。


何度か作物を分けてもらったりなど村の人達とは親交があった。


親戚のおじさんやおばさんもいる。


遠くからでもわかる紅いコートを纏った人影。


憔悴しきった私はいつ倒れてもおかしくない足取りで村まで向かう。




「今頃、現れてどういうつもりだい!」


紅いコートの男におばさんは怒声を浴びせる。


「ウェアウルフが出たのは昨日のことなんだ

親戚の親子が結局、家に来なくて…あたしゃ

心配で心配で」

「おばさん…」


か細い声でおばさんを呼ぶ。


「し、シンシア…、その姿…」


おばさんは私に気付くと口を手で覆い、一瞬で何が起きたのか悟る。


私の身体は血だらけで森を無我夢中で走ったために薄汚れていた。


倒れそうになる私をおばさんは抱きしめる。


「見なよ! あんた等、結局何をした

ウェアウルフから私達を助けるんじゃないのかい! この子の家族を助けることすら出来ずに何がレッドフードだい!」


紅いコートを身に纏う四人は俯き、何も答えずにいた。


立ち尽くす四人を押しのけ一人の初老の男性が前に出て頭を下げる。


「申し訳ない、お嬢さん…。

両親の事は残念だった、本当にすまない。

仇は私たちが必ず、討つ…」


初老の男性は四人を引き連れ、森へと向かう。


「何が仇は討つだ、誰一人も救えずにいるくせに。

ああ…可哀想に…シンシア…」


気を失った私をおばさんは優しく撫でる。


その感触は母の手によって髪を梳かされている夢を見せた。




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