ふわふわ天使、西の空から降ってくる
女騎士が部屋に住み始めて数日が経った。
俺は、こんな辺鄙な田舎町でやることもないので、アパートの隣に畑を作ることにしたのだ。
元々、家庭菜園をしていたし、ガーデニングなんかもやっていた時期もあるので、この無駄に広い敷地の一部を開墾しているのだ。
「大家殿、精が出ますね。少し休憩にしませんか?」
声のする方を見ると、女騎士が畑まで来ていた。手には水筒と、何かの包みらしきものを持っている。
ちなみに、今はフルプレートの鎧は着ておらず、質素な感じで爽やかな色合いの服を着ている。
今は、おろしている金髪がサラサラと風になびき、光を反射しキラキラと輝いている。
あいかわらず可愛いなぁ。
「ん、なんです?それより、お茶とお茶菓子持ってきましたよ」
「ありがとう、じゃあ少し休憩にしますか」
思ったことを声にして出ていたようだが、女騎士には聞こえなかったようだ。
畦の所にシートを敷いて、2人で並んで座る。
「どうぞ、大家殿」
そう言って、手渡してくれたコップに水筒からお茶を注いでくれた。
「ふう〜、キンキンに冷えてて美味い」
「お茶菓子もどうぞ」
このお茶は、数日前に女騎士を連れてスーパーに行って買ってきたやつだな。
こちらの生活に慣れてもらうためと、色々なことを教えるために連れて行ったのだが、順応力が高くあっさりと受け入れていたな。
ちなみに、俺も女騎士の世界に何度か行って色々教えてもらったりした。
「甘いものが身にしみる〜」
「ふふっ、こうしてると、まるで恋人みたいですね」
女騎士が、突然おかしなことを言った。
「こ、こいびと!?ゴホッゴホッ」
「あ、大家殿。お茶を、これを飲んでください!」
女騎士の言葉に驚いて、食べていた茶菓子が喉に詰まりむせてしまった。
渡されたコップを慌てて受け取り、一気にお茶を飲み干した。
「ありがとうって、これ女騎士さんが使っていたコップ!?」
女騎士も慌てたのか、自分の使っていたコップを渡してしまったみたいだ。
よく見ると、そのことに気がついたのか女騎士は顔を真っ赤にして固まっていた。
それを見て、俺の顔もどんどん熱くなってきた。多分、女騎士に負けず劣らず真っ赤になっているだろう。
のどかな山間の田舎町の、辺鄙なこの場所に鳶の鳴く声だけが響いている。
さて、まだ昼までには時間があるし、もう一仕事していこうかな。
「それでは、私は戻りますね。あと、一度村に戻って依頼がないか見てきますので」
「わかりました、気を付けて行ってきてください」
「はい、ありがとうございます。もし、依頼があれば帰りは遅くなると思いますので」
女騎士は、シートと荷物を片付けてアパートに帰って行った。
どうやら、今日は自分の世界に戻って、騎士の仕事をしてくるみたいだ。
そういえば、レッドドラゴンを倒してから、指名の依頼が多くなったって言ってたな。
向こうの世界の食堂に行った時、王国騎士団からも誘いが来ているって噂も聞いた。
辺りを見回して一息つく。
「ふう〜、だいぶ畑らしくなって来たな」
あれだけ荒れていた土地が綺麗に耕されている。
太陽も、いつのまにか真上の方に移動していた。
手の平でひさしを作り空を見上げる。
「ん、なんだありゃ?」
空に何か見える。
太陽の光が眩しくてよく見えないが、鳥や飛行機の類じゃない。
動いているというより、落ちて来ているって感じだろうか?少しずつだが、その影が大きくなってきているのがわかる。
「ちょっと待てよ、ありゃ、人じゃないか!?」
だんだんと大きくなる影に、くっきりと人の形の輪郭ができはじめたのに気がついた。
ゆっくりと、だが確実にこちらに向かって落ちてきている。
なんとかして助けないと!
そうこうしているうちに、落下している人の様子がわかるくらいの距離まで近づいてきていた。
「あれは、女の子?しかも、翼が生えている!?」
そう、真っ白なワンピースを着た女の子の背中には、これまた真っ白な翼のようなものが見える。
「お、親方〜、空から女の子がっ!」
動揺しているのか?俺は、いるはずのない親方に声をかけて落下予測地点に走る。
そして、ゆっくりと俺の目の前まで落ちてきた女の子を、地面に落ちる前に両手でそっと抱かえる?
幼い見た目だか、まるで澄んだ水のように透明感のある女の子だ。
「て、天使?なのか?」
思わず、俺はそう呟いた。
とにかく、ここじゃなんだから部屋に運ぼう。
こんな時に女騎士がいればよかったんだけど、そう都合よくいかないか。
急いで部屋に戻り、ソファーの上に寝かせタオルケットを掛けてあげた。
「これでよし。まさか、空から天使が降ってくるなんて、今でも信じられんな」
まぁ、その天使が目の前にいて、ソファーで寝ているのだが。
「う、うーん。ま、まだや、きっと上がるはずなんや」
何かうなされてるようだけど、上がるって何のことだ?
「うーん、あれ?知らない天井が見える」
おっ、目が覚めたみたいだな。とにかく、さっきの状況になった理由を聞いてみないとな。
「おはよう、目が覚めたようだね。体の方は大丈夫?どこか痛いところとかない?」
天使は、体を起こしてこちらを見る。
ふわふわっとした銀髪と、透き通った紅い瞳が印象的だな。
すると、いきなり幼い顔の眉間にシワがより、目つきが険しくなる。
「あんた、だれや?」
ドスのきいた声を、小さくぷりっとした口が紡ぎ出した。
おおぅ、想像していたものと違うではないか。
しかも、若干胡散臭い方言だし。
俺の中の天使の像が音を立てて崩れていく。
「いや、君が空から降ってきて、気を失っていたようだから部屋まで運んで、ここで寝かせてたんだけど」
とにかく早口で今までの状況を説明する。
あれ?俺がこの天使の状況を聞きたかったんだけどな。
「そうなんか、それに関しては礼をゆうわ。ありがとさんな。で、あんた誰や?」
口は悪いが、礼儀は弁えているみたいだ。
「あぁ、俺はここのアパートの大家だ」
「大家やて?アパートねぇ、ふーん」
「で、俺も君に聞きたいことがあるんだけど、なんで空から落ちてきたの?」
天使は頬に手を当てて何か考えているようだ。
いつのまにか、険しかった顔も元の可愛い顔に戻っている。
「なぁ、大家の兄ちゃん。ものは相談なんやけど」
「ん、何かな?」
やっぱり、俺の話は聞いてなかったみたいだ。
あと、顔は元に戻っても声は変わらんのね。
「ここに住ませてくれへんか?」
唐突に、天使が部屋に住まわせろと言い出した。
「理由はわからないけど、ここは賃貸だから契約して家賃も払わないといけないけど大丈夫なの?」
「かね・・・、金ならある、契約もしてやる、住ませてくれるなら、直ぐは無理かもしれんが、落ちてきた理由も教えてやるで」
ふむ、一応俺の話は聞いていたみたいだ。
たが、ここに住まわせるのは気がひけるので、他の部屋を貸したいと思う。
「一応、こことは別の部屋に、住んでもらうことになるけどいいかな?」
「あぁ、かまへんで」
まぁ、部屋を借りて住んでくれるなら、それに越したことはない。
とりあえず、リビングから書類を取ってくる。
「この書類に必要事項書いてね」
「いまどき紙で契約か」
文句を言いつつも、丁寧な字で書類を埋めていく。
まぁ、見たことない文字だけどね。
天使が書いた字は、全く読めないが大丈夫だろう。
「どれどれ、うん大丈夫だね。それじゃ、最後に名前の横に判子か拇印を押してくれれば契約完了だよ」
朱肉ケースをテーブルに出すと、天使は自分の親指を見つめている。
すると、天使の指から赤い雫が生まれた。
「これでいいんやな。まさか天使から血判取るとは、これでこの契約書は破ることも燃やすこともできなくなったで」
契約書を見ると、ほのかに光を放っている。
「もちろん、契約者の貴様も私との契約を反故できないからな」
そう言われて、天使から契約書を受け取った。
「じゃあ、今から部屋に案内するね。生活に必要なものは揃っているから直ぐに住めるよ」
「そうなのか、話が早くて助かる」
外に出て103号室の前まで来た。
「これが、ここ103号室の部屋の鍵だよ」
「ほほう、変わった形の鍵やな」
扉の鍵を開けて玄関に入る、一通り部屋の中を案内して説明をした。
「もうお昼になるし、今日はうちでご飯食べていきなよ。食材買いに行くにも、街のスーパーまで1時間はかかるしね。後で、車出すから一緒に買い出し行こうか」
「そうやね、恩にきるな」
そう言って、天使が玄関の扉を開くと、外に出ることなく立ち止まっている。
「なんや、なんでまた天界に戻ったんや?」
「どうしたの?」
天使が、驚いたような声を出し立ち尽くしている。
その後ろから外を覗くと、またも見たことない風景が広がっていた。
「な、なんだこりゃ!?」
外に出て辺りを見回す。
そこには、空に浮かぶたくさんの島があったからだ。
俺は、また別の世界に来てしまったみたいだ。




