フルプレートの女騎士、部屋を借りる
目の前にフルプレートの鎧姿がいる。
そして、その姿には似つかわしくない声が聞こえた。
自分の目がおかしくなったのかと思い何度も見直すが、どう見ても完全武装のフルプレートの鎧にしか見えない。
「あの、どうかなさいました?」
あまりの驚きに固まっていた俺に、凛とした声がかけられる。
「あっ、いえ、フルプレートなんて初めて見たので驚いてしまいました」
バカ正直に答えてしまう。
当たり前だが現代にフルプレートを着ている人はいない。つまり、本物のフルプレートなんてものは決して見ることなどないのだ。
見たとしても、それは虚構の世界。そう、映画やゲームの世界でということだ。
「そうなのですね、それは失礼しました。私は騎士を生業としていますので、それなりの正装ということでフルプレートで来たのですが迷惑をかけてしまいましたね」
「いえいえ、迷惑なんてめっそうもない。本物のフルプレートを見ることができて逆にラッキーですよ」
「そう言っていただけて安心しました」
何か不毛な会話をしているようにも感じるが、気にしないでおこう。
「それじゃ、玄関で話すのも何ですから、どうぞお上がりください」
「ありがうございます。それでは失礼してお邪魔させていただきますね」
そう言って、ガシャンガシャンと音をたてながらフルプレートの女騎士をリビングに案内した。
冷蔵庫からキンキンに冷えたお茶を出しコップに注ぐ。
「お茶をどうぞ」
ソファーに座っている女騎士にお茶を出す。
よく見るとソファーに凄くめり込んでいる。かなりの重量がありそうだ。
そういえば、フルプレートで頭も兜で完全に隠れてるけどどうやってお茶を飲むのかな?
「ありがとうございます」
そういうと、女騎士はガシャガシャと何度か兜をいじるとおもむろに脱いだ。
「ふぅ、さすがにフルプレートの兜は気密性が高くて暑いですね」
兜を脱いだ女騎士は、輝くような金髪と透き通るような碧眼の美少女だった。
兜を被る為だろうか、髪はシニヨンに纏められうなじに光る汗が色っぽさを醸し出している。
まさか、ゲームやアニメに出てくるようなステレオタイプの美少女が出てくるなんて思ってもみなかった。
「お茶いただきますね」
「あっ、どうぞどうぞ、なんならおかわりもありますので」
思っていた以上暑かったのか、女騎士は勢いよくコップの中の液体を飲み干した。
綺麗な顔にもうっすらと汗が浮かんでいる。
まぁ、あんなフルプレートを着ていたのでは暑くて仕方なかっただろうな。
せっかくなので、空になったコップにまたお茶を注いだ。
「お茶、ごちそうさまでした。とっても冷たくて美味しかったです。ところで、本題の方なのですが」
おっと、いかんいかん本題を忘れるところだった。確か、部屋を借りたいって話だったよな?
「えぇ、部屋を借りたいってことですよね。まだ、新築なんでいくらでも空いてますよ」
こんな辺鄙なところのアパートの部屋を借りたいって言ってくれてるんだ、フルプレートで女騎士なんて些細な事だ。
「ふふっ、いくらでも空いてるって言われても、借りるのは一部屋だけですよ。あなたって面白い人ですね」
笑った顔も可愛いなぁ。
「それじゃ、こちらの書類に必要事項を記入していただけますか?一応、自分が大家と管理人を兼ねてますので、なんの問題もなければこのまま入居できますので」
「そうなのですね、仲介人の方が面倒な事は一切抜きで大丈夫だなんて言っていたので、少し心配していました」
「まぁ、個人の持ち物なんで敷金や礼金なんかも取ってないんですよ。そういえば、仲介人って言ってましたが、誰の紹介でした?」
「そうなのですか、こちらとしても嬉しいかぎりですね」
あまりにも辺鄙な所なので、敷金や礼金なんかは無しにしている。できるだけサービスすれば借りてくれる人もいると思ってのことだ。
「私にここを紹介してくれた人なのですが、実際は初めて会う人で知らない人でした。部屋を探して困っていた時に声をかけられて、ここを教えてくれたので」
「なるほど、親切な人がいるものですね」
俺とじぃさん以外に、ここのことを知ってる人がいるのだろうか?まぁ、わざわざ女騎士を紹介してくれたんだ、きっといい人なのだろう。
「あの、一応書き終わりましたが間違ってないでしょうか?」
「どれどれ、失礼しますね」
女騎士から書類を受け取り記入箇所を見る。
うむ、見たこともない字だが概ね合っているだろう。
「問題ないですね。それじゃ、この名前の横に拇印を押してもらっていいですかね?ちなみに、拇印と言っても胸のことじゃないですよ、親指で押す印のことです」
軽くセクハラギャグも交えて朱肉を渡そうとした。
なぜか、女騎士はフルプレートの上半身の部分を外していた。しかも、若干顔が赤かった。
「えっ、あっ、拇印てそういうことですか。いえ、知っていましたよ、もちろん知っていましたよ。ははっ、あははははははは」
そう言って、女騎士はさらに顔を赤くして固まってしまった。見た目に反して面白い人だな。
よく見れば、大変よいボリュームのものをお持ちのようで、眼福眼福。
俺の視線に気付いたのか、女騎士は恥ずかしそうに胸を庇いこちらを睨んでいた。
そんなこともあり、結局フルプレートを着てしまい今は可愛い顔も兜に隠れてしまっている。
「さて、書類の方は大丈夫なので部屋に案内しますね。そうそう、家賃の方なんですが一応月末に手渡しでお願いしますね」
「は、はい、分かりました。よろしくお願いします」
鍵を手に取り、女騎士の部屋である102号室に案内した。
そして、部屋の中を案内と説明をするために玄関に入ったところで異変が起きた。
「ギャオーーーーーーーーーーーーーーーーーッス!」
突然の叫び声?いや、何か獣の鳴き声のようなものが聞こえたのだ。
「な、なんの鳴き声だっ!?」
「この鳴き声はまさか?」
女騎士は何かを感じ取ったのか、勢いよく玄関から飛び出した。
一体何なんだ?とても嫌な予感がする。
だが、ここで立っているだけでは何もわからない、俺も女騎士の後を追うように外に出た。
しかし、扉を開けて俺は驚愕した。
「ここはいったいどこだ!?」
そこは、俺の知っている風景とは全く違う世界が広がっていた。
だだっ広い駐車場と畑ではなく、見たこともない家が建ち並んでいる。
更に、目の前には見たこともない巨大な生き物が待ち構えていた。
「ここは危険です。下がっていてください」
そう言って、女騎士が大きな剣を構え巨大な生き物と対峙していた。
「さぁ、かかって来なさい。ここで終止符を打ってあげます、レッドドラゴン!」
巨大な生き物は、まさかのレッドドラゴンだった。