住めば都の、ど田舎賃貸
桜の花も散り緑が濃くなり、少し暑さを感じ始めたそんなある日。
「面倒くさいから、お前に任せる」
そう言って、俺の住んでいたアパートに突然押しかけてきた祖父が、自分が所有していた新築アパートの権利を無理やり押し付けていき、大家を任された。
ここは、日本のだいたい真ん中あたりにある田舎町。
車を持っていれば、高速道路を使って都心まで1時間半程度で行ける距離である。
夢の国だって1時間半、海水浴にだって1時間程度で行ける。
ちょっと足を伸ばせば、不自由のない距離の田舎町。
だが、いくら田舎町と言っても、南部の町中はそこそこ便利で困ることはない。
あちこちにスーパーだってあるし、ちょっと離れた所にSCやアウトレットなんてものがある。
年末年始には、人が溢れるほど集まる大師様だってある。
だが、今いる所はそれとは反対の北部の山間地区、その更に奥の方にある辺鄙な場所、1番近いコンビニに行くのに車で30分、町中に出るのにも1時間以上はかかり、街灯なんてものはなく夜は完全な闇になるような、とんでもない場所だ。
その分、周りは大自然に囲まれており、俗世の穢れを浄化されそうな雰囲気なのだが。
そんな田舎町の秘境地区、隣の家が100m以上離れているような、そんな場所にどう見ても場違いな外観の新築アパートが建っている。
そんな所に、実家から1時間以上かけて今到着したのである。
「ここが、俺の管理するアパートか。じぃさんは、何でこんな所にアパート建てるかなぁ?」
ここが、俺の新しい住処『ストレンジハイム ヴァンデエミオン』だ。
だだっ広く作られた駐車場の一角に車を停め、手荷物1つ持って大家用に当てがわれた部屋を訪れた。
表札には『101号管理人室』と書いてある。
6室ある内の1室がそのまま管理人室になっているようだ。
預かっていたマスターキーで鍵を開け部屋の中に入る。
「思っていた以上に広いそうだ」
既に、家具や生活必需品は用意されていると聞いているので助かった。
しかも、全て新品で揃っているらしい。
とりあえず、前の部屋から引き上げた荷物は明日くるはずだ。
いらない家具家電はリサイクルショップに売ったが、大した金額にはならなかった。
とにかく、部屋の中を隅々まで確認する。
「うおっ、このTVデカすぎだろ!?」
最新の50インチの薄型TVが、リビングに鎮座している。
更に、テーブルにソファ、よく分からない調度品が部屋を彩っている。
台所にも、最新冷蔵庫に最新の調理器まであり、風呂もトイレとは別で、アパートには似つかわしくない大きさだ。
脱衣所と洗面所も広く、最新洗濯機が専用の設置場所に佇んでいる。
「これ、1人で住む広さじゃないよなぁ」
廊下を挟んでさらに二部屋あり、一つは書斎になっており隣を覗くと、寝室らしく大きめのベッドがあった。
大きめのクローゼットと化粧台、明らかに新婚さん向けの部屋だ。
一通り部屋を確認して、リビングに戻り手荷物にあったノートパソコンを起動する。もちろんネット環境も完璧だ、こんな山奥なのに通信速度は申し分ない。
「あとは、問題の住人についてだな」
そう、これこそが最大の問題。
じぃさんが、権利を手放して俺に管理を押し付けた原因。
住人が、いまだに1人も居ないことだ。
「当たり前だよなぁ、こんな何にもないところに、何が嬉しくて引っ越してくる奴がいる?」
確かに、全ての部屋が家具付き、生活家電完備、ネット環境配備、駐車場付き、家賃格安でも借りたいと思えない。
街に出るだけで1時間以上かかるど田舎だぞ。
だが、管理を任されたからには、頑張って借りてくれる人を見つけないとな。
そんなことを考えながら、近所の人と大地主でもあるじぃさんの知り合いのところに挨拶に行くことにした。
帰ってきたのは、辺りが暗くなって随分経ってからだ。
「ふぅ、まさかこんなに時間がかかるとは思わなかった」
近所の家が離れすぎてるのもあるが、行く先々でお茶を出され、畑で採れたものを持たされ、大地主のじぃさんは突然歓迎会を開くし、田舎のコミュニティは凄すぎる。
ただ、どこの家も気の良いじぃさんとばぁさんばかりで、若い人が殆ど居ないのが、限界集落らしいと言えばらしいかな。
そんなこんなで、引っ越し1日めが終わった。
「とにかく今日は寝よう。いただいたものは明日整理するということで」
そそくさと寝る準備をしてベッドに潜り込んだ。
この時は気がつかなかった、電気を消した後マスターキーが淡い光を放っていたことを。
次の日、朝早くからインターホンが鳴る。
「こんな早くから訪問なんて誰だ?」
田舎の朝は早い、人によっては夜明け前から起きはじめているのだ。
昨日、挨拶出来なかった近所の人でも来たのかと思い、慌てて玄関の扉を開けた。
そこには大きな影があった。
寝起きで目がまだ日の光に慣れてないのか、目の前にいる人の姿がぼやけて見えない?
「あっ、コンタクト入れてないわ。すみません、ちょっとお待ちください」
そう言って、一度部屋に戻り慣れた手つきでコンタクトをして玄関に戻る。
「お待たせしました」
玄関で待ちぼうけにされた人を見る。
目を擦りもう一度見る。
はっきりと見えるその影の正体はフルプレートの鎧姿だったのだ。
「こんにちは、仲介人さんに格安で借りられる部屋があると聞いて伺ったのですが」
しかも、その鎧姿から聞こえた声は、凛とした女性の声だった。