異世界に転生したけどなんか思ってたのと違う
◇
死んだら異世界に転生したい。
塾の帰りにそんなことを考えながら、スマホ片手にチャリを漕いでいた。
不意に感じた眩しさに顔を上げるとそこには輝くヘッドライト。
あれ?これアカンやつじゃね?
と思った次の瞬間には、俺の体は空を飛んでいた。
ああ、マジでこんな感じになるんだな、なんてスローモーションの視界にスマホが入る。
その中ではさっきまで読んでいた漫画に出てくる女神さまが優しい笑顔を向けていた。
女神さま!
死んだら異世界に転生したいです!このまま異世界に転移するのでもオッケーです!
途端、スマホの画面にヒビが入って割れていく。割れた液晶の向こうで女神さまが笑っていた。
僕が覚えているのはここまで。
こうして俺は、死んだと思う。
◇
おお、たかあきよ、死んでしまうとは情けない…
そんな声が聞こえた。
声はすれども姿は見えず。真っ暗闇の中だ。
あのう、ここは一体?
声の主に聞こうとしたけれど、うまく声がでなかった。
ここは、生と死の間の世界…
声が厳かな感じでそう伝えてきた。
これはあれだ、女神的な奴との邂逅だ。マジか。信じてよかった女神さま!
男でゴメンね…
声が悲しそうになった。あ、なんかごめん。中性的な声だったもんで。
あのう、神さま!僕はどうなってしまうのでしょうか!
うん、良い質問だね…君は死んだ…死んだ君は選ぶことができる…
別の姿で元の世界に生まれるか、今の姿で別の世界に生まれるのか、を…
マジか!
マジです…
マジのようだ。俺の願いが通じた!
どの願いでもいいですが、これは全員に聞いていることなので…
ああ、そうなんですかなんかすいません僕みたいなスマホ運転で車に轢かれて死ぬチャリカスなんかのために。
チャリカスだろうが殺人鬼だろうが関係ないのです…
なぜその2つを比較されたのかわかりませんが。
あなたは死にましたが同時にあなたを殺した人を社会的に殺しましたので殺人鬼と同列です…
あ、なんかすいません。
謝って済む問題ではありませんよ…で、どうしますか…
ドライですね。
他人事ですから…
さすが神さま。
早くしてください。後がつかえているんで…
あ、ああ、はい。
答えは決まっていますよ!今の姿で、新しい世界へ!
そう答えた瞬間、俺の意識は再び闇に沈んだ。どんだけ急いでるんだよ神さま!問答無用かよ!
◇
と、こんなことがあって、俺は期待を胸に異世界へと旅立った。
おぎゃあと生まれたその日どころか、恐らくは母親の腹の中にいるところからのやり直しだったんで、目もろくに見えない体もうまく動かないああ退屈だ、なんてことを思いながらも、頭の中はこれからの活躍を妄想して夢いっぱいだ。懸念していた記憶リセットもなし、これで内政チートも可能だ。
さて、ここはどんな世界だろう?俺も魔法が使えるようになるのかな?ドラゴンとかいるんだろうか!体が自由に動かせるようになったらいつか妄想したあんなことやこんなことを絶対にやってやる!
そう考えていた時期が私にもありました。
それから15年。
俺は塾からの帰り道をチャリで爆走している。スマホは15年前の教訓を活かしてポッケの中だ。バカは死んでも治らないというが一度死んだ俺はチャリカスを卒業したのだ。
だけど。
心の中では神さまに裏切られたという気持ちでいっぱいだ。あの時神様は同じ姿で別の世界に、そうたしかに言ったはずなのに俺は死ぬ前と変わらずこうしてチャリを漕いでいる。
町並みも一緒だ。友達…はちょっと違う。でもこれは世界が違うんじゃなくて俺が辛うじて内政チートを使えたからいい学校に入れたから、ってだけだ。
そう、俺は死ぬ前と何ら変わらない世界に転生していた。ご丁寧に両親も爺さんたちも俺の名前も何もかもが同じだった。
俺は暗澹たる思いでチャリを漕いでいた。
正直なところ今の生活に限界を感じている。
何しろ俺が死んだのは十五の時だ。今までは二周目チートで何とかなったけどそれもここまで。進学校に入ったものの地頭がいいわけでもないので徐々に置いて行かれている感じがする。
チートで入った今の学校、周りはガチの天才ばっかりだった。たまに何言ってるのかわからなくて宇宙人と会話してる気分になる有様。
「神さま!!だましたなああああああ!!」
やり場のない怒りをべダルに込めて思いっきり踏みしめたその時。
飛び出してきた車に轢かれて俺は死んだ。
◇
おお、たかあきよ、死んでしまうとは情けない…
神さま、久しぶり。
覚えているのですか…普通は赤ん坊の頃にほとんど全部忘れてしまうのですが…たまにいるんですよね…あなたみたいなシツコイ人…
ああ、そんなことはどうでもいいんだ、神さま。俺はこの十五年あなたに騙されたことを毎日のように考えていたんだ!
騙すなんて、神である私がそんなことをするはずもない…
いや、神さま、俺は選びましたよね?異世界に今の姿で、と。でもどうですかこの有様は。同じ姿で同じ世界じゃないですか!剣と魔法の世界はどこですか!
あなたが何を言っているのかわかりませんが…あなたはちゃんと異世界に転生しましたよ…
どこが!?
例えばそうですね、あなたの家の隣に住んでいたおばあさん、元の世界ではフミさんでしたが、今の世界ではタケさんだったでしょう…?
知らんわ!
ええ…!?
何そのリアクション?まさか気づいてなかったの?みたいな反応されても困るんですけど?間違い探ししたいんじゃないんですけど?
すいません、全知なもので…
ああ、神さまだからね。全知なら俺が知らないってことも知っといてほしかったな?
フッ……
何今の?なんで神様である私が人間ごときのことをそこまで、的な嗤い?
で、どうしますか…?
露骨に話題逸らしてきたね神さま。いいよ、今度こそ頼むよ、異世界転生!!
そこでまた、俺の意識は途絶えた。
◇
十五年後、俺はチャリを漕いでいる。
神さまめ。
こうなるような気はしてたんだよな。
とはいえ気をつけて見てみると、ここは確かに異世界だった。
前の世界では男だった奴が女だったり、テレビに出てくる有名人の名前が違ったり。あらかじめ言われていないとかわからないような違いばかりが目につく。
そうじゃない。そうじゃないんだよ神さま。
俺はもっとこう、ドキドキワクワクがいっぱい詰まった異世界がいいんだよ!
油断していたつもりはないのだけど、一瞬の気の緩みがあったんだろう。僕の体はいつの間にか車に跳ね飛ばされていて、そして死んだ。
◇
おお、たかあきよ、死んでしまうとは情けない…
それ、毎回要ります?
おや、まだ覚えているのですか、しぶといですね…
あのさ神さま、俺言いましたよね?異世界に行きたい、って!
お前の望み、聞き届けた……
ちょ!?
こうして三度、俺は雑に生まれ変わる。
◇
そして相変わらずチャリを漕いでいる。
今回は、……正直ちょっとよかった。
よかったというのは、近所に住んでいた幼なじみが美少女になっていたのだ。
まあ、その代わりに幼なじみではあるものの親友ってカンジではなくなってしまったが。もちろん彼女でもない。性別の壁は厚いぜ。
いや、こちらの油断もあったのだ。
今までの転生、似たような世界だったから割と仲良くなる面子も固定的だった。当然進学先を変えたりすると違ってくるのだけど。
なので俺はその美少女に狙いを定めて極力一緒にいるように調整していたのだけど、まあいろいろあって結局失敗に終わった。今はハートブレイクまっただ中でチャリを漕いでいる。
「神さま!次こそは頼むぜ!」
おあつらえ向きに路地裏から飛び出してきたトラックに突っ込んで、俺は死んだ。
わざとじゃない。本当だ。
◇
おお、たかあきよ、死んでしまうとは情けない…
あのね神さま。お願いがあります。俺は魔法とか使えるバリバリの異世界に行きたいんです!
それは無理…
なんで!?もしかしてそういう世界は存在しないの!?
いえ、ありますよ。魔王的な奴がお姫様さらって来たりするような世界でしょう…?魔王が従えるオークやゴブリンの軍勢から勇者率いる光の戦士たちが姫を救わんと剣を振るう…
そうだよ神さま分かってんじゃん!
全知なので…
何それ前も言ってたよね持ちネタなの?
しかし、その世界には行けません。
なんでさ!?神さまでしょう?何とかなりませんか!!
あなたは選べます…今のままの姿で別の世界に生まれるか、別の姿で元の世界に生まれるか…
それは覚えていますが。
それはつまり、今の姿で、生まれることができない世界には転生できない、という意味です…
あ、ああ、なるほど?
そしてあなたが言うような世界にも人間はいますが厳密にあなたと同じ人間ではないので、そこへは行けないのです…
しばし考える。
それってもしかして俺の両親が揃ってる世界にしか行けないって言ってます?
言ってます…
マジかよそんなことは最初に言って欲しかったわ。正直テンションダダ下がりだわ。何回生まれ変わっても俺はたかあきじゃねーか。
真理ですね…
どうにかならんの?
手段はあります…
マジですか。
まず、同じ世界に別の姿で生まれ変わります…その時、目的の世界にも転生可能な生き物を選ぶのがポイントです…
なるほど、じゃあそれでお願いします!
しかし人間をやめて別の姿で二回死ぬ必要があるのでしつこすぎるたかあきと言えども記憶を保てるかどうか…
しつこいしつこい若干気に障る言い方ですがそこは根性で!
では、あなたの望みを叶えましょう……
転生しなさい、たかあきよ、元の世界へ、犬のうんことして……!
………え?
こうして俺は大腸菌に転生した。
了