009 子ども扱い
ギルド、というのはこうもごっちゃりとしているのか。コカルが足を踏み入れてまずお持った感想はそれだ。
乱雑に置かれた丸いテーブルに、昼間っから立って酒を飲む者。掲示板でうんうん悩む冒険者。カウンターの受付嬢は暇なのか、太極拳のような体操をしている。
床も傷だらけ、天井も焦げた跡がある。
「んじゃっ、まずは登録っすね」
目当てのものを買ったのか、しきりに腕に付けてある鉄製のガントレットを撫でるマナマナ。隣で鼻歌を口ずさんでいるところから、かなりの上機嫌だ。
それほどまでにレアな物なのだろう。しかし常にニヨニヨと笑みを浮かべるのはやめてもらいたい。コカルは隣で歩いていて、ずっとそれを不満に思っていた。
というか、傍から見たら不審者だ。
「あそこの赤い服を着たお姉さんのところに行くっすよ。はい、これ」
そう言いマナマナは、コカルに鉄貨を二枚握らせた。銅貨二枚、これがギルドに登録する際必要な金額。
あれを売っているのをマナマナも見ていた筈なので、あれで足りているのであれば銅貨を握らせる訳が無い。だというのに銅貨を握らせたという事はつまり、そういう事だ。
彼女に見つけてもらって本当に良かった、とコカルは自分の運の良さに安堵した。信頼も信用もまだしていないが、頼りにはなる。
もし彼女と出会わなければ、赤っ恥をかいていた事だろう。
ただ、幼い子供に言うような言い方なのに少し引っかかりを覚えたが。
そしてその赤い服を着た受付嬢というのが、太極拳のような舞いをしている女性というのに言い知れぬ不安を覚えた。
どれだけ暇なのだ、あの娘は。
取りあえずコカルは言われた通り、その受付嬢の所へ行く。鎧を着た騎士らしき男や、獣人といった感じの露出度の高い服を着た女性を潜り抜けて。
受付嬢はコカルに気付き、太極拳を止めた。そして営業スマイルを顔に浮かべ、口を開いた。茶髪の前髪の下に、うっすらと汗をかいている。
「ようこそ、ゲッツェンペルス冒険者ギルドへ。登録ですか?」
「はい」
「銅貨二枚になります」
言われた通り、コカルは銅貨を二枚出す。受付嬢はそれを確かめると、一枚の白紙と、ナイフを取り出した。
「こちらの紙に血を一滴、垂らしてもらいます」
にっこりと言う受付嬢。コカルは言う通りに、そこそこの値段はしそうなナイフで指の先っぽを切り、白紙に血を数滴垂らした。
ぽたり、と血が白紙に垂れると、途端に幾何学的な模様が浮かび上がり、赤い光を出す。コカルは一瞬それに驚いた。
そんなコカルを他所に、慣れた手つきで幾何学的な模様の浮かび上がった髪を、黒くて四角い箱を開き、その中に入れる。
そしてコカルの血を垂らした書類と入れ替わりに四角い箱の上部が開き、その中から真っ赤な指輪が出てきた。
受付嬢はその指輪を、コカルに渡す。
「はい、これで登録は完了致しました。こちらがギルド証となります。紛失した場合、再登録には銀貨二枚かかりますので、決して無くさないように」
「どうも」
コカルは指輪を受け取り、右手中指にはめる。意味は行動力、直感力といった感じだ。
冒険者ともなれば行動力や直感力は武器になる。素早い判断は戦場において命を左右する。
指にはめた瞬間キュッと指輪が締まり、指に丁度いい大きさとなる。流石は魔法世界、とコカルは感心した。
指輪の赤い宝石のようなものには『GW/7829』と内側に彫られている。
しかし、受付嬢は「あっ」と言う感じの表情をいした。
「どうした?」
「あの、指輪は一度はめたら指を切らない限り外せないんです」
「……えっ」
「呪術魔法の一部を流用しておりまして、言い遅れてしまい申し訳ありません」
「いいや、こちらの不注意だ。謝罪する必要は無い」
ぺこりと頭を下げる受付嬢。しかしコカルはそれを許す。
呪術魔法、という事はつまり呪いの一種という事だろう。であれば後で解除するのも可能だろうし、そもそも無くしたら大変な事になるのだ。そうであれば、むしろこちらの方が無くしにくくていいのかもしれない。
「ところで、スキルを確かめたい。どこでなにをどうやればいい?」
「右手側にございますクラウンの魔法鏡に指輪をはめると、レベルと一緒に表示されるようになっております」
「そうか、ではもう一つ。ゴブリンの耳を換金したいのだが」
「こちらで承っております」
受付嬢の言う通りに、コカルはゴブリンの耳が入った袋を差し出す。
受付嬢はそれの封を解き、顔色一つ変えず慣れた手つきでゴブリンの耳を数える。
「はい、全部で八枚になりますね。次のランクに上がるまで、残り八枚となります。こちらは討伐代、銅貨一枚と鉄貨百六〇枚になります」
「貨幣は何枚で位が上がるんだ」
「四〇〇枚ごとに一つ上がります。ですが金貨だけは例外で、銀貨五〇〇枚分の価値となります」
ゴブリンの耳は全部で八枚、それで銅貨一枚となるという事はつまり、ゴブリンの耳一枚辺り銅貨七十枚程度の価値という事になる。
実に面倒な計算式だ。四〇〇という数字が最大で、それを超えると価値が上がる。十進法に染まりきったコカルからしてみれば、理解するのは少々面倒だ。しかも金貨だけは一〇〇増えるというのが非常にいやらしい。
取りあえず、受け取った鉄貨をポケットの中に入れ、コカルはクラウンの魔法鏡なるものの方へ行く。
受付嬢はぺこりをお辞儀をすると再度、太極拳らしき体操を始めた。
すたすたと歩くコカルに、マナマナは慌てて後ろから付いてきた。
「スキルを確かめるんすか? 自分に鑑定をかければ、ぼんやりとっすけどわかるっすよ?」
「私は鑑定を使えない」
「ありゃりゃ、そうなんすか……珍しいっすね」
やはり、鑑定は持っていて当然なスキルのようだ。コラヌ村ゴブリン襲撃事件の後で、村の子供でも使えると知ったときは愕然としたものだ。
やはりコカルはこの世界において、例外なのだろう。イレギュラー分子、というものだ。たった一人で世界を変える事ができるとはとても思えないが。
ここまで考えてコカルは、自分はこんなに中二病チックだったかと疑問に思う。だがひょっとしたら、自分は昔からそうだったのかもしれないな。と心の中で納得した。
深層心理の自分は自分さえもわからない事がある。
「うちも久しぶりに見てみるっすかねー……しばらくの間計ってなかったし」
「お先にどうぞ」
「先輩を立ててくれるなんて、なんていい後輩なんすかね」
実際はやり方がわからないから、というのはあえて言わない。黒い箱状の物体に、取り囲むような三面鏡。大きさは三メートルはあるだろう。
まずマナマナが、鏡の下にある窪みに指輪を差し込む。すると様々な情報が表示された。
ここでコカルは思い出した。自分が文字が読めない事に。
「おー、レベルが二上がってるっす! やった! さあ、次はコカルちゃんの番っすよ」
指輪を引き抜き、さっ、とクラウンの魔法鏡から退いたマナマナ。コカルの背中を押して、三面鏡の中に入れられる。
コカルも同じように、指輪を窪みにセットする。すると同じように様々な文字が鏡に浮かび上がった。
「あー、コカルちゃん文字読めないんすよね。代わりに読むっすよ?」
「……頼む」
ステータスというのは相手に知られない方が良いのだろうが、この際背に腹は代えられない。頼らなければならないのであれば、誰にだって頼らなきゃならない。数字だけはアラビア数字なのが幸いか。
ひょいっ、とコカルの肩に顎を乗せ、マナマナはコカルのステータスを見た。
「レベルは八っすか。ほうほう、体力も魔力も割と……」
「スキルは?」
「ちょっと待つっす。えっと、これっすね。読み上げていくっすよー。
有限剣創、夜間視界強化、感覚強化(低)の三つっすね」