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008 鉄の宿

 連れてこられた店は四階で、奥行きもある大きなお店だった。

 石を切りそろえ、竈のように積んだ壁。床は木の板を敷いており、少し傷が目立つ。

 カウンターの横には上の階へと続く階段。一階に置かれているのは、鍋や食器といった日用品ばかり。


「着いたっす。ここがうちのよく利用している鍛冶屋、サハラ鉄の宿」

「宿なのか鍛冶屋なのか、どっちなんだ」

「どっちもっす」


 マナマナに連れてこられた場所は、大きな鍛冶屋だった。

 鉄臭く、油臭いのが男の出す臭いものと混ざり合っている。なんとも男らしい職場だ、とコカルは素直に思った。

 そこで作業している人達も、総じて男臭い。

 全員タンクトップなのは当たり前、ムキムキなのも当たり前。ごつい腕にごつい顔、更にデカい体と、鍛冶屋より冒険者としてやっていった方がいいんじゃないかと思うくらいだ。

 今は休憩時間なので比較的静かだが、普段はやかましいくらいの金属音が鳴り響いているのだろう。

 カウンターでは新入りらしい、白い肌の青年が頬杖を付きながらあくびをしている。


「ここは宿屋件鍛冶場っす。普段は武器の他に鍋や包丁やらを作ってるんすよ」


 マナマナの説明に、コカルは頷いて返す。

 日用品の他に武器も作っている、というところだ。宿としてはあまり使いたくない。きっと煩いだろうから。

 泊まるのは無いにせよ、売れるのであれば問題は無い。ついでに金の価値まで知る事ができるのであれば、それに越した事は無い。

 コカルはバッグを開け、その中からさび付いた三日月刀を六つ取り出し、カウンターに置く。

 見るとカウンターは傷だらけ、随分と長く使っていると窺える。


「売買はあそこであくびしてるタベンに頼むっすよ」


 タベン、という男は眠たそうにあくびをし続けている。目には濃いくま、白い髪はボサボサ。ろくに手入れもしていない。だが顔立ちは整っているようにコカルは見えた。

 き身嗜みを整えればモテそうだな、とコカルは思った。


「これを売りたい。いくらになる?」

「これ、あんたが取ったの? まあ、この量なら大体……三六〇鉄貨ってとこかな。一振り六〇鉄貨」


 コカルはマナマナの顔を見る。何も言ってこない事から、大体そのくらいの額だと推測できた。

 マイマイがこの宿とグルで、という可能性もある。だが文字が読めないのであれば、ここ以外の鍛冶屋を探すのも難しいだろう。

 つまり、今は不当な額だったとしてもその値段で納得するしかないのだ。


「ギルドへの登録にはいくらぐらいかかるものだ?」

「二鉄貨ってとこだね」

「貨幣の価値を知りたい」

「その辺はマナマナにでも訊きなよ」


 カウンターの下から、「龍」と描かれた銅貨を慣れた手つきでトン、と塔を建てていく。三本と半分程度の塔を出し終えると、じゃらりと三日月刀をカウンターの後ろに、無造作に落とした。

 じゃらじゃらと音を立てて落ちていく三日月刀。やはり溶かして使うのだろうが、客に対する遠慮というものが全く見受けられない。


「マナマナ、数えてあげて」

「自分でやるっす、それも仕事っすよ」

「やだ断る、面倒だもん」


 だらーっ、とだらけるタベンを捨て置いて、コカルは銅貨の塔を数える。三六〇枚、五枚は余分だったので残して、ゴブリンの耳が入ったものとは別の袋の中に詰め込んだ。

 タベンとマナマナはそれを見て、目を丸くした。


「……あんた、数える事できるの? 田舎娘なのに?」

「計算は全くできないと思ってたっす」

「まあ、少しは」


 まだこの世界の数の表し方があまりわかっていないので、半分は当たっている。まだこの世界の数の数え方を知っている訳ではない。故に、半分。

 まあそれを馬鹿正直に話す必要は無い。別の世界から来たとか、そういうのを話しても信じてもらえる訳が無く、頭のおかしい娘だと思われるのが関の山。

 故に多くを語らず、袋の口を閉める。


「文字はどうなの?」

「読めない」

「んー、文字は無理なのか」


 残念そうにタベンは言う。数字がわかるのであれば文字も、と思うのは当然の事だろう。だが金の価値も、実際のところはまだ全く付いていない。

 銅貨、という事は銀貨や金貨もあるという事になるだろう。コカルも生前はよく、ファンタジー小説というものを読んでいた。そのくらいの知識はある。

 だが、それがこの世界でも通じるかと言えばそうではない。事実、この世界では鑑定というスキルを持っているのが普通となっている。コカルが知るファンタジー世界では、鑑定は生まれつき持っているというものではなかった筈だ。


「……硬貨の種類について訊きたい」

「えー、俺がー? マナマナ、頼んだよー。可愛い後輩ちゃんを導いてあげな」

「頼まれてるのはタベンっすよ。うちもちょっと見たいものがあるので、待っててくれるっすか?」


 首を縦に振ると、マナマナはそくさくと二階へと上がって行った。

 この場にコカルと、タベンのみが残された。客足は少なく、居ても邪魔にはならないだろう。

 しばらくの間、沈黙が場を支配する。じーっとタベンを見つめ続けるコカル。


「……俺はマナマナより後にこの街に来た田舎者だ、間違ってる箇所があるかもしれないぞ?」

「構わない。後で修正する」

「うわっ、遠慮なく言うね。……まあいいや、タベン先生にお任せを」


 折れたタベンは、面倒くさそうに息を吐いて、露骨に面倒くさそうに表した。

 コカルにとっては彼の気持ちなんぞ知った事ではない。今は好かれるよりも情報が先決だ。


「硬貨は大きく分けて鉄貨、銅貨、銀貨、金貨の四つだ。鉄が一番安くて、金が一番価値があるんだが……まあ、金貨の価値は覚えなくてもいい」

「何故?」

「使う事がまず無いからだ」


 金貨が使う事が無い。という事はコカルはそんなに稼げないと見られているのだろうか。


「勘違いしないでもらいたいが、お前さんが将来どれだけ稼げるかはわからん。だから金貨を持てないと言いたいわけじゃない。

 金貨はまず、普通の店じゃ使えない。だから実質覚えておくべきは銅貨~銀貨までだな」

「使えない? 何故?」

「高額すぎて普通の店じゃ取り扱い拒否って訳。もっぱら奴隷売買か、超が付くような高級品にしか使えないんよ」


 つまり、価値があり過ぎるという事だろう。

 コカルの知識は通用しない、と改めて思い知らされた。コカルの知る世界では、普通に金貨も使われていた。

 よくよく考えてみれば当たり前の事だ。そうポンポンとギルドから金貨が出てくるのもおかしいし、滅多に出ない硬貨であるのなら市場で普通に使える訳が無い。

 となれば、大きな金の動く場所で使うのは当たり前の事だ。それこそ奴隷や、伝説の魔物が使われている武器やらに。


「まっ、そのレベルの冒険者になると金を払わずに店を利用できるしな」

「何故?」

「こいつさ」


 そう言いタベンが取り出したのは、黒い水晶のようなアイテム。

 得意げな顔のタベンに、コカルは小首を傾げた。


「何だそれは」

「ギルド水晶、っつーアイテムだ。これに冒険者が触れれば、それだけでギルドから買い物分の金が下りるって訳。Bランク以上って制限はあるけどな。

 それ以外にも単純に、そのレベルの冒険者が来ただけで店に箔が付いて繁盛する。だからBクラス以上のなら金を取らないって店も少なくは無いんだぜ」


 Bクラス以上、という制限があるものの、それはかなり便利だ。要はコカルに憑依した未来の世界でいうカード払いと同じようなものなのだろう。

 しかしそれ以上に、ギルド水晶ってネーミングセンス無いな、とコカルはどうでもいい事を思った。

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