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006 商人と少女

 薄暗い闇夜を、一人の少女と一人の中年を乗せた馬車が進む。

 クラム村を出て三日、街に着くまで、あと二日はかかるのだという。

 コカルは幌馬車の中、揺られながら、干し肉を食べていた。

 村から渡された果物や干し肉、そして動きやすい動物の皮で作られたズボンに、いつもの布の服。手には一振りの剣。

 村で雇われていた傭兵から譲り受けた剣で、量産品ではあるがそこそこの代物らしい。曰く、三日分の飯を我慢してやっと買えるレベルだとか。

 もっとも遺品なので、使い手が居なかったらしい。死んだ冒険者の装備というのは、それだけで曰く付きとなるのだ。


「文字の練習とか、しといた方がいいかな」

「生憎だが俺は練習に付き合えねーぞ。こっちも暇じゃないんでな」


 商人は先手を打ってはっきりと断った。コカルも最初から期待はしていなかったのか何も言わず、干し肉を咀嚼する。

 噛めば噛むほど味が染み出てくる。干せば大抵のものは旨味が凝縮されるものだ。


「それに関しては期待していない。それよりも、スキルの使い方を知りたい」

「……なるほど、知らないスキルがあるから冒険者になるって訳ね。なら、俺が教えてやろうか? 自分に鑑定をかけてみろ。スキルならそれで表示される」

「私は鑑定を使えない」


 コカルの言葉に言葉を失った商人、何を言っているんだこいつ。と思っただろう。キャロガットの言葉から察するに、鑑定は誰もが持っているスキルなのだから。

 コカルはそんな沈黙も気にせず麻袋の封を開け、中の物を数える。

 その中には塩漬けにされたゴブリンの右耳が七つ。冒険者ギルドに行けばそこそこの値段で換金ができ、Fランクから上がるのも早くなるという。冒険者曰く。

 とはいえFランクで受けられる依頼なんぞはたかが知れているのだというが、コカルはのんびりと上げていくつもりだ。


「お前から見る事はできないのか?」

「できねぇな。鑑定で知る事ができるのは大まかなレベルだけ、普通の人間じゃ知る事もできやしないよ」

「なるほど。不便なのだな、鑑定というのも」


 何となくしか相手の強さを知る事はできない。これは非常に重大な欠点だ。言葉からするにそれを克服する事もできるようだが、普通はそこまでしないようだ。

 つまり、鑑定のレベルを上げるのも独学でやらねばならないという事になるだろう。面倒極まりないが、致し方なし。

 もしかしたら特殊なスキルを持っているかもしれない。コカルはそこに望みを賭けた。


「しっかしあんた、見たところただの村娘っぽいが……レベルの割にかなり強いな」

「私のレベルはいくらぐらいなのだ」

「Eってとこだな」


 Eという事はそれなりに強いのだろうか? コカルは疑問に思うも、比較対象がいないのでどうもわかり辛い。

 ちなみに商人のレベルはCくらいだという。冒険者でも知る人は知っているくらいのレベルらしい。


「詳細なレベルを知りたけりゃ冒険者になるしかないな、鑑定のレベルを上げるのに一生かかるというし。まず持って無いとなれば話にもならん」

「では、どうやって上げるのだ?」

「引継ぎを使うらしいが……俺にもようわからん。門外漢なのでな」


 引継ぎ、という事はつまり、スキルを次世代に持ち込ませる事ができるという事だろう。

 それができれば確かに、鑑定のレベルは上げられるかもしれない。コカルは使えないのでどうとも言えぬし、子を宿す予定も興味も無いのだが。


「まあ、レベルなんてもんは当てにゃならんよ。レベルの差を技術でカバーする奴だっているしな」

「技術でか、私のように?」

「どうだろうな」


 ぶっきらぼうに答える商人。コカルは反応の薄い相手と喋るのも飽きたのか、荷台で足をぶらぶらとさせる。

 ただっ広い草原。草が風に揺れ、まるで緑の海のようにうねる。遠くには森や山が見える。

 外では夕日が南に沈んでいく。商人が牽かせているのは馬ではなく、牛とトカゲを合体させたような、魔物の一種らしい。

 牛の体に鱗を付け、尻尾をトカゲの形にした感じの生物。顔はまんま牛なので、物凄い違和感がある。

 はっきり言うと気持ち悪いのだが、荷物を牽かせる家畜としては最高の生物らしい。スタミナもあり、水と食料も他の生物より少なくて済む。何より耐久力が魅力的だとか。名前はインパクトのせいで忘れてしまった。

 夕日は沈む瞬間、緑色の光を出す。コカルはそれが好きだ。きっと憑依する前の自分も好きだったに違いない、そう思わずにはいられないほど綺麗なのだ。

 林檎をかじる。しゃくり、といい音がした。

 とても酸っぱく、しかし仄かに甘い。野生の、品種改良されていない林檎。コカルの知るものとは違い四角い形をしている。

 一部のものはコカルの知るものと同じ名前なのだが、微妙に生体や姿が違っていたりする。

 例えばクラム村で飼われていた牛。あれは見た目こそ牛であったが、驚く事に雑食性なのだ。ゴブリンの死体をもしゃもしゃ食べていたのには、流石にコカルも目を見開き驚いた。

 しかも雑食性のくせしてとても美味しいのだから、つくづくファンタジーな世界だ。

 地球と同じようで、全く違う世界。太陽一つ取ってみたって沈む方角が違うし、星々も違う。恐らくだが空気中に潜む細菌も一つ一つ違うだろう。きっと、コカルに憑依せずこの世界に──未来として召喚されていたら、その細菌を体に取り込んで死んでいたやも知れない。

 そう考えてみれば、この身体の持ち主(コカル)には悪いが、憑依して良かったと思っている。

 もっとも、罪悪感なんてこれっぽっちも持ち合わせていないが。


「チッ、日が沈みやがったか。今日はここらで野営すっか」

「待って。敵三匹、ゴブリンが追ってきている」


 街灯も無く真っ暗な夜道でも──いや、夜道こそ魔物は真価を発揮する。

 商人は既に、トカゲと牛のハイブリット生物の足を止めてしまった。徐々に減速していく馬車、迫ってくるゴブリン。

 コカルはクラム村の冒険者から貰った剣を引き抜き、馬車を飛び降りた。

 真っ暗な夜だというのに、まるでゲームの画面のようにはっきりと相手が見える。今日は新月、月光は無いというのに。

 ゴブリンの武器は、やはり三日月刀。しかしクラム村を襲ったゴブリンと違い、かなり剣がさび付いている。

 じりっ、じりっと動きを読むゴブリン。コカルはそんなゴブリンに関係なく、地面を蹴って体を前へと落とし、剣を逆袈裟に振り上げ、まずは一番手前のゴブリンの首を斬り落とした。


「いち」


 力の抜けたゴブリンの手から三日月刀が落ちるので、それを空中でキャッチ。

 迫ってくるゴブリンのうち、二番目に前に居た奴に首の無いゴブリンの死骸を蹴り押し付け、最後尾のゴブリンの胸に三日月刀を差し込む。


「に」


 ドサッ、と地面に冒険者から貰った剣が落ちた。それに気にせずコカルは、ゴブリンの肩を蹴り三日月刀を引き抜くと、最後の、逃げようとしているゴブリンに投擲。

 縦回転しながらゴブリンの頭に突き刺さり、前のめりに倒れた。


「さん、これで終わり」


 少し血で服が汚れたが、それを気にせずコカルは、冒険者から貰った剣を拾い、ついでに三日月刀も拾い、ゴブリンの右耳を三つ、斬り落として袋に入れた。

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