005 鑑定
コカルの前で泣きじゃくるキャロガット。コカルはそれを、ただ見下ろしている。
どうすればいいのかわからない、とでも言いたげに、遅れてやってきた村人の方に視線を向ける。
村人たちは黙って目を逸らす。薄情者め、助けてやったと言うのに。恨みの視線を向けるコカル。コカルは女だが、女の気持ちがあまりよくわかっていない。
髪は女の命というが、だからといって命とどちらが大事か問われれば確実に髪ではなく命を選ぶだろう。で、あれば助かった事に安堵するのならわかる。緊張の糸が切れて泣きじゃくるのならわかる。
しかし、コカルから見てキャロガットが泣いている理由はそれではないのだ。
「そりゃあさ、グスッ、助けてもらったのには、感謝してるけどさ。でも、あたしの髪、伸ばしてたのに」
「……すまん」
明らかに髪に関してで泣いている。コカルには全くもって理解できないし、するのも面倒だ。
コカルも生前──未来として生きていた頃は髪を伸ばしていたが、それも切るのが面倒だったからという理由以外存在しない。
その為気まぐれでショートカットにした際は「失恋でもしたの?」と仮初の友人に心配の声をかけられたのだが、それも今となっては昔の話だ。
やがて鳴きやんだキャロガットは、ポツポツと語り始めた。
「そりゃね、あんたは綺麗よ。髪はさらさらだし、あたしだって見惚れる事あるもん。だからあたしはさ、彼に合わせなきゃ捨てられちゃうのよ。あんたに取られたくないし」
どうやらキャロガットが髪を伸ばしていたのは、彼氏の好みに合わせてだったようだ。コカルには一切合財、全くもって理解出来ない。
経験した事なんて一度も無い。無いものの気持ちをわかれというのも無理な話だ。とはいえ、それはやり残した事には入っていない。コカルにとって、未来にとってそれは至極どうでもいい事柄だった。
何せ高校時代から、全くそういうのに興味を持たなかったのだから。
「気にする事はない。私はそういったものに興味を持たない」
「……そうね。あんた、なんか性格変わったし」
私はキャロガットの彼氏を狙っていたのか、と他人事のようにコカルは、未来は驚いた。
実際に他人事なのだが、それでも一応は『コカル』なのだ。他人の男を寝取るつもりも、そもそも恋愛事態に興味を持たないのだが、それを説明したところでキャロガットが納得するかどうかは別問題。頭と心は別なのだ。頭で理解していても、心が理解できない。そういう事例は何度もあるし、それのせいで矛先が未来に向いた事も何度もあった。
もっとも、そのたびにそれをへし折ってやっていたが。
コカルの言葉に何を理解したのかはわからないが、キャロガットは顔を上げる。目は真っ赤になっており、本気で泣いていたようだ。
「あーもう、泣くのは止める! 髪が無くなったのはあれだけど、殺されるよりはマシよ!
それより、あんた絶対裏切らないでよね!」
「約束する。お前の彼氏にちょっかいは出さない」
「絶対よ、破ったらあんた燃やすから」
そう言って笑うキャロガット。燃やされるのは御免だ、と返し、コカルはゴブリンの死骸に座る。
ふと、コカルは疑問に思った。あの反応からして、普段は魔物は入ってこないのだろう。では何故、いきなり村へと襲ってきたのか。
「ところで、何故こいつらは襲ってきたんだ?」
「あーっとね、多分だけど、あそこ」
キャロガットが指さしたところを見ると、そこだけ柵が無くなっていた。
村を囲む柵、高さは精々コカルの胸辺り程度。乗り越えるのは容易に見えるし、下の方はぽっかり空いており、ゴブリンくらいなら潜り抜けられそうな気がする。
「あそこだけ魔払いの柵が壊されちゃってるから、そこから侵入したんだと思う」
「魔払いの柵?」
コカルの疑問の声に、キャロガットは小さく笑いながら説明を続けた。
「そっ。業者から購入するしか手に入れる手段は無いけど、Eクラスの魔物までなら近付けさせないの。ゴブリンはEより下のFレベル中位に相当する魔物。この数だと難易度はF上位ってとこね。ちなみにママはF最下位」
「なるほど……そのレベル、というのは、どう判断するのだ?」
「鑑定ってスキルがあるの。それを使えば、F~Aまでの強さを判別できるって訳」
鑑定、クラス、魔物。そして魔法にスキル。まるでゲーム世界のようだ、とコカルは、未来は思った。彼女も生前は色々とゲームをやっていたので、こういうものの理解の仕方は早い。要するに、ゲームが現実になっただけ、という感じだ。
自分のステータスを見る事はできないが。
「あんたも使える筈よ? こう、なんというか、相手を理解する感じに……普通生まれつき使えるもんだから、教えるの難しいわね」
キャロガットの言う通り、相手を理解しようと念じる。
念じるが、コカルには何も見えない。目を閉じて、意識を集中させてやる。
何も感じない。
コカルは小首を傾げた。生まれつき使えるのであれば、憑依する前のコカルでも使える筈。で、あれば、コカルに憑依した際にスキルを紛失させてしまったと考えられる。
「……見られてる感じは大体わかるんだけど、何も感じないわね。あんたの鑑定レベルが高いせいって可能性も──スキルだけ高いって事例はあるけど、なんか見えた?」
「……何も」
「スキルが消えるなんて事例、滅多に起こるものじゃないんだけどね……それに、そのくせして妙に強いし。レベルの割に」
コカルのやった戦闘方法とは、相手を殺し、その武器を奪っていくというもの。無限一刀流、というよりは奪取一刀流、といったところか。
この戦闘方法は一対多において真価を発揮するもの。利点としてはやはり手数の多さと、相手を無力化させる確実性。欠点としては武器の性能が相手依存になってしまう事や、武闘家といった素手で戦う者達や獣といった、いわゆる武器を使わない奴ら相手には効果が薄い事が挙げられる。
今回は運よくゴブリンであったが、もし獣系統の魔物であれば、コカルは一目散に逃げていた事だろう。
「まあ、使えないのならば仕方ない。次の質問に移る。
スキルというものは何で、どうやって確かめるのだ?」
「冒険者になるしかないけど……なるにはまず街に行かなきゃいけないし、それにこっからだと、かなり遠いわよ? まあ、行くってんなら止めないけど」
スキルを確かめるには冒険者になるしかない。そしてコカルは、何となくだが自分が何かスキルを持っていると自覚していた。しかし、それをどのように扱えばいいのかはわからない。
ギルドに行けばわかるかもしれない。
そして、冒険者になればこの世界を知る事ができるかもしれない。それはコカルの、この世界での全てを奉げても良いと言えるほど魅力的なものだ。
「私でもなれるのなら、なりたい」
「……そっ。なら明後日あたりに商人が来る筈だから、その時に連れてってもらえるよう頼んでみるわ」
村長の娘が、キャロガットが自ら、商人にお願いしてくれるのだという。
コカルはキャロガットが、信用に価する人物だと知っている。故に彼女の言葉は信用できた。
コカルはただ、頭を下げる。
「何から何まで世話になる、ありがとう」
「まあでも、説教はするけどね」
「……勘弁してほしい」
「だーめ」
くつくつと笑うキャロガットに、コカルは困ったようにぽりぽりと頬をかいた。