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031 渇き

 燃え盛る廃屋の前、炎で顔を焦がしながら、サボンは吐瀉物を路面にまき散らしていた。


「大丈夫?」


 グララルは、苦しそうに呻き、吐瀉物をまき散らすサボンの背中をさする。エルフという種族は、どういう訳か木が燃える臭いが苦手だ。

 そうとは聞いていたが、まさかこれほどとはグララルも思わなかった。確かに、良い臭いではない。しかし、グララルからすれば──ほとんどの種族からすれば、吐くほどの悪臭という訳でもない。

 どうもエルフは特殊な嗅覚を持っているようだ。グララルも文献でエルフは木の燃える臭いが苦手と読んだ事はあったが、予想以上の効果だ。

 もう一度大きくえずくと、今度は胃の内容物を全て吐き出してしまったのか、胃液のみが口から絞り出される。

 このままここにいては、サボンの身が持たない。そう判断したグララルは一先ず、サボンをここから遠ざける事にした。

 サボンの肩を抱いて、ゆっくりと廃屋から距離を取っていく。


「もう、一人で歩ける……すまん、逃してしまったな」

「あっはっはっ、一回や二回の失敗でそうしょげる事ないよ。これからずっと続く長い人生、この程度の失敗でそうなってちゃ身が持たないよ?」

「……そうか」

「まあでも、後でお酒奢ってよね。こっちは左腕無くしたんだし」


 グララルの左腕は、既に使い物にならないだろう。神経はズタズタに引き裂かれ、骨も砕け散っている。冒険者をやっていれば、そうなる事も珍しくは無い。しかし、だからといっていざ自分がそうなって受け入れられるかはまた別問題。

 生まれて十七年、ずっとあるのが当たり前だったものが無くなったのだ。それに対しサボンは、胃の内容物と胃液以外何も失っていない。

 その事実に対し、サボンは情けなくなってきた。男だというのに、女もろくに守れない。自然と涙がこぼれる。

 とはいえがん泣きという訳ではないが、グララルは一瞬目を丸くするも、すぐにバンバンとザボンの背中を叩く。


「なーに泣いてんのよ、サボン。腕を無くすのは私で良かったのよ。剣は片手でも振るえるけど、弓は片手じゃできないじゃない。……あんたの腕が無くなったら、もう一緒に冒険できなくなるし」

「その時は斧でも極めてみるとするよ」

「後衛は一人絶対要るの! それに、私はあんたじゃないと……」


 もごもごと口ごもるグララル、顔は夕日のせいか真っ赤に染まっていた。

 サボンはそんなグララルを、珍しい物を見るような目で見てからぐっ、と背伸びした。


「んじゃ、医療ギルド行ってから飯にすっか。何食べたい?」

「肉!」

「……太るぞ」


 照れ隠しとデリカシーに欠けた言葉に、グララルは思わず、サボンの背中に飛び蹴りをくらわした。おかげで傷が悪化し転げまわる事になり、好奇の目に晒されるのだが、それはあえて語る必要は無いだろう。





 コカルが眼を閉じる前、最後に見たのは燃え広がる炎だった。狼煙ついでに始末できればいいと思っていたのだが、死体も貨幣も回収できそうにない。それは非常に残念だったが、まあ仕方ないだろう。

 それよりも、揺れるような動き。コカルを誰かが、どこかに運んでいるようだ。しかし誰かの体温に、コカルは安心感を覚える。

 なんだかんだまだまだ子供だな、と自嘲気味に笑い、コカルは目を覚ました。というより、全身を蝕むような鋭い痛みが走る状態寝れる程コカルの神経はずぶとくない。


「あっ、目ぇ覚ましたっす」


 コカルの横顔を覗き込み、マナマナが安堵の表情を浮かべる。しかしその表情はどこか暗い。

 死ぬ前に間に合ったようで助かったというのに、何故そんな表情を浮かべるのかコカルには理解できない。


「喉が渇く」

「そりゃ、そうっすよね。はい」


 マナマナが差し出してきた木製のコップには、林檎の果汁が入っていた。コカルはそれを一気に飲み、喉を潤す。乾いて切れた唇に少しばかり染みたが、気にせずに飲んだ。

 そしてコップを返し、辺りを見渡す。コカルを背負っているのは、黒髪の誰かだ。


「こいつは誰だ?」

「……うちが呼んだ助け、っすかね。名前はわかんないっす」


 マナマナがコカルを背負わせている所から、恐らく女性だろう。身長は、背負われている場所でも立っている時と視界が変わらないので、コカルより確実に高い。

 緑色のトップス、コカルにかからないようにだろう長い髪はポニーテールに纏められている。履いているのは灰色のスカートだ。


「助かった、礼を言う」


 少女はコカルを背負ったまま、こくりと小さく頷いた。鋭い痛みは消えないが、歩くのに支障は……まあ、足首と肩をやられているが、問題は無いだろう。

 とはいえ、下ろせと言って下ろしてくれそうも無い。どういう訳かコカルの知り合う者は、皆世話を焼きたがるようだ。


「所で、今はどこに向かっている?」

「医療ギルドってとこっす。支部が近くにあるんで、もう少しの辛抱っすよ」

「……そういえば、少し痛いような」

「……左手を見てみるっす」


 悲痛な面持ちで言われた通り、コカルは自分の左手を見る。そこには真っ赤に、まるで水ぶくれでもしたような痕。

 他人事のように気持ち悪い、というのがまず最初に持った感想で、その後で自分がどのような状態になっているのかを大体察した。

 どうも油に引火して、この火傷を引き起こしてしまったようだ。赤い髪の、リストカットらしき痕のある、フライフェイスの女性。何とも目立つ特徴だな、とコカルは溜息を吐く。ちなみに髪は運よく油がかからなかったのか無事だ。

 狼煙ついでに奴らに目に物を見せてやろうと思っての行動だったのだが、どうも損の方が大きいような気がしてならない。命あっての物種とは言うが、コカルは感情が無い訳では無いのでやはり落ち込んでしまう。


「回復薬か何かで治らないか?」

「まあ、治るかどうかは微妙な所っすけど……あまり頼り過ぎたら、効果出なくなるっすよ」

「こう痛くては眠れん」


 コカルを背負っている少女はその言葉から察したのか、とある薬屋で足を止めた。


「あの、お金無いんすけど……」


 少女はマナマナの言葉も気にせず、ずかずかと薬屋の中へと入っていく。困り顔で付いて行くマナマナ、しかし心配はしてくれているようなので少女に対する警戒は薄い。

 薬屋の中は青臭い、独特な臭いが充満している。薬剤棚には瓶詰めにされた緑色の液体が並んでおり、年季の入ったカウンターの上には人参のような形状の植物の干物が吊るされている。

 少女はカウンターをコンコン、と二回ノックする。すると奥から、年老いた老人が出てきた。

 ぼろい藍色の服に、所々虫食いの目立つ同じ色のズボン。しわだらけの顔で、目は長い白髪に覆われて見えない。


「どうしたクロ……おお、これまた酷い状態のを連れてきたもんだ」

「えっと、ここ、何処っすか?」

「一介の薬屋に過ぎんよ、お嬢ちゃん」


 カウンターの横にある通れるスペースを指差し、老人は不気味に笑った。

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